2

「ただいま~」

「おかえり~、あら?何かいいことでもあった?」


リビングから母さんが出てきた。そして俺の顔を見て不思議そうに話しかけてきた。詮索されると面倒なので、俺はなんでもないように装うことにした。


「いや、何も?」

「へぇそう・・・」

「何・・・?」

「いや、別にぃ」


何か含みのありそうな言い方に俺も訝し気な視線を母さんに送ってしまう。ただここで会話を広げられても困る。おれはすぐに逃げることにした。


「んじゃ部屋に戻るわ」

「はいはい。今日はカレーだから19時くらいに呼ぶから」

「ん」

「後、みんな・・・来ているわよ」

「り」


俺は母さんの言葉に聞き半分でテキトーに頷きながら部屋に戻ることにした。階段を登って右手に俺の部屋がある。俺はガチャリとドアを開けた。


「あれは女の匂いね・・・あの子たち大丈夫かしらね~?」


母さんの言葉が健児に届くことはなかった。


俺の部屋は普通の男子高校生と変わらないと思う。ラノベと漫画の本棚が置いてあり、勉強机がある。後は自分用のベッドが一つ。俺は部屋を開けるなり鞄を投げ飛ばそうとするが、


「ワンワン!」

「うお!!」


俺の胸にホワイトベージュの犬が飛び込んできた。そして、そのまま尻尾をぶんぶんと揺らしながら俺の顔を舐めまくってきた。


「お、おい!アオ!」

「はっ、はっ、はっ」


大型犬にいきなり突っ込まれたので、しりもちをついてしまう。俺の言葉を聞いていないのか興奮度Maxで俺に擦り寄ってきた。


「分かった。分かったっての!」

「くぅん」


俺はよしよしと頭を撫でたり首の下を撫でたりする。それに満足したのかだんだんと落ち着きを取り戻したらしい。


「おお~よしよし」

「くぅん・・・」


どんどん頭を下げていきて、カエルのような格好になっている。尻尾をぶんぶん振っていることからリラックスしているのが良く分かる。いきなりで驚いたが、こうしてみると可愛いもんだ。犬って癒される。


すると、今度は右肩が重くなる。横を見ると、深紅の鷹が留まって、俺の頭を突いていた。


「痛い痛い!アカ!やめろっての!」


キツツキのような高速突っつきをされては俺の頭が穴だらけになってしまう。俺は左手を使って、追い払う。すると、俺の右の二の腕の上に乗っかって頭を下げてくる。その鋭い視線に委縮しそうになるが、これは頭を撫でろという合図だ。


「ピャー・・・」


俺は左手を使って顔辺りを指でさする。鋭い視線はそのままだが、鷹特有の鋭い鳴き声が優しくなる。これで癒されているということが分かる。


アカは俺の方を見ると、ほっぺを軽くくちばしでつっつく。そして、それをやると照れているのか向こう側を見てしまうのだ。キスをしているという意識はないのだろうが、可愛いことには変わりない。


「うひや!」


アカとアオを可愛がっていると膝の首元に重みと冷たさを感じる。俺はアカに止まり木に移動してもらって両手で首元にいるナニカを捕まえる。


「こらこらシロ。首に突然捕まるのはやめろって言ってるだろ?」


真っ白なうさぎを正面に抱きかかえて説教する。反省しているのかしていないのか分からないが俺の手の中で暴れまわっている。


「キュゥゥ!」

「生意気に反論か?それならこうしてやる!」


俺はシロを床に仰向けに寝させて、手で身体の前部分をこしょこしょと触りまくる。すると、くねくねと動き回って拘束を抜け出そうとするが所詮ウサギ。俺の拘束からは抜け出せない。


「キュゥ・・・キュゥ・・・」

「全く・・・反省しろよ?」


俺はシロにお仕置きという名の愛撫をたくさん行った。俺の愛撫テクニックで疲れたのだろう。肩で息をしていて、起き上がる様子がない。俺は頭を優しくなでた。


今度は腿が重くなる。何かが乗ったような感触がしたので、そこを見ると黒猫が丸くなって寝ていた。


「クロ・・・寝るならここじゃなくてベッドで寝てくれよ」

「にゃあ~」


テキトーにはいはいと言っているように感じる。俺の腿の上が心地よいらしい。まぁそれならそれでいいのだが、クロは甘えん坊だ。というかかまってちゃんだ。


今も放っておいてくれとももで寝ているが尻尾が完全に腕に触れている。これは手で触ってくれという合図だろう。


「はいはい、クロはかまってちゃんだなぁ」

「しゃあああ」

「こらこら噛むなっての!」


俺の手を噛もうとしてくる。そんなんじゃないと言っているような気がするが、そうだから仕方がない。


犬のアオ、鷹のアカ、ウサギのシロ、そして、黒猫のクロはペットではないが俺が本格的に怖がられ始めた中学からの仲だ。フラッと俺の部屋に転がり込んではくつろぎ、そのままテキトーに過ごして帰る。何よりも俺のことを怖がらないので親友と言っても過言ではない。


名前はテキトーに名付けた・・・というよりも頭に流れ込んできたのだ。普段はこいつらが何を言っているのか分からないけど要所要所でわかるときがある。不思議だ。


「ワンワン!」

「ピャアアアアア!」

「キュゥ!キュゥ!」


クロを構いすぎたせいで他の三匹が嫉妬したようだ。モテる男は辛いぜと言えるほど余裕があればいいのだが、アオは雷を纏い、アカは炎を起こし、シロは自分の周囲を凍てつかせた。


「シャアアアア!」


そして、俺の腿でくつろいでいたクロは背中の毛を逆立たせ、周囲に黒い穴を発生させた。


この四匹は普通のペットと違い、異能を使えるのだ。そんな動物はいないということで俺は自身の召喚獣と考えている。契約とかした覚えもないし、召喚をした記憶もない。そもそも魔法陣の類を知らないと召喚できないという話をDwitterや動画で見た。


一応、召喚獣?を連れているのでそう名乗っているのだが、実際はどうなのだろうか。勘だけど俺の力は召喚士ではない気がする。


「ってそれどころじゃねぇ!お前ら力をしまえ!」


一触即発の雰囲気を醸し出している四匹の喧嘩を仲裁する。多少の攻撃は食らったがその程度はじゃれ合いだ。原因は分かっている。クロを構いすぎた俺の責任だから他の三匹を平等に可愛がることを約束して争いを収めさせた。



夕飯を食べ、ベッドくつろぐ。いつもなら夕飯時になると四匹はどこかに行くのだが今日はうちに留まるらしい。俺の背中や首の上、テキトーな部位にそれぞれ引っ付いて寛いでいる。


俺は今日のダン配を見直す。


「キュ?」

「ん?今日のダン配を見直そうと思ってな」

「ピャー?」

「何を企んでるのって?ち、違うわ!後学のための勉強だわ!」


もちろん俺にダン配を見直そうなんて気は全く持ってない。そもそも異能がないのだから、俺が無様に逃げる姿しか映らない。だから俺の目当てはそれではなく、


「美人過ぎる・・・」


姫神麗美だ。ダン配に映っているだろうと思って、俺はバックアップを取っておいたのだ。俺の目論見通り映っていたので安心した。そして、切り抜きを始める。


「痛い!冷たい!熱い!痺れる!」


多種多様な攻撃を召喚獣からもらった。後ろを見ると、部屋が大惨事になっていた。まるで大きな獣に荒らされたようなそんな惨状になっていた。


「お、おおおお前ら!なんてことを!」


俺はあまりの惨状に声が震えてしまっていた。普段から暴れる四匹だが、これはやり過ぎだ。本気で叱りつけようと思うと、


「きゅっ!」

「あ?この女のことを説明してだと?仕方ねぇな」


俺は先ほどまでの怒りを完全に捨て去った。さっきまでのすばらしい出来事を振り返り、それを動画を見ながら説明した。


「ほらここ!人狼に殺されかけたときに、助けてくれた姫神!可愛カッコいい!」

「ワン!」

「自分もできるって・・・何に対抗してるんだよお前は・・・」


そして、動画を進めると手を掴んで起き上がらせてくれたシーンが見えた。ドローンが俺を中心に撮影しているため、姫神の身体が切れてしまっている。


「姫神の手・・・柔らかかったなぁ・・・」


美しく、彫刻のような造形でありながら絹のような柔らかさを持つ姫神の手の感触がまだ残っているようだった。


「シャア!」

「ピャー!」

「痛い!」


俺はアカとクロに本気で突っつかれ、噛まれた。痛いが今の俺は姫神という回復薬がある。それを見ていれば召喚獣の攻撃など無駄のまた無駄だ。


「何よりも俺のことを怖がらないでいてくれたんだよなぁ・・・」

「「「「・・・」」」」

「それでいてあんなに優しくて、美人でしかも強い・・・」


もう確定だった。


「俺、姫神のことを一目惚れしちまったらしい・・・」


眼を閉じても、飯を食べても俺の頭には姫神ことがちらついてしまう。これを恋と言わずになんと言うのだろうか。


「決めた明日告るわ!」

「「「「っ!?」」」」

「善は急げって言うしな。とりあえず体育館裏に呼び出すことが必要だな。そのためには手紙・・・が一番いいか。DINEとか持ってないし、それしかない・・・後は、ってなんだよお前ら?」


俺が姫神への想いを伝えようと考えていると、くいくいっと袖を引っ張ってくるクロ。


「にゃあ」

「あ?やめた方がいいって?いやいやなんで?」

「ピャー」

「時間を置いて冷静になれだって?俺はいたって冷静だ。だからこうして完璧な告白を考えているんだって」


中学生の頃から女に怖がられ、嫌われ続けた俺は誰よりも女に飢えていた。勉強の成績を上げたり、スポーツを頑張ったり、ダンジョン活動を頑張ったのもすべてはそのためだ。報われない人生も姫神と出会ったことでようやく報われそうだった。


俺の背後で四匹がワイワイギャーギャー言っているが俺の耳にはまったく入ってこなかった。そして俺は告白を成功させるための計画を一晩中考えることになった。



翌日、俺は学校に朝7時に来ていた。朝なのでほとんど人はいない。いるのはせいぜい朝練をしている運動部だけだ。俺は姫神に想いを伝えようと下駄箱を探した。一年生だというのは分かっているのだが、クラスまでは聞いていなかったので、しらみつぶしに探すしかない。


「さて、どれだろうか」

「あれ?健児センパイじゃないですかぁ」

「ひ、姫神!?」


一番会いたい人間が目の前に現れてビックリする。右手にもった手紙を後ろポケットにくしゃくしゃにしてしまう。多分これでバレていないと思う。


「一年生の下駄箱で何しているんですかぁ?」

「あっ、え~と」


このシチュエーションは想定していなかった。素直に姫神の下駄箱を探していたなんて言ったらなんて言われるか分からないし、嫌われるかもしれない。


「ま、間違えて一年の方に来てしまっただけだ!それより姫神は?なんでこんなに朝早く来ているんだ?」


勢いで誤魔化すことにした。誤魔化せているかは分からないけど。


「私は昨日のダン配の提出がうまくできなかったので、朝早くに先生に謝りに来ただけですよぉ」

「なるほど」


会話が止まる。気の利いたことを言いたいが全く思いつかない。さらに姫神に嫌われたくないという思いから頭がぐちゃぐちゃになる。


「連絡先を教えてくれないか!?」

「え?」


俺から出てきたのはそんな言葉だった。突然のことに姫神もポカーンとしている。俺も何を言っているんだと思ったが、出てきてしまった以上仕方がない。


「昨日、ダンジョンに一緒に行こうと約束しただろ?だけど連絡先を知らないとそれができないと思って・・・」

「ああ~なるほど、それもそうですね。では、はい」

「え?」

「DINEのIDです。交換しましょう」

「あ、ああ」


俺は右ポケットに入っているスマホを取り出す。焦りすぎて右手から落ちそうになるが、左手でなんとか掴む。そして、姫神のQRコードを読み取り、姫神の名前が俺のDINEに登録される。家族以外に俺の連絡先が増えると思っていなかったので感慨深い。


「今週は用事があるので、来週にでもダン活しましょう!」

「あ、ああ」


ダン活はダンジョン活動の略だ。


「それでは私は用事があるので行きますね~」

「またな」

「はぁい」


そして、小走りで職員室に向かう姫神を目で追い、見えなくなったところで再び姫神の連絡先を見直す。それを見てさっきまでのことが夢じゃなかったんだと再確認できた。


「やったぞ・・・」


小声でガッツポーズを取り両手をあげた。当初の予定とは全く異なっているが姫神に近付けたというところは大きな前進だ。昨日の夜にクロたちが言っていたが、俺も少し熱くなっていたらしい。焦らずじっくり行こう。


「どこの阿呆かと思ったら健児じゃん」

「ああ?」


浮かれている俺の背後から失礼な物言いをしてくる人間がいた。


「ええ~と、どちら様で・・・?」


黒髪ロングで深淵の令嬢を思わせるような美女がいた。漆黒のセーラー服を纏っていて、その赤眼に魅了されてしまいそうなそんな感覚を覚えさせられた。


「・・・それ本気で言ってる?」

「え~と、はい」

「はあ・・・まあバカ健児の脳の容量じゃ記憶しておけないのも仕方がないか」


やれやれと俺を馬鹿にしてくる目の前の美女に若干イラっとしてしまう。ただこのバカにされる感じになぜか懐かしさを覚えてしまう。


「僕だよ。北司綾きたつかさあや。さんざん昔遊んでやっただろ?」

「は?」


口を三日月に開いて意地悪そうに微笑む。いやそんなことはどうでもいい。今、俺の目の前にいるのが、北司綾だと?


「嘘だろ?」

「本当だよ。たくさんゲームでボコボコにしてやった僕の顔を忘れるなんて薄情者だな?」

「いやいや俺が知っている北司綾はクソにクソを混ぜたようなクソガキだぞ?あんたみたいな美人じゃない」

「・・・生意気なことを言うようになったじゃないか」


北司綾を名乗る美女はプイっと横を向いてしまった。そんなことをしていると部活終わりの生徒たちがちらほらと現れた。俺を見るとすぐに目を逸らしてどこかに行ってしまう。疫病神でも見てしまったかのように反応されると日常に戻ったような感覚になる。


「まぁその認識で構わないよ。僕は僕だから。クソ雑魚健児には裸になる前に僕のことを認識して欲しいものだよ」

「その一言で完全にお前のことを綾だと認識したよ」

「ならよかった。気が付かないようなら健児の黒歴史を一つずつ発表していかなければならなかったからね」


クスクスと悪役令嬢のように笑う北司綾。小学校時代の腐れ縁。学校自体は違ったが近所の公園でよく遊んでいた。遊びやゲームが得意でよく勝負を挑んではボロ負けにさせられていた。


その後に屈辱的な罰ゲームをさせられていたため、いつかやり返してやろうと思っていたのだが、中学から全くと言っていいほど会わなくなった。というかこいつが同じ高校だということを今知った。


「それで何の用だよ?」


昔のことがちらついてしまって、俺は警戒心をむき出しにして聞いた。


「僕が君に用があると思っているの?」

「なら行くわ。じゃな」


俺は踵を返して教室に行こうとするが、


「冗談だっての、逃げんなよぉ?」

「!」


後ろから俺に抱き着いて止めてきた。大きな胸が俺の背中でひしゃげってなんか凄い・・・じゃなくて、


「やめろっての!」

「きゃっ」

「あっ、わり」


無理やり引き剥そうとしたら、綾がしりもちを着いてしまった。かわいらしい声が聞こえて反射的に謝ってしまう。とりあえず綾を倒したのは俺なので右手を差し出した。


「・・・ありがとう」

「おう・・・」


綾は俺の手を遠慮がちに取った。昔とは違って女らしくなった綾にペースを乱されてしまう。手も思った以上に小さくて驚いた。


「ゴホン」


綾は空咳をして俺の方を見た。それで現実に戻された。


「用があるのは本当だ。健児にやってほしいことがあってね」

「なんだよそれ・・・」

「詳細は昼休みに話すよ」

「へいへい」


超面倒。綾と一緒に居ていいことなどなさそうなものだ。姫神を飯に誘ってテキトーな理由を付けてまいてやろう。


「あっ、もし逃げたら、この動画を先生に渡すからな?」

「ああん?」


綾はいつの間に録画していたのかドローンを起動させていた。綾にドローンを渡されて中を見る。そこには俺が綾を振り払って倒してしまった映像が流れていた。


「・・・」

「女子に暴力を振ったように見えるだろ?」


完全にハメられた。普通の人間なら言い分を言えば許してもらえそうだが、俺は女から忌避されている。女を押し倒したような動画を送られたら退学確定だろう。俺は恨めし気に綾を見るが綾はどこ吹く風で意地悪な笑顔を終始浮かべるだけだった。


「まっ、そんなわけなんで昼休みは僕の下に来いよ?」

「この悪魔が・・・」

「いいのか?そんな態度をとると晒しちゃうぞぉ?」

「っ、分かったよ!」


クスクスと笑う綾は悪魔どころか魔王のように見えてしまった。


「ついでに連絡先も交換しておこうか」

「拒否権はないんだろ・・・」

「当たり前だろ?ほらさっさとDINEを出しな」


俺は言われるがままに連絡先を渡す。これで離れていても綾の奴隷だ。


「また後で」

「おう・・・」


また後で会いたくないのでこれが夢であってくれと祈っておく。俺は教室にさっさと向かって、姫神で癒されようとした。


「あ、あれ?」


俺のスマホに異変が起きていた。姫神のDINEも昨日録画したダン配も消えていたのだ。俺はなんとか復元できないかとDoogleを検索しようとすると、メッセージが入った。


「盗撮した女子の記録はすべて消しておいてやったからな?健児が犯罪者にならないように未然に防いでやった僕のことを褒めたたえな」

「クソ悪魔め!」


悪魔の所業に俺は叫ばずにはいられなかった。

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