第310話 家族旅行02

イルベルトーナ侯爵領までは片道おおよそ6、7日。

子供にとっては大冒険になる。

家族旅行の日程はおおよそ1か月後の初秋。

もっともオルバが美味い時期を狙って行くことにした。


私は大量の書類を片付け、世話役たちとの打ち合わせに明け暮れる。

リズとユークは毎日のように馬車で村を巡り、馬車に慣れる練習を始めた。

ちなみに、学問所の子供達も交代で乗せてあげたらしく、子供たちに大人気だったそうだ。

みんながそれぞれにオルバと家族旅行への期待を胸に着々と準備を進めていく。

そして、出発を数日後に控えたある日。

マーカス殿から手紙が届いた。

さっそく読んでみると、

宿の手配はしておいた。

オルバの味を第一に選んだから心配するな。

子供連れでも歓迎されるだろう。

と、なんともマーカス殿らしい朴訥とした文章でしたためられている。

もちろんユークに会うための時間も十分に確保したらしく、宿に入ったら知らせるように書いてあった。


そんな嬉しい報せを持って夕方、屋敷に戻る。

当然マリーは喜び、リズとユークは、マーカス殿の人となりについての話をマリーにせがんだ。

楽しい家族の会話に花が咲く。

今は会えない家族の話を楽しそうにするマリーの姿を見て、私は、

(ああ、離れても家族は変わらないものなんだな…)

と、しみじみ思った。

そう思って、楽しそうに笑うリズとユークに目をやる。

(これから離れ離れになって、頻繁には会えなくなってしまうだろう。しかし、私たちは家族だ)

私はまたしみじみとそう感じて、リズとユークの頭を撫でた。

私の突然の行動に2人はきょとんとしていたが、そんな2人私は、

「楽しい思い出をたくさん作ろうな」

と言って微笑みかける。

すると、2人もニカッと笑って、

「「うん!」」

と元気に返事をしてくれた。


そして出発を明日に控えた日の晩。

少し寂しさを抱えつつも明るい壮行会が開かれる。

ドーラさんは、これからしばらく食べられなくなるからという理由でユークの大好きなチキンナンバンとリズの大好きなカレーピラフオムレツを出してくれた。

トーミ村の住人にとって旅は縁遠い存在だ。

ドーラさんはきっと心配でたまらないのだろう。

いつにも増して、ハンカチは多めに持って行ってね、とか、気分が悪くなったらすぐお母さんに言うんですよ、とリズやユークに声を掛けている。

リズもユークも、そんなドーラさんの気持ちが良くわかるんだろう。

嫌な顔をせず、

「うん。わかった」

「大丈夫よ、ドーラさん。だって村長がついてるもん」

と、明るい声でそれに答えてくれていた。

優しい気持ちが重なり合って暖かい空気が食堂に漂う。

その日の晩、我が家の食卓には、いつにも増して優しい笑顔がこぼれた。


翌日。

やはり少し涙ぐむドーラさんを始め、家族みんなに見送られてトーミ村を発つ。

最初は私が馭者役を務めることになった。

道中、ジュリアンと私が交代で馭者役と警護役を務めることになっている。

整備された街道を順調に進み、夕方前には最初の目的地、ノーブル子爵領の領都イーリスの町に入った。

辺境のどこにでもある普通の田舎町だが、ユークとリズにとっては、初めての「都会」だ。

見る物全てが新鮮に映ったのだろう。

「ねぇ、父さん。馬車がいっぱい走ってるよ」

とか、

「おっきな建物がいっぱい」

と、興奮したように馬車の窓から顔を出して興奮したように私に話しかけてくる。

私が、

「はっはっは。この先、リズとユークが行く西の公爵領はもっとすごいぞ」

と笑いながらその声に答えると、

「「もっと!?」」

と2人の声が重なった。


宿は当然「金の兎亭」。

ユークとリズにとっては初めての外泊で、初めての外食。

部屋に入るなりユークは、

「すごい。ベッドが2つあるよ!」

と物珍しそうに部屋の様子を眺めて少し興奮している。

そして、宿の食堂では、

「なんだか緊張するね」

と、我が家の食堂とは違って他の客もいる中での食事にやや硬い表情を浮かべていた。


少しぎこちなく食事をする2人を微笑ましく眺め、2人の初めての外食が終わる。

部屋に戻り、ユークに、

「どうだ。美味かったか?」

と聞くと、ユークはなぜか苦笑いで、

「うん。…でも、ドーラさんってすごい人だったんだね」

と正直な感想を言った。

その答えに私とマリーは、

「はっはっは。ドーラさんの料理、いや村の料理はどれも特別だからな」

「ええ。ユークちゃんはこれから食事に苦労しちゃうかもしれないわね」

と言って笑ってしまう。

きっと、隣の部屋でも同じような会話が交わされているんだろう。

そう思うとおかしくなって、親子3人で笑いながら、その日は無事に床に就いた。


そこからも旅は順調に進み、いくつかの町を通って5日目。

北の辺境伯領の川沿いの町、ルコルに入る。

ここまでリズとユークは興奮の連続で、初めてみる羊の群れに感動したり、市場の活気にあてられたり、本屋から離れられなくなりそうになったり、靴や服だけを扱う店があることにも驚いたり。

とにかくいろいろな初めてを経験し、ユークは、

「帰ったらみんなに聞かせてあげるんだ」

と言って、毎日必死になにやら日記のようなものをつけていた。


ルコルの町でもこじんまりとした雰囲気のいい宿に泊まる。

その宿には、こういう宿にはありがちなことで、風呂が無かった。

旅のことで毎日風呂に入れるとは思っていなかったが、いい機会なので、家族そろって近所の銭湯に向かう。

村にも私が赴任した直後に銭湯は作ったし、なんならサウナも併設されているが、我が家には風呂があるせいか、リズとユークはまだ行ったことが無かった。

ちなみに、マリーは何度かある。

風呂上がりに飲んだリンゴジュースが美味しかったと喜んでいた。

そんなことを思い出したせいか、

(いつか、村でもフルーツ牛乳を普及させたいものだ)

と妙なことを思いながら、ユークを連れて男湯へと入る。

ここでもやはり緊張気味のユークだったが、大きな風呂を見た途端、

「父さん!お風呂が大きいよ!」

と嬉しそうな声を上げた。


「はっはっは!うちと同じようにまずは体を洗ってから入るんだぞ」

と笑いながら銭湯の心得を教え、ゆっくりと湯船に浸かる。

物珍しい顔で、

「いろんな人とお風呂に入るなんて、なんだか変な感じだね」

と言うユークに、私は、

(早めに村の銭湯に連れていっておけば良かったな)

と少し反省したり後悔したりしながら、

「ああ。楽しいだろ?」

と言って笑いかけた。


そこから少しユークと会話をする。

「なぁ、ユーク」

「ん?なに?」

「ああ。ユークは将来どんな大人になりたいんだ?」

「うーん。まだわかんない。でも、勉強は大好きだから、いろんなことを知りたいな。リーファお姉さんみたいなお医者さんにも憧れるし、ルッツォ先生みたいに物を作る人もいいよね。…でも、一番は父さんみたいな立派な村長さんになる事が目標かな?」

顎に手を当て、「うーん」とよく考えながら話すユークに、私は、

「…そうか。いいか、ユーク。医者にだって学者にだって何にだってなっていいんだ。村長だけにとらわれなくてもいいぞ。しかし、どんな道を行くとしてもこれだけは忘れるな。自分の道を見つけたら真っすぐ進め。驕らず、弛まず、阿らず、ただ自分の信じた道を行けばいい。その先に何かの答えがあって、さらにその先にはまた新しい道が続いている。時に迷うこともあるだろう。しかし、どこへ進むべきかの答えは常に自分の心の中にある。迷った時はそれを振り返ってみればいい。またどこかへつながる道が見えてくるはずだ」

と、私が師匠から受け継いだ言葉を伝えた。

ユークは少しきょとんとしていたが、やがて、

「うん。…なんだかよくわからないけど、わかったよ。今はたくさん勉強して、いろんなことを知って、いつか自分のやりたいことを見つけるね」

と嬉しそうに私の目を見つめながらそんなことを言ってくれる。

(本当に賢い子だな)

と私は素直に感心し、

「ははは。そうだな。ユークは賢いな」

と言って、またユークの頭を撫でてやった。

「えへへ。ありがとう。僕、父さんの子供に生まれてよかったよ」

と言うユークの言葉に思わず涙を浮かべてしまう。

私は、慌てて目をこすりながら、

「…おいおい。あんまり泣かせるな」

と言って、ユークの頭をガシガシと撫でる。

「ははは。父さんって意外と泣き虫だよね」

と、少しからかうような口調でそう言ってくるユークに、私は、

「そうかもな」

と笑顔で答えた。

2人で笑う。

「さぁ。のぼせる前に上がろう」

という私の言葉にユークが、

「うん」

と答えて、私たち親子の短い会話は終わった。

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