第317話 ドーラさんと海04

翌朝。

いつものようにリア、シアと一緒に庭の一角を借りて木刀を振る。

これが最後の稽古になるかもしれない。

そう思うと、いつもより気合が入った。

(私が2人に出来ることと言えば、今、私が全力で出来る型を見せることと、いつか、私の贈る刀を正しく振ってくれる日が来ることを信じることだけだ)

そう思って振る木刀はいつもより軽く感じ、最後に裂ぱくの気合とともに袈裟懸けの一刀を振る。

集中を解き、ふと後ろを振り返ると、

「私、頑張る!」

「私も頑張ります!」

と覚悟のこもった言葉を発して涙するリアとシアがいた。

そんな2人の頭を撫でてやりながら、

「ああ。きっとできるさ」

と言う私もどうやら泣いていたらしい。

照れ隠しに、わざとらしく大きな声で、

「さぁ、朝飯だ」

と言いながら涙を拭う。

リアとシアも笑顔で涙を拭いながら、

「うん!」

「はい!」

と言うと、3人で笑い、さっそくみんなと朝食が待つ部屋へと戻っていった。


「なんだか、朝起きてお仕事が無いと言うのは落ち着きませんねぇ」

と苦笑いでお茶を淹れてくれるドーラさんに、

「村に帰ったらまた美味い飯を頼むよ」

と笑いかけて朝食を待つ。

やがて、朝食を運んでくるメイドさんとともに、ルシエール殿もやって来て、

「昨晩、ユークから聞きました。今日の昼は台所を空けておりますから、ぜひとも腕を振るってくださいな。私も主人も楽しみにしておりますよ」

と言ってくれた。

私はその言葉で、

(そう言えば、当主への挨拶がまだだったな…)

と今更のように気が付き、

「すまん。ご当主への挨拶が遅れてしまった」

と言って頭を下げる。

しかし、ルシエール殿は、

「いえ。お気遣いなく。お昼はご一緒させていただきますから、その時は是非挨拶してやってください」

とにこやかに言ってくれた。

私は、ルシエール殿の気遣いに感謝して、

「かたじけない」

と頭を下げる。

すると、私の横から、マリーが、

「うふふ。ルシエールお姉様の恋のお相手がどんな方なのか楽しみですわ」

と姉をからかうようなことを言い、それにルシエール殿は、珍しく慌てたような表情を浮かべると、

「そういうわけですから、お昼まではご自由にどうぞ。ああ、海でもご覧になって来られるといいですわ」

と、やや早口に言って、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


「うふふ。一本取りましたわよ」

とマリーがいたずらに微笑む。

「ああ。さすがだ」

と私も笑ってさっそくみんなで朝食の席に着いた。


何人かのメイドさんが豪華な朝食を手早く用意してくれる。

高級宿も顔負けの豪華な朝食に舌鼓を打っていると、いつものあのメイドさんがやって来て、

「お昼の…おスシ?でしたか?その材料が必要であればおっしゃってください」

と聞いてきた。

私はドーラさんにどうする?と視線を送る。

するとドーラさんは私の視線に軽くうなずいて、

「そうですわね。お米とお酢とお砂糖、あとはお塩と醤油があれば十分でございますわ。魚介のことはよくわかりませんから、お刺身に使えるような新鮮な物がいくつかあればそれでやらせていただきます」

と即座に答えた。

私が無言でうなずくと、メイドさんは、

「かしこまりました。そのように」

とだけ答えて下がって行く。

やがて食事が終わり、食後のお茶を飲んでいると、また別のメイドさんがやって来て、

「馬車の準備が整いました」

と伝えに来てくれたので、私たちはさっそく部屋を出た。


さっそく2台の馬車に分かれて乗り込み、海へと向かう。

馬車は1時間もかからずに海沿いの街道に出た。

「こちらでお待ちしておりますので、ごゆっくりどうぞ」

という馭者役の執事さんに礼を言うと、さっそく、リアとシアは、

「「すっごーい」」

と叫んで波打ち際へと駆けだしていく。

「「まぁ…」」

と言葉にならない言葉を発して目を丸くするマリーとドーラさんに、リズとユークが、

「初めてだと歩きにくいから注意してね」

と言って手を取ると、2人もさっそく波打ち際を目指して歩いていった。


波打ち際までやって来ると、リアとシアが「うげぇ」と顔をしかめている。

海の水はしょっぱいと言った私の言葉を確かめたのだろう。

「はっはっは。何事も経験だ。いい勉強になったな」

と2人に笑いかけると、

「私も舐めてみたいですわ」

と子供のような顔でマリーが言った。

「ああ。やってみるといい。指先にちょっとつける程度でも十分しょっぱいから注意してくれ」

と言ってドーラさんの方を見る。

すると、ドーラさんも興味津々と言った様子で、

「ようございますか?」

と聞いてきた。

「ああ。もちろんだ」

と答えて2人の靴を預かる。

「きゃっ!冷たい!」

とマリーがはしゃいだような声を上げると、

「…ええ。冷たいですわね」

とドーラさんが驚いたような声を上げ、さっそく2人して、海水をほんの少し舐めた。


「んーっ!?」

とマリーが声にならない声を上げて目を見開き、

「んまぁ…」

とドーラさんも渋い顔をする。

リズとユークに手を取られながら波打ち際ではしゃぐマリーとドーラさん。

なにやら追いかけっこを始めたリアとシア。

そんなみんなを眺めながら、

「足首よりも深い所はだめだぞ。波にさらわれてしまうからな!」

と声をかけると私は、ふと思いついてその辺にある貝殻をいくつか拾い集めた。

(きっとこんな物でも村のみんなにとっては珍しいだろう)

そう思ってなるべく綺麗な貝殻を探す。

すると、いつの間にかマリーとドーラさんが戻って来ていて、マリーが、興味深そうな目で、

「何をしてらっしゃるんですの?」

と声を掛けてきた。

「ああ。貝殻を拾っているんだ。村のみんなにいい土産になるかと思ってな」

と言って、小さな貝殻を見せる。

すると、ドーラさんが、

「まぁ。これが貝なんですのね」

と言ってそれを興味深そうに眺めながら、なにやらうんうんとうなずき始めた。

「ああ。貝はこういう殻の中に入っていて、海の底の砂の中に住んでいるんだ。まぁ、これは言ってみれば家だな」

と何となく貝殻という物を説明する。

そんな説明を聞いてマリーは、

「まぁ…小さなお家ですこと」

と驚きながらつんつんと私の持っている貝殻をつつきだしたので、私が笑顔で、

「いろんな色や大きさがあるぞ」

と教えてやると、

「まぁ!ではたくさんのお家を探してみませんと」

と言って、その辺りに目を落とし、夢中で貝殻を探し始めた。


やがてリアとシアもリズとユークに手を引かれながら戻って来てそれに加わる。

最後にはドーラさんも加わり家族みんなでそれぞれのポケットいっぱいになるまで貝殻を集めた。

「うふふ。みんな喜んでくれるかしら」

と目を細めて微笑みながら巻貝の貝殻を見つめるマリーの肩に、

「ああ。家族も、村のみんな、特に学問所の子供たちは喜んでくれるだろうな」

と言いなが優しく手を添える。

「楽しみですわね」

と私を見上げるマリーに、私も、

「ああ。楽しみだ」

と微笑み返した。


「うふふ」

と声が聞こえて振り返ると、ドーラさんが微笑ましそうにこちらを見ている。

私は少し照れてしまって、

「ドーラさんも楽しかったか?」

と、どうでもいいことを聞いてしまった。

ドーラさんは、

「ええ。とっても楽しゅうございました」

と言って、微笑む。

しかし次の瞬間、ドーラさんは徐々に瞳に涙をため始め、

「私、村長にお仕えして、家族にしていただいて、あんなに可愛らしいお子たちにもかこまれて…」

と、とぎれとぎれに言葉を紡ぐと、ついには言葉を詰まらせ泣き出してしまった。

マリーが側に寄り、ドーラさんを抱きしめる。

リアとシア、ユークとリズも、その輪に加わった。

「あのね。私ドーラさんの子供で良かった。毎日美味しいご飯が嬉しかったよ」

「うん。お料理だけじゃないの。私が叱られて泣いてるとき、一緒にお話し聞いてくれたのすっごく嬉しかった」

「僕も。小さい頃一緒に本を読んで、楽しかった」

「ええ。『お茶を美味しく淹れるコツは思いやりよ』って言ってくれた言葉忘れてないわ」

と、子供達も思い出話を語りながら涙を流す。

「ええ。ええ。私も、みんなのおばあちゃんになれてうれしかったわ」

とドーラさんは笑顔に止まらない涙を浮かべながら、子供たちの頭を順番に撫でて、

「ありがとう」

と優しくひと言つぶやいた。

すると子供達も、

「ううん。ありがとうはこっちだよ」

「ええ。私からもありがとうって言わせて」

「「ドーラさん。いつもありがとう!」」

と言って、涙を拭いながらドーラさんに笑顔を見せる。

「うふふ。みんな『ありがとう』ですわね」

と涙声で言うマリーの言葉に、私も、目に涙を溜めながら、

「ああ。『ありがとう』だな」

と言うと、そっとその輪に加わった。


春の穏やかな海岸で、優しい波音が私たちに微笑みかけ、潮風が涙を乾かしていく。

やがて、涙の輪には笑顔が広がり、私たちはポケットいっぱいの貝殻と楽しい思い出を土産に、名残惜しくも海岸を後にした。


馬車に乗り込むと、私は、

「帰ったらスシだな」

とまだ赤いであろう目をこすりながら、照れ隠しにわざと明るい声でそう言う。

「まぁ、バン様ったら」

というマリーの微笑みに続いて、ドーラさんからも、

「村長は相変わらずでいらっしゃいますねぇ」

といういつもの声がかかり、馬車の中は一気にいつもの我が家の雰囲気を取り戻した。


やがて、楽しい馬車旅はすぐに終わり屋敷に着く。

「おかえりなさいませ」

と出迎えてくれたあのメイドさんの案内でいったん部屋に戻り軽くお茶を飲んで失った水分を補給した。

「準備は整ってございますが、いかがいたしましょうか?」

というメイドさんの声に、ドーラさんは軽くうなずき、

「いつでもよろしゅうございますよ」

とにこやかに答える。

しかし、そこで、メイドさんは、

「つきましては、当家の料理人たちが見学したいと申し出てきておりますが、ご許可いただけますでしょうか?」

と聞いてきた。


「まぁ…」

と驚いてドーラさんが私に目を向けてくる。

私は、心の中で、

(ドーラさんの技なら何処のどの料理人が見ても度肝を抜かれること請け合いだが、本人が慣れない環境で緊張してしまってはいかんし…。いや、しかし、ここはスシを広めると言う目的もあるから…)

と、考えた末、

「よし、私も付き添おう。それならドーラさんも多少は緊張がほぐれるんじゃないか?」

と聞いてみた。


「え、ええ。そうしていただけると助かります」

と少しほっとしたような表情で答えるドーラさんを、

「なに、普段通りでいいんだ。とにかくリズとユークにとびっきり美味い寿司と天ぷらを食わせてやることだけ考えて作ってくれ」

と笑顔で励ます。

「ええ。そうですわね」

と、やっとほんの少し緊張から解放されたドーラさんが、ぎこちなさを残しつつも、いつものように微笑むと、私は、

「よし。じゃぁさっそく行こうか」

と声を掛け、ドーラさんとともに、いざエルリッツ邸の台所へと乗り込んで行った。

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