第306話 村長、稽古に明け暮れる02

翌朝。

今日の朝稽古は、ジークさんとリリーさんに例の丹田に気を溜める方法、魔力操作を教える。

2人ともエルフィエルで練習してみたらしいが、どうにもコツがつかみきれなかったらしい。

そこで、リーファ先生やマリー、それにローズとシェリーにもしたように、背中に軽く手を当て、補助しながらそのコツを教えることにした。

おそらくコツさえつかんでしまえばあとは早いだろう。

話を聞くと、2人ともそれなりに魔力が多く、身体強化に特化しているらしい。

おそらく私と似たような特性がある。

だったら、私のやり方を教えればきっと上手く活かすことができるに違いない。

単純な考え方なのかもしれないが、私は直感的にそう思った。


さっそくジークさんの背中に手を当て、集中すると、徐々に呼吸を合わせていく。

どのくらい経っただろうか。

ふと、ジークさんの集中が乱れたので、そこで私も集中を切った。

見ればジークさんは少し息が上がり、じっとりと汗をかいている。

少しやり過ぎたか?

とも思ったが、ジークさんは、

「なるほど、この感覚か」

と嬉しそうに言ったので、

「ああ。これをもう少し繰り返せば自分で稽古出来るようになる」

と教え、大きくうなずくジークさんと握手を交わした。


次にリリーさんにも試す。

こちらもジークさん同様最初にしてはなかなかの成果があった。

あくまでも感覚的なもので、上手く説明できないが、2人ともなんとなく私がやっているのと似たような気の流れを掴んでくれたような気がする。

特性が似ているからだろうか?

それはよくわからないが、リーファ先生やシェリーに試した時とは明らかに違う感覚があった。

(これなら思ったよりも早いかもしれない)

そんなことを思いながら、その後はみんなで各々の型の稽古をする。

そして、ようやく日が昇り始めた頃、それぞれの朝食の席へと向かって行った。


朝食の後も稽古をするが、ローズとシェリーは普段の仕事がある。

ここからの稽古は私だけが参加した。

この時間は、模擬戦では無いが、お互いが向き合ってそれぞれの動きに合わせた型の稽古をする。

これは対人戦に特化した稽古らしい。

私はやったことがない稽古だったのでとても新鮮で勉強になった。

お互いに呼吸を合わせて、ゆっくりと剣を合わせる。

まるで太極拳のようなゆっくりとした速度だが、やってみると相手の呼吸を読みそれに合わせてゆっくりと打ち込むと言うのは思った以上に難しかった。

この稽古は私がジークさんから教わる事の方が多い。

なるべく人間を相手に戦いたくはないが、いざと言う時は、村長として、村の剣として、必要になる時が来るかもしれない。

そう思って、真剣に取り組んだ。


今度は昼を取り、お茶の時間を挟んで午後も稽古に励む。

いや、午後は稽古と言うよりも体の調整が主な目的だと言ってもいいかもしれない。

体を伸ばす体操をしたりしながら、体の状態をゆっくりと確かめたり、お互いに気が付いたことを話し合ったりして、のんびりと体を調整した。


そんな稽古の日々が15日ほど続いただろうか。

ジークさんもリリーさんもずいぶんと気を練るという感覚に慣れてきたようだ。

しかし、本人曰く、まだ何か引っかかりがあるという。

そこで、その日の午後は離れのリビングで本格的に例の魔力循環というのをやってみることにした。

念のため、リーファ先生も呼んでそばで見ていてもらう。

「いいか?」

「ああ」

という短い言葉を交わすと、さっそく私はソファに座るジークさんの背に手を当てて、ゆっくりと気を練って行った。


やがて、マリーやリーファ先生の時と同じように青白い筋がいくつも見えてくる。

しかし、マリーやリーファ先生と違って1本1本は太い。

それがびっしりと隙間なく絡み合っているように見えた。

私はさらに集中を増して、その青白い筋を丹念にたどっていく。

すると、途中いくつかの滞りを見つけた。

見つける度にそれをほぐし、また奥へと進んで行く。

すると、その青白い筋がまるで毛糸玉のように絡まっているところを発見した。

直感的に、

(ああ、これか…)

と感じる。

その直感のままに、私がその塊に気を集中させると、その塊は徐々にふわりと解けていった。

その塊がほぐれたのを見届けてから集中を切る。

私が目を開けた瞬間、ジークさんはソファの座面に顔を埋めるようにして、突っ伏した。

息が荒い。

(やり過ぎたか!?)

と思ってリーファ先生を見ると、苦笑いで、

「大丈夫だよ」

と言うので、ひとまずは安心する。

やがてなんとか起き上がり、シェリーから水と手ぬぐいをもらったジークさんは、ひと息に水を飲み干し、やや乱暴に顔の汗を拭うと、

「…なるほどな」

と、上がった息を整えるようにしながらそう言った。


「何かつかめたか?」

と聞く私に、ジークさんはまた息を整えながら、

「ああ」

と短く答える。

「良かった」

とこちらも短く返すと、ジークさんは、

「道が見えた」

と言って、右手を差し出してきた。

私はその手を握り返して、

「その道の先にはまた道が続くんだろうな」

と苦笑いする。

「ああ。きっとそうだな」

と言ってジークさんも苦笑いを浮かべ、

「剣士とは因果な商売だ」

と軽く肩をすくめながらそう言った。


続いてリリーさんにも試す。

結論から言えばこちらも同じだったが、私が目を開けるとリリーさんは口もきけないほど息を荒らげていた。

「相変わらずだね」

と私に苦笑いを向けつつも、リリーさんを介抱するリーファ先生に、

「すまん」

と謝り、私も心配になってリリーさんを見る。

すると、横から、

「大丈夫だ」

とジークさんが声を掛けてきた。

「すまん。少し加減すればよかった」

私はジークさんにも謝るが、ジークさんは、軽く首を横に振り、

「いや、大丈夫だ」

と言った後、続けて、

「娘に道を示してくれてありがとう」

と言った。


再びリリーさんに目をやると、どうやら少しは息が落ち着いたようで、

「…ありがとうございます」

と言うリリーさんの目には、どこかすっきりとしたような表情がある。

(きっとなにか掴んでくれたんだろう)

私はそう思いながら、リリーさんに軽くうなずくと、

「とりあえず、今日はここまでだな。明日は一日休んでくれ」

と2人に伝えた。


後のことをリーファ先生に任せて私は離れを後にする。

(これがあの2人の道につながってくれればいいが)

そんなことを思いながら、そろそろ夏の気配を見せ始めているトーミ村の空を見上げた。


翌々日。

朝の稽古に姿を見せたジークさんとリリーさんに、

「おはよう。体調はどうだ?」

と声を掛ける。

「ああ。もう大丈夫だ」

と言うジークさんに続いて、リリーさんも、

「ありがとうございます。むしろすっきりとした感じです」

と言ってくれたので、一安心して、その日の稽古を始めた。


合間にジークさんとリリーさんの様子を見てみたが、2人とも動きに硬さは見られない。

むしろ、リリーさんがすっきりしたと言っていた通り、どこか憑き物が落ちたような、溌溂とした動きにも見える。

おそらく2人も自分自身でそれを実感しているのだろう。

どこか嬉しそうに木剣を振っているように見えた。


やがて、それぞれが満足した表情で稽古を終える。

私がいつものように井戸端へ顔を洗いに向かおうとすると、リリーさんから、

「朝食の後、一手御指南いただけますでしょうか?」

と言われた。

ちらっとジークさんに視線をやるジークさんは軽くうなずきながら、

「道の先を見せてやってくれ」

と言うので、

(対人戦ならジークさんとやった方が勉強になると思うが…)

と思いつつも、

「こちらこそ、勉強させてくれ」

と言って右手を差し出した。

私の右手を握り返しながら、

「実はずっと楽しみにしておりました。よろしくお願いします」

というリリーさんの目は、まるで誕生日ケーキを前にした子供のように輝いている。

私はそんな視線を眩しく感じながら、

(これは気合を入れなければな)

と心の中で苦笑いしつつも、覚悟を決めて朝食の席へと向かった。

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