第326話 冒険者バン 19歳 初めての冒険02

林の中をドシドシと足音を響かせながらボーフがこちらに突っ込んでくる。

(なっ!魔獣というのはこんなにも速いのかっ!?)

と驚きつつ、私は何とかその突進を木の影へと飛び込むようにしてかわした。


ボーフは最初の突進がかわされてしまったことに怒ったのか、すぐさま、今度は先ほどにも増して勢いよく突進してくる。

私はそれを、

(まるで闘牛士になった気分だな…)

と呑気なことを考えながら、今度は落ち着いて迎え撃った。


ギリギリまで引き付けてかわす。

そして、すれ違いざま、私はそれこそ闘牛士のようにボーフの肩の辺りをサッと撫で斬った。

「ブモォッ!」

と怒りの声を上げて、ボーフが再び突っ込んでくる。

私はまたしてもギリギリでそれをかわし、今度はかがみ込むようにして脛の辺りを一閃した。


ほんの少しの抵抗を感じたが、なんとかその脚を斬り払うことに成功する。

(よし!)

と思わず心の中で声を上げてしまった。

してやったりと思ってボーフを振り返る。

すると、そのボーフは一瞬つんのめったものの、なんと脚が1本無い状態にもかかわらず起き上がって再び突っ込んできた。


私はそのことに驚き、またしても無様に転げながら何とかその突進をかわす。

その時、ボーフに軽く小突かれて、防具に傷をつけられてしまった。

(…高かったんだぞ!)

と変なところに怒りを感じつつも、素早く立ち上がり、気を練り直す。

そして、またしても猛烈な勢いで突っ込んできたボーフの突進をまた落ち着いてかわすと、今度は後ろ脚を斬って、ついにボーフの行動を止めることに成功した。


ジタバタともがくボーフに慎重に近寄り、首筋にトドメを刺す。

「ふぅ…」

と息を吐くと一気に緊張がほぐれ、全身の力が抜けてしまった。

その場に座り込んで空を見上げる。

(魔獣とはこんなにも恐ろしいものだったのか…)

と私は初めて相対した魔獣の脅威を思って、また、

「ふぅ…」

と息を吐いた。


その後、初めての解体に取り掛かる。

かなり苦労はしたものの何とか魔石を取り出すことに成功した。

(これはかなりやっかいだな…。ギルドで何回も肉の解体は手伝ったが、やはり一からやるというのは難しいものだ…)

と思いつつ、今度は肉の取り出しに挑戦する。

すると、今度は肉の解体の経験が生きたのか、何とかそれなりの形で肉を取り出すことに成功した。


(…もう少し切れる剣鉈が欲しいところだな)

と思いつつ、解体用のナイフに拭いを掛けて鞘に納める。

気が付けば時間はもう夕方近く。

それに気が付いた瞬間無性に腹が減って来た。


(いかん。いくらなんでも限界だ)

と思いつつ、さっそく初めて狩った魔獣の肉の調理に取り掛かる。

塩を振り、コショウと山椒の中間のような味の青コショウを振ってさっそく温めたスキレットの上に乗せた。

「じゅーっ」

という軽やかな音色が響き、香ばしい香りが辺りに漂う。

(おお…)

と言葉にならない感動に打ち震えながら、私はその肉が焼けるのをじっくりと待った。


(落ち着け。焦るな)

と自分に言い聞かせながら肉を休ませる。

だが、私の腹はとうに限界を迎えていたらしい。

私は、心の中でなぜか、

(すまん…)

と誰かか何かに謝りつつ、さっそくその肉にかぶり着いた。


(ん!?)

一瞬で溢れる肉汁と新鮮な肉の美味さが口いっぱいに広がる。

(なるほど、これは高値で取引されるわけだ…)

と、思って感動しながらも、

(…切り方が甘い。それに、味付けもだ。…くっ。これも修行が必要か…)

と私は自分の未熟を恥じた。


やがて、1枚目の肉を食い終わると、もう1枚肉を切り出す。

(今度は慎重に。…焦るなよ)

と自分に言い聞かせながら、丁寧に焼いた。


(うん。やはりうま味が違う。切り方はまだ甘いが、それでも先ほどよりもいい具合だ。やはり剣も料理も極めんとするところは似ているな。焦れば負ける…)

と変なことを思いつつ、今度はじっくりとその味を味わう。

(いやはや。これはなんとも言えない上質な赤身だ。まるで熟成させた肉のようなうま味がある。肉肉しい食感も十分にあるが、適度な硬さだな…)

とその肉の味を堪能し、私は初めての本格的な冒険を無事に終えたことを実感した。


帰り。

最寄りのギルドに魔石を持ち込む。

そこで、

「肉はどうした?」

と聞かれたが、

「ひとりだから持てる分しか持ってこなかった。ちなみに、自分で食うから売らん」

と言うと、怪訝な顔をされた。

(まぁ、気持ちはわからんでも無いが、こればっかりは仕方がないだろう…。というよりも、『本当にひとりか?』というのはどういう意味だったんだろうか?)

と考えつつ、帰りの船に乗る。

そして、学院に戻ると、一塊の肉を土産にリーファ先生の部屋を訪ねた。


「採ってきました。あとこっちは土産です」

と言って、麻袋いっぱいの薬草と肉を渡す。

すると、なぜかリーファ先生が、

「は?」

と言った。

「いや。課題の薬草です。お忘れですか?」

と聞くと、

「いやいや。…肉というのは?」

と変な質問をしてきた。


私は、素直に、

「え?たまたまいたボーフを狩ったので土産にと思って持ってきたんですが」

と正直に答える。

すると、リーファ先生はあっけにとられたような顔になって、また、

「は?」

と言った。

今度は私が、

「は?」

という顔になる。

するとリーファ先生は、

「その辺で買ってきたのか?」

と聞いてきた。

私はまた素直に、

「はい。群生地の側にいたので、狩ってきました」

と答える。

その答えにまた、リーファ先生が、疑問符を浮かべるというようなやり取りを数回繰り返して、リーファ先生はやっと私が「狩ってきた」という意味を理解してくれた。


「おいおい…。君ってやつは…」

とリーファ先生が頭を抱える。

私は、

(いや、先生が冒険のついでに薬草を採って来いと言ったんじゃないか)

と思いつつ、

「何かいかん…いけませんでしたか?」

と思いっきり怪訝な表情でそう聞いてみた。

すると、リーファ先生は大きなため息を吐き、

「いや、たいしたものだよ、バン君。面白い男だね、君は」

と苦笑いを浮かべる。

私はその意味が分からなくて、

「どういう意味でしょう?」

と聞くと、リーファ先生は正直に、思いついたはいいものの学生には荷が重いだろうから、どうせすぐに泣きついてくるだろうと思っていたのだと打ち明けてくれた。


私は、

(おいおい。なんとも失礼な話じゃないか…)

とほんの少しの憤りを覚えながらも、

「ははは。なんなら今度は鹿肉でも持ってきますよ」

と冗談交じりに答える。

その冗談にリーファ先生は困ったような顔で、

「ははは…」

と力なく笑うと、

「そいつはいい。…と言いたいところだが、肉はやめてくれ」

と言った。


私はその言葉を聞いて、きっとリーファ先生は菜食主義者か何かなんだろうと思い、

「ああ、先生は肉がだめでしたか」

と言ったが、先生はまた、

「ははは…」

と力なく笑う。

私がその笑いの意味が分からず、怪訝な顔をしていると、リーファ先生は、

「いや。肉は好きだ。むしろ大好きだと言ってもいい」

と言い、すぐに、

「しかし、焼けんのだよ。なにせ、料理なんてしたことが無いからね」

と言うと、今度は、

「はっはっは」

と豪快に笑った。


私はその言葉がおかしくて、一緒になって笑いながら、

「はっはっは。じゃぁ、冒険道具もある事ですし、ここで焼きますか?」

と冗談を言う。

するとリーファ先生は、

「いいのかい!?」

とその話に飛びついてきた。


「ええ。まぁ…」

と一応答えてみるが、学院の研究室で肉を焼くなど聞いたことがない。

そこで一応、

「本当にここで?」

と聞いてみる。

するとリーファ先生は、

「ああ。ここ最近、こもりっぱなしでね。ちょうど腹が減っていたんだ。さぁ、さっそく焼いてくれたまえ。ああ、醤油ならたしかその辺にあったはずだ。それに、香辛料の代わりになる薬草なら事欠かんよ」

と言い、薬品が入っていそうな棚をごそごそとやり始めた。


私はそんな姿を呆気にとられながら見て、

(変わった人だなぁ…)

と率直な感想を抱く。

やはり学院の教授になるような人間はどこか常識では測れないものがあるのだろう。

私はそんなことを思いながらも、さっさと背嚢の中からコンロとスキレットを出し、肉を焼く準備を始めた。


やがて、学院の研究室に、

「じゅーっ」

という軽やかな音色が響き、香ばしい香りが漂う。

「むっふー!ボーフの肉はやっぱり美味いね!」

とリーファ先生が嬉しそうな声を上げるので、私はどんどん肉を焼き、自分も食べた。

そして、その奇妙な焼肉会はそのまま酒宴になだれ込む。

そして、翌日。

私はまた頭痛を抱えて朝を迎えた。

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