第307話 村長、稽古に明け暮れる03

朝食後。

食後のお茶をいつもより少しだけゆっくりと飲み、裏庭に向かう。

(さて、どう対応したものか…)

という気持ちが無いではわけではないが、どちらかというと、

(ありのまま受け止めて、ありのまま返せばいい。おそらくリリーさんもジークさんもそれを期待しているんだろう)

という気持ちの方が強い。

おそらくジークさんたちが求めているものは、自分たちとは違う道を選んだ人間の剣を見ることだろう。

そして、自分の立ち位置を見定め、自分の道を進んで行くための道標にしたいと思っているのではないだろうか。

何となくそう想像しながら、裏庭に着くと、軽く木刀を振って体をほぐし始めた。


ややあって、ジークさんとリリーさんもやって来る。

「待たせてしまったようで申し訳ございません」

と頭を下げるリリーさんに、

「いや、私も今来たところだ」

と型通りに返し、リリーさんにも準備運動を促がした。


リリーさんは鎧を付けている。

おそらく本番同様の格好で自分の動きを試してみたいのだろう。

(これはますます気を引き締めてかからねばな…)

と心の中で思いつつ、私は引き続き、ゆっくりと木刀を振って体をほぐしていった。


一通り、体の動きを確かめ終わり、リリーさんの方へ目を向ける。

するとリリーさんと目が合い、軽くうなずかれた。

私もうなずき返して普段の稽古で踏み固められた場所へと進む。

リリーさんも時折鎧をカチャリと言わせながら、ゆっくりと私に相対する位置へと進み出てきた。


互いに軽く礼を交わし剣を構える。

私は普段、森の中で魔獣を相手にしている時とは違い正眼に構えると、ゆっくりと気を練り、油断なくリリーさんを見つめた。

リリーさんも正眼に構えている。

おそらく護衛対象を守るための構えだ。

(…なるほど、今回の目的は私に勝つことではなく、私から対象を守り抜くことにあるらしい)

そう感じた私は、構えを脇構えに取り直し一気呵成に攻める気構えを見せた。


まずは私が動く。

軽く踏み込んで小手先を狙ったが、上手くいなされた。

しかし、さらに踏み込んで刀を下から跳ね上げるように振り、リリーさんの剣をはじきにかかった。

当然、リリーさんも反応して、軽くいなしそのまま踏み込んで剣を横なぎに振って来る。

(早いな…)

私は素直に感心しながら、さっと飛び退さった。


改めて八双に構えなおし、今度は袈裟懸けを打ち込む。

リリーさんは剣を上に構えてそれを制すると、私の刀を軽く滑らせるようにしていなし、私の胴に鋭い横なぎの一閃を入れてきた。

気合の乗った良い一撃だ。

普通ならここで決まっていてもおかしくない。

しかし私はそれをギリギリの所でかわす。

いや、あえてギリギリの所でかわした。

素早く体を小さく左に回転させ、その横なぎに振られた剣を上から叩き落とすように刀で打ち据える。

リリーさんは何とか踏みとどまった。

しかし、そこに隙が出来る。

私はその隙を逃さず返す刀でリリーさんの首元を狙うと、そこで勝負が決まった。


喉元に木刀を突き付けられたリリーさんが、

「参りました…」

と言葉を発する。

悔しさに満ちた声のように聞こえた。

私は、木刀を引き、

「最後のあれはすごかった。素早さが特徴の剣士だと知らなければやられていただろう」

と言って右手を差し出す。

「いえ。どのみち致命傷は与えられなかったでしょう」

と言いながら、私の手を握り返してくるリリーさんの目は、悔しさと清々しさが同居しているようななんとも言い難い表情をしていた。


私はその表情を見て、

(これはもう少し納得するまでやった方がいいかもしれんな…)

と、とっさに思いつく。

おそらく先ほどまでの手合わせで何となく自分の立ち位置はわかっただろうが、十分に剣を振り切ったという訳ではないだろう。

私はそう考えて

「もう一本やってみよう」

とリリーさんを誘った。


驚いたようなリリーさんに、

「今度は攻守を変えてやってみよう」

と言い、先ほどと同じ位置まで戻る。

少し慌てた様子でリリーさんも私に相対すると、軽く深呼吸をして、気を練り始めた。

私も同じく気を練り集中を高めていく。

(おそらく、リリーさんの剣は攻め手の方が向いている。油断するな)

と自分に言い聞かせ、じっとその時を待った。


しばらく睨み合いが続いただろうか。

リリーさんは右に素早く動き、まずは私の左側に突きを放つ。

私はそれをいなし、軽くリリーさんの胴を薙いだ。

当然かわされる。

私がまた落ち着いてまた正眼に構えると、リリーさんは何かを覚ったかのように、腰をかがめ、私に向かって一気に突っ込んできた。

一見、乾坤一擲という感じに見える。

しかし、リリーさんはそんなに単純な剣士ではない。

私がそう思っていると、やはりリリーさんは、さっとまた右に動き、私の胴を狙ってきた。

私はそれを何とかはじく。

すると、すかさずリリーさんはそのはじかれた反動を活かして、くるりと回転すると、今度は逆側の胴に鋭い一閃を叩き込んできた。

いつもの私なら飛び退さってかわすが、私は今誰かを守っている。

だとしたら退けない。

そう思って私はリリーさんの剣に合わせるように下から刀を振り、やや強引ではあるが、リリーさんの剣をはじきにかかった。

リリーさんの体制が崩れる。

いや、崩れたように見せかけた。

おそらくそこで突っ込んでいれば私の胴に風穴があいていただろう。

そんな殺気を感じ私はまた正眼に構えなおす。

すると、リリーさんは一気呵成に、連撃を打ち込んできた。

どの剣も軽い。

しかし、早い。

確実に相手を削っていく剣だ。

(いい速さだ)

そう思いながら、リリーさんの剣を受け、時折はじいては隙を見つけるということを何度か繰り返していく。

すると、リリーさんが突きを放ってきた瞬間、一瞬だけ隙が出来た。

ほんの少しだけ踏み込みが甘い。

そう思った私は瞬時に刀を合わせ巻き上げるようにしてリリーさんの剣をはじく。

そして、そのまま胴に峰打ちの一閃を入れた。

カツンと鎧を叩く音がする。

もちろん致命傷になんてならない。

しかしそれで十分だ。

リリーさんがほんの半足分だけ足を引いた。

私もその動きに合わせて体を引き、その引き際にリリーさんの肘宛てをめがけてまた峰打ちを入れる。

すると、またカツンという音がして、今度は完全にリリーさんの剣が明後日の方向を向いた。

今度は私が一気に踏み込みまた木刀をリリーさんの首元に突きつける。

またしても、リリーさんから、

「参りました…」

の声がかかった。


私は刀を引き、

「すまん。鎧は大丈夫だったか?」

と聞く。

それほど威力を込めたつもりは無かったが、なんとも高そうな見た目の鎧にやや腰が引けてしまった。

(我ながら、庶民的なものだな…)

と心の中で苦笑いしつつリリーさんの鎧の胴辺りを見ると、わずかにへこみが出来ている。

(あ…)

と思ったがもう遅い。

慌てて肘の辺りを見ると、こちらは無傷のようでほっとした。

「…すまん。あまりにもリリーさんの剣が速かったものだから、力加減を間違ってしまった」

と言って、リリーさんに頭を下げる。

すると、やや慌てて、

「い、いえ!」

と言うリリーさんに向かって、ジークさんが、

「はっはっは。良い記念になったじゃないか。これからの戒めにするといい」

とさもおかしそうに笑いながらそう言った。

リリーさんも苦笑いで、

「木剣とは思えないほどの衝撃でした」

と言いながら、なんだか嬉しそうにそのへこみを撫でている。

私は、

(とりあえず良かった…。というか、今更だが、あの鎧はいったいいくらくらいするんだろうか?)

と変なことを考えつつも、

「ありがとう。いい稽古になった」

と言ってリリーさんに右手を差し出した。


リリーさんも私の手を握り返しながら、

「こちらこそ、いい目標ができました」

と言って微笑んでくれる。

(お互い、いい稽古になったな…)

そんな満足感で、手合わせは終了となった。

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