第311話 家族旅行03
翌朝。
船着き場へ向かう。
私以外は初めての船旅だ。
みんな初めて見る大きな船に驚きつつも、さっそく乗り込んだ。
「すごいね。父さん。こんな大きな建物が浮いてるなんて信じられないよ」
と言うユークには船が建物に見えているんだろう。
私は笑いながら、
「桶が風呂に浮くのと原理は一緒だ。大きくなったらそういう話が書いてある本を読んでみるといい」
と何となく浮力という物を教えてやる。
「そっか。大きくても小さくても一緒なんだね」
と、なにやら納得したような表情で言うユークだったが、
「もし、この川がお風呂だったら何人入れるかな?」
と、いかにも子供らしいことを言って私に無邪気な笑顔を見せてきた。
「はっはっは。村中みんなで入ってもまだまだ入れるだろうな」
と、笑いながら答える。
「ははは。村中みんなでお風呂に入ったらきっと楽しいよね」
とユークも笑い、私は何となくだが、大きな露天風呂を想像して、ついつい、
(村にも温泉が出ればなぁ…)
と、妙な前世の記憶を思い出してしまった。
その後、さっそく船内の見学に行くという子供達をメルとジュリアンに任せ、マリーと話をする。
「ありがとうございます。バン様」
と、滔々と流れる大河を見つめながらマリーが不意に礼の言葉を口にした。
「ん?」
私が聞き返すと、マリーは、
「バン様はいつも私に知らない世界を教えてくれます。バン様とお会いしていなかったらきっとこんなに大きな川があることすら知らずに、私は…」
と言って、悲しげな顔をする。
そんなマリーに向かって私は、少しいたずらっぽい笑顔を向けて、
「次は海だな」
と言った。
「え?」
驚くマリーに、
「リズとユークが西の公爵領へ行くと言うなら私たちも当然様子を見に行かなくてはならなくなるだろう?そうすれば海が見られる」
と、ややドヤ顔で理由を説明してやる。
すると、マリーはまた驚いたような表情を浮かべたあと、すぐにうっとりとした表情で、
「まぁ…。素敵ですわね」
と言って柔らかく微笑んだ。
私が続けて、
「ああ。昔マリーが村の小川に流した笹舟の行き着いた先を見に行こう」
と明るい口調で、マリーと初めてピクニックに行った時のことを思い出しながらそう言うと、マリーは、
「バン様ったら。意外とキザなことをおっしゃるんですのね」
と言って、ややいたずらっぽい表情を私に向けてくる。
私は、
(たしかにキザだったな)
と思うと、急に恥ずかしくなってしまって、
「え?あ、ああ、いや…。そうだな。ははは」
と、頭を掻きながらなんとも格好のつかない感じでぎこちなく笑うことしかできなかった。
やがて、夕方前。
船はイルベルトーナ侯爵領の貿易の町クリオに到着する。
マーカス殿から宿は港のすぐ近くだと聞いていたが、果たして、その宿「港屋」というなんとも安直な名前の宿はすぐに見つかった。
宿の第一印象は老舗。
落ち着いた佇まいだが、どこか貫録を感じる。
(マーカス殿は子供連れでも平気だと言っていたが…)
とやや心配しながらも、さっそく宿屋に入りマーカス殿の名を告げる。
「お待ちしておりました。エデルシュタット男爵様。マーカス・エインズベル様への伝言はすぐに走らせます。まずはお部屋でおくつろぎください」
という女将らしき人の案内でさっそく部屋へ通された。
部屋は広く、いわゆるスイートのような作りになっている。
(なるほど、これならみんなで泊れるし、多少子供がはしゃいでも他に迷惑を掛けなさそうだ…)
と私が感心していると、リズが、
「今度はユーちゃんと一緒にお泊りできるね!」
と喜びの声を上げた。
(そうか。最近、寝起きは別々だったからな。リズも久しぶりに姉弟一緒に生活できて嬉しいんだろう)
と、喜ぶリズを微笑ましく見つめながらさっそく荷を解く。
やがて、お茶を持ってきてくれた女将から、
「お夕食まではお時間がありますから、先にお風呂で旅の疲れを流してらしてください」
と勧められ、みんなで風呂へと向かった。
~~メル視点~~
まずはお風呂へという旅館の方の言葉に甘えてみんなでお風呂へ向かっていると、リズが私に向かって、
「また大きなお風呂に入れるね!」
と嬉しそうに言ってくる。
「ええ。楽しみね」
と私も微笑みながら答えると、マリー様が、
「うふふ。リズちゃんは大きなお風呂が気に入ったのね」
と言ってリズに微笑みかけてくれた。
「うん!大きなお風呂ってみんなで入れるでしょ?だから好き!」
と元気に答えるリズに、
「そうね。うふふ。じゃぁ、村に帰ったらみんなで一緒に銭湯にいきましょうか?」
と言うマリー様の顔もどこか楽しげに見える。
こうして、マリー様と一緒にお風呂に入れる日が来るなんてあの日の私は想像もしていなかった。
それが、今こうして日常になっている。
本当に村長やリーファ先生には感謝してもしきれない。
私は小さい頃の願い、「一生お嬢様のお側に仕える」というあの願いを、ちょっと違う形だけど、叶えることができた。
そんな幸せを噛みしめ、お風呂に着くと、体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。
すると、リズが、
「ねぇ。お母さんはなんでメイドさんになろうと思ったの?」
と聞いてきた。
私はいったいどうしたんだろうか?と思って、
「ん?突然どうしたの?」
と聞き返す。
するとリズは、言葉を選ぶように、
「んとね。私はメイドさんになりたいけど、ユーちゃんのメイドさんになりたいの。それって普通のメイドさんになりたいっていうのとはちょっと違うのかな?って思って…」
と少し悩ましげな表情でそう言った。
そんな娘の言葉に私は、
(私とそっくりね)
と思って微笑ましい気持ちになる。
私がメイドを志したのはマリー様がいたからだ。
マリー様がいなければメイドになんてなっていなかったかもしれない。
そう思って、
「そうね。私も同じかしら。マリー様がいたから、お母さんもメイドさんになったのよ」
と素直に私がメイドになった理由を教えてあげた。
「マリーおばちゃんがいたから?」
と、きょとんとした顔で聞き返してくるリズに、私は、
「ええ。リズにも話したことがあるけど、マリー様と私とローズは小さい頃からずっと一緒だったの。とっても仲良しだったのよ。だから私は、『ずっとお側で支えたい』って思ったの。だって、仲良しの子が困っていたら助けてあげたくなるでしょ?」
と言って、当時、私がどう思っていたのかをかいつまんで教え、今度は、
「リズはどうしてユークちゃんのメイドさんになりたいって思ったの?」
と聞き返す。
すると、リズは、
「私、お姉ちゃんだから!」
と答えた。
そんな単純な答えに、私は少し驚いて、
「それだけ?」
と聞き返すと、リズは、
「うん。あのね。ユーちゃんが『まだ、わかんないけど父さんみたいな立派な村長になりたいんだ』って言ってたから、私もそのお手伝いがしたいって思ったの。だって、村長のお仕事ってとっても大変なんでしょ?だからきっとユーちゃんひとりだと大変だと思うの。だから、お姉ちゃんの私が手伝ってあげるんだよ」
と、やや自慢げ気にそう言い切った。
まだ幼くて、ちゃんと言葉にはできないけど、きっとリズは家族の助けになりたいという思いをしっかりと持っているんだろう。
そう感じた私は、
「それは立派な考えね」
と言って、リズを褒める。
すると、マリー様も、
「リズちゃんはとっても優しいのね。メルにそっくり」
と言ってリズを褒めてくれた。
「えへへ。私、たくさん勉強して、きっとお母さんみたいな立派なメイドさんになるね!」
そんな無邪気な娘の言葉を聞いて、私の胸に温かいものが込み上げてくる。
私は思わずリズを抱きしめて、
「ええ。立派なメイドになってね」
と言って、少しだけ涙を流した。
「もう。お母さん、苦しいよ」
と、はにかみながら言うリズを、
「うふふ。嬉しかったから、つい、ね」
と言って、頭を撫でながら解放してあげる。
「もう…」
とはにかむリズの頭をもう一度撫でてあげた。
「うふふ。きっとリズちゃんはとっても素敵なメイドさんになれるわよ」
と言ってマリー様が微笑む。
私も、
「ええ。この子はきっと立派なメイドになります」
と言って、一緒になって微笑んだ。
「もう…。なんだかよくわかんないけど、もう上がろう?オルバが逃げちゃうよ!」
と、さらに照れておかしな事を言うリズの言葉にまた笑い、
「うふふ。そうね。オルバが川に逃げちゃったら大変よね」
と言って、私たちは笑顔でお風呂から上がった。
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