3

昼休みを告げる鐘がなる。クラスメイト達は各々友達とともに和気あいあいと昼食をとろうとしていた。俺はというとDINEを見返して憂鬱になっていた。


「昼休みに屋上で」


簡潔な文に俺のため息は止まらない。悪魔に弱みを握られた俺に逃げ道はないんだよなぁ。でも、行くのも面倒。俺は机で頭を抱えて考えていると、


「僕を待たせるなんて偉くなったもんだね?」


背後に今会いたくない筆頭の人間が立っていた。まだ授業が終わってから五分も経ってない。


「・・・なんでいるの?」

「健児が来ないからに決まっているだろ?さっさといくぞ?」

「ちょっ、掴むな!」


俺は綾に腕を引っ張られて、教室の外に連れ出されそうになる。クラスメイト達は綾が珍しいのか会話を止め、俺たちの方を見ていた。すると、


「あの、北司さん?」

「ん、どうしたの?」


俺に対する笑顔と違って、凄い爽やかな笑顔をしている。声をかけたイケメンがドキッとしているが、こんな女と恋に落ちても奴隷人生が待っているだけだぞ?さりげなく俺の足が踏まれている。痛い。


「恐山って、鬼畜らしいけど・・・もし弱みを握られてるなら、俺たちが助けるよ?」


俺のことを親の敵のように見てくる。大方俺をぶっ飛ばして綾に恩を売ろうとかお近づきになりたいという魂胆だろう。でも、これはありがたい。俺と綾を引き離してくれるなら、彼の応援をするまである。


教室の女たちも一斉に声を上げた。やれ、俺がレイプ魔だの、犯罪者だの、根も葉もないことを言われまくる。よっぽど俺に対して鬱憤が溜まっていたらしい。反論しても無駄だということはこれまでの人生でよくわかっている。


それに綾もこれだけ評判の悪い人間と傍にいたらこれからに関わるだろう。これを機に腕を離してくれると助かるんだが・・・


「ふむ、酷いな」

「だろ?そんな奴から手を離してこっちに来たほうがいいよ?」


そういって綾に手を差し出す彼。良かったな。これで性格を除けば最高の彼女ができるぞ。


「勘違いするなよ?酷いのは君たちのことだ。僕は君たちのような眉唾物の噂を信じて一人をイジメるようなやつらが大嫌いなんだ。二度と声をかけないでくれ」

「え、ええと」

「ほらいくぞ健児」

「お、おう」


目の前のヒーローは何を言われたのか分からないという面白い表情をしていた。俺もまさか綾に庇われるとは思わなかったので再起動に時間がかかってしまった。俺は綾に腕を引かれたまま教室を出て廊下を歩いている。俺の方を振り返ることなくずんずん歩いていく綾に俺は声をかけた。


「お、おい、綾」

「なんだよ」

「とりあえず腕を離せ」

「・・・悪い」


学校一女からの嫌われ者が美女に腕を引かれているので注目されていた。綾は俺の声で周りの状況を把握して現実に戻ったらしい。俺たちは綾を前、後ろに俺という並びで、屋上に上がるまで何も話さなかった。



屋上でフェンスに二人で並んで座る。心地よい風が吹いているので、気持が良い。


ただ、この無言の状態は居心地が悪い。綾がさっきから一言も話さないのだ。あのクソ生意気マウントガールがここまで大人しくなると何かあるのではないかと疑ってしまう。ただ、綾は性根は腐っているが、人を傷つけるようなことはしない。


とりあえず俺から話しておくべきだろう。


「ありがとな」

「・・・?」


心底何を言っているのか分からないという顔で俺の方を見てくる。


「だから、庇ってくれたことに感謝してんたよ。そのくらい分かれ」


俺は綾とは反対方向を向いてお礼を言う。今まで俺をこんな風に表立って庇ってくれる人間なんていなかったからな。自然と感謝の言葉が出た。


「ふん、健児のためにやったわけじゃないよ。ただあいつらにムカついただけだから・・・それに、僕らのせいだしな・・・・・・・・

「・・・?」


最後の方は何を言っていたのか分からなかった。そして再び、気恥ずかしいようなそんな生暖かい空気が俺たちの間を支配した。


俺は再び綾を横目で見るが、何回も見なくてもとてつもない美人になっていた。あのクソ餓鬼がどう進化したらこうなるんだか。だけど不思議とこいつになつかしさのようなものは感じない。まるで毎日会っているかのようなそんな気分にさえなる。


「そういえばよー」

「見つけた!」


俺が綾に気になったことを聞こうと思うとドアがバーンと開かれた。そして、そこには深紅のロングヘア―をポニーテールにまとめていてエメラルドの瞳を持つ美少女が現れた。


「ちっ、バレたか」


綾が舌打ちをした。知り合いらしい。謎の美少女がずんずんとこっちに歩いてくる。


「ちょっと綾!抜け駆けは禁止って言ったわよね!?」

「ふん、僕が最初に見つけたんだ。これくらいの役得はあって当然だろう?」

「だからって集合場所も伝えないとかどうなってんのよ!」


ギャーギャーと喧嘩を始める二人。何が何だか分からないが俺も止めに入らないと不味い気がした。


「お、おい」

「何よ健児!あんたもあたしを見捨てて他の女と遊んでいたんだから同罪なんだから!」

「人聞きが悪すぎんだろ。じゃなくてなんで俺の名前を?」

「はあ!?ちょっとあたしのことを忘れたの!?」

「いや、あんたみたいな美人さんが知り合いにいたら絶対に忘れないぞ?」

「び、美人って。ふん、あんたにそんなことを言われても嬉しく、嬉しく・・・ないんだからね?」


微妙にツンデレになっていない。顔がにやけそうなんだけど、強い表情を保たないといけないとせめぎ合っているそんな感じだった。その姿に若干悶えかけた。すると、隣で面白くなさそうにしている綾がいた。


「僕だって同じことを言われているんだから、調子に乗るなよ紅音くおん?」

「わ、分かってるわよ!」

「待て、今紅音って言ったか?」


俺は驚愕を隠せずにいた。まさかと思ってまじまじと紅音と呼ばれた美少女の顔を見てみると確かに面影がある。


「ふん、そうよ。昨日、じゃなくて久しぶりね」

「お、おう」


式宮紅音しきみやくおん。綾と同じく俺の幼馴染の一人だ。昔から芸術関連に優れていて、どんなに俺が手を尽くしてもボコボコにされてしまっていた。特にカラオケの点数勝負なんてしようものなら毎回負けて俺の恥ずかしい音声を録音されてきた。


綾と同じく復讐してやろうと思った一人だったが中学になってから疎遠になってしまい、そのチャンスがついぞ全く回ってこなかった。だが、同じ高校で、しかもとてつもない美人になって再会するとは・・・


「昨日の夜も役得してたわよね?一回痛い目に合わせないと治らないのかしら。ねぇ綾?」

「俺様怒ったのです。綾は喰い殺すのです!!」


再び屋上の扉から美少女が二人も現れる。紅音と同じく綾に対して怒っているようだ。すると、ホワイトベージュの髪を腰まで伸ばしボロボロのカチューシャをしている美少女が俺を見てパアっと笑顔になった。


そして、目の前から消えた。


「健児!会いたかったのです!」

「なっ!」


いきなり俺の背後を取ったかと思えばそのまま背中におんぶの体勢で抱き着いてきた。色々当たっちゃいけないものが当たって不味いことになりそうだが、なんとか理性を総動員して耐える。


「誰だよお前!?」

「え・・・?」


すると凄くショックを受けたような顔になる美少女。罪悪感が半端ない。


「健児、俺様のことを忘れたのですか・・・?」

「俺様・・・?」


なんか聞いたことがある声のトーンだ。そして、後ろを見ると見覚えのあるボロボロのカチューシャとパープルの瞳。


「まさか・・・あおなのか・・・?」

「!そうなのです!この姿で会うのはお久しぶりなのです!健児!」

「うっ、首が・・・」


蒼が俺に後ろから抱き着いてくるがその膂力で俺の首が締まり息ができなくなる。


京極蒼きょうごくあお。こいつも幼馴染で運動能力がずば抜けた天才だ。ありとあらゆる競技を極めていて、何度挑んでも勝つことができず、罰ゲームでプロレス技をかけられまくった。こいつも同じく復讐してやろうと思った一人だが、再会できずに終わっていた。


まぁそんなことは置いておいて、首がヤバイ。さっきから密着しまくっている蒼の感触を楽しむ前に俺の命が危ない。そう思っていると、


「っ!何をするのですか!りょう


蒼めがけて氷が発射された。それを蒼は軽々と躱した。


「貴方がそのまま健児を抱き続けたら死んでいたわよ?」

「うっ、ごめんなさいなのです・・・」

「はあはあ、気にすんな」


女にハグで殺されたなんて恥ずかしすぎる。だから俺は精一杯強がることにした。そして、三人の幼馴染に『りょう』と来た。それならこの美少女の正体は、


「久しぶりだな、涼」

「ええ。貴方も元気そうでよかったわ」

「おう・・・って何してんの?」

「蒼にやられたところが痛むでしょ?冷やしてあげるわ」

「お、おう」


調子が狂うことを言われる。白南涼しらなみりょう。最後の幼馴染だ。昔から滅茶苦茶頭が良くて勉強では一度も勝てたことがない。野球拳クイズとかいう謎の勝負で毎回すっぽんぽんにされ、いつかこいつもと思っていたのだが、他の三人と同様、機会がなかった。


「これで痛みが残ることはないはずよ」

「ありがとな」

「礼なんていらないわ。私と貴方の仲だもの」

「っ」


整った顔とそのサファイアの瞳で見つめられて俺は目を逸らしてしまう。銀髪を長く伸ばし、耳上の髪を三つ編みでまとめている。


「おい、涼、健児は僕の奴隷だ。早く返せ」

「何言ってんだ?」

「そうよ。あたしのなんだから返しなさい!」

「違うお前らのものじゃ「俺様のペットなのです!」話を聞け!」

「いやよ。わたしが捕まえたんだから」


俺の人権を無視して俺の所有権を争う幼馴染共。そして、だんだんと様相がおかしくなってきた。涼は周囲を凍らせ、紅音は炎を引き起こし、蒼は雷を纏い、綾は黒い穴を何もないところに発生させる。見たことがある光景だった。


「おい、お前ら・・・」

「「「「くたばれ(なのです)!」」」」


俺の言葉を無視しておっ始めた彼女たちの戦いが屋上で五分くらい繰り広げられた。



「それで何がしたいんだよお前らは?」


俺はあの神々の戦争のような屋上でなんとか生きていた。なんというか昔から丈夫なのだ。俺はこいつらが争っている間に逃げてやろうと思ったのだが、一瞬で捕まり、膝立ちの姿勢になっている。諦めてこいつらの用事を聞くことにした。


「ようやく逃げる気がなくなったのね」

「お前ら逃がしてくれねぇからだよ」


俺は涼を睨みながら言う。だが、どこ吹く風といった感じで流される。


「まぁそんなに警戒するなって。これは健児にとってもメリットがあることだぞ?」

「俺にメリット?」


なんだそれ。こいつらと一緒に何かをすることで得られるメリットってなんだろうかと考えるが一つも思いつかない。


「そうよ!あんたにはあたしたち【女王四重奏プレデタークイーン】の雑用係に任命してやろうっていうの!感謝なさい!」

「丁重にお断りさせていただきます」

「なんでよ!?」

「むしろ俺が喜ぶと思っていたことに驚きなんだが・・・」


紅音以外の三人も同じような表情をしていた。一回こいつらの俺への認識を改めさせたい。


「【女王四重奏僕たち】からの誘いだぞ?S級パーティからのお誘いなんて誰もが羨む栄誉だっていうのに、健児は馬鹿なのか・・・?」

「いや、おれパーティとか知らないし・・・」


ダンジョンには普通パーティを組んで潜ることが多い。その方が生存可能性は上がるし、役割分担した方が魔獣を倒したり、素材を集めるのに何かと都合が良い。だけど、俺は人に嫌われまくっているので、ソロしか選択肢がない。


しかも、誰かと会うと、普通に怖がられるのでなるべく人がいない場所で探索している。だから姫神と遭遇したのは本当に運命としか考えられない。


「ふん!」

「ぷぎ!」


紅音に顔面を頭突きされた。


「痛ってぇな!何すんだよ?」

「あんたが気色悪い顔をしていたからつい」

「なんて理不尽・・・」


反省の色が全く見えない。俺が何をしたっていうんだよ。


「それで私たちのパーティに入るのかしら?」

「いや別にい「ダメよ」最後まで言わせろ」


涼は俺の言葉を遮ってきた。どうしても俺という労働力が欲しいらしい。


「それにS級?だっていうなら他にも人が集まるだろ?それこそお前らは美人なんだから野郎どもに声をかければ・・・ってなんて顔してんだ?」


前髪をいじったり、ソワソワしだした。


「び、美人だなんて言われても、う、嬉しくないわけではないんだけど・・・」

「健児のクセに超生意気・・・」

「美人・・・」

「俺様褒められたのです!えへへ」


四者四様の反応を見せる。喜んでいるようならよかった。これで俺よりも有能で奴隷根性があるサラリーマンみたいな雑用係が選ばれるだろう。


「じゃあそういうことで」

「「「「ダメ(なのです)!」」」」


四人から本気の異能で止められる。普通にケガするから勘弁してほしい。


「じゃあなんで俺なんだよ・・・理由を言え」


俺は諦めた。ここまで粘られるとタダでは返してもらえなさそうだ。だから、こいつらの求めている人物像、能力、その他もろもろを基にテキトーな人材を紹介するって約束すればいいだろう。まぁ俺は友達がいないからそんなことは不可能だけど。


「そ、それは」

「?」


四人が口ごもる。予想外すぎる反応に俺も?マークが頭に浮かんだ。


「り、理由なんてどうでもいいだろ?健児は僕の奴隷なんだ。口答えせずにうんと頷けばいいんだよ」

「絶対王政が過ぎる・・・」

「そもそも断るなんて選択肢はないだろ?さっきの写真を先生にバラされたくなかったら言うことを聞け」

「最後は脅しか・・・」


結局それだ。俺の評判を鑑みるにもし綾に脅されたらこの高校を退学になるのは目に見えている。だけど、


「な、なんだよ・・・」


脅しているあいつらの方が追い込まれている感じがしてしまう。


「健児」

「ん?」


俺の袖をくいくいと引っ張る蒼の姿が隣にあった。うるうると瞳を震わせ、俺を上目遣いで見てきた。


「俺様のことを嫌いになっちゃったですか・・・そうだとしたら悲しいのです・・・」

「うっ」


蒼の言葉に罪悪感を覚えてしまう。実のところこいつらとは様々な勝負でボコボコにされてきたが別に嫌いではない。卑怯なことは何一つされていなかったし、こいつらと一緒にいた時間は楽しくないわけではなかった。


「そうね・・・私たちは酷いことをしたものね・・・」


涼が俯きながら呟く。


「あたしも『さーこさーこ』ってよくイジメちゃってたしね・・・」


紅音が俺の方を見て後悔の念を伝えてきた。俺はそんな姿に罪悪感が募る。俺は何も悪くないのになぜだ?


「おい、健児」

「あん?」

「僕は、その、お前に居て欲しいんだよ、分かれよ、馬鹿」

「お、おう」


綾の白い肌は真っ赤に染まっていた。物凄く恥ずかしいことを言われて俺も肌が紅潮してしまった。こいつらこんなに可愛かったっけ?


クソガキだった頃を知っている俺からすると違和感しかない。だけど、


「来週から姫神と一緒にダンジョンに入る予定なんだよなぁ」

「「「「・・・」」」」


空気が凍った。だが健児は全く気が付かなかった。


「とりあえず「おい健児」なんだよ・・・?」


綾から怪しいオーラが漏れ出ていた。他三人からもだ。


「お前に拒否権はない。今、この瞬間から僕たちの奴隷だ」

「は?なんで突然「このデータを晒すぞ?」すいません・・・」


さっきまでの甘い空気は完全に霧散した。


「それと明日からはほとんどの時間を僕らと過ごしてもらう。学校の時間はダンジョン・ダンジョン・ダンジョンだからな?」

「は?それじゃあ俺の時間がないじゃねぇか!?」

「うるさい!僕たちと一緒にいられるんだから光栄に思え!」

「理不尽すぎるだろ・・・」


幼馴染達の手によって、俺の高校生活は奴隷生活へと変化した。

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