第316話 ドーラさんと海03

「2人とも大きくなったな」

私が万感の思いを込めてそう言うと、

「ええ。大人になったわね」

とマリーも2人に微笑みを向ける。

ドーラさんは、

「ええ。ご立派におなりになって…」

と、また少し目を潤ませた。

リズとユークは照れたような顔でその言葉を受け止めている。

そしてリズとユークも席に着き、さっそく久しぶりのお茶会になった。

リズとユークにとってドーラさんの淹れるお茶は久しぶりだろう。

リズは、

「やっぱりこの味にはかなわないなぁ」

とつぶやき、

「僕は緑茶と羊羹が恋しいよ」

と言って笑う。

楽しい家族の時間が流れ、こっちはどうだ?とか魚は美味しいの?とかそんな話に花が咲いた。

リズとユークも楽しそうにこれまでのことを話し、私たちは嬉しそうに話す2人を見て微笑む。

そんな穏やかで楽しい時間が過ぎ、すっかりお茶がぬるくなった頃。

私は2人に、

「そう言えば、学院では何を学ぶ予定なんだ?」

と何気なく将来のことを聞いてみた。


すると、リズとユークは一度目を合わせうなずき合い、意を決したように私に真剣な目を向けてくる。

その目を見て、私は、

(ああ。この子達は自分の進むべき道を見つけたんだな)

と感じつつも、2人の口からその見つけた道が何なのか語られるのを待った。


まずはユークが、

「父さん。僕は経済を学ぶよ」

と、真っ直ぐな目で答える。

そして、リズはややはにかみながら、

「私は法を学びます」

と答えた。

私が、

(ほう。経済と法か…)

と、意外な答えに少し驚きながら、2人に目を向けると、まずはユークが、

「結局僕がやりたかったのは、村でどんな作物が育つか、とか、どんな薬草なら村のためになるかってことを知りたかったんだったって気が付いたんだ。それなら、村に帰ってから世話役さんたちの話を聞いたり、リーファお姉さんに話を聞いた方が実践的なことが学べるでしょ?だから、僕は学院では学院でしか学べないことを学ぼうって思って経済を専攻することにしたんだ」

と、ややはにかみながら答えてくれた。

私はその決断をうなずきで受け止めると、私はうなずき次はリズに目を向ける。

すると、リズもはにかみながら、

「私が法を学ぶのは、経済だけじゃ村は守れないって思ったからです。あと、経済を縛れるのは法だけですから」

と答えてくれた。

私は2人のしっかりと考えられた答えに感動し、

「そうか、頑張れ」

と笑顔でひと言だけ激励の言葉を伝える。

そして、マリーも微笑みながら、

「ユークちゃん、頑張ってね」

と言った。

その言葉に、なぜかリズとユークは苦笑いする。

私はその苦笑い意味が良く分からなかったが、

(なにはともあれ、2人が道を見つけられて良かった)

と思って、とりあえず、みんなに合わせて微笑んでおいた。


やがて、扉を叩く音がして、お待ちかねの料理が運ばれてくる。

ドーラさんの目が輝き、リアとシアは待ちきれない様子で食卓のある部屋へと駆けて行くと、さっそく席に陣取って、

「みんな!ご飯だよ!」

と元気よく私たちを呼んだ。

そんな2人を微笑ましく思いながら、私たちもさっそく席に着く。

「あははっ。なんだか久しぶりだね、この感じ」

とリズが笑い、

「うん。なんだかトーミ村にいるみたいだ」

とユークも笑いながら席に着いた。

笑いながら席に着く私の手にそっとマリーの手が添えられる。

「うふふ。楽しみですわね」

そんなマリーの言葉に、私は、

「ああ。楽しみだ」

と微笑み返し、誰からともなく、

「いただきます」

の号令が掛けられると、さっそく楽しい食事が始まった。


「まぁ…。これが海のお味なんですのねぇ…」

と、刺身を食べたドーラさんが目を見開く。

「川のお魚と違ってうま味が強いですわね。それに、この切り方もとってもお上手で感心いたしました」

と嬉しそうに刺身を食べ、次に焼き物に箸をつけると、

「まぁ、焼くとこんな感じになるんですね。身のふっくらとした食感といい、皮と身の間からしみだしてくる脂の甘さといい、大変美味しゅうございます」

と、またにこやかな笑顔を浮かべた。

その表情はまるで少女のように無邪気で、リアとシアと一緒になって、

「海のお魚って美味しいわねぇ」

「うん!美味しい!」

「こっちの酸っぱいのも美味しいよ!」

とまるで姉妹のようにはしゃぐドーラさんを見て、私は、

(連れてきて良かった)

と心から思い、その楽しそうな光景を微笑ましく眺める。

「母さん。こっちのスープも美味しいよ。ウルの出汁とトマトの甘味がとっても良く合うんだ」

と言ってユークがマリーに鯛ことウルのアクアパッツァのようなスープを勧めると、

「まぁ!本当。とっても味が深いわね。うふふ。でも、お腹の中に餡子は入っていないのね」

と珍しくマリーが冗談を言って、みんなで笑った。


そこでドーラさんが、

「たしかに、これはおスシでございますねぇ」

と、つぶやく。

すると、ユークが、

「おスシ?」

と不思議そうな顔をした。

「はっはっは。そうだったな。リズとユークは知らなかったな。この頃村で流行っている魚料理だ。美味いぞ?」

と、私がドヤ顔でそう言うと、

「え?なに?父さんまた新しい料理を考えたの?っていうか、村で魚ってことはヤナ?どんな食べ物?」

とユークが矢継ぎ早に質問をしてくる。

「まぁ、ユークちゃんったら。食いしん坊さんね」

とマリーが笑い、ドーラさんが、

「おスシって言うのは、酢を混ぜたご飯をひと口大に握ってその上にお刺身を乗せて食べるお料理なんですよ」

とスシがどんなものかを説明した。

「え?なに?それ食べたい!」

とリズが言うと、リアとシアが、

「「すっごく美味しいよ!」」

と声をそろえて、得意げな顔を兄姉に見せる。

「えー。ずるいよ。みんなばっかり。ねぇ、それって今からでもできる?」

と本気で聞いてくるリズに、

「はっはっは。さすがに今からは無理だな」

と言って私が笑うと、ユークが、

「後でルシエールさんに言っておくよ。明日は絶対にそれだからね!」

とまじめな顔で言ってきた。

「もう、ユークちゃんったら。バン様そっくりなんだから」

と言ってマリーが笑い、私も、

「安心しろ。そのために乾燥ワサビも開発して持ってきた」

と胸を張ってみせる。

「「やったー!」」

とまるで子供みたいに喜ぶリズとユークの顔を見て、

(ははは。まだまだ子供だな)

と心の中で少し父親面をしながら、

「ついでに天ぷらも作らせてもらえるか聞いてみてくれ」

と頭の中で豪勢な和食膳を思い起こしながら、追加で注文を出し、

「任せて!」

と目を輝かせるユークを、

(誰に似たんだか)

と、なんとも微笑ましい気持ちで眺めた。


家族の楽しい食卓は続く。

会話は止まない。

ユークがリアとシアに、学校の帰りにはあの屋台がおすすめだという話をすると、リズが、

「もう。ユーちゃんったら相変わらずなんだから」

と言って、ユークを苦笑いで窘めた。

すると、ユークが、ちょっとふてくされたような顔で、

「リズだって村のタルトタタンより美味しいパイが無いってぼやいてたじゃないか」

とツッコミ返す。

そのツッコミにリズが照れて、

「ちょっ…。もう、そういうのは内緒でしょ!」

とユークの肩をパシパシと叩いた。

そんな様子にドーラさんが微笑む。

私は、

(2人とも変わってないな)

と安心しながら、私はヒラメに似た魚のムニエルを頬張った。

バターをふんだんに使ったソースの濃厚な風味と表面のパリっとした食感に思わずうなり、

「マリー、これも美味いぞ」

と勧める。

そんな私にマリーが、

「うふふ。我が家は相変わらずですこと」

と言って笑うと、みんながそれぞれに、

「うん。相変わらずだね」

「ええ。相変わらず家族ね」

「あはは。相変わらず!」

「うん。相変わらずが過ぎるよね」

「うふふ。我が家の相変わらずは相変わらずですこと」

といつものセリフを言っていつもとは違う食卓にいつもの笑顔をこぼした。


場所も違う。

人数も足りていない。

しかし、私たち家族はいつでも家族で、これからも家族であり続ける。

いつもの光景、いつもの会話に私はそんなことを思って、

「はっはっは。我が家の食いしん坊は相変わらずだな!」

と言って笑い、大きなひと口でエビクリームコロッケを豪快に頬張った。

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