57章 ドーラさんと海
第314話 ドーラさんと海01
そろそろ春。
まだちらほらと雪の残るトーミ村が新たな芽吹きを待っている頃。
私がそろそろ59歳を迎えるということは、リアとシアが今年で15歳になる。
ここまでいろいろとあった。
まずは村の食事情について。
当然のように村の食は日々進化している。
今ではすっかりメッサリアシロップが一般化した。
量は取れないから贅沢品であることに変わりはないが、カステラは村の名物になり、ホットケーキもフレンチトーストも喫茶店の看板メニューになっている。
エインズベル伯爵領からまた牛、モーフを取り寄せた。
数はやはり少ないが、それでも牛乳の生産量は以前の数倍になっている。
そのことによって村人は風呂上がりにフルーツ牛乳が飲めるようになった。
ヤナの養殖にも成功している。
日常的に新鮮な魚が食えるようになった。
ちなみに、森の奥で見つかったソルよりも少し小さいサクラマスのような魚はトーミと名付けられ、そちらも養殖されている。
それにより、待望の寿司も完成した。
鱒の寿司のような押し寿司はすっかり村のご馳走になっている。
当然、我が家では握り寿司も完成した。
ドーラさんの寿司は絶品以外の何者でも無い。
「あれは加減が難しゅうございますからねぇ。村のご婦人方は苦労されておりますよ」
と、こぼすドーラさんだが、そのうち村の家庭でも祝い事に握り寿司が出される日が近いだろうと私は予想している。
次に我が家の変化に目を向けると、これは色々あり過ぎるほどの変化があった。
まず、一番大きな変化と言えば、リーファ先生が別荘に移り、そこにルッツォさんが転がり込んだことだろう。
詳細はわからないがエルフィエル国内の政治向きのことがいろいろ片付いたんだそうだ。
私は初めて知ったが、どうやらルッツォさんは公爵家の出だったらしい。
時々忘れそうになるが、いや、時々しか思い出さないが、公女であるリーファ先生と公爵家の次男であるルッツォさんが一緒にいるのは非常にまずい状況だったとのこと。
そこで、ジードさんとルッツォさんの兄、ローさんという人が話し合った結果、ルッツォさんは実家を追放になったのだそうだ。
追放なんて物騒な言葉を聞いた時には驚いたが、実情は、「自由に生きてよろしい」というお墨付きをもらっただけのようだ。
今では時々ケンカをしながらも仲良く共同でなにやら研究している。
ちなみに、ルッツォさんは追放されたことによって、実家からの支援を打ち切られてしまい、研究費を捻出できなくなってしまった。
そこでリーファ先生に泣きつき、私も巻き込まれて話し合った結果、リーファ先生は共同研究相手として、研究費を融通し、私は中等学校の教員になってもらうことで、ルッツォさんに給料を出している。
なんだかんだとあったが、結果、村の教育水準は劇的に向上し、我が家の食卓に新たな家族が迎え入れられることとなった。
おそらくだが、万事これで上手くいくことだろう。
次に我が家に起こったことと言えば、リアとシアが5年ほど前から私に剣術を習い始めていることだろうか。
2人とも筋が良い。
しかし、その種類は少し違うようで、リアが直球なのに対してシアは変化球が上手いという感じに見える。
リアは鋭い太刀筋で、一刀で勝負を決めようとする姿勢が私と似ていて、シアは素早さと手数が素晴らしいから、あえていうならエルフィエル騎士団のリリーさんに似ているかもしれない。
2人ともそれぞれに特色があり、いい好敵手となっているようだ。
私は日々成長する我が子達の剣を、頼もしい気持ちで眺める日々を送っていた。
しかし、残念なことにどうやら2人のどちらともが私の刀を受け継ぐべき人間ではなさそうだ。
それは才能の問題ではなく、気質の問題とでも言えばいいのだろうか?
2人とも、この刀に導かれなくとも道を見つけることができるに違いない。
私の感覚はそう言っている。
この感覚ばかりはなんとも説明のしようがないが、おそらく私の師匠もそんな感覚を得ていたのだろう。
私は、「この刀の行先はこの刀が決める」そう信じて、とりあえず今の所、私の後はシェリーに託すことを決めていた。
本人にも一応話してある。
きっと、シェリーなら誰か適当な人物が現れるまで、この刀を守ってくれるに違いない。
また、感覚の話になってしまうが、私にはそう思えて仕方がなかった。
今日もリアとシアは朝から私やシェリー、ローズと一緒に元気に木刀を振っている。
5人で稽古が出来るのもあとわずかだ。
2人はこの春から西の公爵領の高等学校に進むことが決まった。
その後はそのまま西の公爵領に残り、騎士の専修学校に通うことになっている。
あれは1年ほど前だっただろうか。
そろそろ、2人も進路を決めなければならないとなった頃。
2人から相談を持ち掛けられた。
2人とも将来は村を守る人間になりたいのだそうだ。
しかし、それには私のように冒険者として守る方法とジュリアンのように騎士とし守る方法の2つがある。
いったいどちらの道を選べばいいのか悩んでいるという2人に私は、
「どちらの道でも構わない。剣に生きたいのならとにかく剣を振れ。そうすれば剣が道を示してくれる」
とだけ伝えた。
それからしばらくの間、2人の迷う日々が続く。
毎朝の稽古でも剣筋に迷いが出ていた。
だが、私は、何も言わずただそれを見守る。
そして、ある日、2人は進路を決めた。
2人が言うには、まずは人を守れる剣士になりたい。
しかし、村では魔獣からも守らなければならない。
そのどちらもというのは難しいと考えていたが、「どちらもやればいい」そう考えたのだそうだ。
まずは騎士の剣術を学んでそれから冒険者になればどちらも学べる。
そう考えてどちらの剣も極めるという道を選んだのだそうだ。
私は、ひとつうなずいて、また、
「迷ったら剣を振れ。その先にかならず道が拓ける」
とだけ伝え、2人背中をそっと押した。
その他にも、リズとユークは予想通り、王都の学院に進学を決めたし、義父上たちは毎年のように遊びに来ている。
マリーは時々学問所の子供達に絵や裁縫を教えて楽しそうにしているし、エルはドノバンとローズに庭仕事や剣、盾なんかの基礎を教わり始めた。
ジュリアンはますます仕事に打ち込み、メルもご婦人方のまとめ役になってくれている。
他にもドーラさんとシェリーは梅干し作りに成功し、ズン爺さんは梅酒作りに成功した。
とにかく、小さなことを挙げればきりがないほどの変化が起こったが、我が家もトーミ村も相変わらずの日々を送っている。
変わるもの。
変わらないもの。
それぞれが重なり合って、今日も平和なトーミ村を形作っていた。
そしてやって来た春本番。
私は相変わらず屋敷と役場を往復する楽しい毎日を送っている。
トーミ村の雪はすっかり無くなった。
いよいよリアとシアの出発の日が近づいている。
リズとユークの時同様、ルシエール殿から迎えを寄こすという手紙が来たが、今回は断った。
理由のひとつは、マリーとの約束を果たすため。
そして、もうひとつは、ドーラさんに海を見せるためだ。
私のドーラさんに海を見せてやりたい、魚を食わせてやりたいという気持ちは年々強くなっている。
ズン爺さんは辺境伯領の出身だし、若い時は各地を移動することが多かったそうだから、海も見たことがあるし、魚も当然食ったことがあるそうだ。
しかし、ドーラさんはあまりにも外の世界を知らない。
あのみんなが交代でオルバを食いにいった旅行の時、ドーラさんは見る物全てに感動し、時に涙を流していたそうだ。
そんな話をこっそりとシェリーから聞かされていた私は今回の旅にドーラさんも連れて行くことを決断した。
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