12

「おらぁぁ!」

「っ!」


俺めがけて拳が振り下ろされる。俺はなんとかギリギリで躱すが、戦火の拳は地面を破壊した。拳一発で地面をえぐる腕力には驚きを隠せない。


戦火闘志いくさびとうしと俺を中心に≪戦場の業火≫のメンバーが俺を囲んでいる。俺が逃げようとするのを防ぐためだろう。出口は俺が入ってきたところと奥に一つ。ちらっと見ると、アオたちは姫神の横で捕らえられている。人質を取られている時点で俺に一人で逃げるという選択肢はない。


「ちっ」

「よそ見なんて余裕じゃねぇか」


俺の目の前に戦火が現れる。巨漢に似合わず素早い。公園のダンジョンの魔獣と能力は同等くらいだが、対人戦は初なのでやりづらい。


「喰らえ!」


今度は俺に向かってストレートが放たれる。なんとか首だけを避けるがその余波で俺のほっぺには切り傷が付いた。俺はなんとか躱せたことに安堵するが、何度もジャブが放たれる。ギリギリで躱し続けるが、切り傷が徐々に増えてくる。ただ、このぐらいの攻撃なら対応できなくはない。


「って思ってるんだろ?」

「なっ!」


竜巻のようなジャブの最中、俺の方に背中を向けてきた。そして、強力な回し蹴りが放たれた。俺は逃げることができず、両手をクロスさせて受けることにした。しかし、


「っ~~~!」


防御なんて意味のないくらいの威力だ。特に戦火の蹴りを直接受けた俺の右手は痺れてしばらく使いものにならない。マグマワシの突進と同等の威力だ。


「はっ、俺の蹴りを受けて腕が吹っ飛ばねぇとはやるじゃねぇか」

「・・・ど~も」


戦火が余裕しゃくしゃくで言ってくる。俺も強気な言葉を使うが所詮強がりだ。戦の神を冠するだけあって戦闘センスが抜群だ。巨体故の弱点であるスピードの遅さも全く感じさせない。何よりも、戦術の組立てが凄まじい。センスだけなら【女王四重奏】よりも上だった。


頭が悪そうな見た目のクセに意外と戦略家なのが物凄く腹が立つ。俺はたらたらと時間を稼ぎながらクロたちを解放する術を考えていたのだが、予定を変更せざるを得ない。


「避けてるだけじゃ、勝てねぇぞぉ?」


ラッシュの最中俺に挑発をしてくる。だが、


「見え見えの挑発なんすよ。踏み込んだらカウンターでKOされるだろうが」

「はっ、バレてたか」


けど、余裕の表情は変えない。現状俺に反撃手段がないことは明らかにバレている。この勝負で俺が勝つ確率はゼロパーだ。


だから、目の前の戦火の隙をついてかつ、姫神含めた取り巻きの九人の隙をついて、シロたちを救い出して逃げるしかない。けれど、


「おら!」

「っ!」


直接当たらないにも関わらず、俺の身体に風圧の攻撃が当たるので徐々に削られる。持久戦をする選択肢も俺にはなさそうだ。


どうする?



「お~自称召喚士のくせに意外と粘りますねぇ。けど、戦火先輩はA級パーティ【戦場の業火】のリーダー。腕っぷしだけならうちの学校でもトップクラスの力を持ってるんですよぉ」


姫神は部屋の隅にある石の上に座って健児と戦火の戦いを眺めていた。退屈なのかクロたちに話しかけている。


「にゃあ」

「猫の振りはもういいですよ、北司先輩。どうせ喋れるんでしょう?」


クロは舌打ちをした。そして、


「クソ女が・・・」

「あは、やっぱり私の予想通りだったんですねぇ。ということは他の三匹もそういうことなんですね?」


姫神の視線は綾だけでなく、シロ、アカ、アオにも向けられた。


「お前、ここから出たら覚えているですよ?噛み殺してやるのです!」

「存在が残らないくらいに燃やし尽くしてあげる」

「死んだ方がマシだと思うくらいの氷の地獄を味合わせてあげるわ」


四匹、いや、【女王四重奏】の全員から殺意を当てられて汗が一筋流れる。しかし、アドバンテージを持っているのは姫神だった。


「あ、あはは、もし、その檻を破壊しようとしたら、健児先輩にあなたたちのその姿のことをバラしますよぉ?」

「「「「っ」」」」


苦虫を嚙み潰したような顔になる。悔しくて唇をかみちぎっていた。それでも健児に自分たちの正体をバレるわけにはいかなかった。姫神は再びリードを奪ったことに優越感を得て余裕を取り戻した。


「それでもあなたたちなら私のことを一瞬で葬れるでしょう?なんでそれをやらないんですか?」

「そ、それは」

「答えは簡単。本気を出す時は人に・・・・・・・・・戻らなきゃいけないん・・・・・・・・・・じゃないですかぁ・・・・・・・・?」

「・・・」


姫神の言う通りだった。綾たちの使っている獣化は魔力を物凄く使うせいで力は二十分の一くらいまで制限されている。もしそれ以上の力を使うなら獣化を解かなければならないため、今は大人しく従うしかない。


「気分が良いですねぇ~目の上のたんこぶのだった貴方たちの弱みを握れるなんて。まぁそれはそれとして、なんで健児センパイに正体がバレるのが嫌なんですか?」


姫神が親しい人間に話しかけるように、気さくに話しかける。


「・・・お前に言う義理はない」

「へぇ~、じゃあ質問を変えます。貴方たちはなんであんなゴミをパーティに執着するんですかぁ?」

「・・・」

「沈黙ですかぁ。流石ですねぇ」


綾は姫神の言うことをすべてを無視する。綾は姫神が嘘を見抜くことができるということを見抜いていた。だから、黙秘という手段を用いた。Sランク同士の心理的な戦いが繰り広げられていた。


「貴方たちがあのゴミに執着しているのは分かっているんですよぉ。あっ、だったらあの男を魅了しちゃえばすべて「黙れ・・・」はい?」


綾の方を見ると、とてつもないプレッシャーが放たれていた。他の三人からもだ。


「もし、それをやったら本気でコロス」


姫神だけではない。健児をいたぶって楽しんでいた【戦場の業火】のメンバーはおろか健児をいたぶっていた戦火ですら、綾の殺気に慄いていた。気づいていないのは健児だけだった。


「・・・アレは逆鱗というわけですか」


姫神は健児を見ながら、真顔で呟いた。そして、いつもの笑顔に戻る。


「まぁ、私はダン配で女王に返り咲くことができればいいんです。わざわざ龍の尾を踏む必要もないですしねぇ。それに、あのゴミにはあなたたちの弱点と【漆黒の堕天騎士】の正体を教えてもらったら用はないです。後はテキトーにラブコメでもやっててくださいよ」


目の前に映る健児と戦火の戦いを眺めて綾たちに言う。一方的にリンチをされている健児を見て、勝利はもう目の前だと思っていた。



一瞬変なプレッシャーを姫神の方から感じ、攻撃が止んだが再び再開された。徐々に削られていく身体に俺は敗北がもう近いことを感じていた。


「へへ、ようやく終わりか。これで姫神が俺のものになるぜ」


こいつは姫神の方を下品な顔で見る。こいつも俺と同じく姫神に惚れた口だろう。


「あんたも姫神に惚れた口なんですね」

「当たり前だろうが!あんな極上な女は他にはいねぇよ!」


鼻息荒く言われた。唾液も飛んできたので最悪だ。


「俺はあんな性格の悪い女に引っかかった自分が情けねぇですよ。あんたはあんなクソみたいな性格を見てもまだ好きでいられるんすね。なんで好きになったんですか?」


俺は皮肉を言う。精神的な余裕を見せておかないと崩れてしまいそうだった。


「なんでってそりゃあ・・・なんでだ・・・?」


俺の言葉に戦火は止まる。


「顔・・・身体・・・性格・・・?アレなんでだ?」

「俺に聞かれても」


明らかに様子がおかしい。すると姫神から声が届く。


「戦火先輩!さっさとそいつを潰しちゃってくださいよぉ。じゃないと付き合ってあげませんよぉ?」

「!そうだった!別に惚れたことに理由とかいらねぇだろうが!ただ好きなだけなんだよ!」


小休止の後、すぐに戦火が仕掛けてきた。高速のジャブのスピードが上がり、そこに蹴りやチョップ、頭突きなどあらゆる手段で攻撃のバリエーションを加えてきた。明らかに動きの質が変わって、俺の生傷は徐々に増えていった。


「くっ!」

「お前は変態クソ野郎のくせによく粘ったぜ!だが、これで終わりだ!」


俺の足が窪みにはまり、体勢が崩れた。まさかこれも計算していたのだろうか。そして、俺の顔面に戦火の拳がついに当たり、俺は空中を飛び、最後は壁にぶつかった。


「ぐ・・・う」

「はあはあ、ったく面倒かけやがって」


俺はぐったりと倒れる。身体が言うことを聞かない。


「麗美!俺と付き合うっていう約束は守れよ?へへへ」


戦火はもう俺に興味をなくしたのか姫神の方を向いていた。舌なめずりをしていた。これからのことを考えて興奮しているのだろう。


「付き合うのを考えるって言っただけなんですけどねぇ~まっいいか」


姫神は困ったような表情を浮かべながら俺の方に歩みを進めていた。俺は姫神ではなく、その後ろに映るクロたちを見ていた。何か話しているようだった。


「綾!もう行きましょう!このままじゃ健児がやられちゃうわ!」

「あたしももう我慢できないわ!」

「俺様もです!もう健児がイジメられるのを見るのは嫌なのです!」

「待てお前ら!」


不思議だ。召喚獣たちからにっくき幼馴染達の声が聞こえてきたのだ。幻聴もここまでくると笑えてくる。だって召喚獣たちとあいつらは全く違うんだぜ?一人の俺に寄り添ってくれ続けたのは召喚獣たちだ。決して幼馴染達じゃない。


だけど、なぜだろう。こいつらと幼馴染達が重なることになんの違和感も感じないのだ。


「なんでよ!綾は健児がどうなってもいいの?」

「違う!そんなわけがない・・・」

「じゃあなんでなんです!」


クロから涙が落ちる。


「怖いんだよぉ。あいつに本当のこと、、言って、突き放されたら・・・」

「綾・・・」

「健児に突き放されたら、僕はもう生きていけない・・・お前らもそうだろ・・・?」

「それは・・・」

「そう・・・なの、です」


後半は何を言っているか聞こえなかったので耳が元に戻ってきたのだろう。ただ檻の中にいる四匹の召喚獣たちは悲しそうな顔をしていた。理由は分からない。


だけど、俺はあいつらにあんな顔をさせたいわけではない。


そういえば俺は最近、あいつらの顔をしっかり見ただろうか。姫神が関わってきたとき、あいつらは本気で嫌がっていたはずだ。


「バカだ・・・」


俺は自分に話しかけられるクソ女に目を奪われて、あいつらのことを蔑ろにしていた。


「何度も何度も警告してくれていたのにな・・・」


この事態を招いたのは大事な親友を蔑ろにした俺のせいだ。だから、


「謝らなくちゃ・・・」


俺は再び立ち上がる。よろよろだが、なんとか立ち上がった。


「あれれ?まだ立てるんですかぁ?」

「・・・ああ、クソビッチに目を奪われてごめんなさいって言わなきゃいけない相手が四人もいるんでね」

「・・・戦火先輩、やっちゃってください。回復役はいるんで本気でお願いします」

「おう。俺も彼女をクソビッチ扱いされてキレてんだわ」


腕をゴキゴキと鳴らす。そして、目の前に高速で移動してきて、


「喰らえ、クソ野郎」

「グフっ!」


俺は再び顔面を殴打されてバウンドしながら壁にぶつかった。この結果は当然だ。俺の体力は底をついていた。立っているのも限界なのだから、避けることなんてできるわけがない。


「熱・・・」


壁がひんやりしていて気持ちいい。俺の身体は灼熱のマグマの中に浸かっているような感覚を味わっていたから無機物に触れている箇所が俺の熱を逃がしてくれているようだ。


俺はこっちに歩み寄ってくる戦火と姫神を見ながら、できるだけ挑発して怒らせてやろうと心に決めた。幸いこっちには綾たちから承った暴言の数々があるのだ。三日は馬鹿にし続けられるだろう。


俺が拷問の時のことを考えていると、あいつらが途中で止まった。しかも何かを見て驚いているようだった。


「おい、てめぇ。それはなんだ・・・・・・?」


うるせぇな。こっちは口を開けねえほど痛むんだよ・・・


「な、なんですかその炎・・・まるで」


炎?俺は自分の身体を見る。すると、蒼炎が俺の身体に灯っていた。


「うお!なんじゃこりゃ!」


俺の身体が燃えていた。けど、不思議と痛みがない。むしろ心地よさすら感じる。火力が弱くなるにつれて俺の身体の痛みが消えていった。そして、蒼炎が消えると同時に身体が完治した。


「嘘だろ・・・?」


誰が呟いたか分からない。それは俺のセリフだ。これは紅音の蒼炎だ。けれど、周りを見渡すが紅音はいない。


「は?なんですかそれ!?それって式宮紅音の蒼炎ですよね!?なんであなたみたいなカスが使えるんですか!?」

「は?俺?」

「そうですよ!なんで自分が使った技なのに呆けてんですか!カス!」


姫神はこれ以上ないくらいに慌てていた。いつものゆるふわな喋り方は完全に消え去っていた。


「まさかあいつらが・・・!だけど檻が破られた形跡はない・・・!」


ぶつぶつと何か言っているが、俺にはどうでも良い。俺はクロたちの方を見た。さっきまで悲しそうな顔をしていたが俺の方を見て呆けていた。


俺は立ち上がって自分の服に付いている埃を払う。血が付いたところはべっとりしているがそこは我慢するしかない。そして、俺は目の前で驚愕している姫神と戦火を見る。そして、俺は周りにいる【戦場の業火】の位置を確認する。


何が起きたか分からない。だけど紅音の力を使ったからか、今の俺は【女王四重奏あいつら】の力を使えるような気がした。思い浮かべるは先日の涼と綾。


「≪黒血剣≫、≪氷神剣≫生成」


すると、俺の右手に血の剣、左手には氷の剣が生成された。


「それは・・・!?」


誰かの声が聞こえた。俺はその声を無視して周りにいる邪魔者どもを潰すことにした。


「≪紫電纏≫」


蒼の超速攻撃をパクらせてもらった。姫神だけ残して、戦火と他九人を吹っ飛ばした。


「は?」


姫神が馬鹿みたいな顔を浮かべる。戦火は吹っ飛ばされる直前に戦神の直感が働いて、しりもちをついて躱していた。それでも


「流石蒼の雷だ。利便性が半端ないな」

「っ!てめぇ!」


戦火が俺の方をみた。俺としてはなんであいつらの力が使えるのか分からない。だけど、今はどうでも良い。


「さっさとてめぇらを倒してあいつらに謝んなきゃいけないんだよ。早く立てよ」

「ちっ、調子に乗るんじゃねぇぞ?鍛冶!」

「は、はい!ただいまぁ!」


戦火が呼ぶと鍛冶と呼ばれた男が巨大な戦斧を持ち上げる。前髪が伸びまくり、どう考えてもこのパーティの人間にふさわしくなかった。おそらく俺と同じような雑用なのだろう。戦火は鍛冶から戦斧を無造作に受け取り、軽々と持ち上げ、そして、自分に炎を纏わせた。


「戦の神アレスは火の神でもあり、武芸の神でもあるんだよ!これからが本気だ!」

「・・・」


俺は無言で応える。最強の四人の力を使える今の俺は一ミリも負ける気がしなかった。

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