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【漆黒の堕天騎士】として姫神の配信を手伝うことに戸惑いはあるが、まぁ借りを返す方法として楽な方だろう。俺は鬼畜無理難題を押し付けられると思っていたので安堵した。そのぐらいなら別にやっても罰は当たらないだろう。
「それでいいなら安いもんだ」
「やった!契約成立ですねぇ」
そういって姫神は手を出してきた。相変わらずニコニコしていて真意が掴めないが、了承した以上握手には握手で返すのが礼儀ってものだろう。それにしても凄い手が柔らかい。美の神の権能を持つっていうのはあらゆる部位が男を堕とすためにできているのだろう。油断ならない。
「気色悪いです。学習してください。マジで金銭を要求しますよぉ?最低六桁以上です」
「すいません。何でもするので許してください」
心を読まれるが、それにしたって読まれすぎだ。もしかして美の神の権能だろうか。
「いえ。私の場合はあまたの男性経験で培われた読心術ですよぉ」
「ビッチらしいな」
「私、処女っていいましたよねぇ?なんですか?セクハラですか?喧嘩なら買いますよ?そして斬り落としますよ?」
斬り落とされることを想像して俺の膝は笑ってしまっていた。
姫神ははぁと溜息をついた。
「私はよくも悪くもこんな力を持ったせいで普通の人に比べて男性から言い寄られる経験が多いんです。どいつもこいつも下心をもって近づいてくるものだから、相手が何を求めているかが分かるんです。嘘を見抜けるのもその応用です」
「なるほど」
そう語る姫神は憂いていた。ニコニコと真意を気づかせない完璧な笑顔よりも見惚れてしまったことは不覚だった。姫神はハッと正気に戻り、いつもの笑顔に戻った。
「まぁそんなどうでも良いことよりもダン配のことですよ!キッチリ演じてくださいね。あの痛・・・じゃなくて、カッコいいキャラを」
「前半部分に本音が駄々洩れなんよ。まぁ契約だからしっかりやるよ」
「約束を守る男性はポイント高いですよ。では、準備をしないとですね。≪偏愛の宝箱≫」
「うお!」
姫神が上に手を挙げて技名を言うと、悪趣味な宝箱が現れた。宝箱といっても両手で持てるくらいのサイズだ。そして、その中から明らかに納められないくらい大きくて、見覚えのある衣装が俺に手渡された。真っ黒なマントと真っ黒なマスク。アレだった。
「【漆黒の堕天騎士】の衣装ですよぉ。準備しておいてよかったですぅ」
「なんで持ってんの?」
「【漆黒の堕天騎士】を魅了した後にそのダサい恰好で働いてもらわないといけませんからねぇ。【女王四重奏】がわざわざ衣装をくれるわけがないのでDmazonで探したんですよ。全くあんな恰好するなんて正気の沙汰とは思えません」
一発一発俺の心臓をえぐってくる。ダサくないもん。なんなら今でもカッコいいと思ってるくらいだからな。俺は姫神の言葉に精一杯の反論しながら着替えていく。
「おおーぴったりですねぇ。後、これがダン配の機材です。使い方はわかりますかぁ?」
「(【
「了解で~す。それじゃこっちも準備しますねぇ」
姫神は宝箱から弓を取り出した。どこにしまっているのかと思っていたが、そんなところにしまっていたとは。矢は姫神の能力で作り出すのだろう。そして、美しい金髪をポニーテールにしてまとめた。
「お待たせしました。始めましょう」
「お、おう」
一瞬見惚れてしまったが、気を取り直してダン配の配信スイッチをオンにした。
●
「こんにちはぁ~【神妃】こと姫神麗美で~す!今日も元気に配信をしていきたいと思いまぁす。よろしくね?」
最後に右手でピースを決めながら、カメラに向かってウインクを決める。カメラ目線が完璧すぎて、何も言うことがない。流石にダン配の女王を名乗るだけのことはある。
『麗美ちゃぁん!かわいい!』
『最高!スパチャ送りまぁす!』
『ただのおにぎりが最高級食材になった』
『可愛すぎぃ!』
『おじさん、支援しちゃうぞぉ、ぶひぶひ』
『通報しました。麗美嬢に汚いこと言わないでください。相変わらずお美しい』
すげぇ・・・挨拶だけでスパチャが10万近く飛んできた。でもファインダー越しに見る姫神は確かにお金を投げてもいいと思わせるくらいには完璧だった。同接も挨拶が終わるころには一万に達していた。
「たくさんのスーパーDチャットありがとうございまぁす。さてさて、今回もダン配をやっていこうと思うのですが、二つほど視聴者にお伝えしなきゃいけないことがありまぁす」
いちいち香ばしいポーズを取って視聴者の視線を釘付けにする。
『なんだなんだぁ?』
『わくわく』
『重大発表か?』
『まさか結婚!?』
『嘘だろ!?』
『そんなことになったら俺は何を喜びにして生きていけばいいんだ!』
『違いますよね!?』
勝手に盛り上がっている視聴者たち。予想しすぎて明後日の方向に入っているが大丈夫なのだろうか。
「あはは、違いますよぉ。彼氏なんていませんからぁ」
その一言で視聴者たちは落ち着いたようだ。画面の向こうの女に彼氏がいようがどうでもいいことだと思うけど、ここまで熱中させてしまっていること自体が姫神の力だということだろう。
「まず一つ目は、Sランクダンジョンの配信で~す!どこのパーティがとは言いませんが、Sランクダンジョンを配信したらしいので、私も攻略に乗り出してみようと思いました!」
『うおぉ!マジか!ついに【神妃】のSランク攻略配信が見れるのか!』
『すげぇ!』
『頑張って!お祝いスパチャです!』
『【女王四重奏】に負けじと・・・その意気やよし!』
『麗美嬢はソロな分【女王四重奏】よりも格上です!すぐに追い抜けますよ!』
『それな。【女王四重奏】よりも【神妃】の方が凄い』
『いやいや、流石に【女王四重奏】の方が上だろ」
『我らが姫神様が負けるわけねぇだろうがカス』
『信者乙』
『そっちこそ【神妃】じゃなくて【女王四重奏】の配信に帰れや』
どことは言ってないのに一瞬で【女王四重奏】だとバレる。やはりSランクダンジョンを撮影したというのは結構な反響を呼んだらしい。後、【女王四重奏】と姫神のどっちが強いかで炎上しかけてる。俺としてはどっちが強いかなんてどうでもいいのでくだらない争いをしてるなぁとしか思えない。
「私のために争わないでくださいねぇ~【女王四重奏】は私が尊敬するパーティなので、比べられても困りますよぉ」
「キモ・・・」
俺の口から本音が出る。さっきまであんだけ恨んでるとかダン配の女王から王座を奪われたとか言ってたくせに何言ってんだ。しかし、背後に殺気を感じて後ろを見ると、何もない空間から矢が俺に向けて照準を合わされていた。
俺は何も気づかなかったことにして、動画の撮影に集中する。
「Sランクダンジョンを配信するっていうことが一個目のお知らせで~す。今までよりもスリリングな動画が観れると思うので楽しみにしててくださいねぇ~」
姫神はカメラに向かって手を振ってくる。アイドルさながらのファンサービスだ。視聴者たちも沸いている。【
「ではでは、もう一つのお知らせをしたいと思いまぁす。突然ですが、私、カメラマンを雇うことにしましたぁ。皆さんに紹介しますねぇ」
姫神はこっちに来いと俺に合図を出す。俺はカメラを手動モードから自動モードに切り替える。マントとマスクはしている。最初から俺に挨拶をさせる気満々だったので、用意はできている。俺は姫神の隣に向かった。
『だ、誰だこいつ?』
『黒のマスクとマントだ・・・と?』
『女神の動画に男だと・・・?』
『【漆黒の堕天騎士】じゃねぇか!』
『嘘だろ!?【女王四重奏】はどうした!?』
『kwsk』
『【女王四重奏】専属の奴隷神ラマンだよ』
『癒されに来たのに、なんで心臓をえぐられなきゃいけないんだよぉ!』
散々な言われようだ。【女王四重奏】の動画を見ている奴らが俺の解説をする。姫神は手をパンパンと叩き視線を釘付けにする。
「はぁい皆さんご存じの通り、【女王四重奏】専属のカメラマンでSランクダンジョンを完璧に撮影した神カメラマン、【漆黒の堕天騎士】様で~す。はい拍手ぅ!」
姫神は拍手をして俺を迎えてくれたが、コメント内では様々な反応だった。
「私が頼んだら特別に来てくれたんですよぉ。はい、じゃあ
「うむ」
自己紹介が強調されたということはキャラを守ってしっかりやれと言われている気がした。仕方ない。期待に応えてやるか。
「ふっ、我が名は【漆黒の堕天騎士】、世界を観測する
『何言ってんだか全然わからねぇけど、一番最初の『ふっ』でぶっ殺したくなった』
『【神姫】に癒されて、【漆黒の堕天騎士】にメンタルをやられるを繰り返して脳がぐちゃぐちゃ』
『カメラマンをカッコよく言い換えすぎやろ』
『明日から黒歴史を思い出しながら仕事をしなきゃならなくなったじゃねぇか!』
『ってか【女王四重奏】はどうした!?【神妃】に浮気か?』
『【女王四重奏】に報告しておきました』
【
「影は光あるところに必ず差すもの。今夜の運命の三女神は美神の元に我をはせ参じさせただけだ」
決まった。最後にいつもの『ふっ』を忘れずにいれておく。
『ドヤ顔してるけど、なんて言っているのか全然分からねえ』
『あの、まだ真昼間です・・・』
『もうやめてくれよぉ・・・』
『いいぞもっとやれ(血反吐)!』
『要するに金があれば誰にでもつくってことですか?』
『いちいち『ふっ』ってやるんじゃねぇ!仕事に集中できねぇ!』
『俺も会議中に爆笑するのを我慢する羽目になった』
コメントは阿鼻叫喚だった。
「はぁい、と、とても、爆笑、じゃなくて、素敵な自己紹介ありがとうございましたぁ」
俺はもういっそ殺してほしかった。セリフを言っている時はハイテンションですらすらと言えるのに、一回インターバルが入った瞬間にすべてを後悔する。隣で爆笑を我慢している姫神を見て余計にそう思った。
●
俺と姫神は打ち上げられた湖畔の岸辺から移動した。水中には俺たちが流されてきた穴があるらしいが、もう一度あんなところに入りたいわけがない。湖沿いを歩いていくと川になっていた。俺たちは川沿いを歩きながら配信をしていた。
「今回、探索するダンジョン名は【冥界の獄園】と言います。魔獣の強さはもちろんのこと、スタンピードを起こして、冒険者を数で圧死させるらしいです。初攻略なので今からドキドキしていますよぉ」
姫神がカメラに向かって【冥界の獄園】の説明をしてくれる。これは視聴者というよりも俺に対して、説明しているのだろう。
「ま、だからこそ、殲滅系の権能とスタミナが何よりも重要になってきます。【漆黒の堕天騎士】さんにはしっかりと私に付いてきてもらって臨場感あふれる配信にしてもらいたいですね!」
「ふっ、任せろ。悉く貴様の影を捉えてやる」
「はい、気持ち悪い意気込みありがとうございまぁす」
姫神は軽く笑顔で俺に毒を吐きながら流してきやがった。姫神が要求してきたキャラなのに、いらない扱いされるってどういうことよ。川沿いを歩いていると少しだけ開けた場所に出た。大きな滝があり、ドドドという水の音が俺たちの耳に響いてくる。
川の最終地点はここらしいが、陸地に結構奥に続いていそうな洞窟を発見した。俺たちはそこに向かおうとするが、
「それじゃあ・・・ちょっと待ってください」
姫神の雰囲気が変わった。明らかにさっきまでの配信者モードではない。Sランク冒険者としての姫神がそこにいた。
『美しゅう』
『綺麗すぎる・・・』
『さっきまでのほんわかした姫も好きだけど、本気モードも最高だぁ』
コメントは姫神の本気モードの顔で溢れていた。俺も不覚にも見惚れてしまっていた。しかし、姫神は自分が本気モードになっていることに気が付き、いつもの笑顔に戻る。
「【漆黒の堕天騎士】さん、前方にいる魔獣を映してください」
「う、うむ」
そう言われてカメラを向けると、鷲の上半身を持ちながら、ライオンの下半身を持つ魔獣、グリフォンが水を飲んでいた。
『あれってグリフォン?』
『初めてみた・・・』
『めっちゃ強そう・・・』
『Sランクらしい』
『本当にSランクダンジョンに潜ってるんだな』
まぁ、有名どころの魔獣ではあるからな。視聴者でも知っている人間が多いのはそんな驚くことではない。俺も公園のダンジョンで討伐経験はある。俺じゃなくて召喚獣たちだけど。
俺たちが歩いてグリフォンに近付くと、あっちもこっちに気が付いたらしい。体長は三メートルほどってところか。大きな鷲の頭で俺たちを見下している。俺はどうするのかと姫神を見ると、
「撮影お願いしますね?」
「え?」
そういうやいなや姫神は高速で弓を構え、矢を右手に生成して、グリフォンに向かって放った。グリフォンも流石というべきか、目をめがけて放たれた弓を軽く首を横にして躱した。そして、
「ピエ―ーー!」
とてつもなく甲高い声がフロアに響いた同時に、グリフォンは翼をはためかせて空を飛ぶ。このフロアの高さは二十メートルほどで、グリフォンが飛ぶのに適しているフィールドだ。
「ありゃりゃ、飛んで行ってしまいましたねぇ」
「ふっ、もう手詰まりか?」
「そんなわけないじゃないですかぁ。しっかり撮ってくださいね?
姫神がそういうと、翼が生えてきて、頭にはわっかが現れた。天使と呼んでも差支えがないだろう。
『ヤバイ、涙が出てきた』
『神々しい』
『すげぇしか出てこない・・・』
『天使フォルムだぁ』
コメントの言うことに俺も同意だ。
「じゃあ後の撮影は任せました」
「あっ、おい!」
姫神は空を悠然と飛んでいるグリフォンに向かって一直線に突っ込んでいった。撮影を頼むと言われても、俺には空を飛ぶ手段がない。グリフォンと高速の空中戦を繰り広げているが、離れたところから見ているしかない。
イフリートのときのように壁走りをしても空中戦を繰り広げている姫神を完璧にフレーム内に収めるのは至難の業だ。
『厨二カメラマン!【神妃】が映ってないじゃねぇか!』
『豆粒みたいになってる・・・』
『【漆黒の堕天騎士】も空中だと手出しできないわけね』
『あ~あ、神ラマンだと思っていたのになぁ』
散々な言われようだ。後、厨二じゃねぇ!もう卒業した!それより、そこまで言うならやってやろうじゃねぇか。今の俺にはあいつらの力がある。その中でイメージするのは、
「≪黒円≫」
俺は中空に無数の黒い円を浮かべた。それを伝って俺は空中移動を行うことにした。姫神の動きはとうに見切っている。あの程度のスピードなら【女王四重奏】のおかげで既に慣れている。姫神の進行方向、次の動き、どこに行くかを予測しながら俺は≪黒円≫を適切に発生させ、完璧に姫神を捉えた。
『え?え?なにこれ!?』
『超スピードで移動しているのに、全くカメラがブレない』
『しかも、【神妃】を完璧にフレーム内に収めてる』
『どうやってんの?』
『ちょくちょく映る黒円に乗って移動してるとか・・・?』
『だとしてもスピードがバグってるだろ!?一瞬で景色が変わるんだが』
『すげぇ!流石奴隷神ラマン!』
『見直したわ【漆黒の堕天騎士】』
『やるぅ!』
そう思うなら俺をもっと崇め奉れ!
ネットのコメントに俺は心の中で応答しながら、姫神とグリフォンを同時に追っていた。
●
私は弓を携え、グリフォンに放ちますが、完全に避けられてしまいます。流石のスピードです。空中で200キロ近くのスピードとゼロ戦のような立体移動をしてきます。Sランクらしく、暴風を起こし、普通なら一歩も動けなくなりそうなレベルの風圧が私に襲い掛かってきますが、正直それはいいです。
「私の動きが読まれているのは屈辱ですねぇ・・・」
隣でくっつき虫のように完璧に私を撮影している【漆黒の堕天騎士】にイライラしています。生意気にも完璧についてくるんですよ。ということは私の行動パターンが読まれていることと同義なんです。しかも使っているのが【黒血姫】の技なんですよねぇ。
なんですか?私は【黒血姫】以下だと言いたいんですかぁ?そういう喧嘩は爆買いしますよぉ?
私は【漆黒の堕天騎士】の動きを見続けながら、グリフォンを狙い打ちます。単発の攻撃で当たるほどやわな相手ではないことは承知です。だからこそ罠を張り巡らせます。
「その余裕そうな表情を歪ませてあげますよぉ」
グリフォンと【漆黒の堕天騎士】のどちらに言っているのか分からないつぶやきが美の神から漏れる。
●
「こんなもんかぁ」
【女王四重奏】の動きの方が圧倒的に上だ。これじゃあ五位と言われても文句はないだろう。次右だろう?ほれやっぱり。軸足と目線、身体の向き、色々な情報を加味して姫神に付いていく。あくびをしたくなったが、仕事に集中しないのは良くない。ちゃんと姫神のことは追っておく。
単発の矢を空を飛びながら放ち続ける姫神にそろそろアドバイスを送った方が良いのだろうか。グリフォンは元来頭の良い魔獣だ。だからこそ単発の矢など当たるわけがない。なんなら俺が姫神にグリフォンの倒し方をレクチャーしてもいいかもしれないな。
「ふっ!」
「ピイ!」
『頑張れぇ!』
『姫の矢が当たりますように!』
『戦っている姿が素敵すぎます!』
『麗美ちゃんこっち向いてぇ!』
『グリフォンと戦っている時にこっちを見れるわけがないだろうがカス』
コメントは野球観戦をしているおっさんの様相を呈してきた。
グリフォンは俺のことにも当然気が付いているが、攻撃してこないことから敵意を抱かれている感じはしなかったので、今、参戦するのは悪くないタイミングかもしれない。俺は姫神にそのことを【漆黒の堕天騎士】モードで伝えよう。
「ピ、ピピ・・・?」
「ん?なんだ?」
グリフォンの様子がおかしくなり、苦しんでいるようだった。そして、そのまま飛んでいることができずに、地面に落下した。よく見てみると、
「なっ!?」
いつの間に刺さったのだろうか。俺は姫神から目を逸らしていない。グリフォンは苦しみながら絶命してしまった。俺は絶句することしかできなかった。
「ふふ、その顔ですよぉ。ようやっと驚かせることができました。全くすべてを読み切ったかのような表情をされるのは屈辱でしたよ」
姫神が俺の隣で悪戯が成功した少女のような表情を浮かべていた。
『可愛い!』
『悪戯大成功!でも、おじさん、何が起こった分からないから解説はよ!』
『麗美ちゃんうつくしかわよ」
『【漆黒の堕天騎士】がカメラで撮ってなかったとか?』
『いやいや、【神妃】を完璧にフレームにおさめながら、ちょくちょくグリフォンを撮ってたじゃん』
『それな。今回は厨二は何も悪くない』
『じゃあどういうこと?』
厨二以外は視聴者の言うとおりだ。俺は姫神だけじゃなくてグリフォンも逐一追っていた。だから、一発も矢が当たっていなくて俺も参戦しようかと思っていたのだ。それが突然矢が現れてグリフォンが落ちた。
「ふっ、釈義を、【神妃】」
「はいはぁい」
姫神が元気よく答える。くそ、いちいち可愛いな。
「ヴィーナスの権能は八つの愛の力を操ることです。エロス、フィリア、ルダス、アガペー、プラグマ、フィラウティア、ストルゲー、マニア・・・私はこれらの八つの愛を使って攻撃します」
「ほぅ」
愛には元来八つの種類があるとされている。それを操るというのは美の神であり、愛の神である姫神にはらしい能力だと思った。
「で、今回使ったのは、フィリアとルダスの力です。効果は幻術と痛覚変換です。フィリアの力でグリフォンも含めてすべての矢を外したと思ってくれていたようなので、作戦成功ですね!」
ブイブイとVサインをカメラに向かってしている。コメントで歓声が沸き上がる。いちいちそのポーズを取らないといけないのか・・・?
「ただ、フィリアの力は幻術だけです。だから、どれだけ認識阻害をしても身体に矢が当たったら、気が付いてしまいますよね?そこで私のもう一つの愛である、ルダスを使って痛覚を快楽に変換させてもらいました。グリフォンは矢が当たるたびに気持ちいいと思っていたはずですよ」
俺もそうだが、コメントも凪のように静かになっていた。みんな黙って姫神の言葉を聞いているようだった。
「技名を付けるとしたら、≪偽りの慰藉≫ってところですかね。以上、麗美ちゃんからの解説コーナーでしたぁ」
姫神が最後砕けたことを言うとコメントが沸き上がった。投げ銭もいっぱいだ。同接もいつの間にか100万人を超えている。
『すげぇ!完全に騙された!』
『一瞬でも【女王四重奏】に負けてるなとか思ってすいませんでした』
『えぐすぎる。当たったことに気付かせないとか対策ないやん』
『グリフォンは結局麗美ちゃんの手のひらの上だったのね。スパチャ送ります』
『一本取られました。お詫びです』
『美神らしい素晴らしい戦いでした!』
「えへへ~ありがとうございま~す」
悔しいが俺も一本取られた形だ。下で倒れているグリフォンを見ると一本や二本ではなく、数十本単位で射抜かれていた。一体どのタイミングであれほどの矢を放っていたのだろうか。俺は姫神の方をカメラと一緒に見たが、笑顔で誤魔化されるだけで何も教えてくれなさそうだった。
「さてさて、【漆黒の堕天騎士】さんも私の力を分かってくれましたかぁ?私は容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備なだけではなくミステリアスで最強の冒険者なんですよぉ?」
「う、うむ」
「あはは、ここまで動揺してくれたなら私としても少しだけ力を魅せた甲斐があったってもんですねぇ」
姫神は俺を出し抜けたことがよっぽど嬉しいらしい。俺としては完全にしてやられた形なので悔しさしかない。ただ、技の謎よりも聞きたいことがある。
「【神妃】よ」
「ん?なんですか?技の解説以上のことはしませんよぉ?ネタバレしちゃったら麗美ちゃんのミステリアスな美女っていう看板を下ろさなきゃいけなくなるので」
「いや、違う。それ以外のことだ」
「?なんです?」
俺は自分の疑問をぶつけてみることにした。
「フィリアとは『隣人愛』を指す言葉だったと記憶している。それが幻術になるというのはどういうことだ?」
友人や仲の良い人間に対する愛がフィリアの正体だ。姫神は答えてくれたが、俺も含めた視聴者全員が驚愕の表情を浮かべることになる。
「簡単です。友人などという関係はちょっとのことで潰えてしまう幻想的なものですよ?そんなものはないのと一緒ですからね。って、どうかしましたか?」
「いや・・・なんでもない」
「ダウト。何か隠していますよね?」
「うっ」
姫神に嘘は通用しない。それはさっき教えてもらったばっかりだった。つまり、姫神は俺が真実を言うまで問い詰める気満々なわけだ。表情を見る限り逃がしてもらえそうにない。自分にも刺さるが重苦しい口調でその言葉を発した。
「貴様も友人と呼べる人間がいないのだな・・・」
「は・・・?え?あっいや」
明らかにうろたえている。図星を突かれて徐々に赤くなってきている。そういえば初めて会った時も一人だし、ダン配も一人だ。そこらへんで察してやるべきだった。
異性の話はそこそこ聞いたが、そこに同性の話はなかった。同性の話題で出てきたのは【女王四重奏】くらいか?さっきまで俺を騙したにっくき女だと思っていたがそういう気持ちも薄れてきてしまった。すると、
「いるし・・・」
「え?」
俯いている姫神が呟く。
「いっぱいいるし!ダン配を見てくれている視聴者もそうだし、学校で私が困っている時に助けてくれる男なんてたくさんいますし!むしろいすぎて困っているくらいです!馬鹿なことを言わないでください!」
「お、おう」
「その同情めいた表情をやめろって言ってるんですよ!」
うがーっと必死に言い訳すればするほど、墓穴をほっていることに気が付いた方がいいと思う。俺は暴れ馬を落ち着かせるようにどうどうとクールダウンに努める。
『麗美嬢・・・(悲』
『これでダックに友達を誘ってハッピーセットでも買ってくれ』
『タピオカも買ってください』
『我が社で友人の作り方講座をやっているのでぜひ来てください』
『【漆黒の堕天騎士】のおかげで【神妃】が身近に感じたわ。こいつやっぱりいいキャラ』
『いや、でもこいつも友達いないって・・・』
『【女王四重奏】はどういう関係なん?』
同情スパチャが滅茶苦茶来た。今日最大のスパチャだ。五十万くらいある。
「ち、違いますよ!【漆黒の堕天騎士】が出鱈目言っているだけですから!ああもう!こんな同情スパチャもらっても嬉しくないです!」
俺も姫神のセンシティブな部分に触れてしまったことに頭を下げると同時に、姫神に対してシンパシーを感じてしまったのであった。
●
「おい、なんであいつがクソ女の動画に出てんだよ・・・」
「こっちが聞きたいわよ!」
「う~、健児が楽しそうにしているのです!」
魔力回復中の三人は姫神の情報を集めようとダン配を見ていた。運よく配信が始まったのだが、問題は【漆黒の堕天騎士】だった。
「私にも見せて頂戴」
「「「ダメ」」」
「どうしてよ!」
涼が暴れる。雷と黒血と炎で拘束されていた。
「お前が暴れたせいで余計な魔力を使うことになったんだよ」
「う・・・」
「反省しろなのです!」
「蒼の言う通りよ。涼は回復までその体勢でいなさい」
「分かったわよ・・・」
気絶から目が覚めると同時に奈落に降りようとした涼を止めるために無駄な魔力を使うことになった綾たちは涼を拘束した。涼は観念したのか拘束を解くことを諦めた。その様子を見て、安心した綾たちはダン配を見直す。
「それにしても」
「なんです?」
「妙な胸騒ぎがするのはなんで?」
「・・・俺様もです」
「奇遇ね。あたしもよ」
「私もよ」
「お前は見てないだろうが・・・」
姫神と健児を見て、綾たちは予感がしていた。
クソ女で騙した女だから変なことにはならないよな・・・?
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