13

睨み合いが五秒ほど続いた後、俺から先制攻撃を仕掛けた。


「うおお!」


俺はジャンプして右手に持つ≪黒血剣≫と左手に持つ≪氷神剣≫の二刀を使って戦火に上段斬りをする。戦火は自分の持つ戦斧を使って、俺の上段を簡単に受け止める。そして、そのまま戦斧を振り回して俺にカウンターを繰り出してきたが、俺は戦斧の勢いを利用して後ろにバク宙しながら回避する。


「今度はこっちの番だ!≪戦火の斧≫!」

「っ!」


俺がいる方向とは反対方向に炎を発射し、その推進力を利用して、斧を振りぬいてきた。剣で受け止めたら剣ごと腕を吹っ飛ばされるのはわかっていた。しかし、このスピードを避けることなどできるわけがない。普通なら。


「≪紫電纏≫」

「なっ!」


蒼の紫雷を纏うことによって俺のスピードを上げ、ジャンプで戦斧を躱す。


「はっ、まさかこれを避けるとはな!だが、空中じゃ自由は利かねぇだろ?」


戦火は再び戦斧を構え直す。そして、俺めがけて戦斧を振り上げた。


「ぐっ」

「今度こそくたばれや!」


俺は上に打ち上げられ、そのまま地面に打ち付けられた。


「はぁはぁ、今度こそ終わりだろ・・・」


動かなくなった健児を見て、戦火は一安心した。


「な、何しているんですか?」


姫神が驚きと恐怖で戦火に聞いた。


「ああ?お前に蔓延る男を殺しただけだが?」

「わ、私は【女王四重奏】の弱点と【漆黒の堕天騎士】について情報を吐かせられれば良かったんですよ!誰が殺せなんて言いましたか!?」

「うるせぇ!お前のためにやったんだ!さっさと俺のモノになれ!」

「なっ!」


仲間割れだろうか?戦火の顔は血眼で姫神以外は何も見えておらず、理性も吹き飛んでいるようだった。というか勝手に俺を殺すんじゃねぇよ


「≪輪炎転生≫」

「なっ!」


紅音のチート技を使って生き返る健児に驚愕の表情を浮かべた。紅音は炎の色を赤と青に変えられたが俺には青にしかできない。今度やり方を聞いてみよう。


「な、なんなんだよてめぇわ!なんの力もないカス雑用じゃなかったんかよ!」


戦火は狼狽していた。


「さぁ、それより第二ラウンドをはじめようぜ」

「っ!上等!」



「健児のあの力・・・どういうことなの?」


涼が呟く。自分の力を健児が使っていて驚愕していた。紅音も蒼もだ。さっきまでとは違って檻の中で大人しく健児の様子を見ていた。


「【女王四重奏わたしたち】の全員の力を使っているわよね・・・?」

「何がなんだかわからないのですが、凄いのです!流石健児なのです!」


僕たちの技を使い、あの戦火とかいう巨漢の大男を圧倒し始めた。蒼たちは何がなんだか分からないっていう顔をしているが、僕にはある程度の推測ができた。


「健児の力を思い出してみろよ」

「健児の力、なのです?」

「ああ」


健児は自分のことを召喚士だと思っているがそれは全くの見当違いだ。それは僕たちを召喚獣と思いこませただけの錯覚だ。


「え~と、なんだっけ?」

「紅音・・・」

「何よ!可哀そうなものを見る目で見ないでよ!」


健児の本当の力はここ数日を振り返ってみれば明らかだ。公園のダンジョンはSランクダンジョン。SランクのSは≪災害≫の意味を持つ。つまり、環境的に厳しすぎて、普通の冒険者はおろか選ばれた力を持つ者しか入ることができないダンジョンのことを言う。


【深闇の蟲毒】【誘惑の氷巣】【深淵の火口】【白滅の迷宮】・・・


大量の魔獣、極寒の世界、灼熱のマグマ、前が見えない濃霧・・・どれもAランク以下のダンジョンではありえない環境設定だ。Sランク冒険者はこの環境に耐えて探索できることがまず第一条件になる。


「健児はこの厳しい環境下を普通に耐えていける【適応力】がある」

「それじゃあなんであの戦火先輩と互角以上に戦うことができるんですか!しかもあなたたちの力も使える!さっさと教えなさい!」


姫神が僕たちの会話を盗み聞きしていたらしい。


「健児は僕たちとずっと一緒にいた。それが答えだよ」

「・・・どういうことです?」

「お前もSランクなら頭を使えっての。Sランクの意味は災害。僕たちも一種の災害だろうが」

「っ」


Sランク冒険者はもちろん強さと実績で決まることもあるが、災害冒険者という側面を持つ僕たちのようなものも含まれる。


美の神なら異性を虜に、真祖の吸血鬼なら生気を奪い、リバイアサンなら氷害や水害、不死鳥なら灼熱、フェンリルなら生物への圧倒的な恐怖感を。僕たちは生まれた時から存在するだけで災害を起こす化け物だった。そんな化け物と健児は小学生の頃に一緒に居た。


健児は僕たちに適応することで、自然とSランクダンジョンに入れるレベルにまで環境適応ができるようになったのだ。姫神の魅了が効かないというのは健児が魅了に適応しただけだ。


ついでに姫神が健児に恐怖感を感じないのは簡単だ。Sランクの美の神の権能を持つということは僕たちと同等。不本意だが、同等の力を持つ者には僕たちの異能は効かない。


「それは分かりました!じゃあなんで環境に適応するだけの人が【女王四重奏あなたたち】の力を使えるんですか!」


姫神が唾を飛ばしてくる。マジで汚いからやめてほしい。


「環境に適応するってことは学習するってことと同義だろうが」

「っ!まさか!」

「僕たちの力を誰よりも浴び続けたんだ。僕たちの力をコピーしただけだろ」


幼少の頃から僕たちと一緒にいたおかげで誰よりも過酷な環境下に置かれていた。その環境で生きていくには想像できないレベルの適応が求められたはずだ。その過程で【学習】という派生能力が覚醒したのだろう。


健児はいつも一人で比較する相手が僕たちしかいないから、勘違いしているようだが、アイツの身体能力と頭脳は半端ない。走れば僕たちに追いつけるくらいに速いし、記憶力も半端じゃない。


ありとあらゆる環境に適応してどこにでも生息し、学習し続ける健児の権能は、


「【スライム】。僕たちの力に適応した最強のっていう枕詞が付くけどな」

「【スライム】・・・あのクソ雑魚のですか・・・?」


姫神は健児のことを信じられないようなものを見る目で見ているが、僕たちにとってはどうでも良い。むしろ【スライム】であってくれたおかげであいつに出会えたし、救われたのだ。


「あくまで推測だけどね。アイツの権能から考えたら、それしかないかなってさ」

「っ!じゃあ【漆黒の堕天騎士】は誰なんですか!災害の貴方たちと一緒にいて、平気な奴なんてそうはいないでしょう!?」

「はあ?お前馬鹿かよ。今の話を聞いて、なんで【漆黒の堕天騎士】が別にいると思うんだよ・・・」

「まさか・・・!」


姫神は健児の方を見た。まるで化け物を見るようなその瞳に僕はざまぁ見ろと思った。


「それにしても健児が私たちの力を使うなんて・・・ふふ、どこか嬉しいわ」

「俺様もです!これで健児との散歩がもっと楽しくなるのです!」

「実質、あたしの力を使っているから、健児を孕ませたも当然なのでは・・・」

「何気持ち悪いこと言ってんだよ・・・まぁ気持ちはわかる」


もう僕たちの中では敗北がないとまで思っている。姫神はギリッと唇を噛んだ。そして、


「戦火先輩!さっさとやっちゃってください!」



「はぁはぁ、さっさと倒れろ!」


戦火の猛攻が激しくなる。すべての攻撃の威力が格段に上がった。竜巻を想像させる激しさに俺の身体は何度も何度も折られ、砕かれ、ねじ切られた。けど、


「≪輪炎転生≫」


紅音の力で俺はノーダメージで復活する。


「こんなもんすか?」

「なめんなぁ!」


俺は手をくいくいと挑発し、攻撃させる。しかし、言葉とは裏腹に攻撃の威力は上がらなかった。どうやらついに底が見えたらしい。


俺は≪黒血剣≫と≪氷神剣≫を使って、戦火の攻撃に対応する。さっきまで見えなかった攻撃がだんだんとスローモーションに見えてきた。


「はあはあ、なんで、対応できんだよ!はあはあ、最初の頃とは段違いのスピードだぞ・・・!?」


戦火はなんでと言ってくるが、俺にはこれしか言えない。


「慣れた」


ブチっと血管が切れる音がした。戦火の戦斧は炎の推進力を利用して、攻撃のスピードが上がる。だが、俺には当たらない。


「な、なんで俺の攻撃が当たらねぇ!」

「なんでってあんたの攻撃パターンはもう把握したからとしか・・・」

「ふざけんな!俺の戦術は数千はあるんだぞ!?」

「はい。なので、全部【学習】させてもらいました」


ゾッとした。さっきまで俺がリンチにしていたクソ雑魚はどこに行った?なんでこんなド変態クソ野郎に俺様が追いつめられているんだ!


「行くぞ!」

「っ!」


健児は後ろにバックステップで退避する。そして、


「≪紫電纏≫」


雷の速度で戦火の背後をとる。


「あん?」


戦火が気が付いたときが最後、健児は≪黒血剣≫と≪氷神剣≫で戦火の身体を切り裂いた。


「どうだ!」

「くっ」

「抵抗しても無駄だ。大人しく・・・あ・・・」


目の前がぼやけた。眩暈で倒れそうになったが、剣を杖にしてなんとか耐える。


健児は魔力を使うのが初だった上に魔力切れを起こしたことがない。しかも超強力な【女王四重奏】の力を何度も使ったのだ。魔力切れを起こさない方が不思議だった。


これが魔力切れか・・・


戦火にはもう立たないで欲しかったが、戦斧を杖にして立ち上がった。


「はあはあ」

「マジか・・・」

「姫神を手に入れるんだ・・・てめぇに負けるわけにはいかないんだよ!」


この血走った目が魅了がかかった状態なのだろうか。こんな風になったら終わりだなと思いながら見ていると、


「鍛冶!」


咆哮のような雄たけびを上げる。どこにいたのか鍛冶と呼ばれた男が出てくる。


「は、はい!なんでしょう!」

「なんでしょうじゃねぇよ!さっさとエリクサーを持ってこい!」

「はい!」


エリクサーだと!?せっかくここまで追い詰めたのに、回復されたら終わりだ。俺はそれを阻止しようと思ったが、眩暈がして動きが止まる。


「っ」

「くく、魔力切れか?それなら遠慮なくボコらせてもらうぜぇ?」


戦火はエリクサーを鍛冶から受け取り、無造作にエリクサーの瓶を開ける。そして、それを一気に飲み干して、瓶を投げ捨てた。


「それじゃだ第三ラウンドと行くかぁ」

「くそ・・・」


俺も再び剣を構え直すが、≪黒血剣≫も≪氷神剣≫も剣の形が保てなくなり、徐々に液体になっていた。しかし、


「くたばれ・・や?」

「?」


戦火が俺に意気揚々と襲い掛かろうとしていたが、途中で片膝たちになり、そして尋常じゃない様子になると、そのまま倒れた。なんだ?


「ふぅ、馬鹿ですねぇ」

「鍛・・・冶?」

「汚ねぇ顔で僕を見ないでください」

「グあ!」


鍛冶は剣を取り出し、心臓に剣を突き刺した。


「グフっ、な、何を!」

「うるせぇです。口を開くな」

「グハ!」


数本の剣を戦火に刺す。俺はその異常な光景を見て咄嗟に身体が動かなかった。


「ったくどんだけ頑丈なんだよ。僕特製の剣だぞ?」

「ぐっ・・」

「まぁそれももう終わりか。お疲れ、戦火さん。そして、さようなら」

「て・・・」


心臓を剣でぐりぐりとされて戦火はそのまま帰らぬ人となった。


死体になった戦火を見た鍛冶は、


「は、はははははははははははようやく殺せたぞぉ!麗美ちゃんに近付くカス野郎を!」


突然高笑いを始めた。さっきまで陰キャの雰囲気を醸し出していたそいつは狂ったように嗤っていた。


「か、鍛冶!なんで戦火さんを!」


≪紫雷纏≫を受けて倒れていた≪戦場の業火≫の一人が声を上げる。その声に反応して、他のメンバーも声を上げるが、


「あん?うるさいですねぇ。お前らも麗美ちゃんに近付くゴミ虫なんだよ。さっさと死ね」


鍛冶がボタンを押すと、


「ブびゃあああ」

「ぐぎゅああああ」

「ギャんだぁ!」


≪戦場の業火≫のメンバーが一人残らず風船のように膨らみ。そして、破裂した。鍛冶はその帰り血をすべて浴びて、高笑いをずっとしていた。


「最高だぁ!僕をいつも虫けらのように扱っていたカス共をやっと殺せたぞ!馬鹿みたいに僕特製のエリクサーを飲んじゃってさぁ!はははははははははははは」


そしてひとしきり笑うと俺の方をハイライトを消した瞳で見てきた。そして、笑顔で俺に言ってきた。


「申し遅れました。僕は鍛冶雄二といいます。鍛冶神≪ヘファイストス≫の力を有しています。貴方のおかげでクソどもを殺せました。感謝します」


俺はその笑顔に後ずさりをしてしまった。そして、俺の反応などどうでも良いのか姫神の方を見た。


「な、なんで、≪戦場の業火≫を殺したのよ!」

「そんなの決まっているだろ?あいつらが麗美ちゃんを汚そうとしていたからだよ」

「だ、だからって!」

「そんなゴミ共のことは置いておいて、これからの話をしようよ」

「これから・・・?」

「うん。だって僕と麗美ちゃんはやっと結ばれたんだよ?麗美ちゃんも嬉しいでしょ?」

「何言ってんの・・・?」

「だって初めて僕が君を見た時、君は僕の方を見て微笑みかけてくれたじゃないか。そして、その一週間後に僕に話しかけてくれたじゃないか。最近だとあの動物たちを捕まえる檻を作ってくれって頼んできたよね?」


鍛冶の声は弾んでいた。しかし、その声と裏腹に邪悪な鼓動を感じさせられずにはいられなかった。


「だけど、君も酷いよねぇ。戦火なんかに近付いちゃってさ。あれって僕の嫉妬心を煽るためだったんだろう?それ以外にもたくさんの男に近付いていたよね?僕はそのたびに胸が締め付けられた」


大袈裟に自分の心臓をかきむしり、身体をびくんびくんと痙攣させる。そして、再び笑顔になった。


「けど、ようやく君の周りにいる邪魔者を殺したよ。君が僕に課した試練を乗り越えたよ。だから、これからはずっと一緒に居よう?ね?」


姫神に一歩ずつ近づく。しかし、姫神も鍛冶と同様の歩幅で下がる。


「頭おかしいんじゃないですか・・・あんたみたいな人はお断りです」


姫神が怯えながらも、拒否の言葉を述べた。すると、鍛冶は再びスンと無表情になる。


「はぁ、また僕に試練を与えるのか。でも流石に僕も飽きたよ・・・」


鍛冶はポケットから液体を取り出す。深緑色で一発で毒とわかるものだった。


「これは廃人にする薬だ。麗美ちゃんに飲ませてあげる」

「い、いや!」

「大丈夫だよ。僕はどんな君でも愛せるからさ」


姫神が自分の弓を使って鍛冶を射抜こうとするが、


「もう離さない。≪美神の枷≫」

「きゃっ!」


姫神は突如地面から出てきた枷によって身体を拘束される。


「この!・・・え?なんで魔力が使えないの!?」

「僕の力は鍛冶神≪ヘファイストス≫さ。直接戦闘じゃ脳筋共に負けるけど、僕の作った物はSランクにさえ通じるんだよ。≪美神の枷≫は美の神にのみ効果を発現させる枷。効果は魔力封じ。酷いなぁ麗美ちゃん。僕のことを忘れるなんて」


そういって姫神に一歩近づく。


「い、いや・・・」


徐々に近づいてくる鍛冶に姫神は恐怖を感じていた。逃げたくても逃げられない。しかし、逃げなければあの薬で廃人にされてしまう。


「こ、来ないで・・・!」

「大丈夫だよ。さぁ一緒になろう」


鍛冶が姫神の顔を上に向け、そして、薬を飲ませようとする。


「おい・・・やめろ」

「あん?」


俺の身体が勝手に動いていた。鍛冶の腕を握りしめ、そして後ろにぶん投げた。鍛冶はそのまま一回転して、着地する。


「・・・貴方も邪魔するんですか?」

「健児センパイ・・・?」


二人が俺の方を見ていた。なんでこんなことをしたのかは分からない。だけど、身体が動いちまったもんは仕方がない。


「はぁ、そういえばあなたも麗美ちゃんに惚れていたんでしたよね?」

「こんなクソビッチにはもう興味はねぇよ。てかもはや黒歴史なんでそのことを言うのはやめてくれ」

「クソビッチ・・・?」


鍛冶は軽く呻いた。


「てめぇ、僕の麗美にクソビッチだと?そういえばさっきも戦火に同じことを言っていたな!?」


顔をぐちゃぐちゃにして俺の方を見るが、すぐに冷静になった。


「はあ、僕と麗美の間にはどれだけの障害があるんだか・・・まぁこれが最後だろうからもう一仕事頑張りますか」


そういって鍛冶が首にかけてある笛を鳴らす。


「なんだ・・・?」


どっどっどと地鳴りがする。


「嘘だろ・・・?」


俺たちが入ってきた扉と反対側の扉を蹴破って魔獣が現れた。その数は優に百匹を超える。


「僕の≪魔獣笛≫は音色を聞いた魔獣を服従させることができる笛だ。僕は戦火を殺すために、この階層の強力な魔獣に笛を聞かせて準備をしていたんだよ」


なるほど、戦火専用の包囲網を俺に使おうという魂胆か。ヤバイな


「それじゃあ麗美をクソビッチといったことを悔いながら死んでいきな」


鍛冶の言葉と同時に、俺に向けて魔獣が襲い掛かってきた。

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