第308話 村長、稽古に明け暮れる04
リリーさんとの手合わせが終わり、再びその反省を活かしながらそれぞれがまたゆっくりとした動きで剣を合わせる稽古をして昼に戻る。
昼食の鹿、もとい、ディーラ肉バーガーを頬張りながら、
(稽古の締めに、森で魔獣を相手にしてもいいかもしれんな…)
と、ふと思いついた。
元々は対人戦の稽古ではなく、例の肉食亜竜に対する剣を磨くのが目的だったはずだ。
だとしたら、そういう剣は魔獣で試すのが一番効率が良い。
そう思ったものだから、さっそく午後の稽古の場でジークさんに、
「もし、時間が許すようなら稽古の〆に森で魔獣を狩って見ないか?」
と提案してみた。
ジークさんはすぐに、
「それは良いな」
と言って、私の提案に乗って来る。
見ればリリーさんも乗り気のようだ。
話はその場ですぐに決まり、さっそく明日から森に行くことになった。
話が決まったので、それぞれが屋敷と離れに戻りさっそく準備に取り掛かる。
勝手口をくぐり、台所にいたシェリーに声を掛ける。
すると、シェリーはやや前のめりに参加すると言ってきた。
どうやら、ちょうど肉の在庫が心もとなくなってきたところらしい。
「帰ってきたら熊鍋ですね!」
と言うシェリーの一言に、
(最近、森と肉屋の区別が段々曖昧になって来たな」
と苦笑いしつつ、リビングに入る。
そこで、一応、ルビーとサファイアにも来るかどうか聞いてみたが、
「きゃん!」(リアとシアのお守りは任せて!)
「にぃ!」(私もちゃんと遊んであげるの!)
という返事が返ってきた。
どうやら、私がいない間、お姉ちゃん業を頑張ってくれるらしい。
私は、そんな2人を、
「わかった。よろしく頼んだぞ」
と言いながら撫でてやる。
そうやってしばらく2人と戯れたあと、私は自室に戻るとさっそくいつものように冒険の準備に取り掛かった。
翌朝。
早くに屋敷を出発する。
今回の目的はあくまでも訓練。
行くのは森の中層、エリスとフィリエの脚で片道2日程度の場所でそれぞれが戦ってみたい相手を探すことにした。
最初に各人が希望の魔獣を決め、出くわしたら、希望した者が挑むという手筈になっている。
ちなみに、私の希望が鹿かイノシシでシェリーは熊かイノシシ。
リリーさんは狼かゴブリンを希望し、ジークさんは虎か豹を希望した。
見事に食える物と食えないものに分かれる。
(なるほど。これも冒険者と騎士の違いか)
と、そんなことを思いながらも私たちは順調に歩を進めていった。
3日目。
その日から本格的に魔獣の気配を追って行動を開始する。
まず初めに出会ったのは熊だった。
嬉々として突っ込んでいくシェリーを後ろでゆっくりと観察する。
熊の手をギリギリでかわすやり方は私と似ているだろうか。
ただし、私の様に一撃で倒そうとするのではなく、脚を中心に徐々に削っていく戦い方を選んでいるように見えた。
(シェリーの実力ならもう少し早く勝負を付けられそうだが…)
そんな疑問を持つ。
(どうしたんだろうか?)
私がさらに疑問に思っていると、徐々に疲れが見えてきたヤツの隙をついて、シェリーは首元を一閃し、やっと止めを刺した。
私ならそこで、集中を解いて刀を納める。
しかし、シェリーはそこからさらに集中を高めると上段から剣を振り下ろし、倒れているヤツの頭を落とした。
「ふぅ…」
シェリーはそこでやっと一息吐くと、こちらを振り返り、
「割と綺麗に狩れました」
と嬉しそうな顔を見せる。
(ああ、なるべく綺麗に肉が取れるように狩っていたのか)
と、私はようやくシェリーがやけに慎重に戦っていた理由を知った。
ジークさんとリリーさんはやや怪訝な顔をしている。
そんな2人に向かって私は、
「ああして、綺麗に首を落とすと一気に血抜きが出来て肉が傷みにくくなるんだ」
と苦笑いでシェリーの戦い方の解説をしてやった。
「…なるほど。料理人らしい戦い方、という訳か」
とジークさんが言い、リリーさんも、
「戦い方と戦う目的は人それぞれという訳ですね」
とつぶやくように言いながら、感心したような表情でシェリーを見ている。
私たちが感心しているのをよそに、シェリーはさっそくエリスとフィリエに頼んで適当な木に熊を吊るすと、テキパキと解体し、
「今夜は熊鍋ですよ!」
とまた嬉しそうな顔を私たちに向けてきた。
次に私がイノシシを狩る。
私の今回の目的はあの肉食の亜竜を想定して、一刀で勝負を決めることだ。
私は突っ込んでくるヤツに向かってこちらも遠慮なく突っ込むと、ぎりぎりでヤツの突進をかわし、その首元から尻にかけてを一気に斬り裂いた。
ズサーッと音がして、ヤツが倒れ込み、そこに「イノシシの開き」が転がる。
(…肉を獲るには向いていないな)
と思いながら、シェリーを見ると、やや悲しそうな顔をしていた。
一応シェリーに、
「そういう訓練なんだ。すまんな」
と謝り、解体を手伝う。
そしてその日はそこで野営をすることにした。
シェリーの宣言通り、美味い熊鍋を堪能した翌朝。
今度はジークさんとリリーさんの相手を求めてもう少し森の奥を目指す。
まず見つかったのはゴブリンの巣だった。
規模はおおよそ50。
統率個体もいるようだ。
ゴブリンは村にとっても害悪以外のなにものでもない。
念のため、打ち漏らしが出ないように気を付けてくれとリリーさんに伝える。
すると、深いうなずきとともに
「お任せを」
という一言が返ってきた。
(…この一言は余計だったな)
と反省しつつ、リリーさんの戦いを見守る。
私が見る限り、リリーさんは何かを掴みかけているように見えた。
気配に対して素直に剣を出し、持ち味の軽さと素早さで次々に目標を変えて的確に仕留めていく。
(なるほど、これがリリーさんの目指す道の始まりか)
と感心してみていると、統率個体を的確に仕留めて戦いが終わった。
みんなで後始末をすべくリリーさんの元へ向かう。
「すまん。最初の一言は余計だった」
と私が謝ると、
「いえ。村長というお立場では当然の心配でしょう」
と気を遣われてしまった。
そのひと言で、自分の心の弱さ、狭さに改めて気が付く。
(やはり、私はまだまだ未熟者だな…)
と心の中でつぶやき、私にその気付きの機会をくれたリリーさんに感謝しながら、みんなと一緒にゴブリンの後始末を手伝った。
後始末が終わったあと、適当な水場で汚れを落とし、今度は猫の痕跡を探す。
しかし、なかなか足取りがつかめず、その日は適当な場所で野営することになった。
日程的には明日1日が限度だろう。
そんな話をして、その日を終える。
しかし、その夜。
エリスが、
「ぶるる」
と小さく鳴いた。
同時に、私もぬるりと動く気配を掴む。
ちらりとジークさんに目をやると、あちらも気が付いたようで、素早く剣を取り私たちをかばうような位置に立った。
(さすがは騎士だな)
と妙なことに感心しつつ、私も油断なく気配を読みみんなを守れる位置につく。
シェリーとリリーさんは森馬に起こされて気配に気が付いたようだ。
私はやや慌てる二人を手で制し、ジークさんの戦いを見守った。
ジークさんはじっと構えて動かない。
そんなジークさんの左側でまたぬるりとした気配が動く。
私が、
(…ずいぶんと上手く気配を消している。特殊個体か、それに近い大物だろうな)
と思った瞬間気配が動いた。
ジークさんはまだ動かない。
かと思った瞬間。
昔私と手合わせをした時のような、いやその時よりも格段に鋭い一撃が気配に向かって放たれる。
その剣速の鋭さには恐怖さえ覚えた。
(私はこの一撃を受けきれるだろうか…)
と自分に置き換えて考えてみる。
しかし、どうにも想像がつかない。
(やはり、上には上がいるものだ)
と改めて学ばされた。
翌朝。
各々に学びの多い対戦を経て帰路に就く。
帰りはエリスに頼んで、魔獣の気配を避けながら進んでもらった。
途中、ジークさんやリリーさんと剣術談議を交わす。
刀と剣の違い、あの鋭い剣を覚えるにはどんな修行をしたらいいか、気配を読んでいる時の感覚の話。
いろいろとお互いに情報を交換した。
そして、無事村に帰り着いた翌日の朝稽古の時、
「明日の朝発つ」
と言うジークさんとリリーさんを晩餐に招く。
辛いものが好きだというジークさんに合わせて、その日のコースの〆はチキンオーバーライスにしてもらった。
食後、
「お互い実りの多い日々だった」
と振り返るジークさんに、
「ああ。いい稽古になった」
と答え、握手を交わす。
すると、ジークさんが何かを思い出したように、
「ああ。そうだ。すっかり忘れていたが、例の肉食の亜竜の件で報酬が出る。だが、あくまでも名目は公女殿下の滞在費としてだからあまり気にしなくていい」
と言った。
私は、
(なんだか、申し訳ないような気もするが、こういうのは素直に受け取っておくべきなんだろうな)
と思い、
「ありがたく頂戴する」
と言った頭を下げる。
すると、ジークさんは、やや苦笑いで、
「ああ。そうしてくれるとこちらも気が楽になる」
と言った。
しかし続いて、少し申し訳なさそうな顔になると、
「…ただ、やはり前回と同様一気には渡せない、100年ほどかけてエデルシュタット家に支払うことになるだろうから、その点だけは了承してくれ」
と、いかにも気まずそうにそう言う。
私は、そのなんともエルフさんらしい、言葉に、
「はっはっは。そいつはヒトにとってはずいぶんと気長な話だな。まぁ、子々孫々までよろしく頼むよ」
と言って笑った。
翌朝。
鎧姿で帰って行くジークさんたちを見送る。
横に立っていたマリーが、
「楽しかったみたいですわね」
と声を掛けてきた。
「ああ。久しぶりに楽しませてもらったよ」
と答えると、マリーが、
「うふふ。ちょっとだけ嫉妬してしまいました」
と冗談っぽく言って、私の手を握ってくる。
「今日からまた家族みんなのために働いてくださいましね?」
といたずらっぽい笑顔で私を見上げるマリーに、
「ははは。こいつは一本取られてしまったな」
と頭を掻きながら、私もその手を握り返した。
屋敷の玄関をくぐり食堂へ向かう。
まだ眠たそうなリアの頭を軽く撫で、
「今日からまたいっぱい遊ぼうな」
と声を掛けた。
私の言葉で、途端に目を覚まし、
「やったー!」
と喜ぶリアの頭をまた撫でてやる。
すると、ルビーとサファイアが私の足に体を擦り付けてきた。
2人も抱き上げて撫でてやると、
「きゃん…」
「にぃ…」
と鳴いて、私の胸に頭を擦り付けてくる。
そんな子供達を見て、
(今日からまた父親としての修行の始まりだな)
と思いながら、
「さぁ、今日も美味しくご飯を食べよう」
と明るく声を掛けた。
やがてみんなの「いただきます」が食堂に響き渡る。
楽しい喧騒が食堂を彩り、エデルシュタット家にまた日常が戻って来た。
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