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「「「「こんにちは~【女王四重奏プレデタークイーン】で~す!」」」」


『わくわく!』

『期待してます!』

『Sランクダンジョン楽しみ!』

『頑張ってください!』


俺たちは公園の穴から落りたところで配信をスタートした。ダンジョンの場所がバレると人がたくさん溢れて面倒なことになりそうだったからだ。


「こんにちは。今日もいい配信が撮れるように頑張ります」


ついでに俺も挨拶をしておく。すると、


『奴隷神ラマンだ!』

『あの後大丈夫だったか!?』

『【漆黒の堕天騎士】が心配で寝れなかったわ」

『ってかそんな挨拶でいいのかぁ?』

『これじゃあ配信を見る気がなくなるわぁ』


視聴者から脅された。俺は綾たちを見た。すると、真ん中を開けてこっちに来いという合図が出された。つまり、あの恰好で挨拶をしろというわけだろう。逃げようにも、綾の血の棘がおれの首に刺さりそうなので逃げられない。


カメラを三脚に固定して、マスクをかぶり俺はカメラに映った。


『キタキタ!』

『うわぁまたやってるよぉ』

『心が痛いよぉ』

『ヤバイ!手元がくるって上司にハゲって送っちまった!』

『仕事しろ(笑)』


「我が名は【漆黒の堕天騎士】。久しいな愚民共」


『昨日ぶりでぇす!』

『わろた』


無視だ無視。


「今宵我らが挑むは【白滅の迷宮】。海神の怒りを買った憐憫の王が我らに牙を向いてきた。よって我らは無知蒙昧な王の下へ赴き、井の中の蛙が鯨に挑むとはどういうことか、その身に刻んでやろう」


『かっけぇです!』

『ぎやぁぁぁぁ』

『痺れるぅ!』

『俺のライフはもうゼロだ・・・』


俺もです。そして俺は無心でカメラを持ち、蒼を先頭に【白滅の迷宮】へと向かった。



「僕たちが今、向かっているのははさっき、【漆黒の堕天騎士】が言っていたように、【白滅の迷宮】という場所だ」

「俺様どんなところか忘れてしまったのです!教えてくださいなのです!」

「高濃度の霧が展開されていて、パーティを分裂させられてしまうの」

「例えば、あたしみたいな回復職が一人で彷徨うことになったら、迷宮を闊歩している魔獣たちに殺されてしまうわね。もっとも、あたしの場合は全く問題ないけど」


『なるほどなぁ』

『勉強になる』

『Sランクになると環境要因も加わってくるのか・・・』

『紅音ちゃん最強!』


「初めて来たときは全員バラバラになって心細かったわね・・・」

「たしかに。あたしも今ほど強くなかったから、不安でしょうがなかったわ」

「そうなのです?俺様はいっぱい魔獣を狩れたので楽しかったのです!」

「僕もだよ。たまにはソロも良いもんだったよ」


俺もカメラを覗きながら同じことを思い出していた。初めてここに来た時は四匹の召喚獣と来ていた。ただ、涼が言うように霧が濃くて、全員別々の道を行くことになった。俺は魔獣と遭遇したら逃げるしかないので割とマジで怖かった。


シロとアカは再会した時に、すぐ俺に寄ってきたな。アオは探索を楽しんでいたようだった。魔獣の返り血を浴びまくっていたけど。クロはにゃーにゃ―鳴きまくっていた。ただ俺を見つけると寂しそうな表情から一瞬だけ喜色満面な顔をした。だけど、他の三匹に気が付いて、すぐにいつものクロに戻った。


さて噂をすればなんとやらだ。霧が濃くなってきた。そういえばカメラが曇ってきたんだけど、どうしようか。


『【漆黒の堕天騎士】様!曇ってきたでありんす』

『綾ちゃんたちが見えなくなったじゃねぇか!』

『涼様なんて肌が白すぎるからもうほとんど同化してる・・・』

『蒼ちゃんがもう見えねぇよぉ!』

『紅音さんが薄れてきたじゃねぇか!【漆黒の堕天騎士】何とかしろ!』


うるせぇ!俺もどうしようかと考えているところなんだよ。そもそも俺たちの目でも見えなくなってるんだから、カメラが撮れるわけがないじゃねぇか。


「おい【漆黒の堕天騎士】」

「なんだ【黒血姫】?」

「カメラを貸せ」

「う、うむ」


綾が俺からカメラを奪い、そして、レンズに触れた。


「≪黒眼≫」


綾がカメラに触れて技名を言う。


「ついでにお前にもかけておいてやる」


綾はそのまま俺の目を手で覆い、そして、≪黒眼≫と詠唱する。すると、俺の視界が開けて、霧の中が見えるようになっていた。


『すげぇ!綾様がカメラに近付いたと思ったら、視界が開けた!』

『これも真祖の吸血鬼の力なのか・・・?』

『解説頼む!』


俺も視聴者と同じ感想を抱いている。綾を見ると勝気な顔をして口を開いた。


「今のは≪黒眼≫と言って吸血鬼が暗闇でも視界をクリアにする技だよ。まっ、僕の力だったら夜だけでなく、霧の中でも効果を発揮できるんだけどね」


『神か!』

『能力が強すぎる!』

『チートかよ・・・』

『負ける姿が想像できない』


綾の力にたくさんの感想が寄せられる。これで視界に関しては問題はない。俺が散歩するときは道順を覚えているから視界が遮られていても問題ない。真っすぐ1025歩歩いたら、右に549歩直進し、そこを右に743歩と言った具合だ。視界を閉じられての散歩だから結構スリリングだ。


俺たちは視界がクリアになった状態で普通に直進する。いつも歩いているけど見たことがなかったので新鮮だった。


「あっ、魔獣なのです!」


地面がサラサラの砂でできている大部屋に出る。部屋の中心に大きな穴があり、普通に歩いていたら、あそこの穴に落ちて中にいるやつに喰い殺される。


『なんじゃこの穴?』

『なんかこの形状見たことあるような・・・』

『蟻地獄じゃね?』

『それだ』


ご名答。視聴者の言う通り蟻地獄だ。しかし、大きさは段違いだ。一辺が20mほどある正方形の部屋の中心から壁にかけて下っている。普通に歩いていると、穴の中心に向かっていることに気が付かず、そのまま捕食される。


ただ、今回は視界が開けている。だから、蟻地獄にハマらず普通に次の部屋にいけるのだが・・・


「涼、あいつの素材のストックって残ってたっけ?」

「いえ、ほとんどなくなってたと思うわ」

「なら、あたしが狩ってくるわ」


そういうやいなや紅音は炎の翼を纏って空を飛んだ。そしてそのまま炎を纏いながら蟻地獄に突っ込もうとするのだが、


「紅音、技名忘れてるぞ?」

「っ!」


綾のいじわるな言葉で空中で急停止。すると、砂の中から隙を伺っていた巨大アリジゴクが紅音の胴体をかみ砕いた。


『おおおおおおい!紅音ちゃんが死んだぞ!?』

『え?マジ?』

『初見だとマジで騙されるよな』

『古参乙』


紅音が死ぬと毎回のようにコメントが湧くな。毎回死んでもらうのも良いかもしれないとか思ってしまったが、縁起でもないのでこれ以上考えるのはやめておく。


「り、≪輪炎転生≫!」

「!」


巨大アリジゴクが燃え始める。ただ、今までみた蒼い炎とは違って普通の赤い炎だった。それが巨大アリジゴクを燃やし、最後は黒焦げになった。


「あ、綾!あのタイミングで言わないでよ!死んじゃったじゃん!」

「ごめんごめん。紅音が忘れているようだったからつい」

「~っもう!」


『なっ、すげぇ!』

『二回目だけどすげぇ・・・』

『不死鳥ってそういうことか。ってか死なないとかチートすぎるだろ』

『三十年生きてきて一番ビビったわ』

『わかる。ワイは五十だけど』

『前は青かったけど、今回は赤い炎なんだな。解説欲しいわ』


俺も知りたい。蒼と赤で違いがあるのか。それを知ればこれからの復讐に役立つかもしれない。


「【蒼炎妃】」


俺はなるべく低い声で紅音を呼びつける。そして、キャラ付けをしてしまったからいつもの口調で呼ぶのは違うかもしれないと思い、二つ名で呼びつけた。


「な、何よ、け、じゃなくて、【漆黒の堕天騎士】」


紅音も空気を読んでくれたらしい。


「貴様の力を愚民共に教授してやれ」

「その口調で言われると腹が立つわね・・・≪輪炎転生≫はあたしの権能である不死鳥が由来。死ぬと炎と一緒に復活することから名付けたの」

「ふむ、それなら今回の炎が紅で、前回見た炎が蒼なのはどういうことだ?」

「燃やし尽すかどうか。青い炎は引火すると、その物質が消え去るまで消えない。今回は素材を入手することが目的だったから、普通の炎で焼殺したの。お分かり?」


『わかったけど、炎を使い分けとか意味が分からん』

『ってか死なないってどういうことだよ・・・』

『ツンデレ不死少女って属性ましましすぎるやろ』

『強すぎるってことだけしかわかりませんでした(笑)』


俺もコメントと同様のことしか思いつかない。俺は巨大アリジゴクから取れる粘液を採集しながら、紅音に勝負を仕掛けるときは、戦闘以外にしようと心に誓った。



俺が採集を終えると、すぐに移動を始めた。普通なら歩いて探索するところだが、今は走っている。≪黒眼≫が使えるおかげで危険なトラップなどに惑わされることがない。


「一回≪黒眼≫を解いてみるか。そうすれば君たちにもこのダンジョンの難しさが分かるはずだよ」


綾はフィンガースナップをする。すると、俺たちの目の前はすべて白くなった。


『うお!なんじゃこりゃ!』

『マジで見えねぇ・・・』

『綾さんがいなかったらどう攻略すればいいんだ・・・?』

『簡単に攻略しているように見えたけどやっぱりSランクダンジョンはえぐいな』


そして、再びフィンガースナップをすると≪黒眼≫が発動し、視界がクリアになった。改めて【女王四重奏】は凄いとコメントが賞賛で溢れた。


俺たちは目的地に向かって走る。ただこの≪白滅の迷宮≫は一つだけ面倒なことがある。それは次のフロアにある。俺は綾たちにカンペで次のフロアの説明をするように指示した。


「そういえば≪白滅の迷宮≫では避けては通れない場所があったわよね?」


紅音が問題提起をする。


「そうなのです!このダンジョン最大の難所と言ってもいいフロアなのです!」

「あそこは面倒だけどボス部屋に行くためには仕方がないのよね・・・」

「確かに。しかも一人じゃ絶対に攻略できないからね」


『紅音様たちですら、ソロで攻略できない・・・?』

『どんな難所だよ・・・』

『詳細求む』


「見てもらった方がいいと思うわ」


俺はカメラを涼たちから前方に向ける。そこには大きな大樹がある。そして、その前方には二つほど鎧がある。怪しさしかない。


「あの大樹は≪精霊の宿木≫。セーブポイントと言ったらいいかしら。あの木の近くにいると体力が回復するのよ」


『そんな木が存在するとは』

『ゲームの世界だけだと思った』

『やっぱりSランクダンジョンだわ』

『それよりも前方にいる鎧の詳細はよ』

『それな。怪しさしかない』

『倒さないと次のフロアにいけないとか?』

『そうじゃね?≪精霊の宿木≫の後ろに扉があるし』


「概ね君たちの推測通りだよ。だけど、問題はあいつらの倒し方だ」


『倒し方』

『なんだそれ?』

『気になるぅ!』


「それは紅音と蒼、【漆黒の堕天騎士】に聞いてくれ」

「そうね。ここからは戦闘の時間だわ」


綾と涼が二体の鎧の前に歩く。


「≪黒血剣ブラッディソード≫」


綾が血の剣を生成する。


「慣れないわね・・・≪氷神剣≫」


涼が氷の剣を生成した。


二体の鎧は瞳に赤いランプを灯した。綾と涼を敵と断定したらしい。二人が剣を構えると鎧の騎士も剣を構えた。


「さてやるか。合わせろよ。涼?」

「それはこっちのセリフよ」


軽口を叩き合った後、綾と涼は鎧の騎士に攻撃を仕掛けた。



『はえええ!』

『なんじゃあの斬り合い!』

『涼ちゃんと綾ちゃんももちろんだけど、あのスピードに追い付けるあの鎧もヤバイ』

『この鎧の名前はなんていうんですか?』


俺はカメラであいつらの動きを追う。これくらいならまだまだ序の口だ。


「あいつらの名前ってなんでしたっけ?俺様忘れちゃったのです!」

「双鎧騎士よ」

「そうでしたです!弱っちいくせに二体同時に倒さないといけない魔獣だったはずなのです!」

「そうそう。初めて戦ったときは攻略法がわからなくて本当にだるかったわね~」


『そんな特殊ミッションが・・・』

『確かにそれは一人じゃ無理だ』

『ゲームみたいな攻略条件だぁ』


あいつらも苦戦したのか。俺は初めて来たときは召喚獣たちと一緒に来た。ただ何度やっても倒れない上に霧が邪魔して、やりづらそうにしていたのを覚えている。たまたまシロとクロが同時にトドメを刺して戦いが終わった。


運が悪かったらここでエネルギー切れを起こして死ぬ可能性もあったしな。アレは人生で五指に入るレベルで死ぬかと思った瞬間だった。


俺はカメラを構えながら綾たちの動きを追った。


涼は≪氷神剣≫で流麗に戦っていた。ダンスをするかのような動きに美しさすら感じられた。一撃一撃を綺麗に受け流し、一ミリも攻撃が当たる感じがしない。そんな涼に嫌気が差したのか鎧騎士の動きはより攻撃的になる。


「ふふ、そんなんじゃ一生かけても当たらないわ」


動きが加速度的に速くなるが全く問題ないわ。正直この程度の動きなら千回はトドメをさせているのよね。だけど、双鎧騎士を倒すには同時に息を断たせる・・・・・・・・・必要がある・・・・・の。


片方が生きているともう片方が蘇ってしまうのは本当に面倒なことだわ。けど、綾の方もそろそろかしらね。私は終幕の準備をした。



綾は≪黒血剣≫を片手に持ち、表情を一切動かすことなく戦っていた。一見すると、鎧騎士と真剣に戦っているように見えるのだが、鎧騎士が感じられるのは傲慢なまでの侮りだった。綾は鎧騎士との戦いに退屈していた。


「遅いなぁ~早く本気を出せよ」


僕の言葉に双鎧騎士の剣筋がさらに速くなるが、所詮子供の戯れだ。眼を瞑っても対応できる。けど、こいつらにトドメを刺す時は両方同時じゃなきゃいけない。雑魚のくせに性能だけは生意気なんだよなぁ。


僕の方ではすでに終わりが見えた。涼の戦いを見る限り見つけた・・・・のは確実だろう。だから後は合わせるだけだ。



一見互角のように見えるが、綾たちが勝勢だ。後はどのようにトドメを刺すのかを探っているのだろう。すると、


「綾、後十秒後」

「OK」


剣戟が激しくなるにつれて、ダン配のコメントも盛り上がってきた。そこからは俺の戦場だ。視聴者に映像を届けるのは俺の役目。こいつらの勇姿を届けるために、俺はここ一番の集中を見せた。


『凄すぎる!』

『これ人間に可能な動きなのか・・・?』

『頑張れ綾ちゃん!』

『涼様潰しちゃえ!』


「「3、2、1・・・ゼロ」」

「「!」」


双鎧騎士の二体の身体の中から血の棘と氷の棘がえぐるように溢れ出てきた。


「≪黒血薔薇≫」

「≪氷針鼠≫」


技名を呟いた後、涼と綾は倒した双鎧騎士には目もくれずこちらに戻ってきた。手に持っていた≪黒血剣≫と≪氷神剣≫はさらさらと消えていった。双鎧騎士たちの赤い瞳は同時に闇に落ちた。


俺は何が起きたのか分からなかった。気が付いたら双鎧騎士の身体から黒い血と氷の槍があふれ出し、同時に息絶えた。勝ったのはわかるがこれは解説が欲しい。


「【黒血姫】、【白銀姫】、愚民共に貴様らの業の衍義えんぎをしてやれ」

「イラっとするな・・・」

「そうね。私もカチンときたわ」


綾と涼に凄まれるがここで変な声を出したらキャラがブレブレになる。というかお前らがこのキャラを発信したんだから俺が怒られるいわれはないだろうが。


「紅音たちから解説があったと思うけど、双鎧騎士は二体同時に倒さなきゃいけない。例えばどちらかが一秒長く生きていると両方に生き返られてしまうんだよ」


改めて聞いても鬼畜な条件だ。だからこそ俺も初見の頃は苦戦した。まさか同時に倒すことが条件だなんて考えるわけがないからな。


「双鎧騎士の正体はゴーレム。だから核となる場所を同時に破壊すれば一瞬で絶命するの」

「僕と涼がわざわざ戦闘をしていたのは核の場所をあぶりだすためだ」


なるほど。あんな激しい戦闘の最中そんな繊細なことをしていたわけか。


「核さえ見つかってしまえば、後はタイミングを合わせるだけ。私は、その、≪氷針鼠≫という技で任意の場所に氷を発生させることができるの。綾のもそうでしょう?」

「ああ。僕も綾と同じ論理で≪黒血薔薇≫を鎧騎士の内部に仕込んだだけさ」


『この中で綾様と涼様と同じことができるやつがいたら挙手』

『無理。≪氷神剣≫ですら無理。あれを作った瞬間に魔力切れを起こす』

『吸血鬼の権能を持ってる俺からしてもあんな高密度の≪黒血剣≫は無理。真祖だからできるチート』

『双鎧騎士って調べてみたら、Sランクじゃん。相手もだいぶおかしい』

『そんなやつを手玉に取れるとかどうなってんだこのパーティ』


俺も同じ気持ちだ。すると、≪精霊の宿木≫の後ろにある扉が開かれる。双鎧騎士を倒したことによって、【白滅の迷宮】の主と対面できることになった。


「どうする?このまま攻略しちゃう?」

「俺様はいつでも準備OKなのです!」


涼と綾は一瞬考える素振りをした。そして、


「≪精霊の宿木≫を視聴者に見せておいた方がいいだろう。ダンジョンじゃ中々お目にかかれないしね」

「そうね。ついでに私は休ませてもらうわ。技名を言ったから精神的に疲れた・・・」


綾と涼は≪精霊の宿木≫に身体を預けている。俺は一瞬だけその様子を見せた後、≪精霊の宿木≫に焦点を当てた。


『神々しい・・・』

『こんな木があるんだ』

『デカくね?何メートルくらいあるんだ?』


見たこともないものに感動してくれているようだった。俺も≪精霊の宿木≫の姿を見て、感動している。何せいつも見る景色は霧の中。ほとんど全貌など見えないのだから、実質初見だ。


「ふっ、刹那の安寧か・・・」


『ふっ、じゃねぇのよ!』

『お前黙れ!』

『【漆黒の堕天騎士】がいるのを忘れてたわ』

『お前はここで精神を治せ』

『俺の古傷をえぐるんじゃねぇよ!』


俺が漏らした言葉でコメントが炎上していた。普通に泣ける。



「それじゃあ行くのです!けん・・・じゃなくて【漆黒の堕天騎士】!しっかりと俺様を撮っておくのですよ!」

「ふっ、我を侮るな」


また炎上している気がするが俺は見ないことにした。世の中には知らなくてもいいことなんてたくさんある。蒼は一人で扉の奥に入っていってしまった。


「せっかちな犬だなぁ、僕らも行くか」

「そうね。そろそろ晩御飯の時間だもの」

「お腹減ったしね~」


蒼に続いて三人とも扉の奥へと入っていった。俺も一番後ろから入っていく。


扉の奥に行くと、目の前に見えてきたのは金の玉座だ。そこには様々な宝飾品が埋め込まれていた。しかし、そんなものが霞むくらいのものがその玉座に座っていた。


牛の頭を持つ巨人、ミノタウロス。世界中で語り継がれている有名な怪物の一匹だ。その怪物は俺たちを敵とみなしたのか、玉座から立ち上がった。そして、


「モーー!」


咆哮を鳴らす。


『耳がヤバイ!』

『ミュート!』

『意識が飛びかけた』

『いってぇ!』


画面の向こう側にいる視聴者にも届いてしまったらしい。今でこそうるせぇとしか思わなくなった咆哮も昔は結構辛かった。


「すまぬ」


謝っておこう。視聴者には音量を下げて配信を観てくれると助かる。そんな初見泣かせのミノタウロスの咆哮に全く動じない【女王四重奏あいつら】はただミノタウロスを見ているだけだった。そして、一匹の獰猛な犬が前に立つ。


「今日はタン塩なのです!」


蒼は紫雷を纏う。目前にいるミノタウロスの身長は10mほどだ。


「蒼、技名忘れているわよ?」

「あ、う」


蒼が涼の言葉で動きを止めていると、ミノタウロスが棍棒で蒼を吹っ飛ばした。フルスイングでぶっ飛ばされた蒼はそのまま壁にぶつかるまで後ろに飛ばされ続けた。


「大丈夫か!?」


キャラを忘れて蒼の下に走って向かった。


『蒼ちゃん!?』

『人間が空を飛んでるのを初めてみた』

『いくら蒼ちゃんでもこれは・・・』

『チート能力があるし、大丈夫じゃね?』


「モー!」


ミノタウロスが勝利の雄たけびを上げる。一撃で仕留めたという手ごたえがあったのだろう。ミノタウロスの興味は蒼から他の三人へと向いた。砂煙が舞っているので蒼が今、どんな状態なのか分からない。


「牛のクセに生意気なのです!」


煙を紫雷を使って吹き飛ばす。蒼の身体を見ると、服に砂埃がついているだけで、肌にはまったく傷が付いていなかった。


「あれ?どうしたのですか?」


蒼が俺の方を見て、俺の行動と表情を見て異変を感じ取ったのだろうが、あまりに天然すぎて、俺は心配して損をした気分になる。


「穢れなき【獣王妃】に傷がついていたら嘲笑してやろうと思ったのだが無駄な努力に終わったな」

「?」


蒼のリアクションに耐えらえなくなった俺はマントを翻して颯爽と退散させてもらおうと思った。


「あっ、俺様のことを心配してくれてたですね!?」

「違うわい!」


内心を当てられて、俺の声が裏返った。


「えへへなのです!ありがとうなのです!」

「だから違うっての!」


蒼は獰猛な狩人から天真爛漫な少女の表情になる。俺の否定の声など耳にもくれず、全身で喜びを表していた。


『砂糖を吐きそう』

『蒼ちゃん可愛い!【漆黒の堕天騎士】は潰す』

『こいつの厨二発言は後世まで残し続けてやる!』

『蒼ちゃんにあんな表情をさせたんだから殺られる覚悟はあるんだろうなぁ?』


健児に対する殺意と蒼に対する好意で今日一番の盛り上がりを見せた。


「今度は僕もやられてみようかな・・・」

「私もピンチを演出してみようかしら」

「あたしも」

「「お前(あなた)は無理(よ)」

「なんでよ!?」


後ろで何かしゃべってるようだが聞こえない。俺はもうこの居心地の悪い空間にいたくないので蒼に指示を出した。


「【獣王妃】よ。貴様を葬ったと勘違いした愚王が再び貴様を亡き者にしようとしている。どちらが王を冠するにふさわしいかをその身に刻んでやれ」

「はい!なのです!」


見ると、ミノタウロスがこっちに向かって歩いてきていた。大きさが大きさなので後五秒もしたらこちらに辿りついてしまうだろう。そして、蒼が再び紫雷を纏う。


「≪紫雷纏≫!」


紫色の雷が蒼の周りで発光する。そして、その雷を槍のような形状にしていく。


「モー!」


蒼の技が危険だと思ったのかミノタウロスは慌てた様子で棍棒を投げ飛ばしてきた。歩いていたら間に合わないと判断したのだろう。ミノタウロスの体長と同じくらいある棍棒だ。それが野球選手よりも速いスピードで投げられた。


このままでは直撃だが、蒼は動じない。そして、右手にある紫雷の槍を槍投げの姿勢で投げ飛ばした。


「≪紫雷槍≫」


蒼が静かな声で真顔で呟く。その時の蒼の顔はいつもとは全然違って妙な美しさがあった。


蒼の正面には跡形もなくなったミノタウロスの棍棒と、頭を一点で抜かれたミノタウロスの亡骸だけが残っていた。


「ふぅ!タン塩ゲットなのです!」


『気が付いたら、ミノタウロスに穴が空いてたんだが』

『動画を見直しても何かを投げ飛ばした後にどうなったのか全くわからん』

『説明ください蒼ちゃん!』

『わいも気になるぅ』


「【獣王妃】、業の衍義を」

「?あっ、分かったのです!俺様が雷を纏って、こうやってコネコネして、トンガリを作ってぶん投げたのです!」


なんの説明にもなってねぇよ・・・


『うんわかったよ!』

『そうだよね~雷を投げたんだよね~凄いね~』

『おバカっぽいところが可愛い!』


コメント欄は孫を見るかのような温かいもので溢れていた。視聴者が納得してくれてるんだったらそれでいいや。


雷の速度は光と同じと言われている。光と同じエネルギー波を蒼が帯電していると考えたらゾッとするけどな。


「お疲れ。これで終わりね」


涼たちが最後の挨拶をするために近付いてきた。≪白滅の迷宮≫の主を倒したのだからこれ以上配信を続ける理由はない。


最後に≪女王四重奏≫がカメラに全員映る。


『もう終わりかぁ』

『嫌だぁ!』

『まだ観てたいよぉ!』


まだ観ていたいという意見がたくさんある。これならどんどん人気になれそうだ。


「今回の僕たちの冒険はここまでだ。最後まで観ていてくれて感謝する。また明日、同じ時間に配信するからぜひ観てくれ」

「後、今日初めて観てくれた人はチャンネル登録と高評価のほど、よろしくお願いするわ」


綾と涼が次回の番宣とくれくれを行うようにカンペを送った。これならまた視聴者も増えるはずだ。そして、もう一回捲る。


「明日会えたら嬉しくなんて・・・ないわけないじゃない、馬鹿・・・その、またね・・・」

「また明日なのです!」


紅音が照れながら半デレをして、蒼が元気いっぱいに閉める。俺も最後くらいファンサをしておくか。


「さらばだ愚民共。はっはっはっはっは」


『最後のいらない』

『邪魔』

『神動画を汚すなカス』

『病院へGO』


俺のファンサは最悪だったようだ。

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