エピローグ 転生者バンドール・エデルシュタット異世界にてかく生きれり

第322話 転生者バンドール・エデルシュタット異世界にてかく生きれり

私は今、陽当たりの良い離れのリビングに設えられたベッドの上にいる。

先日90歳になった。

横にはマリーとリーファ先生がいて、ルビーとサファイア、ユカリが枕元にいる。

先程シェリーが私の要望を受けて、プリンを作りに行ったから、じきにみんながやって来るだろう。

開け放たれた窓から差し込む初夏の日差しが気持ちいい。

庭にいるエリスたちの目に寂しさがあるのは少し気がかりだ。

(仕方がないこととは言え、申し訳ない)

そう思って、なんとか微笑んで見せる。

「…ぶるる」

と小さな声が聞こえたからきっと、

(…相変わらずね)

とでもツンデレたのだろう。

やっぱりいい子だ。

(もっと撫でてあげればよかった)

そう思うがもはや私の手はエリスに届かない。

それでも私は手を伸ばそうとした。


布団の中から手を出そうとするが、よく動かない。

それでも懸命に気を練り、なんとか腕を持ち上げる。

私の枕元にいるルビーとサファイアを撫でてやった。

次にマリーに手を伸ばす。

マリーの手は暖かい。

そして、その微笑みは相変わらず美しい。

ふと、左腕を見ると、そこには緑色の組紐があった。

あの肉食の亜竜と対峙しに行った時のものだ。

不思議なもので、この組紐は切れもしないし、色褪せてもいない。

みんなの分もそうだ。

きっとこれがマリーの魔法なんだろう。

マリーが魔法を使えるか、それに、物を長持ちさせるような魔法があるのかどうかは知らない。

しかし、これはきっとマリーの魔法だ。

そうとしか思えない。

ズン爺さんの木はたわわに実をつけるし、ドーラさんは甘柿を生んだ。

みんなそれぞれに魔法を残している。

(さて、私は最後にどんな魔法を使うのだろうか?)

そんなことを思って心の中でそっと苦笑いをした。


リズ

ユーク

リア

シア

エル


ユリウス

クリス

クララ


メル

ローズ

ジュリアン

ドノバン

そして、ルッツォさん。


みんながリビングに入って来る。

最後にシェリーとハンナがプリンを持って入って来た。

全員の手にプリンがある。

「さぁ。バン様。お待ちかねのプリンですよ」

少し涙ぐんだ声で、それでも微笑みながら、マリーが私の口元にプリンをそっと近づけてくれた。

もう飲み込む力もそれほどない。

それでも懸命に口に入れる。

甘い味が口いっぱいに広がった。

(ああ、幸せの味だ…)

私たち家族をつないでくれた味にそっと涙する。

家族に、村に、この世界に。

私が出会ったすべての物への感謝が胸に溢れた。

「…ありがとう」

最後の気を練りひと言だけ声を発する。


転生者バンドール・エデルシュタット、異世界にてかく生きれり。

私は心の中でそう胸を張って宣言すると、静かに目を閉じた。



~~それから40年~~


僕の名前はバンデンクリフ・エデルシュタット。

今日で10歳。

みんなからはバンって呼ばれてる。

でもお姉さんたちは、おじいちゃんのおじいちゃんと一緒だから、いつもちょっとややこしいねって言ってる。


「ユリウスおじいちゃん。稽古に行って来るね!」

「ああ。気を付けて行って来るんだよ」

「うん。みんな、行こう!」

「わふっ!」(うん!)

「んにゃぁ!」(バンの木!)

「ぴぃ!」(コハクちゃんたち呼んでくる!)

「うん。ありがとう」

僕はそう言って、玄関を出る。

そしたら、玄関の所に森馬のコハクお姉ちゃんとエリスお姉ちゃんとフィリエお姉ちゃんが待っていてくれた。


「ひひん!」(バン。今日も元気だね!)

「うん。今日もおじいちゃんのおじいちゃんに稽古を見てもらうんだ」

「ぶるる」

「ぶるる」

「うん。あそこで稽古するとなんだか気持ちいいし、好きだよ」

「わっふ!」(きっとバンも嬉しくて仕方ないと思うよ!)

「そうかな?」

「んみゃぁ!」(マリーもきっと笑顔で見てくれてるよ!)

「そっか。じゃぁ、今日も頑張らないとね」

「ひひん!」(さぁ、行こう!)

「うん!」


そう言って元気にみんなと一緒に村の外れにある小さな泉のほとりまで歩いて行く。

「あ、おじちゃん。昨日はお野菜ありがとう!」

「あー。バンの坊ちゃん。美味かったかい?」

「うん!シェリーさんがスープにしてくれたよ」

「へへっ。そいつぁよかった。今日もお稽古かい?」

「うん」

「気を付けて頑張んなよ!」

「うん。いってきます」

道で村のおじちゃんたちに挨拶しながら1時間くらい歩いてやっとおじいちゃんのおじいちゃんとおじいちゃんのおばあちゃんの木の所に着いた。


「こんにちは。おじいちゃんのおじいちゃん。おじいちゃんのおばあちゃん。バンデンクリフです。今日もよろしくお願いします!」

僕はまずは元気に挨拶をして、木刀を振り始める。

まだよくできないところもあるけど、剣術は好きだ。

おじいちゃんとかシェリーさんに聞いた話だとおじいちゃんのおじいちゃんはすごい人だったらしい。

いつか僕もそんな剣士になりたいと思って、今日も気を練り、型を繰り返し練習した。


1時間くらいやったところで、

「ふぅ…」

と息を吐き、構えを解く。

「今日はどうでしたか?」

とバンポの木に聞くと、なんだか、

「まだまだだ」

って優しく頭を撫でられながらそう言われたような気がした。


泉で汗を拭って少し休憩する。

おじいちゃんのおばあちゃんのビワをいくつかもいだ。

「帰りにリーファ先生に届けますね」

って挨拶すると、ビワの木はいつも優しく微笑んでくれる。

僕はもう一度隣のバンポの木に手を当てながら声を掛けた。

「きっと剣術が上手になります。そして、絶対にラーメンと焼きそばを作ってみませます」

って、いつもみたいに声を掛けると、いつも2つの木が笑ってくれる。

そしてお姉ちゃんたちも、

「わっふ!」

「んにゃぁ!」

「ぴぴぃ!」

「ひひん!」

「ぶるる…」

「…ぶるる」

っていつもの通り、

(相変わらずだね)

って言ってくれた。


我が家の書棚に置かれていたおじいちゃんのおじいちゃんが書いた本。

その本には僕にしか読めない日本語でいろんなことが書かれている。

でも、たいていは食べ物のこと。

書いたのはおじいちゃんのおじいちゃん。

その最後に、中華麺が作れなかったのが残念だって書いてあった。

ラーメン、焼きそば、冷やし中華に担々麺。

そんな言葉を見るといつも笑ってしまう。

だけど僕は誓った。

僕が絶対に作って見せるって。


僕の名前はバンデンクリフ・エデルシュタット。

おじいちゃんのおじいちゃんと同じ転生者だ。

おじいちゃんのおじいちゃんが最後まで望んでいたことをもう一度胸に刻みつけるように心の中で唱える。

(きっと僕もこの世界を美味しくしてみせる!)

って。

僕はそう誓って、僕は今日の稽古を終えた。


家までの道を速足で歩く。

(今日のご飯は何かな?今日はあれが食べたい気分なんだけど…)

そんなことを思いながら歩くトーミ村の景色は今日も優しい。

僕はこの村が大好きだ。

おじいちゃんのおじいちゃんが育てて守ったトーミ村。

美味しいものが溢れるこのトーミ村。

そんな大好きなトーミ村の優しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、最後はみんなと一緒に駆け足で競争しながら家に帰った。


勝手口から家に入ってすぐ、シェリーさんに、

「ただいま!今日のご飯なぁに?」

って聞く。

そしたら、

「あははっ。今日はあれですよ!」

って笑いながら教えてくれた。


食堂に入ると、

おじいちゃんとおばあちゃん、

父さんと母さん、

お姉ちゃんとお兄ちゃん、

そして、リーファ先生とルッツォ先生がいつもみたいに楽しくおしゃべりしてる。

「ただいま!」

「おかえり」

「今日のご飯はあれだって!」

僕が嬉しそうに今日の献立を教えてあげると、

「相変わらずだね」

って言ってみんなが笑った。


(今日もうちのご飯は美味しくて楽しいんだろうな)

そう思うと、嬉しくなって僕も笑いながら席に着く。

「お待たせしました!」

シェリーさんの声がして、今日のご飯がやってきた。

みんなで一斉に、

「いただきます」

って言って美味しくて楽しい食事が始まる。

やっぱりみんなで食べるとご飯は美味しい。

僕はそう感じて、今日も元気にナポリタンを頬張った。


(うん。やっぱりうちの『家族セット』は最高だね!)

って思いながら。


~~完~~

長い間お読みいただきありがとうございました。

ここまで続けてこられたのは、ひとえに読んでくださった皆様のおかげです。

御礼申し上げます。

途中、やや飛ばし気味に話を進めてしまったところもありますので、いつか機会があればその部分をしっかり書きたいと思っております。

読んでみたいシチュエーションなどありましたらリクエストください。

それではまたいつか、トーミ村の和やかな空のもとでお会いできる日を願って。

タツダノキイチ


追伸

新作「はぐれ聖女 純情派」もよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16818093074932289558

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