お替り

第323話 冒険者バン 29歳

西の公爵領で魚を食い、久しぶりに西の辺境伯領に入る。

数か月ぶりだろうか。

特に目的は無かったが、そろそろ香辛料たっぷりの料理が食べたいと思ったから、なんとなく足を向けてみた。

領都ルクの町に入り六角亭に宿を取る。

(さて、今回はどんな料理と酒の組み合わせを楽しめるだろうか?)

と思いつつも、晩飯までまだ時間があるなと思って、とりあえずギルドに顔を出した。


適当な依頼を見つつ、手元にあった10個ほどの魔石を換金に出す。

するとその場で、

「ちょうど良かった。先日、辺境伯様から直々に指名依頼が届いております」

と、もっとも聞きたくない言葉を聞かされてしまった。


おそらく動向を把握されていたのだろう。

私が辺境伯領に向かわないようだったら、すぐにでも、遣いの者が声を掛けてきたはずだ。

げんなりしつつ依頼の内容を見る。

すると、依頼の内容は無く、ただ単に来いとだけ書かれていた。

さらにげんなりする。

こういう時はたいてい面倒事に巻き込まれるからだ。

「はぁ…」

とため息を吐きつつ宿に戻り、本来なら美味しいはずの料理を少し重たい気持ちで口に運んだ。

(まったく…。せっかくの宿の自家製腸詰の味が台無しだ)

と、香辛料たっぷりで噛んだ瞬間肉汁が溢れ出す腸詰の味が若干でも霞んでしまったことを恨めしく思いつつ、それでも全体的には満足し、久しぶりの酒でややふわふわとした体を抱えながら、その日はのんびりと眠りに就いた。


翌日。

書状を携えて辺境伯様を訪ねる。

何日かは待たされる覚悟で向かったが、意外にもすぐに面会できた。

(本当に動向を把握されていたみたいだな…)

と、げんなりしつつ、何度か見たことのある執事に案内されて辺境伯様の執務室に入る。

執事が開けてくれた扉をくぐり、

「失礼します」

と軽く頭を下げると、

「意外と早かったな」

とやや嫌味交じりの言葉を掛けられた。

(…どうせ、どこにいるかわかってたんだろうに)

と、思いつつも、

「はぁ…。お待たせしなくて何よりです」

と、こちらもやや含んだ言葉を返す。

すると、辺境伯様は、

「ふっ」

と軽く鼻で笑ってさっそく本題に入ってくれた。


「お前に指名依頼を出す。内容はさる一隊の監視だ」

と言う辺境伯様に向かって、

「監視ですか?」

と聞き返す。

討伐ならともかく、監視なら私ではなく自身の手の者にやらせた方が確実だろう。

そう思ってのことだったが、

「残念ながら、うちの手の者は使いづらい。まぁ、ないだろうがバレれば多少面倒だからな」

とため息交じりに言う辺境伯様に、私は、

「私に隠密行動の才能などありませんが」

と一応軽く盾付いてみた。

すると、辺境伯様はまた、

「ふっ」

と軽く鼻で笑う。

そして、

「バレたところで、通りすがりの冒険者ならたまたまそこにいたとでも言えばいい」

と言いつつ、なにやら地図を渡してきた。


「これは?」

とその地図を執事から受け取り軽く眺めてみる。

どうやら見慣れたこの辺境伯領の地図らしい。

その地図にはなにやら印がつけられていた。

私は、

(はて、なんだろうか?)

と思いながら、その地図をぼんやりと眺める。

すると、辺境伯様は、

「とある御仁が自分の配下を連れてうちの領内に勝手に入って来た。おそらく魔獣討伐でもして名を上げようとしているんだろう。…まったく面倒な話だ。森の中でそれなりに動ける人間となると、うちの部下にもそうそういないし、それに、お前の嫌いな政治が絡んでる。下手なやつに依頼を出すわけにもいかん。そういう訳だから引き受けろ」

と、本当に面倒くさそうな顔をしながらそう言った。


私は

(…本当に面倒事だったな)

と心の中で、いや、実際にもため息を吐きつつ、

「…わかりました。報酬額によってはお引き受けしましょう」

と、また軽く盾付いてみる。

もちろん、この場合、受けないという選択肢はない。

だが、一応は冒険者として依頼を受けているわけだから、せめて金額の交渉くらいはさせてもらいたい。

そういう思いでそんな言葉を掛けたが、その言葉に辺境伯様は笑って、

「はっはっは。相変わらず食えないやつだ。まぁいい。金貨10枚でどうだ?」

と言ってきた。

「20枚でお願いします」

と私が軽く吹っ掛けると、辺境伯様はまた笑って、

「ふっ。それでいい。その代わりしくじるなよ?」

と念を押してくる。

私は、

(しくじるもなにも、ただ監視して、バレてもたまたま通りすがった冒険者だと言って逃げればいいだけだったら、しくじりようがないと思うが…)

と考えて、

「わかりました」

と答え、一礼してから執務室を辞した。


「はぁ…」

と、ため息を吐きつつ学生時代に良く通った定食屋を目指す。

時刻はちょうど昼時。

(こういうげんなりした気分の時には肉がいい)

そう思いながら、ニンニクがたっぷりと効いたソースで食べるボーフのステーキを頭に思い描いた。


「ふぅ…」

(やっぱりあの肉は米が進むな…)

と思いながら定食屋を出てひと息吐く。

本当ならどこかの喫茶店で軽くお茶でも飲みたいところだが、そうも言ってられなくなってしまった。

私は相変わらずげんなりとした気持ちを引きずりつつも、

(仕事は仕事だ)

と気持ちを入れ替えて宿に荷物を取りに戻った。


「すまんが急な仕事になってしまった」

と言って宿を断り、今日も味わうはずだった料理と酒に後ろ髪を引かれながら町の入り口へと向かう。

目的の場所までは、馬車を乗り継ぎ、途中で野営を挟めば3日くらいで着くだろう。

そんな算段を立てながら、私はちょうど出発するところだった辻馬車に乗り込み、目的の場所を目指した。


馬車に揺られ、時々歩いて野営を挟みながら移動すること3日。

日がずいぶんと西に傾き始めた頃、目的の場所に着く。

しかし、それらしき一隊の姿はない。

おそらく、もうどこかに移動したのだろう。

私は、

(もう、いなくなったとでも報告すればいいのだろうか?)

と一瞬仕事をサボることも考えたが、

(いやいや。いくらなんでもそれはいかん)

とすぐに思い直し、周りに気を配りながらその一隊というやつの居所を探って森の周辺を移動し始めた。


森の中を進むことしばし。

適当な時間になったので野営場所を探し始める。

すると、明らかに大人数が野営したであろう痕跡を発見した。


(こんなにわかりやすい痕跡を残してくれているとはな…)

と、なんだか妙にありがたく思いつつ、その日は私もその場所で野営の準備に取り掛かる。

軽く見渡してみると、その場所にはかまども組んであるしなんなら使いきれなかった薪まで残されていた。

(まるで、素人の野営ごっこ…いや、騎士の行軍ならこういうこともうなずけないではないが…。初心者の冒険者じゃあるまいし、片付けくらいちゃんとしていってもらいたいものだ…)

と愚痴を言いつつ、簡単に辺りを片付ける。

そして、

(おそらく10人くらいか?ここまで素人となると、おそらく通った痕跡なんかも見つけやすいはずだ。そんなに時間もかからずに追いつけるだろう)

と頭の中で明日からの行動を何となく考えながら、いつもの簡単リゾットを作り、その日は眠りに就いた。


翌朝。

いつものように日の出前に起き、日の出とともに出発する。

予想通り、一隊が通ったと思しき痕跡はわかりやすいほどはっきりと残っていた。

(騎士さんたちの冒険者ごっこ…にしても、わかりやすいな)

と、おそらくその一隊が素人に近いであろうことを思ってその痕跡を追っていく。

やがて、そろそろ野営の場所でも探そうかという頃。

前方になにやら人の気配を感じて、私は軽く身を潜めた。


慎重に気配を消しながら遠巻きに近づいていく。

やがてガヤガヤと人の話し声が聞こえ始めた。

私はそこで立ち止まりこちらを気取られない程度の距離を保ちながらその後を追いかけるように歩を進める。

(…魔獣に出くわしたらどうするつもりなんだろうか…。まぁ、まだ安心していい場所ではあるが、いくらなんでも…)

と思いつつ、その一隊を観察した。

見ると、みんなやけに立派な鎧を付けている。

中でも立派な鎧を付けている人物がいるのを見て、私はその人物を隊長だと睨んだ。

(…やけに立派な鎧を付けているから騎士団長とかなんだろう…。いや、それにしては若いか?まぁ、きっとそれなりに統率力のある人間なんだろう…)

と考えつつ、そのまたその後を追うようについて行く。

やがて、日が暮れ、その一隊が野営の準備に取り掛かると、私も適当な場所に身を潜めながら、干し果物とパンをかじった。


(ああいう邪魔な存在がいなければもう少しまともな飯が作れるんだが…)

と恨めしく思いながら、パンにハムとチーズを挟んで食べる。

そして、またガヤガヤとうるさい一隊の様子を見ながら、静かに目を閉じて、明日への英気を養った。


翌朝。

私はいつものように夜明け前に目を覚まし、そっと例の一隊の方を見てみる。

すると、見張りに付いていたはずの数人が目を閉じて眠っていた。

(…私と同じ特技でも持っているのだろうか?)

とも考えたが、どう見ても油断して眠っているようにしか見えない。

(…おいおい)

と思いながら、そちらを注視する。

すると、森の奥で何やら大きな気配が動いた。


(っ!?おい。まずいぞ)

と思うが、一瞬迷う。

すぐにでも助けに入った方がいいのか、それとも少し様子を見た方が良いのか。

そう思って私は、いざという時のために静かに気を練ると、まずは様子を見てみることにした。

気配が近づいてくる。

(…デカい)

そう思うが、一隊はまだ気が付いていないようだ。

(…おいおい)

という言葉しか出てこない。

私はそんな状況にひとり焦りながら、じりじりとした気持ちでその様子を眺めた。


大きな気配はさらに近づいてくる。

(…いくらなんでも、これはいかん)

そう思って私は急いでその場を飛び出し、一隊に駆け寄ると、

「魔獣がくるぞっ!」

とできる限り大きな声を張り上げた。

おそらく見張りの人間が起きたのだろう。

なにやら慌てた気配がする。

しかし、私はそんな気配に構わず魔獣の気配がする方へ向かって飛び込んでいった。


しかし、少し遅かったようだ。

「グオォォッ!」

と声が聞こえ、大きな熊が血走った目でこちらに突っ込んでくる。

大小3体。

(なっ!?親子連れか…)

と気が付くがもう遅い。

熊の魔獣は子連れの時が一番厄介だ。

それに、子供だからと言って侮ってはいけない。

その子熊はもう大人と言ってもいいほどの体格だった。


(おそらくそろそろ親離れなんだろうな…)

と思いつつも、まずは母親に突っ込んでいく。

しかし、私の存在に気が付いた母熊は私を避けるようにして、まず騎士と思われる一隊の方へと突っ込んでいった。

(しまった!)

と思うが一瞬出遅れてしまう。

母熊とすれ違いざま、なんとか後ろ脚に刀を振ったが、極浅い傷をつけるのが精一杯だった。

その隙をついて、子熊2頭のうち1頭が襲い掛かって来る。

私はその意外にも鋭い一撃をなんとかかわすとまずは、その子熊の肩の辺りを撫で斬った。

「グギャァ!」

と言う声とともに、その子熊がつんのめる。

しかし、私はそれに構わずまた襲って来るもう1頭の子熊へと向かった。

最初の一撃をかわし、その一撃を放ってきた前脚を斬り落とす。

そして、振り向きざま袈裟懸けの一閃を放つとソイツの首筋に深手を負わせた。


(よし)

と軽く心の中で勝負がついたことを確認し、次へ。

先程つんのめった子熊が脚を引きずりながらもこちらへ向かってきた。

最後の力を振り絞ったような強烈な一撃をギリギリでかわす。

しっかりと踏ん張り、横なぎに一閃。

今度こそ確実に前脚を失って倒れた子熊の首筋に突きを入れて、動きが止まったのを見定めると、慌てて騎士の一隊のもとへと向かった。


案の定、隊はばらけ、中にはケガを負っている者も見える。

(ちっ!)

と、その状況と自分の判断の遅さの両方に向かって心の中で舌打ちをしながら、私は母熊に向かっていった。

「邪魔だ!」

と一喝して、腰の引けた騎士の前に回る。

後からなにやら聞こえたが、その声を無視し、

(退くわけにはいかん)

と思いながら、私はその巨大な熊に突っ込んでいった。

強烈な一撃が私に襲い掛かってくる。

私はそれをかなりギリギリでかわし、なんとか転がるようにしてヤツの横に陣取った。

すぐさまこちらに向き直りまた前脚を振りかざしてくるヤツの一撃を今度は後ろに誰の気配もないことを確認して少し退きながらかわす。

のけぞるようにしてかわしたその前脚が地面に着くやいなや、私はその前脚の付け根の部分に向かって突きを入れた。


軽く突き、素早く抜く。

「グオォォッ!」

と叫び声を上げて、怒りをあらわにする母熊がまた私に一撃を加えようとして立ち上がった。

私は、

(よし!)

と思って、思いっきりその懐に飛び込んでいく。

そして、すれ違いざま、その腹を横なぎに掻っ捌いた。

残身を取り、ゆっくりと状況を確認する。

母熊は動かない。

何人かの騎士が座り込んでいる。

あのひときわ立派な鎧を付けた若者はやや年上らしき騎士の後で腰を抜かしていた。


(団長じゃなかったのか?)

と思いつつ、刀を納めてそちらに近寄り、

「大丈夫か?」

と声を掛けた。

しかし、その騎士団長は何も答えず、それを守っている騎士が、

「何者だ!」

とこちらに厳しい声を掛けてくる。

私は心の中で嘆息しながら、

「冒険者のバンだ。なんでこんな所で遊んでいるのかは知らんが、オイタが過ぎるぞ」

と、戦闘直後の興奮もあってか、やや嫌味ったらしい言葉を投げかけてしまった。

(…この言い方は無かったな…)

と瞬時に反省するが、出してしまった言葉は引っ込まない。

私はなんだか申し訳ないような気になってしまったが、それでもその騎士に真っすぐ視線を向けたまま、もう一度、

「大丈夫か?」

となるべく優しくそう訊ねた。


「あ、ああ…」

と、ようやく私への警戒を解いたその騎士が、短く答える。

「けが人の治療は自分たちでできるか?」

と続けて問うと、その騎士は、やはり、

「あ、ああ…」

と短く答えた。

その返事を聞いて私は、ざっと辺りの様子を見てみる。

どうやら重傷者はいないらしい。

少し血の出ている者もいるが、あの程度ならツバでもつけておけばそのうち治るだろう、といかにも冒険者らしいことを考えて、

「わかった。もう、帰った方がいい」

とだけ言い残して、その場を立ち去ろうとした。


しかし、そんな私に、

「ま、待てっ!」

と先ほどの騎士とは別の声がかかる。

私が、なんだろうかと思って振り返ると、あの腰を抜かしていた騎士団長が、

「どこの誰かは知らんが、護衛に加えてやる。私を守って魔獣を狩らせろ」

と、とんでもないことを言ってきた。


思わず、

「はぁ?」

とすっとんきょうな声を上げてしまう。

「私はこの手で魔獣を持ち帰らねばならん。供をせい!」

と、また訳の分からないことをいうその騎士団長に向かって、私は、

「断る。あと、どこの誰かは先ほど名乗った。冒険者バンだ。魔獣が欲しいならあの熊で十分だろう。くれてやるから好きにしてくれ」

と言い残すと、その騎士団長に背を向けてさっさとその場を立ち去った。


後から、

「おいっ!」

と声がかかる。

しかし、私はその声を無視した。

すると、また、

「おいっ!」

と声がかかるが、同時に先ほどの守っていた騎士の声で、

「殿下っ!」

という声も聞こえた。


わたしは

(え!?今、殿下って…。えぇ!?)

と心の中で焦りつつ、さらに足早にその場から逃げるように立ち去る。

(おいおい…。名乗ってしまったじゃないか…)

心の中でぼやくが、もうどうにもならない。

(…まったく。迷惑な…)

と辺境伯様に向かって悪態を吐いた。


それから2日ほど。

とりあえず報告はしなければならないと思い、どんよりとした気持ちで、ルツの町へと延びる街道を歩く。

とぼとぼと街道を歩くうち、私は、

(もう、どうにでもなれ)

というふうに何かを、いや、何もかもを諦め、

(とりあえず、美味い飯と美味い酒だな…)

と、六角亭の飯と酒に想いを馳せた。


午後の日が街道を明るく照らす。

ふと、私の腹が鳴った。

「ふぅ…」

と気持ちを切り替えるようにひとつ息を吐く。

(さて、とりあえず今夜の飯はなんにしようか。ああ、この先の村はコッコをたくさん飼っていたな…。よし、ちょっと豪勢に照り焼き丼でも作るか)

と私はとりあえず、目先の飯のことを考えた。

途端に私の中でしおれていた元気が首をもたげてくる。

(現金なものだな)

と私は自分に苦笑いをすると、先ほどよりも軽い足取りで、午後の日に照らされた街道を進み始めた。

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