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次の日【流氷の密林】にて


流氷の川がそこかしこに流れており、陸地はジャングルのようになっている。氷と密林という背反するダンジョンならではのこのフィールドの主は白蛇。


「喰らいなさい!≪蒼炎極≫!」

「シャアー!?」


氷を吐く白蛇は紅音と対峙していた。紅音が青い炎を発生させて、白蛇の先端を焼く。白蛇は火を消そうと暴れまわるが存在を抹消するまで消えない蒼炎が徐々に燃え広がり、すべてを焼き尽くした。


「ふん、ざっとこんなもんね!」


『カッコいい!』

『今日は蒼炎か!』

『白蛇可哀そう。縁起が良いはずなのに・・・』

『最カワ!』

『デレくださぁい!』

『尊いのでお布施します』


次々の日 【餓鬼の魔窟】にて


餓鬼というだけあってゴブリンが大量に発生する。しかもただのゴブリンではなくハイゴブリンだ。何匹殺しても無限に湧いてくるように感じるから、無限地獄と差支えがない。が、


「≪紫雷霧≫なのです!」

「「「グギャアアアア」」」


通常ゴブリンよりもすべてのステータスが勝っているハイゴブリンの巣に潜入すると、蒼が紫電の霧を発生させ、巣の中を一瞬で掃討する。1000匹以上いたはずのゴブリンの巣に残ったのは焼け焦げた死骸だけだけだった。


「あっ、全滅させちゃったです!まぁいいかなのです!」


『阿呆っぽい!でもそれが良い!』

『可愛い!こっち向いて!』

『蒼ちゃんの笑顔を見てると元気が出るわ』

『今日の仕事の給料は蒼ちゃんに全振り!』

『わいは親から金を盗んだ。もってけ泥棒!』

『犯罪者おるやん』


次々々の日 【奈落の闘技場】


コロッセオを思わせる闘技場。しかし、離れ小島のようになっている。その下には猛毒の針山が敗者を待ちわびている。


「ふふ、≪氷鞭≫」

「!」


最大時速500キロメートルにも及ぶ首無し天馬の突進をひらりと躱し、涼は氷で生成した鞭を生成し、首無し天馬に当てる。すると、首無し天馬は鞭が触れた箇所から氷が張っていき、全身が氷で覆い尽くされた。


涼は鞭を剣に作り変え、氷の階段を作ることで空中で凍っている首無し天馬の心臓を一点撃ち抜いた。


「ふふ、もう少し遊んであげるべきだったからしらね?」


『涼お姉さまぁ!』

『美しすぎる!』

『鞭が似合いすぎてますよぉ!』

『首無し天馬代わってくれ!俺が涼様に調教されるんだ!』

『いや私よ!』

『通報しておくわ。それはそれとして素晴らしかった。スパチャ送りまぁす』

『額がおかしいんだよな(笑)』


次々々々の日 【不視の黄泉路】


暗殺の得意な魔獣たちがたくさん潜む道。一本道だが、どこから敵が現れるか分からないので警戒を怠ってはいけない。


「僕の髪に触れたんだ。死んだ方がマシだと思うくらいの罰を与えてやるよ」

「グルラぁ!?」

「≪深闇血地獄≫」


綾の髪を不意打ちで斬った武装リザードマンは逆鱗に触れた。綾は超高密度のブラックホールを発生させた。しかも、ブラックホールの表面には五センチくらいの棘が生えている。武装リザードマンはそれを避けることができずに串刺しになる。


そして、地獄はそこからだった。血の棘は武装リザードマンの血を吸収して成長し、武装リザードマンの身体に深々と刺さった。武装リザードマンは死ぬ直前まで生き地獄を味わうことになった。


「せいぜい許しを乞いながら苦しみな」


『綾様ドS!』

『踏まれたいです!』

『魔獣が可哀そう・・・』

『綾様の髪に触れたんだから死ぬのは当たり前だろ?』

『そうDEATH!』

『これでお御髪おみぐしを整えてください!』

『俺も出します!』


【女王四重奏】の四人がトドメを刺す。そして、いつも通り四人がカメラに映って挨拶をする。ただ、今日はお知らせがあるので、俺はカンペを出した。


「あっ、忘れていたのです!明日は学校で用事があるのでダン配はやりません!」


コメントで半分が蒼たちに会えないで阿鼻叫喚、もう半分がゆっくり休んでくださいというお祈りのメッセージ。


「ごめんなさいね。明日だけは外せないのよ」


涼が申し訳なさそうにカメラを見る。この一週間でずいぶんとカメラ目線がうまくなったものだ。


『【漆黒の堕天騎士】もか?』

『え?あいつってニートだから年がら年中暇なんじゃないの?』

『俺はフリーターって聞いたけど?』

『俺は【女王四重奏】のヒモって聞いたんだが・・・』

『許せん。死すべし』


根も葉もないうわさがつきまくっているんだが・・・


「【漆黒の堕天騎士】はニートじゃなくて。あたしたちが雇った専属のカメラマンよ。だから明日はお休みなんじゃないかしら?」

「そうなのです!おやすみは大事なのです!お前らも無理していいことなんてないのです!」


『ありがとう蒼ちゃん!二十連勤目頑張るわ!』

『ブラック戦士に最高の言葉だよ』

『今ので癒された。後一か月は休みなしで頑張れる!』


「あれれ~なのです?」


蒼は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。蒼の言葉はブラック戦士が戦場に行くのを後押ししてしまったらしい。まぁ本人たちが喜んでいるならいいと思う。


『それなら最後に【女王四重奏】メンバーが全員映っているのをみたいな』

『それな。一日会えなくなるなら、【漆黒の堕天騎士】も見ておきたい』

『【漆黒の堕天騎士】に会いたいなぁ。堕天節聞きたいなぁ(笑)』


そういうことなので、俺も最後に映るか。マスクをして、マントを翻す。そして、俺は【女王四重奏】のメンバーの真ん中に位置する。


「ふっ、ではさらばだ!愚民共。最後の安寧を貪るがいい!」


『うるせぇ!』

『やっぱお前が出ると肌がかさかさしてくるわ!』

『ああああああああ』

『この人でなし!』

『共感性羞恥が半端ない!』

『もう二度と出るな!』


なんでだよ・・・



【女王四重奏】達のダン配を初めて一週間。破竹の勢いで人気が急上昇して、ついにはチャンネル登録者数が五百万人を超えた。最初の意図とはかけ離れたが、配信に関わった身としては普通に嬉しいと感じてしまう。


「それにしても面倒だなぁ」

「そうねぇ。全校集会ってなんであんなに眠くなるのかしら」


いつもならダン配を撮るためにダンジョンに潜るのだが、今日だけは普通に登校していた。月曜日は全校集会があり、集会に参加するのは義務だ。そこら辺は普通の学校と同じだ。校長が長ったるい話を延々と話し続ける空間だ。すでに眠い。


「う~俺様、じっとしているのが苦手なのです・・・」

「あたしもよ・・・いっそ焼身自殺でもしようかしら・・・」

「寒すぎわろた」

「そう。あたしが不死鳥でよかったわね!燃やしてあげるわよ!?」

「すいませんでした」


紅音の不死鳥ジョークに付き合ったら殺されそうになったので俺は平謝りをする。それよりも周りには同じ学校のやつらが増えてきた。


「ねぇあれって・・・?」

「【女王四重奏】だ!」

「すげぇ!朝から会えるなんて最高だな!」

「美人過ぎる・・・」

「俺、初めてこの高校に入ってよかったと思ったわ」

「声かけてこいよ!」

「無理だって、相手にされねぇよ」


こそこそと言っているつもりだろうが俺の耳には丸聞こえだった。ここまで注目されているのはやはりダン配が大きいのだろう。ただ目の前にいる四人はどうでも良さそうだった。


「今日は久しぶりの体育なのです!鬼ごっこがしたいのです!」

「お子様だなぁ。僕は将棋でもしてようかな。心を落ち着けたい」

「綾はちゃんと授業を受けなさい・・・」

「あたしは音楽が楽しみ!」


わいわいがやがやと外野のことなどどうでも良いようで、自分たちの世界に入っているようだった。見てくれと実力だけはあるから注目され慣れてるんだろうなぁ。


「ねぇ、なんであの男が【女王四重奏】と一緒にいるの・・・?」

「怖いよぉ」

「【女王四重奏】を生で見れたのはよかったけど、アイツも一緒なのは最悪・・・」


そういえば俺も悪い方で有名人だった。相変わらず女に怖がられているようだ。


「そういえば【女王四重奏】にも五人目のメンバーがいたよな」

「ああ、あの【漆黒の堕天騎士】だろ?」

「!」


俺の話が上がって反応してしまう。


「普段ダサいマスクをしていて素顔が明らかじゃないもんな」

「もしかしてアイツなんじゃ・・・?」


合ってるぞ!後ダサくない!それにしても、ここで正体がバレてしまうかもしれないな。いやぁ参ったなあ。


正直言えば、俺もいい意味で有名になりたかった。【漆黒の堕天騎士】は俺の負の遺産だが、それでも今の変態クソ野郎よりも圧倒的に良い。【女王四重奏】と一緒にいれる人間なんて【漆黒の堕天騎士】しかいない=俺だと気が付いて欲しい。


「それはないって。Sランクの動きについていけるわけがないじゃん」

「あいつの異能が強いなんて聞いたことがないしな」

「俺が聞いた話だと召喚士だとか」

「じゃあ、余計にありえないって。召喚士じゃあ身体能力が上がることはないからな」

「【漆黒の堕天騎士】はどこかのSランク冒険者って噂だよ」

「じゃああいつはなんなんだよ・・・」


正解が出でいるのに勝手に話がズレていった。それおとあいつらの能力はチートだが動き自体は俺みたいな召喚士でもついて行けるのだから、大したことはない。配信中もそうだけど、俺のことを上げすぎだと思うんだよなぁ。


「どうかした?」

「いや、理解に苦しんでいただけだ」

「?よく分からないけど、問題はなさそうね」


俺たちはそのまま校舎へと入っていった。



退屈だ・・・


授業の内容が簡単すぎる。一応俺の成績は同学年でもトップクラスだ。俺はあくびをしながら授業を聞く。普段はダンジョンに潜ってしまう俺がいるから隣の女の子が顔を青くしていた。ごめんね?


「恐山!お前ちゃんと授業を聞いているのか!」


強面の教師が俺の方を見て言ってきた。


「はい聞いてますよ」

「調子に乗りやがって・・・!」


女の教師は俺を存在しないものとして見るし、かといって男の教師も同様の反応をされる。だからふっかけであったとしても俺を生徒扱いしてくれるのはいい教師だと思っている。


「これを解いてみろ!」


黒板の下に行こうとすると、女の子を怯えさせてしまう。多少の罪悪感を感じながら俺は問題の前に立った。三角関数の超応用問題だった。ただ、


「これでどうですか?」

「・・・正解だ」


俺はさっさと席に戻った。教卓からクラスを見ると、みんな俺の方を見ないようにしていた。すると、今度は綾にフラれていたイケメン君が俺よりもはるかに難易度が低い問題が当てられた。


「正解だ!流石だな!」

「カッコいい!」

「すげぇ!全く分からなかったわ!」

「千堂君流石!」


俺の時とクラスの反応が違いすぎて、悲しくなった。



結局あの後の授業は誰からもいない者として扱われた。体育の授業ではサッカーのチームにいれてもらえず、リフティングをずっとし続け、英語の音読は俺の隣の女が反対側を向いて三人でやっていた。いつも通りっちゃいつも通りだけど辛い。


俺はすぐに教室を出た。俺がいたら飯が不味くなると聞いたことがあるからな。ただ、やはり傷はつく。


脳裏に召喚獣たちの顔が浮かぶ。中学の始めからずっと一緒にいてくれたが、最近は会っていない。孤独に耐えられていたのはあいつらの存在が大きい。それから最近だと・・・


「ってなんであいつらの顔が浮かぶんだよ!」


俺は頭に浮かんだ四人のことをぶんぶんと振り払う。あいつらは俺が倒すべき敵だ。今、配信を手伝っているのはいずれくる復讐の時のための準備だ。それ以外に理由なんてない。


「はっ」


俺は廊下で一人奇天烈な行動をしていた。ただでさえ嫌われているっていうのに、これ以上変なことをしたら余計に嫌われる。


「屋上に行くか・・・」


俺は母さんが作ってくれた弁当を持って屋上の階段を上がった。教師が見ているが俺の存在は見えない方が良いというわけなので黙認されている。


フェンスのところに腰掛ける。そこから見えるのは中庭の大穴だ。一週間くらいあの穴に入っていない。いつもなら授業の代わりに鉱石集めのために潜っていたのだが。そういえば、


「姫神はどうしてんだろうなぁ」

「あれ?気づかれちゃいましたかぁ」

「あん?」

「こんにちは健児センパイ。一週間ぶりでぇす!」


きゃぴと音声が付くような決めポーズをとっている姫神がいた。最後にウインクを決めて完璧な可愛さを体現していた。俺はというと、


「ひひひ姫神じゃないか!な、なんでここに!?」


突然の来訪とそのあまりの可愛さに冷静じゃいられなくなった。


「私は健児センパイが屋上に行くのが見えたから追いかけてきただけですよぉ?」

「そ、そうか」


相変わらずのコミュ障を発動し、会話が止まってしまった。沈黙が痛いが、姫神が責めるような視線を俺に向けてきた。


「それで、なんで連絡しても返してくれないんですかぁ?」

「あっ、それは・・・」


綾に勝手に消されたのだが、そんなことを言っても信じてもらえるわけがないだろう。


「悪い、連絡できないくらい忙しかった・・・」

「ふ~ん」


姫神は真顔で俺を見つめる。俺は品定めをするようなその視線に恐怖を感じた。自分の嘘がバレたのだろうかと思ったが、姫神はこれ見よがしにため息をつき、いつもの笑顔になる。


「まっ、そういうことにしておいてあげますよ」

「すまん・・・」

「いえいえ」


姫神は終始笑顔だ。初対面の時に感じた身体が火照るようなそんな感覚はない。だけど、妙なプレッシャーを受けている。


「う~ん、効果なしか・・・・・

「ん?」

「いえいえこちらの「ここにいたのか探したぞ」


扉の方を見ると、綾がいた。なんでここにと言う前に綾はずんずんとこっちに歩いてきた。そして、無理やり俺の腕を取って屋上の階段の方に向かおうとする。


「ほら、明日の打ち合わせをするぞ」

「お、おい!」


俺の反応などお構いなしで俺を引っ張るので、幸せな感触を楽しむ余裕はなかった。


「ちょ~っと待ってくださいよ。北司先輩」

「・・・なに?僕忙しいんだけど」


姫神は綾を呼び止めた。綾は不機嫌を隠そうともせずに姫神に反応したが、姫神は相手にしていないようだった。


「流石に礼儀知らず過ぎませんかぁ?今、健児先輩と私は会話している最中だったんですよぉ?」

「・・・悪かった」


まさか綾が謝るとは思わなかった。滅茶苦茶悔しそうにしていたけど。ただ、申し訳ないが、今回ばかりは姫神の言う通りだ。


「綾、悪いが先客は姫神だ。放課後にいくから、今回は見逃してくれ」

「なっ!奴隷のくせに僕に逆らうのか!?」

「いや、奴隷じゃねぇよ」


俺が反抗したことが意外だったのか綾は驚いていた。奴隷云々のところは一度も認めたことはねぇんだけどな。


「まっ、そういうことなんで、北司先輩はゴーバックしてくださぁい」

「っ!クソ女が・・・!」

「あはっ、本性が出てきましたねぇ」


綾と姫神が俺を挟んで一触即発の雰囲気を醸し出していた。こいつらの仲が悪いのは見ればわかる。過去に因縁でもあったのだろうか。そんなことよりも、


「おい落ち着けっての。冷静沈着なお前はどこにいった」


≪黒血剣≫が生成されていたので、下手したら姫神が斬られるんじゃないかと思った。綾はうつむきながら答えた。


「悪い・・・頭に血が上ってた」

「そうか・・・」


落ち着きを取り戻したようで俺も一安心だ。綾が暴れたら、姫神はおろか俺も死ぬ可能性があった。俺は綾から姫神の方を向いた。


「それで姫神。何の用だ?」

「いえ、止めておいてなんですけど、私の方は大した用事じゃないので、北司先輩に譲りますよ?」


姫神は笑顔を崩さない。


「悪いな姫神」

「いえいえ大活躍中のSランクパーティの邪魔をするわけにはいきませんからねぇ」


なんか棘のある言い方だったがまぁいい。一応すまんとジェスチャーをする。そして、綾の方を向いた。


「それで?」

「え?」

「え?じゃねぇよ。何の用だよ?」

「そ、それは明日のダン配の打ち合わせを・・・」


綾が口ごもる。すると、姫神は綾に追い打ちをかけるようなことを言う。


「まさか北司先輩・・・用もないのに割り込んできたんですかぁ?」

「!ちっちがっ!」

「だったら言ってみてくださいよぉ?私が聞いちゃダメなら聞かないでおきますよ?」

「っ!」


姫神が耳を抑える振りをするが綾は黙る。まさか姫神の言ったことが図星なのか・・・?


「おい、「ああもう!奴隷なんだからさっさとこっちに来いよ!」


綾は俺の言葉を遮って子供のような癇癪を起こした。俺が言い返そうとすると、姫神が割り込んできた。


「奴隷奴隷って健児先輩をなんだと思ってるんですかぁ?」

「うるさいなぁ!お前には関係ないだろうが!?」

「関係ありますよぉ。どうせ私の連絡先を健児先輩のスマホから消したのって貴方なんでしょう?」

「っ」

「図星ですか・・・こんな人にこき使われて可哀そうですね」


綾を可哀そうなものを見た後、俺の方を同情の眼差しで見てきた。激しく同意だが、今の綾の様子を見るととても頷ける雰囲気じゃなかった。


「綾「頭来た!健児の浮気者!死んじゃえ!」おい!」


走って屋上の出口に向かい、扉をばたんと思いっきりしめて綾は消えていった。残された俺は茫然としていた。あんなに綾が取り乱したのを初めてみた。


「あは、ようやく邪魔者がいなくなりましたね!」

「ああ・・・」


ざまぁ見ろって言うのが本来の感想なんだが、全くそんなことを考えられなかった。むしろ罪悪感すら抱いてしまっていた。


「その罪悪感は抱く必要はありませんよぉ?」

「姫神?」

「どこからどう見ても北司先輩の方が悪いですから」

「・・・そうなのか?」

「ええ。それでも自分のせいだと思う健児先輩は優しいですねぇ」

「・・・んなことはねぇよ」


褒められる経験があまりにもなさすぎる俺からすると、姫神の言葉にこそばゆさを覚えてしまう。姫神は俺が一番欲しい言葉をくれる。ただ、


「それで何の用だ?」


俺は話を戻した。姫神だって俺に用があったはずだ。じゃなかったら、ここまでわざわざ俺を追いかけてこないだろうし、綾をあんな風に追い返す必要なんてない。


「そうですね。それを伝えなきゃいけませんねぇ」


姫神はコホンとひと呼吸おく。そして、


「健児先輩、私と組みませんかぁ?」

「・・・俺と?」

「はい。私ソロなんですよぉ。だから、そろそろ誰かと組みたいなぁと思ってましてぇ」

「それは嬉しい誘いだけど俺は」

「【女王四重奏】が許さない、ですか?」


俺はコクリと頷く。俺、【女王四重奏】のことなんて言っただろうかと記憶を探るが、姫神は俺の思考に割り込んできて、真面目な表情になった。


「人を奴隷扱いするようなパーティは碌なもんじゃないです。早めに縁を切った方がいいですよ?」


姫神の言うことはわかる。


「けどなぁ・・・」


俺もなぜ躊躇っているのか分からない。普通なら一目惚れした姫神の方に付いていけばいいのだがどうしても綾の寂しそうな背中を思い出してしまう。


「それならお試しをしましょう」

「お試し?」

「はい!私と一緒に明日ダンジョンに入ってみて、良かったら私と組んでください。悪いようにはしませんよぉ?」


なぜここまでしてくれるのかは分からない。だけど、好きな女がここまで言ってくれているのだ。断るという選択肢は既に存在しない。


「・・・まぁそれならいいか」

「やったぁ!約束ですよぉ?」

「お、おう」

「それじゃあ連絡先もまた交換しましょう!くれぐれも北司先輩たちに気付かれないように気を付けてくださいね?」

「ああ」


そういって俺はDINEを交換した。しかし、嬉しいはずの姫神との念願のダンジョンだというのに俺はもやもやとしたものを胸に抱えていた。

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