8
あまりの数字に声が出てこない。こいつらに復讐してやろうと考えてやったことが完全に裏目に出た形だ。ただここまで有名になってしまうと俺ではどうともできない。
「悪い、俺が変なことを考えたばかりに」
俺はベッドにナチュラルに座っている【
「健児、なぜ頭を下げるですか?」
「え?」
「別に怒ってはいないのよ?ただ驚いているだけで」
「そ、そうなのか」
俺は一安心する。拷問くらいはされるとは思っていたので意外だった。
「まぁ動機に関しては色々言いたいところはあるけどな」
「うっ」
「あたしたちの動きを舐めまわすように見ていたのがカメラワークからも伝わってきたしね。普通にドン引きさせられたけど・・・」
「ごめんなさい」
俺は土下座をする。邪な意図しかなかったし、それをバレたなら最大限の誠意を見せるしかないだろう。
「ふふ、もう気にしてないわよ。だから顔を上げて」
「涼・・・」
涼の顔を見ると本当に怒っているわけでもなく気にしている様子もない。オイタをした子供に対する母親の表情をしていた。
「あいつズルくない・・・?」
「ズルいのです・・・!」
「あ、あたしがあの役をやるつもりだったのに・・・!」
涼しか見ていない健児の裏で綾たちが涼を非難していた。
●
俺たちの間に和やかなムードが流れた。【
「今日健児の部屋に来たのはこれからの方針を話すためなんだよ」
「方針?」
「ああ、まずはこれを見ろ」
ベッドにふんぞり返る綾。偉そうなのがこいつのアイデンティティだが、俺のベッドに座っているのが妙に様になっている。そんな暴君が俺にスマホを渡してきた。俺は正座で丁重に受け取らせていただいた。
『すげぇなこのカメラマン』
『神』
『Sランクパーティをこんな風に撮影できる人がいるとは』
『カメラワークが神過ぎ』
『ハーレムとか舐めんな』
俺に対するコメントが複数ある。その中の九割くらいは俺への賞賛で一割は俺へのヘイトだ。美少女パーティに唯一いる男ということで嫌がられているらしい。まぁでも概ね俺への賞賛だ。
だけど、俺からするとなんでこんなに賞賛されるのかと疑問に残る。俺としては普通に行動しているだけだ。Sランクだかなんだか知らないけど、こいつらの動きなら慣れればみんな撮れるだろう。
まぁそれはそれとして褒められるのは嬉しい。いつもヘイトしか集められない俺がネットでは有名になれた。しかも女の子らしき人も褒めてくれている。ただ俺の目の前で絶対零度の視線をこっちに向けてきた四匹の獣がいて日和った。
「そ、それでこのコメントがなんだっていうんだ!?」
勢いで逃げた。あいつらのガチ顔怖すぎ。
「後でお仕置きよ?」
「すいません」
逃れられなかった。涼はそのまま続ける。
「健児の動機はアレでもカメラマンとしての才能はピカ一だったってことよ。だから私たちはこのままダン配を健児に任せようと思うの」
「あっ、そういうこと」
「不満?」
「いやいやそういうことじゃない。ただ、今までダン配をしていなかったことが不思議でな」
【女王四重奏】のメンバーは性格はアレだがビジュアルは抜群だ。キャラも立っている。だから、ダン配をすればすぐに有名になることは簡単に予想ができた。金も儲かるんだから配信しない理由はないと思うんだが・・・
ちなみにダン配の配信は一回の再生で0.1円ほどだ。つまり今回で百万円ほど儲かったことになる。
「自動モードじゃ、私たちの動きに付いてこれないのよ。あんたも知っているでしょ?」
「そういえばそうだった」
紅音の指摘通りだ。だからこそ俺はそこに復讐のアイデアを思い付いたわけなんだからな。失敗した上に看破されていたけど。
「じゃあ俺みたいなカメラマンを雇えばよかったじゃねぇか」
「「「「・・・」」」」
「?」
一斉に沈黙する。俺変なことを言ったか?
「・・・僕たち目当ての変なやつしか集まらなかったんだよ」
「なるほどな」
綾の言うことで納得した。綾たちが募集をかけても出会い目当ての盛った男子しか集まらないと。そうなると色々面倒くさすぎるわけか。
「?俺様達、カメラマンなんて募集をかけたことってあったで・・・むぐぅ!」
蒼が何かしようとしたところで三人が一斉に蒼の口を抑えた。何かタブーでも口にしようとしたのか。紅音がこっちをキッとにらんできた。そして、
「費用をかけるくらいならあんたを脅した方が早いと思っただけよ!」
「一番最悪じゃねぇか!」
紅音の言葉に俺はツッコまずにはいられなかった。単純にコスト面でタダの労働力が欲しかったらしい。
「まぁこれからは私たちも配信をしていくわ。だから、健児も今まで以上に頑張ってね?頑張らなかったら健児が私たちの下着を狙っているって報告しなきゃいけないから」
「誠心誠意頑張らせていただきます!」
俺に断るという選択肢は最初からない。しかも、しっかり撮らなかったらどうなるかわかっているなと脅されてしまった。すると、予期せぬ来訪者が来た。
「健児?入るわよ?」
「え?」
ノックもそこそこに母さんがドアノブに手をかけてきた。いつも通り俺の反応を無視して開けられたのだが、今日は良くなかった。
「イフリートの素材をどうす・・・あら」
俺の部屋にいる幼馴染達をバッチリ見られてしまっていた。しかも四人もだ。俺はどう言い訳をしたらいいのかと思考をめぐらせたが、いい言い訳が全く思いつかない。母さんからの第一声に身構えておくと、
「いらっしゃいみんな」
「お邪魔しているのです!」
「「「お邪魔しています」」」
挨拶をしただけで終わってしまい、拍子抜けしてしまった。もっと何か言われると思って身構えていた俺が馬鹿みたいだ。
「ふふ、いつも元気ね。蒼ちゃん」
「はい!俺様いつも元気です!」
蒼が見えない尻尾と耳をぶんぶんさせているのが分かる。
「綾ちゃんはどう?」
「いつもお世話になってます。おかげ様で元気です」
「気色悪」
「はは、健児は面白いな」
母さんに見えないところで黒円を発生させて、俺の足に血の棘が刺さっている。
「義母様もいつもお元気ですね」
「ふふ、ありがとう涼ちゃん」
涼の言い方がちょっとおかしい気がする。
「黒海さん!これうちの母からです!」
「あら~いつもありがとね~」
「い、いえ、別に」
紅音は褒められてこそばゆいのか落ち着きがなくなった。
それから母さんとこいつらが談笑を始めてしまった。いつも通りというか久しぶりに会ったという感じがしない。そういえば綾が母さんから黒歴史ノートをもらったとか言っていたから交流自体はあったのだろう。
それより母さんは綾たちの恰好とかを指摘しないのだろうか。こういう場面って『ごゆっくり~』とか言われて誤解される場面だとは思うのだが。
「どうしたの健児?」
「いや、何も」
俺は知らず知らずのうちに母さんを見ていたらしい。俺は用がないなら早く出て行って欲しいと思いながら俺への賞賛のコメントを見て自己承認欲求を満たしていた。
「それにしても」
母さんが意味深な言葉を呟きながら、綾たちを見ている。そして、爆弾が落とされた。
「
「は?」
俺は母さんの言葉に顔を一瞬でそっちに向けた。さっきまで話なんて全く聞いていなかったがその一言で反射的に反応してしまった。そして、そのまま幼馴染連中の方に顔を向けると、綾たちは羞恥心で顔をパクパクとしている。
「ふふ、ついに直接「黒海さん!ちょっと黙ってください!」
涼がいつもの落ち着きをなくして、母さんの口を塞ぐ。紅音と蒼も一斉に母さんを羽交い絞めにして行動不能にした。そして、綾は俺の胸倉を掴んだ。
「健児!今、黒海さんが言ったことは誤解だからな!?近くの銭湯でよく会っているから裸の付き合いってやつだけだから!」
「は、はい!分かったから!!」
「変なこと考えるなよ!?」
「わ、分かったって」
綾の真っ赤になった顔とその剣幕から俺はこれ以上この話題に触れるのはよくないと思った。
●
「何よぉ。まだ
「ち、違います」
「今日は焦っていて・・・」
「もぉ~早くしないと別の子に取られちゃうわよ?」
「うっ、分かっているのです」
健児と綾の背後で話していた内容は健児の耳に入ることはなかった。
●
「とりあえずはこんなところかな。質問があるなら聞いておくけど?」
「じゃあ、あたしから」
うちの母親が乱入してきたせいで色々狂ったがダンジョンの話に軌道修正した。どのように明日からダン配をしていくのか。ダン配の分け前はどうするか。公園のダンジョンのどこに行くのかなどを入念に共有した。
綾が文書にしておいてくれたので俺たちはそれを読んだだけ。概ね賛成なのだが、一つだけ気になるところがある。紅音が手を挙げたということは多分そこだと思う。綾は発言を許可した。
「自分の技に名前を付けるのって必要なくない?」
紅音の疑問に、涼と蒼もうんうんと頷いた。
「いや必要だ」
「なんでよ!」
「ただただ魔獣を屠るよりも、技名を叫んだ方が動画を見ている人に響くからだよ」
「意味が分からないわ」
「一応データもある。技名を言った場合と言わなかった場合とで動画の再生数を比較してみると・・・」
綾が色々なデータを持ち出し、いかに技名を付けることが良いかを熱弁している。涼、紅音、蒼はポカーンと聞いているが、俺はここまで熱くなっている理由は分かっている。
【女王四重奏】の配信のコメントを見るために俺は自分のスマホを検索した。すると、
『すげぇこの子。僕っ娘の上に厨二と病持ちと来たか』
『自分の攻撃に技名を付けるって冒険者あるあるなん?』
『いや、恥ずかしいし名前を言う暇は基本的にない』
『この子可愛いけど、共感性羞恥を与えてくる』
『わかる。俺も古傷が疼く』
『私も』
つまりはそういうことだ。おそらくこのコメントを見て、綾は恥ずかしくなり、他三人も巻き添えにしてやろうという魂胆だろう。綾を見てみると、うっすらと赤くなっているので俺の考えは当たっていそうだ。
俺は意図せぬうちに復讐が達成できたことに喜びを感じた。それと同時に綾に対して優しい視線を送る。いまだに治らない綾の病気がいつか治りますように。
紅音たちはいまだに頑として断っているが、俺としては綾の願いを叶えてやりたい。そうすれば自然と三人にも復讐できるわけだからな。
「綾の言う通りだ。お前らも技名をつけろ」
「「「!?」」」
三人は大事な人に裏切られたようなそんな顔をしていた。千載一遇のチャンスを逃すわけには行かない。
「動画を映えさせなきゃいけない俺としては綾の言うことに賛成だ。視聴者はお前らのそんな姿を見て、楽しんでくれるんだからな」
「くっ・・・その通りだけど・・・」
紅音が呻く。いいぞ。この流れは俺の方に来ている。そして、
「仕方ないわね・・・」
「涼!?」
「健児の頼みなら仕方がないのです・・・」
「蒼も!?」
これで残るは紅音だけだ。全員の視線を一身に浴びている紅音はうっと唸り、顔を真っ赤にしながら、最後にはあきらめの言葉を吐いた。
「決まりだな。明日までに技名を考えて来いよ?」
綾が満足そうにしている。巻き添えを増やすことで自分の影を薄れさせようっていう魂胆が丸見えだった。
「それじゃあ解散かな」
「いや、ちょっと待て」
「ん?」
俺は一つだけやりたいことがあった。ここまで来たのだったら面倒事を終わらせたい。
「最後にメンバー紹介の動画だけ撮らねぇか?お前らの名前とか色々知りたいってやつがコメントでたくさん書かれているからよ」
コメント欄を見ると、名前を教えてだの、異能を教えてだの【女王四重奏】のことを知りたいという人間が多かった。明日、ダン配を行うなら丁度良いだろう。
「それもそうだな。お前らもいいよな?」
【女王四重奏】のメンバーは全員頷いた。
「ダン配を準備するからちょい待ち」
「なら僕たちはその間に制服を持ってくる。流石にこの格好は不味い」
「それなら俺の前でも服を着ろ」
「「「「・・・」」」」
「どうかしたか?」
「いえ、慣れって恐ろしいわね・・・」
「?」
意味深なセリフを残して綾たちは窓から自分の家に制服を取りに行った。
●
俺の部屋で撮るといかがわしい感じになるので、ベランダに出た。そして俺はダン配をスタートさせた。
『おっ、【女王四重奏】が配信を始めた!』
『なんだなんだ!』
『こんばんは~』
『メンバー勢ぞろいしてる!』
『わくわく!』
すげぇな。まだ配信して数秒しか経ってないのに、既に100人を超える視聴者が来ていてた。とはいってもこいつらはダン配に慣れていないので俺がカンペを出して指示をすることになっている。
『まずは声を揃えてパーティ名の挨拶+最大限の笑顔で』
「「「「こんばんは、【女王四重奏】で~す!」」」」
よしうまくいってる。笑顔はもちろんのことだが、手を振ったりしているところもポイントが高い。こんな顔ができるなら俺にもいつもその態度で頼みたい。
『可愛いぃぃぃ!黒髪の子最高!』
『銀髪の彼女が美しすぎる・・・』
『赤髪の子も綺麗~』
『俺はあの犬の娘が好きぃ!』
コメントはとんでもないことになっていた。見てくれだけは超絶良いからみんなうまいこと騙されてくれている。痛い、寒い、熱い、痺れる。余計なことを考えるなと指示されたので仕事を進めることにした。カンペを捲る
『綾から自己紹介。二つ名と自分の権能と趣味』
余談だが、Sランクに到達して者には二つ名が与えられるらしい。これはダンジョン黎明期にできた慣習らしく、人類を救う勇者に対する最大限の敬意とのことだ。
「【女王四重奏】の遊撃兼リーダーの北司綾。二つ名は【黒血姫】。僕の権能は真祖の吸血鬼だ。趣味はゲーム。なんでも好きだけどやっぱりボードゲームが一番性に合ってると思ってる。よろしく」
そういって綾は微笑みながらカメラを見ていた・・・と思うのだが俺の方を見ていると一瞬勘違いしてしまった。
『綾様!』
『僕っ娘厨二吸血鬼とか最高かよ!』
『ってか真祖の吸血鬼ってなんだ・・・?』
『吸血鬼の中でも最強の力らしい』
『【黒血姫】って名前がカッコ良すぎる』
『スーパーDチャット送りまぁす!』
そういって綾にどんどん投げ銭が送られてくる。俺はその額を見て驚愕したが、まだ一人目だと気持ちを切り替え、カンペを捲る。
『次、涼』
「後衛の白南涼よ。二つ名は【白銀姫】。権能はリバイアサン。氷や水系統の力を使うわ。趣味は、そうねぇ、あえて言えば勉強かしら?新しい知識を得るのが昔から好きなの。よろしく」
『涼様綺麗!尊い!』
『俺、目から涙が出てくるわ・・・』
『リバイアサンとイメージが合いすぎてる・・・』
『それな氷の女王だわ』
『奴隷になりたいぃぃ!』
涼も綾に負けず劣らずの投げ銭が送られてくる。人気が凄すぎる。俺は二年目なのに、未だに登録者数は四人、それなのにこいつらは一日で百万人。この世界は顔か・・・世の理不尽を嘆きながら蒼に話を振る。
『次、蒼』
「俺様、京極蒼なのです!え~と前衛で、二つ名は【獣王妃】なのです!俺様、身体を動かすのが大好きなのです。特に鬼ごっこがお気に入りなのです!あっ、権能を言い忘れてました。俺様、フェンリルなのです!よろしくお願いしますなのです!」
カンペを出しているのに、普通に間違えまくってる蒼。たどたどしい感じになったが、蒼の個性が出ててよかった。
『蒼ちゃんよろしく!』
『俺様っていう一人称最高!』
『犬耳、尻尾が可愛すぎる!』
『フェンリルって最強すぎじゃね・・・?』
『元気いっぱいで俺まで元気をもらえるわ』
『一家に一匹蒼ちゃんが欲しいぃ』
蒼も同様だ。投げ銭が凄まじい。涼や綾とは違った良さが出ているのがポイントが高いのだろう。さて、残りは一人だ。
『最後、紅音。
「うまいこと言うんじゃないわよ!」
「え?」
「え?」
俺は何を言われているのか全く分からなかった。コメントも完全に白け切っている。俺は何を言われたのかと困惑してしまっているが、紅音はやっちまったと顔を隠した。俺はカンペを見直した。
「あっ、トリって」
「ち、違っ!ああ~もうなんでもないわよ!」
「お、おう」
紅音は一人で勝手に暴走してしまったらしい。今回ばかりは俺が悪いので笑うということはしない。俺も人気者になろうとして滑りまくっていた時期があったから紅音の痛みはよくわかる。
『何が起きたんだ・・・?』
『分からん。でも可愛いから許す!』
『赤くなってるの最高!』
「ああ、もう!あたしは【女王四重奏】の式宮紅音!回復職担当!二つ名は【蒼炎妃】権能は不死鳥!趣味はカラオケ!」
勢いで押し切ろうとしているのが見え見えだ。ただ俺たち以外の人間にはそれが伝わらない。だから紅音にカンペを出してもう一度やらせようと思ったのだが、
「その、こんなに観てくれるなんて思わなかったら、その、う、嬉しいわ。ありがとね・・・?」
最後はうつむきながら、消え入りそうな声になった。ただ紅音の声は響く良い声なのでしっかりダン配に収まってくれていた。
『可愛いぃぃ!』
『中途半端なツン+デレデレ!』
『可愛いだけじゃなくて綺麗!』
『紅音ちゃんの青い炎に焼かれたいぃ!』
デレ成分が強すぎる紅音のツンデレで人気が爆上げ。これは紅音に教えた方が良いのだろうか。まぁいずれ知ることになるだろう。
ダン配のコメントは四人のことであふれかえっていた。誰が推しだの、嫁だの、最強だの、可愛いだのくだらないことで言い争っている。同接は30万人を超え、登録者数も指数関数的に増えていたので、やっといてよかった。
「それではご視聴ありがとうございまし「ちょっと待て」
自己紹介も終わったので俺はダン配を止めようとすると綾が割って入ってきた。
「まだメンバーを全員紹介していないだろ?」
「は?誰だよ?」
すると俺の方に四人が指を指してきた。
『そういえばカメラマンを忘れてたわ』
『カメラマンかぁ。見てみたい気もする』
『どんな顔してんだろ?』
『男だろ?興味ない』
ほれ見ろ。俺のことなんてどうでも良いんだって。コメントの七割はどうでも良いという反応。残り三割程度が俺のことを見たいと言っている。民主主義的には見る必要なんてないだろう。
「お前は僕たちの奴隷神ラマンなんだからしっかり映っておけ」
「うまいこと言うんじゃねえよ。まぁいいけどよ・・・」
「バカ!待て!」
俺がカメラに映ろうとすると、綾たちが一斉に俺を抑えてきた。
「少しお待ちくださいなのです!」
蒼がカメラをミュートにする。フレームに収まらないところで俺たちは会議を始めた。
「何すんだ!?」
「あんた、自分の体質を忘れたの?」
「あ」
そうだ。俺は女をビビらせてしまうという恐ろしい特性があった。俺にビビらないこいつらと一緒にいたから普通に忘れてたわ。
「だったら俺は映らない方がいいんじゃないか?」
「安心しろ。対策はしてある」
「対策?」
綾が黒穴から取り出す。それは衣服だった。畳んであったのを綾が広げると、それはよく見覚えのあるものだった。
「お、おいこれって」
俺が中学二年の時にお気に入りの恰好だった。。黒いマントに黒いマスク。ざっくり言うと厨二スタイルだ。黒歴史として封印していたのにどうして綾が持っているんだ!?
「なんでお前らがそんなもん持ってんだよ!?」
「黒海さんがくれた」
「母さんの馬鹿野郎!」
うちの母さん、俺の仇敵たちに色々なものを渡しすぎだろ。
「ほれ着替えられないなら、僕たちが着替えさせてやろうか?」
「くっ、ふざけんな!俺は帰る!」
俺はなんとか逃げ切ろうとしたが、こいつらの能力で一瞬で捕まえられた。そして、無理やり着替えさせられた。一回着てみると、『アレ?これ似合っているんじゃないか』と思ったが、目の前で爆笑している幼馴染達の様子を見て我に返る。
「お前ら覚えてろよ?」
結局俺はカメラの前に立たされた。しかも一人で。
『お、おいこいつもまさか・・・』
『痛すぎる・・・』
『さっきまで興味なかったけどここまで酷いと同情するわ』
『奴隷神ラマン頑張って!』
『古傷がぁ!』
綾からカンペで指示が送られた。
『自己紹介しなさい。もちろん二つ名とその格好での一人称でね』
「くっ」
俺はSランクじゃないので二つ名なんてない。ということは過去の俺の名前を使えということだろう。逃げたいが、逃げようとすると最強の幼馴染連中に捕まってしまうので無駄な行為だ。俺にはこの地獄をすぐに終わらせる以外に逃れる選択肢がなかった。
「わ、我が名は【漆黒の堕天騎士】し、深淵を覗くものだ」
大爆笑している四人。俺はマスクの下で火山でも爆発しそうなものだった。噛み噛みで恥ずかしい。
『共感性羞恥ぃぃ!』
『こそばゆいぃ!』
『封印した扉が開かれそう!』
『やめてくれ!俺たちにはそのセリフが痛すぎる!』
『スーパーDチャット送るからやめてくれぇ!』
『意気込みを』
カンペで送られてきた。ええ~い覚悟を決めろ!
「ふっ、知れたことを」
『やめてぇ!』
『ふっ、てやるのマジでキツイ!』
『三途の川の向こう側にばあちゃんが・・・』
『この人でなし!』
「この刹那を英雄共への鎮魂歌とし、我らは今宵、革命の神歌を冥界へと布告する」
自分でも何を言っているのか分からん。だけど、我に返った俺の瞳は虚ろだった。もう殺してください。
●
「よしこれで挨拶は終わったな」
「ええ、そうね」
「明日からのダン配が楽しみ!」
「俺様もです!」
俺の部屋でキャッキャと話す幼馴染達。俺は空を見て心を無にしていた。ダメージがデカすぎた。
「それじゃあ健児、また明日な」
「おーまたなー」
アイツらが帰った部屋で俺は一人、過去に犯した罪の禊をしていた。
なおスーパーDチャットは俺が一番多かった。アンチたちが俺の哀れすぎる姿に同情してくれたことが大きかったとか。ファンが増えたのは嬉しいけどこんな形じゃない方が良かった。
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