第315話 ドーラさんと海02

今回西の公爵領への旅に行くのはリアとシア、私とマリーそれにドーラさんの5人。

今回の旅程は行きが12日間、帰りが14日間の長旅になる。

やはりドーラさんは遠慮したが、最終的には私の、

「この国にスシを流行らせに行こう。それはドーラさんにしかできないことだ」

という言葉に、

「村長は相変わらずでございますねぇ」

と言って笑いながら説得に応じてくれた。


出立の日、家族に笑顔と涙の見送りを受け、さっそく出発する。

当然のように馬車は順調に進み、子供達に混じってきゃっきゃとはしゃぐドーラさんの声を聞きながらの楽しい旅路となった。

北の辺境伯領の港町ルコルまでは前回と同じような道をたどる。

途中、みんなの希望で昼間、野営ごっこをして一緒にカレーを作ることになった。

なんでもドーラさんもシェリーから冒険の話を聞くたびに、一度やってみたいと思っていたのだそうだ。

そんなドーラさんのささやかな夢を叶えるべく、みんなで手伝う。

薪を拾ったり、近所の農家から野菜を分けてもらったり。

うきうきと楽しそうに準備をするドーラさんの笑顔を見ていると、

(やはり誘って良かった)

と心の底から思えた。

みんなで水を汲み、野菜を切って、ドーラさんを手伝ったあの光景は一生忘れられないだろう。

そして、みんなで作ったおうちカレーの味も。


楽しい光景を重ねて馬車は進む。

ルコルの町から船に乗り、イルベルトーナ侯爵領の貿易の町クリオに入るが、今回はすぐにそこで船を乗り換えた。

王都の西側、リーエン侯爵領やローデルエスト侯爵領を通って、西の公爵領へと流れる川に入る。

夜は船を降りて宿に泊まるが、朝、また同じ船に乗って出発するという行程を繰り返すこと5日。

ようやく、最終目的地、西の公爵領の領都セルシュタットの町へと入った。


セルシュタットの港に着いたのは午後。

大河の河口の風景を見て、

「まぁ…海って大きいんですねぇ」

というドーラさんに、

「はっはっは。ここはまだ川だ。海はもう少し先だから明日にでも見に行こう」

微笑みかけ、さっそくエルリッツ商会へ向かおうと馬車を進ませようとしたところで、

「バンドール・エデルシュタット男爵様ご一行はいらっしゃいますか!」

という大きな声が聞こえた。

どうやらエルリッツ商会からの迎えらしい。

「おう!ここだ!」

と私も大きな声で呼びかける。

すると、やがて、商家の手代風の男や駆け寄って来て、

「エルリッツ商会からまいりました。ご案内させていただきます」

と言って、さっそく私たちの前を馬で先導してくれた。


しばらく進むとそこら辺の貴族の屋敷など比べ物にならないほどの豪奢な屋敷が見えてくる。

門をくぐってから、屋敷の門に着くまでが長い。

(こりゃ、出勤するのも一苦労だな…)

と妙なことを思いながら、ようやく玄関先まで辿り着くと、

「お待ち申し上げておりましたわ」

というルシエール殿の出迎えを受けた。


「いつもいろいろとすまん。今回も厄介になる」

と言って右手を差し出し、簡単な挨拶を交わす。

「とんでもございませんわ。さぁ、お疲れでしょうから、さっそく中へ」

というルシエール殿に導かれてさっそくみんなして中へと入っていった。

私たち一行がそのやたらと大きな玄関扉に圧倒されつつ扉をくぐると、そこには大勢の使用人たちが列を作っていて、

「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました。バンドール・エデルシュタット男爵様」

と両脇から一斉に声を掛けてくる。

その声に私は、圧倒を通り越してぽかんとしてしまった。

そんな様子をルシエール殿が面白そうに見ている。

(…いたずらか)

と気が付くが、

「は、初めまして、セシリア・エデルシュタットです!」

「シンシアです!」

とやや気圧され気味ながらも使用人たちに向かってきちんと挨拶をする子供達や、

「ど、ドーラでございます。あ、あのなんと申し上げてよいのか…」

とかしこまるドーラさんの姿にハッとして、私は、ルシエール殿に向かってひと言、

「やり過ぎだ」

と苦言を呈した。


ルシエール殿は苦笑いで、

「ごめんなさい」

と素直に反省の言葉を述べる。

私はルシエール殿の言葉に苦笑いを返すと、ついでに、

「うちの子達はあまり甘やかさないでくれ」

と頼んだ。


するとルシエール殿は私に向かって、

「ええ。リズはともかくユークまで自分の部屋は自分で掃除するとか、食器はどこに下げたらいいのかと聞いてきた時にはびっくりしましたわ。今では好きにさせております」

とうなずきながら言ってくれる。

そんな話を聞いて、私はリアとシアを振り返り、

「いいか、リア、シア。これからも自分で出来ることは自分でやるんだぞ?」

と声を掛けた。

うちの子達は当然というような顔で、

「うん。頑張ってお手伝いするね!」

「だって、これから家族にしてもらうんだもんね!」

と元気に答える。

私はそんな言葉にほっとして、リアとシアの頭を撫でながら、

「ああ。うちと同じように暮らしなさい」

と言い、またルシエール殿を振り返ると、

「よろしく頼む」

とひと言伝えた。


「さぁ、いたずらも不発に終わったところで、さっそくお部屋に案内させていただきますわ」

と相変わらず苦笑いを浮かべたまま言うルシエール殿の後に続いて、さっそく部屋へと向かう。

「滞在中はみなさん一緒の部屋がいいかと思って、こちらをご用意させていただきました」

というルシエール殿に案内されたのは、高級宿もびっくりするくらいの豪奢な客室で、リビングに寝室、使用人部屋に風呂まで完備されている広い客室だった。


「失礼いたします」

と言って、すぐに何人かのメイドさんがすぐにお茶と荷物、足を拭く桶なんかを持ってきてくれる。

なんとも落ち着かない様子のドーラさんを宥めながら、とりあえずソファに座り足を濯ぐと、ひと口で高級だとわかるお茶を飲んで軽くひと息ついた。

「びっくりしたね…」

「うん。びっくりだったよ…」

「ええ、びっくりいたしましたねぇ…」

と、まだドキドキしたような様子でリア、シア、ドーラさんがつぶやく。

「ごめんなさいね」

とまた謝るルシエール殿に、

「と、とんでもございません。なにぶん不慣れなもので…」

とドーラさんがまた恐縮していると、そこへ、

「父さん!」

「村長!」

という声がしてリズとユークが駆け込むようにやって来た。


当然だが、2人とももう立派な大人になっている。

私は、いや、私たちはみんなその突然の出来事に驚き、ルシエール殿の方へと目を向ける。

するとルシエール殿は、

「こっちのイタズラは大成功だったようですわね」

と言ってややドヤ顔で微笑んだ。


「お、おい。学院はどうした?」

と聞く私にユークが、すっかり声変わりした声で、

「特別に休みをもらってきたんだ。」

と、少し照れながらそう言う。

「あ、ああ、いや。そうか。ああ、うん。いや、驚いた」

と、しどろもどろの私の横リアとシアが駆け抜け、

「お兄ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

と言って、リズとユークに抱き着いた。

マリーも2人の元に近寄り、2人をそっと抱きしめる。

ドーラさんは涙を流し立ちすくんでいたが、そんなドーラさんのもとにみんなで集まると、

「久しぶり。元気そうでよかった」

とユークが優しく声を掛け、みんなで固まってそれぞれに涙を流し始めた。

私もその輪に加わる。

暖かい時間が流れ、みんな名残惜しそうにその輪を解いた。


「びっくりした?」

とリズが涙を拭きながらちょっとイタズラ顔でドーラさんに声を掛ける。

「ええ。ええ。それはもう、びっくりいたしましたとも」

とドーラさんも涙を拭きながら笑顔で答えた。

今度は笑顔だけが溢れる。

そんな私たちに向かって、なぜか涙ぐんでいるルシエール殿が、

「今日の晩餐はみなさんだけでお召し上がりください。主人もそうしろと言っておりましたので、遠慮は無用です」

と声を掛けてきた。

私はその心遣いに、

「かたじけない」

と頭を下げる。

マリーも、

「ありがとう、ルシエールお姉様」

とルシエール殿をそっと抱きしめながら礼を言った。


「うふふ。今夜はお魚をたっぷり用意いたしましたからね」

と、ルシエール殿はやや照れ隠しのように言って、

「まずは家族水入らずの時間を楽しんでくださいましね」

と言い残して部屋を出て行く。

メイドさんたちも下がり、部屋には私たち家族だけになった。

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