56章 家族旅行

第309話 家族旅行01

盛夏を過ぎた頃。

もうユークは11歳になり、リアは8歳になっている。

私はいつの間にか52歳になっていた。

最近の我が家の悩みはリズとユークの進学先のこと。

村の中等学校へ行かせるか、それとも辺境伯領辺りの中等学校へ通わせるかという問題に直面している。

当然、マリーやメル、ジュリアンと何度も話し合った。

本人たちに希望を聞くと、たくさん勉強できるところがいいと言う。

マリーはその希望を叶えてやりたいと言った。

メルやジュリアンは遠慮しているが、どうやらマリーと同じ考えらしい。


私は、そんなみんなの考えを聞き、

(たくさん学びたいというならこのまま村に残ってルッツォ先生から学んだ方が、逆にたくさん勉強できるのではないか?しかし、見分を広めさせてやりたいというマリーの気持ちもわかる。私だって本人たちの希望は叶えてやりたい。しかし、私は前世の記憶があったから落ち着いていられたが、リズとユークはそうじゃない。いくらなんでも、この歳で外に出すのは…)

と、そんな懊悩の日々を送っていると、そこにルシエール殿から手紙が届いた。


(はて、急になんだろうか?まぁ、たぶん商売のことなんだろうが…)

と思ってさっそくやや緊張気味に封を切る。

すると、そこには意外にも、

リズもユークも大変優秀だとマリーからもルッツォ殿からも聞いた。

子供を心配する気持ちもわかるが、ここは本人たちの希望を叶えてやってはどうか?

西の辺境伯領の中等学校になら我が家から通えるから心配はない。

ルッツォ殿は推薦状くらい何通でも書くと言っていたから問題無く入学できるだろう。

と書いてあった。


私は慌てて屋敷にもどり、マリーを呼ぶ。

そして、

「まずは聞かせてくれ」

と言ってまずはマリーの話を聞くことにした。


マリーは、少し緊張気味ながらも、意を決したように、

「リズちゃんとユークちゃんの希望を叶えてあげたいんです。私はそれができませんでしたから」

と、はっきりとした意思を私に告げる。

おそらくいくらなんでも勝手なことをしてしまったとでも思っているのだろう。

しかし、私は逆にそれで決心がついた。


「そうだな…。私はあまりにも心配し過ぎていたのかもしれない。すまん。私が子離れできないばっかりに、マリーに心配をかけてしまった」

と言って、私はマリーに頭を下げる。

すると、マリーも、

「勝手なことをしてごめんなさい…」

と少し悲しそうな顔でまた私に頭を下げてきた。


マリーの悲しげな顔を見た私は慌てる。

(マリーも自分の子と離れるのは辛いに違いない。きっとリズとユークの希望を叶えるために、断腸の思いで決断したんだろう)

そんな当たり前のことに気が付いた私は、

「いやいや。どちらも子を思ってのことだ。…うん。そうだな。思えばどちらも悪くない。私はどうやら言うべき言葉を間違ってしまったようだ。ありがとう、マリー。おかげでようやく決心がついた」

私はそう言って、マリーに微笑みかけた。


昼。

学問所から戻って来たリズとユークにさっそくそのことを伝え、もう一度本人たちの希望を聞く。

いや、覚悟を問うたと言った方が良いのかもしれない。

すると、2人は一瞬顔を見合わせて「うん」とうなずき合った後、

「お父さん。僕はもっと勉強がしたいです」

「私もユーちゃんと一緒にもっと広い世界を見てみたいです」

と、はっきり、覚悟を決めたように真剣な目を私に向けてきた。


私も、2人向かって、大きくうなずき、

「わかった。2人とも自分の道を見つけて偉いぞ」

と言って、2人の頭を撫でてやる。

2人は嬉しそうな、ちょっと照れくさそうな顔で私に、

「「ありがとう」」

と言ってくれた。

私もマリーも子の成長を喜ぶ。

しかし、急に寂しさも湧き上がってきて、2人とも笑顔で涙をこぼしてしまった。


私は照れ隠しに、

「さぁ、そうと決まれば飯だ!」

と、やや大袈裟な声その場にいたみんなに声を掛ける。

そして、なぜかみんなで手をつないで食堂へと向かった。


食後、みんなにもそのことを告げる。

みんなそれぞれに祝辞を言い、いつもの食卓にいつもの笑顔とほんの少しの涙がこぼれた。


午後。

私とマリー、メルとジュリアンでリビングに集まり、少ししんみりとした空気の中でお茶を飲む。

「村長、ありがとうございます」

と頭を下げてくるジュリアンとメルを手で制し、

「あの子達はうちの子だ」

とひと言だけ言った。

おそらく学費のことなんかを気にしているんだろう。

そんなものはどうとでもなる。

貯えもあるし、いざとなっても私が働けばいいだけの話だ。

私は少しかしこまってしまったその場の空気を変えようと、

「そうなると、将来は学院だろうな」

と、なるべく明るい表情でそう言った。


そこからは未来の話になる。

西の公爵領と言えば魚が美味いとか、リーファ先生の話だと魚介のカレーがあるらしいから、きっとリズもユークも驚くぞとか、そんな話を私がすると、

「バン様ったら、相変わらずですこと」

とマリーが言ってみんなが笑った。


楽しい話が続く。

リズがユークとケンカをして、結局2人とも泣いて痛み分けになったこと。

リズが上手にお茶を淹れられるようになったこと。

「ユークは、きっと学者の道に行くんだろうな」

と私が話すと、メルが、

「リズは『ユークちゃんのメイドになるんだ』って言ってましたから、もしかしたらメイドの専修学校に行きたいと言い出すかもしれませんね」

と言って苦笑いした。

私たちはそれぞれに2人の未来を思い描く。

私は、

(どんな道に行ってもいい。自分の道を見つけられるというのは幸せなことだ)

と、そんなことを思いながら、2人の将来に明るい道が拓けることを願って、ゆっくりと紅茶をすすった。


その日の夕食の席で、リーファ先生がリズとユークに魚の話をする。

最初は生態や大きさの話をしていたが、徐々に味の話になっていった。

私も、

「生態は詳しくないが味ならリーファ先生に負けないくらい詳しいぞ」

と言って、その輪に加わる。

「ねぇ、父さん。海のお魚ってあのオルバよりも美味しいの?」

と聞くユークの質問にはリーファ先生が答えた。

「あれは一種独特だね。まさしく孤高の味と言ってもいい。生体も体つきもソルに似ているし、海にも下るらしいが、なぜか身が赤くならない。その辺りのことは全くの謎なんだよ」

と説明すると、ユークは興味をそそられたようで、

「一度見てみたいな…」

と視線を上に向け、まるで夢想するかのような表情でそうつぶやく。

そんなユークを見ていて、私はふと閃いて、

「そうだな。よし、オルバを食いに行こう!」

と、みんなの目を見ながら、高らかに宣言した。


「え!?」

とユークが現実に引き戻されて驚きの声を上げる。

「まぁ、さすがに全員は一緒には無理だが、…そうだな、まずは私とマリー、リズとユーク、メルとジュリアンで行こう。次はドノバンとローズがエルとズン爺さんを連れて行けばいい。その次は、リアとシア、ドーラさんとシェリーだな。引率は私かリーファ先生がすればいいから、問題ないだろう」

私がそう言うと、家族全員の目が輝いた。


「まぁ…。素敵ですわ。バン様!」

とマリーが一番に声を上げる。

「ああ。マーカス殿にも会えるぞ」

と私が追加でそう言うと、マリーは、

「まぁ…」

と、言葉にならない言葉を発して、先ほど見開いた目をさらに大きく見開いた。


私は、マリーに、

「やっと約束を果たせるな」

と微笑みかける。

すると、マリーは、

「はい!」

と満面の笑みで答えてくれた。


「ねぇねぇ、いつ行くの?」

と、期待しか浮かんでいない表情で聞いてくるユークに、

(ああ、忙しい時期だが、アレックスは許してくれるだろうか。しかもジュリアンも一緒というのは…)

と自分の見切り発車を今更後悔しつつ、

「ああ。オルバの時期はもう少し先だが…。なるべく早く行こう。仕事のことはなんとかしてみせる!」

と適当ながらも力強く宣言する。

「やったー!ねぇ、リズ。嬉しいね!」

と笑顔を爆発させる上の子達を見て、

私は、

(なんとかするしかないな…)

と苦笑いしつつ、

「「えー…」」

と不満そうな顔を見せる下の子達を、

「2人もちゃんと大きくなったら連れていくからな」

と約束してなんとか宥め、エデルシュタット家史上最も興奮に包まれた夕食を終えた。


翌日。

決意を胸に役場へと向かう。

私が昨日の話をすると、当然、アレックスは眉間にしわを寄せたが、すぐにため息を吐き、苦笑いで、

「世話役たちには、村長がいつもの病気にかかった、と言っておきますよ」

と言ってくれた。

そんなアレックスを見て、私は、

(帰ってきたらアレックスにも休暇をやろう)

と決意して感謝を述べる。

そして、その日から私の怒涛の日々が始まった。

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