第327話 SSあれから10年

初夏。

私は今日も役場で書類仕事に精を出している…フリをしている。

この時期は仕事が少ない。

かといって、冒険に出掛けられるほど暇ではないという、ちょうどいいゆったり加減なのをいいことに私はお絵描きに精を出していた。


「村長、さきほどから何を?」

と聞くアレックスに、

「いや…、ちょっとな…」

と曖昧に答えて、再び紙に目を落とす。

星、花、三日月、雪の結晶。

いろんな図案を書いては見たが、どうにもピンとこない。

(10年目なんだ、気合を入れんとな…。しかも、例の亜竜騒ぎで遅くなってしまっているんだ。余計に気合を入れなければ…)

と思いつつ、私はまたお絵描きに集中した。


(マリーもそろそろ落ち着いた大人の女性になってきている。それに子供たちの相手もあるから、仰々しいものはだめだ。簡素、しかし、マリーに良く似合う可愛らしいもの…)

と思いながら頭を捻る。

捻ること数時間。

そろそろ、昼飯を食いに戻らねば、と自分の腹時計が昼を告げようとしている時、ふと思いついた。


急いで思いついた物を紙に書く。

そして、その絵に寸法や説明書きを加えると、私は、

「よし…」

と心から満足してそうつぶやいた。


幾分ウキウキとした気持ちで屋敷に戻る。

「すまん。遅くなったか?」

と言って勝手口をくぐると、

「おかえりなさいまし、村長。ちょうど出来たところですよ」

と、いつもの通り、にっこりと微笑んでドーラさんが出迎えてくれた。

「今日は、すぱにっしゅ?オムレツです!」

と、やや言い慣れない感じで、献立を教えてくれるシェリーに、

「おお。あれを作ってくれたのか。うん。ケチャップをたっぷり添えてくれ。きっと子供達もリーファ先生も喜んで食うぞ」

と言うと、喜び勇んで食堂へ向かう。

食堂にはもう全員揃っていて、

「おかえりなさい、バン様」

といつも通りの笑顔で出迎えてくれたマリーの横に、

「ああ。ただいま」

とこちらも笑顔で答えて着席すると、やがてやって来たスパニッシュオムレツを囲んで楽しい食事が始まった。


「む!これはいいね。キッシュとはまた違って、丸イモがたっぷり入っているから腹にもたまるし、なによりこのほくほくとした食感がいい。チーズのまろやかな塩味が加わった卵のコクとケチャップの爽やかな酸味の相性も抜群だ」

と言ってむしゃむしゃ食べるリーファ先生や、

「父さん、僕これ好き!」

と言って嬉しそうな笑顔を見せるユークや子供達を微笑ましく見つめ、心の底から満足する。

そして私も、密かに、

(コッツに送る手紙にこいつのレシピも添えてやろう)

と思いながら、そのどこか牧歌的な味がするスパニッシュオムレツを口いっぱいに頬張った。


昼を食い終わると、さっそくコッツへの手紙を出しにギルドへ向かい、

「重要書類だ。急ぎかつ丁寧に頼む」

と言って、サナさんに手紙を渡す。

「かしこまりました」

と言って重々しくうなずいてくれるサナさんに、こちらも重々しくうなずき、私は再び屋敷へと戻って行った。


それから、3日。

さっそくコッツから返事が返ってくる。

急いで内容を確かめると、

「ルミナの姐さんに頼んで、腕の良い職人に作ってもらう。10日もあればできるから、急ぎなら取りに来い」

と書いてあった。

(ルミナさんと言えば、あの小間物屋の女将か。うん。あの人なら目利きだ。きっといい物を作ってくれるに違いない)

とその内容に満足しつつ、

「10日後に取りに行く」

とだけ書いた手紙を、また重要書類としてギルドに出しにいった。


10日後。

さっそくジローに乗ってアレスの町に向かう。

私の気が急いていたせいだろうか、いつもより少し早めのアレスの町の門をくぐり、急いでコッツの店へと向かった。

「できてるか?」

と開口一番聞く私に、

「ははは。お前も相変わらずだな」

とコッツが返してくる。

「ああ。で?」

とその少し皮肉な感じの笑いを無視すると、さっそく現物を見せろと要求した。

「ああ。すぐ持って来る、ちょっと待ってろ」

と言って奥に下がったコッツをソワソワした気持ちで待っていると、やがて戻って来たコッツが、

「注文通りになってると思うぜ」

と言って、細長い、20センチくらいの綺麗な木箱を差し出してきた。


「おお…」

とやや緊張気味にその箱を開ける。

するとそこには、私の注文通り、聖銀で作られた「オープンハート」の首飾りが入っていた。


その後、コッツに礼を言い、野営を挟みつつ急いで屋敷に戻ったその日の夜。

緊張しながら夕食を済ませる。

そして、食後のお茶の時間。

かなり緊張しながら、

「なぁ、マリー。明日、2人で泉まで出掛けないか?」

とマリーをデートに誘った。

「まぁ…!」

と言って、マリーが胸の前で手を合わせる。

すると、その様子を見ていたドーラさんが、

「うふふ。じゃぁ、お弁当をお作りしますね」

と微笑みながら言ってくれて、私たちのデートの予定が決まった。


翌日。

みんなに見送られて屋敷を出る。

マリーと手をつなぎ、あぜ道をてくてく歩きながら、子供たちの話、最近の村の話、食べ物の話、いろんな話をした。

やがて、泉に着くと、さっそく敷物を広げ、ドーラさん特製のサンドイッチやから揚げが入った弁当をつまむ。

そして、食後マリーが淹れてくれたお茶を飲みながら、私はやっと懐から例の木箱を取り出した。


「あー…。なんというか。…その、遅くなってしまったが、10年目の記念に作ってみた。よかったら使って欲しい」

と言って、その木箱を渡す。

「まぁ…」

と言ったマリーのほほが一瞬で赤らんだ。

「開けて見てくれ」

といってマリーを促がす。

マリーは、

「はい」

と嬉しそうに微笑んでさっそくその木箱の蓋を開けてくれた。

中には当然、オープンハートの首飾りが入っている。

「まぁ…。とっても可愛らしい形ですわね」

と言って、マリーは、この世界にはないハートの形をした首飾りをうっとりとした表情で見つめた。

「つけてみてくれ」

と言う私に、

「つけてくださいますか?」

とマリーが微笑む。

私はかなり照れながら髪を軽くかき上げたマリーにその首飾りをつけてやると、ただひと言、マリーの目を見ながら、

「愛している」

と伝えた。

「…はい。私もバン様を心の底から愛しておりますわ」

と答えてマリーがややはにかみながら微笑む。

楚々とした花が咲く小さな泉のほとり。

夏の日差しにキラキラと輝く水面。

涼やかな木陰に敷かれた小さな敷物の上で、私たちの唇が、ただただ静かに重なった。

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