第324話 『白猫』の冒険
東の公爵領の東にあるリト村に拠点を置いてからもう2年になる。
私とシア、エルは冒険者の道を選んだ。
今は『白猫』というパーティーを組んで一緒に行動している。
そんな私たちは、今日も東の森に入り魔獣を追っていた。
「エル!」
と叫んだ瞬間私の横からエルが飛び出してくる。
今目の前にいるのはイノシシ。
運よく、統率個体付きの群れと出くわすことが出来た。
突進してくる統率個体をエルが盾でいなし、私がその隙に足を斬る。
ここで胴体を斬ると、取れる肉が少なくなって、調理担当のエルがほんの少しだけ不機嫌になるから、慎重に斬らないといけない。
倒れ込んだヤツの首筋に素早くトドメを刺して、勝負は一瞬で終わった。
「こっちも適当に片付けておいたわよ」
というシアに、
「ありがとう」
と声を掛けてさっそく解体に取り掛かる。
「ねぇ。今日はトントロで焼肉にしたいんだけど、どう?」
とエルに聞くと、コクンと無言でうなずいてくれた。
この「コクン」は「いいな。よし、任せておけ」の「コクン」だ。
小さい頃から一緒に育った私たち姉弟ならではの感覚だろう。
例えエルが何も言わなくても会話は十分に成立する。
そんなことを思いながら、3人の中では一番不器用な私も、頑張って美味しい肉を剥ぎ取った。
やがて、剥ぎ取りが終わり、
「うん!やっぱりこの脂のノリとコリコリした食感は癖になるね。これを発見した父さんってやっぱり偉大な人だよね」
と偉大な父に感謝しながら美味しくお肉を食べる。
「ええ。村長は本当に偉大だわ。なにせ、あのカレーやナポリタンをこの世界に生み出したんだから」
とシアも同意し、エルも小さくコクンとうなずくと、
「………ようかん」
と小さくつぶやいた。
エルは意外と甘い物が好きで、中でも餡子が一番好きらしい。
カステラも好きだから、小さい頃は年に何回か、喫茶店に「シベリア」を食べに連れて行ってもらうのが一番の楽しみだと言っていた。
そんな姉弟たちと楽しく昔の話をしながら、美味しいご飯を食べる。
そして、ふとシアが、
「みんな元気かな…」
とつぶやいた。
冒険者になりたての頃は、
冒険者として一流になる。
それまでは村に帰らない。
とかなんとか言っていたけど、結局私たちは年に何回もトーミ村に帰っている。
やっぱりドーラさんの魔法には抗えなかった。
ルシエールおばさんの所で美味しい魚もお肉もたくさん食べたけど、ドーラさんのご飯より美味しい物には巡り会えていない。
私はそんなことを思って、
「ねぇ、この冒険が終わったら一回トーミ村に帰ろうか」
とみんなに提案してみた。
「いいわね」
「………(コクリ)」
と2人も賛成してくれる。
たしか、前に帰ったのは3か月くらい前だったと思うけど、みんなそろそろドーラさん成分が切れてきていたのだろう。
私はみんな同じ気持ちだということが嬉しくて、
「じゃぁ、明日は頑張ってお掃除しないとね」
と言ってみんなに笑いかけた。
今回の依頼はゴブリン。
私たち3人にかかればそんなに難しい相手じゃない。
しかし、今回は少し数が多いかもしれないという報告が上がってきている。
(20…いや、30くらいかな?)
などと思いつつ、私たちはその夜もゆっくりと眠りに就いた。
夜更け。
ゆらりと動く気配で目を覚ます。
どうやらシアも気が付いたようで、視線を向けると「コクリ」と小さくうなずかれた。
エルものそりと動く気配がしたから、きっと気が付いているのだろう。
私は側においてあった刀にそっと手を伸ばすと、一度深呼吸をして気を練り始めた。
静かに臨戦態勢に入る。
シアもエルも油断はしていないようだ。
おそらく相手もこちらの様子に気が付いたのだろう。
気配が一層濃くなった。
(来る!)
そう思った瞬間「ぬるり」と空気が動く。
そして、なにやら黒い塊が茂みの奥から飛び出してきた。
一瞬で飛び出したエルが当て身を食らわせてシアが一撃でトドメを刺す。
襲ってきたのはちょっとだけ大きなヌスリーだった。
「残念、こっち側から飛び掛かってきたわね」
というシアに、
「まったくよ…。運動にはならないし、睡眠は邪魔されるし…」
とうんざりした顔を見せる。
するとシアも、
「せめて食べられるものに出て来てほしかったわ」
と言ってため息を吐いた。
適当に魔石を取ってまたブランケットに包まる。
ふと見上げた晩春の空に流れ星が一つ流れた。
(さっさと終わらせなきゃね)
と思って目を閉じる。
そして、私は瞼の奥に、みんなの笑顔とたわわに実ったトーミ村の美味しいトマトを思い浮かべた。
翌朝。
さっそく目撃のあった地点を目指して歩を進める。
「こんな時、エリスお姉ちゃんたちがいたら早いんだろうな…」
というシアに、
「そうね。でも仕方ないよ。お姉ちゃんたちはあの森から離れられないし」
と言って、遠くにいる姉たちのことを思った。
うちにいる6人のお姉ちゃんたちは人間じゃないけど、小さい頃からいっしょに遊んでくれた優しくて大切なお姉ちゃん。
優しいけど、ちょっと厳しいサファイアお姉ちゃん。
やんちゃで明るいルビーお姉ちゃん。
のんびり屋さんだけど、みんなのことをいつも気にかけてくれているコハクお姉ちゃん。
ちょっとツンツンしてるけど、実は照屋でかわいいエリスお姉ちゃん。
恥ずかしがり屋さんで大人しいけど、気配り屋さんのフィリエお姉ちゃん。
そして、いつも元気で歌が上手なユカリお姉ちゃん。
みんな、私たちの大切で優しいお姉ちゃんたち。
そんなお姉ちゃんたちのことを思い出してついつい微笑んでしまう。
そんな私を見て、シアが、
「どうしたの?」
と不思議そうな顔を私に向けてきた。
「ううん。ちょっとお姉ちゃんたちのことを思い出してただけ」
と言うとシアも微笑んで、
「きっと、今日も元気に父さんと森で遊んでるんだろうな」
とどこか遠い目になる。
「父さん、どんな魔獣と戦ってるのかな?」
という私に、シアが、顎に手を当てて考えながら、
「うーん…。普段通りだと熊とか?」
と答えた。
すると、その横でエルが、
「………書類」
と小さくつぶやく。
私たちはその答えに、私とシアは、
「あはは。そうかもね。アレックスさん厳しいから」
「ええ。村長のことだもの、きっと仕事中なのにお昼ご飯のことばっかり考えて注意されてるわね」
と言って笑ってしまった。
相変わらずだろう父さんのことを思い出し、
「母さんもきっと『うふふ。バン様ったら相変わらずですこと』とか言って笑ってるよ」
「あはは。さすが実の娘だね。そっくり」
と言って笑い合う。
そんな楽しいやり取りをしながら森を進んでいると、エルが急に立ち止まった。
私とシアも顔を見合わせて軽くうなずき合う。
先程までの和やかな雰囲気はない。
素早く気持ちを切り替えると、私たちはさっそく気を練り始めた。
慎重に痕跡を辿っていく。
(思ってたより、多いかも…)
私がそんなことを思っていると、
「………統率個体」
とエルがつぶやいた。
「ええ。いるかもね」
とシアがそれに同意する。
「気を引き締めて行きましょう。『おうちに帰るまでが冒険』よ」
私がそう言うと、2人がしっかりとうなずいて、私たちはもう一度気を引き締めなおし、先へと進んで行った。
やがて、ゴブリンの巣の脇に出る。
数は50くらい。
案の定統率個体がいる。
(面倒ね…)
と思いながらも、気合を入れて、
「行くよ!」
とみんなに声を掛けた。
「「おう!」」
という返事を聞いて一気に突っ込んでいく。
まずは私が目の前にいた1匹を袈裟懸けに斬った。
向こうではエルが器用に盾を使ってゴブリンを昏倒させ、シアがトドメを刺している。
(相変わらず重いし早いわね…)
と感心しつつも私は目の前に現れたヤツを横なぎに一閃した。
さらに気を練って駆け抜けざまに胴を抜き、踏ん張って逆袈裟。
そこからくるりと回転するように左に横なぎの一閃を叩き込むと、後ろを振り返って今度は唐竹割の一撃を叩き込む。
そして次から次に湧いてくるヤツらを一撃で確実に仕留めていった。
やがて大きな気配に振り返る。
しびれを切らした統率個体がこちらに向かって粗末な棒を持ってこちらに突っ込んでくるところだった。
私の後から、
「背中は大丈夫!」
というシアの声がする。
「おう!」
と一声返して、私は統率個体に突っ込んでいった。
最初の一撃をエルが受け止める。
(もう…。相変わらず心配性で優しい子ね)
と私を心配して駆けつけてくれたエルの援護に少し苦笑いを浮かべつつ、
「ありがとう!」
と言ってその脇を駆け抜け、まずは太ももの辺りを撫で斬った。
そのまま体勢を崩したヤツの後から首筋めがけて刀を振り下ろす。
その一刀で勝負は決まった。
残身を取り油断なく周りを見渡すと、動く気配はない。
どうやらシアが掃除を済ませておいてくれたようだ。
こちらへやって来たシア、エルと掲げた手をパチンと合わせてお互いの健闘をたたえ合う。
私が、
「さて、後片付けね」
と肩をすくめながらそう言うと、シアとエルも苦笑いをして、さっさとゴブリン集めを始めた。
燃えるゴブリンたちをぼんやりと眺めながら、ちょっとだけお酒を飲む。
父さんが好きなトーミ村特産のアップルブランデー。
強い酒精の刺激と華やかな香りが私の喉と鼻腔をくすぐって、
「ふぅ…」
と息を吐いた。
「うふふ。まるで村長みたいね」
と私の隣でシアが笑う。
「あはは。そうなれてたらいいな」
と言って私は苦笑いを浮かべた。
一番近くて一番遠い存在のことを想って暮れかけた空を見上げる。
(私、ちゃんと道を見つけるからね…)
と一番星に向かって心の中でつぶやいた。
私の心にみんなの優しい笑顔が浮かぶ。
(ふふっ。みんな元気かな)
そう思った時、ふとズン爺さんのあのしわくちゃで優しい笑顔が浮かんできた。
(帰ったらローズおばさんにアカメ酒を分けてもらわなくっちゃ…)
そんなことを思って少し悲しくなる。
そんなことを思っていたら、
「…どうしたの?」
とシアが声を掛けてきた。
「ううん。ちょっとみんなのことを思い出してただけ」
という私の肩にエルがそっと手を置いてくれる。
「………」
エルは何も言わないが、その温かい気持ちが十分に伝わってきた。
「うふふ。帰ったらまずチャーシュー作りね」
と言ってシアが笑う。
私が、「?」という顔をすると、シアは、
「エルのチャーハンは絶品だもの。きっと元気が出るわ」
といたずらっぽい顔でそう声を掛けてきた。
「…もう、なによ、それ。まるで私が食いしん坊みたいじゃない」
と言ってふてくされたふりをすると、
「あら、違ったの?」
と言ってシアが笑う。
エルもコクリとうなずいて、私をからかってきた。
私は笑顔で、
「それをいうならみんなもそうじゃない。だって、みんなあの父さんの子供なのよ?」
と返す。
「あはは。そうね」
と言ってシアが笑い、エルも珍しくニカッと笑顔を浮かべた。
晩春の夕空にたおやかな雲が流れる。
私たちの笑顔もその優しい風に乗って、どこか遠くの空へと流れていった。
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