55章 村長、稽古に明け暮れる
第305話 村長、稽古に明け暮れる01
あの大冒険から1年が経とうとしている。
季節は晩春。
私は51歳目前。
早いもので、リアとシアが学問所に通い始めて1年が経った。
リアもシアもそれなりに優秀らしい。
しかし、勉強はあまり好きではなく、どちらかというと外で遊ぶのが好きなんだそうだ。
リアとシアはもう、すっかりガキ大将で、午後は毎日遊びに出掛け、同じくらいの歳の子供たちを率いて村中を駆け回っている。
そんなお転婆な2人を心配しながらも、私は、
「今日はでっかいカエルを捕まえた!」
とか、
「2つ上の子にかけっこで勝った!」
と嬉しそうに話す2人を微笑ましく見つめ、ともかく健康に育ってくれていることを喜ぶ日々を送っていた。
そんなある日。
エルフィエルから手紙が届く。
送って来たのはジークさんだった。
手紙の内容は、
「剣術の稽古をつけてもらいたい。リリーと2人で行ってもいいか?」
という内容だったので、喜んで歓迎する旨の返事を出す。
それから30日ほど経っただろうか。
私はいつものように仕事をしていると、炭焼きの若者が役場へ走って来て、
「立派な鎧のエルフさんがやって来やした」
と教えてくれた。
前もって手紙で到着予定を聞いていたので、
「ありがとう。さっそく迎えに行こう」
と言って、とりあえずその若者にお茶を出してやり、私は屋敷へ向かう。
屋敷へ着くと、勝手口から台所を覗き、洗い物をしていたドーラさんに、
「ジークさんが着いたらしい。迎えに行って来るからお茶…いや、もうじき飯の時間か。ともかく用意を頼む」
と言って、さっそく厩へと向かった。
厩の側でみんなと遊んでいたエリスに声を掛け、さっそく森の方へ向かってもらう。
しばらく進むと、向こうに豪奢な鎧を付け、やはり森馬に乗ってこちらへ向かって来るジークさんとリリーさんの姿が見えてきた。
私が、
「しばらくぶりだな。ジークさん」
と言って馬上で右手を差し出すと、あちらも、
「世話になる」
と言って私の手を握り返し、再会の握手を交わす。
後で控えるリリーさんとも再開の挨拶を交わし、さっそく屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、2人を離れに案内する。
ジークさんとリリーさんには離れで過ごしてもらう予定だ。
時刻はまだ、昼には少し早いかという頃。
とりあえずお茶を出し、リーファ先生も交えて、近況を聞いた。
どうやら、あれからあの肉食亜竜の目撃は無いらしい。
私の見立て通りどうやら本来の生息地はもっと奥で、あれははぐれだったのだろうという意見が大半の様だ。
そんな話を聞き、
「ヤツらがあの草食の亜竜を食っているとすれば、おそらく集団で狩をしているはずだ。単体であの素早い獲物を狩るのは難易度が高いだろうし、いくらあの肉食型が大きいからと言って、あの草食1匹を1匹でまるまる食べてしまうとは思えん」
と一応、私の考えを伝える。
その見解にジークさんもリリーさんも、リーファ先生でさえ驚いた様子を見せていたが、
「なるほど、その可能性は考えておくべきだな」
と言い、リリーさんはなにやらメモを取り始めた。
どうやら生真面目なのは親子でそっくりらしい。
そんな様子を微笑ましく見ていると、ジークさんが、
「こほん」
とひとつ咳払いをし、私に、
「ちなみに、魔石は無色透明で私が一抱えするほどの大きさだった」
と驚きの事実を告げる。
あの草食亜竜の物と比べてもはるかに大きい。
私は改めて自分がとんでもない物を相手にしていたんだということを認識し、怖気を走らせた。
「あれを見た瞬間、これから私たちがどんなものに挑もうとしているのか、改めて覚った」
というジークさんの言葉に私も重たくうなずき返す。
それでもジークさんの、
さらなる調査と拠点の設置には数年はかかるだろうから、準備の時間は十分にある。
という言葉に少し安心し、
(今できることを懸命にするしかないな…)
とやや開き直るような気持ちになった。
やがて、シェリーがリビングにやって来て、食堂へ移る。
ジークさんとリリーさんの滞在中の世話はシェリーとローズにお願いした。
私は密かに、シェリーとローズにとって、この交流がいい刺激になればと期待している。
特にローズにとっては、私が教えられない騎士の覚悟というものを学ぶいい機会になるはずだ。
そんなことを考えながら、考えながら昼食が運ばれてくるのを待った。
今日の献立は「トルコライス」。
カレーピラフ、ナポリタン、トンカツが一気に味わえる。
がっつり食べたい時には、まさに夢のようなご馳走だ。
ジークさんもリリーさんもきっと野営続きでがっつりしたものが食べたいだろうと思って、この料理を選択した。
案の定、ジークさんもリリーさんも美味そうに食っている。
当然、私もリーファ先生も喜んでガツガツと食べ、世間話をしながら、楽しい食事会となった。
翌朝。
いつものように日の出前。
5人という大所帯でいつもの稽古が始まる。
とはいえ、今日はジークさんとリリーさんは見学だ。
ジークさんは一度見たことがあるが、改めて見せてくれと頼まれた。
私は快く了承して、普段通り、型の稽古に入る。
あの肉食の亜竜と対峙して以来、あの感触を忘れないよう、毎朝の稽古ではなるべくあの時の記憶を思い出しながら木刀を振るようにしていた。
最初に感じたあの全く刃が通らず、つまったようなあの感覚。
ヤツの速さ。
一撃の重さを思い描きながら、丹念に型を繰り返す。
そして、最後は、あのルビーやサファイアの応援を受けた時の感覚を思い出しながら、裂ぱくの気合とともに、袈裟懸けに木刀を振り下ろし、残身を取った。
「ふぅ…」
と息を吐いて振り返る。
ジークさんと目が合った。
「また一段とキレを増したか?」
と言うジークさんに、
「それはわからんが、あの肉食のヤツを想定に加えてみた」
とここ最近変更したことを告げる。
すると、ジークさんは深くうなずき、
「私もいまだにあれが頭から離れん」
と言った。
どうやら、ヤツとどう対峙するか。
というのは、私たち共通の悩みであり、目標であるらしい。
私は出来ればうちの子達がいない場合でもヤツと対峙できるようにしたいという目標があるし、おそらく、ジークさんもヤツにとどめが刺せる剣を身につけたいと思っているはずだ。
つまり、己の力、己の剣のみを持ってヤツに対峙したいと思っているということになる。
そんな共通の目標を持っている者同士、これからしばらくの間とはいえ稽古をともにすることは大きな糧になるはずだ。
そんなことを思って、そこからはジークさんも一緒に型の稽古を始めた。
稽古が終わり、朝食を済ませるといつものように役場に向かう。
夏のことで、役場の仕事はそれほど忙しくはない。
そこでアレックスに、何かあれば当然仕事をするということを大前提に、これからジークさんがいる時期は稽古を優先させてくれ、とお願いしみた。
ため息のひとつくらい吐かれるかと思ったが、アレックスは意外にも、
「かまいませんよ。なんなら1か月くらいお休みでもいいくらいです。ああ、剣術とういなら、この時期は自主防災組織の方も収穫の手伝い以外は落ち着いたものらしいですから、たまにはジュリアンさんも誘ってあげたらどうです?」
と言ってくれる。
私はびっくりして、思わず、
「いいのか?」
と聞き返してしまった。
アレックスは私にジト目を向けた後、
「いいもなにも…。森に出掛けて村を空けられるよりはずっとマシじゃないですか。何かあったら遠慮なく呼びますんで、そのつもりでいてください」
といつものように淡々とした口調でそう言い、そこで初めてため息を吐く。
私は、
(ああ。まぁ、そう言えばそうか…)
と思いつつも、アレックスの寛大な処置に感謝して、その日の業務に取り掛かった。
夕食時、ジュリアンにその話をする。
当然かもしれないが、ジュリアンはものすごく嬉しそうな表情で、
「ぜひ参加させてください!」
と言った。
しかし、
「ただ、毎日は無理なので1日おきくらいに参加させていただきます。…それに朝は、子供たちの面倒があるので、参加できませんが」
と言ってやや残念そうな表情も見せる。
うちはドーラさんやシェリーが手伝ってくれるが、ジュリアンの家庭は2人で協力して子育てをしないといけない。
あのシアがいるんだ。
きっと朝は戦争のような状態になっているんだろう。
私はそんなことを想像し、
「ああ。時間がある時だけでいい。無理はしないでくれ」
と声を掛けた。
もちろんローズにも参加してもらうから、ドノバンに、
「大丈夫か?」
と聞く。
ドノバンはコクンとうなずいて、大丈夫だという意思を示してくれた。
ドノバンとローズも今は自分たちの家で寝起きしている。
ただし、ローズが朝の稽古に出るので、朝の当番はドノバンなんだそうだ。
日中、仕事の間はうちに預けたり、交代で遊んでやったりしていて、夕方、絵本を読んでやったり勉強を見てやったりするのはローズの役目らしい。
こちらも、それぞれが協力し合って子供と向き合っているようで、安心した。
私は大丈夫だろうとは思ったが、
「くれぐれも無理はしないでくれ。なにかあったら必ず相談しろ」
と一応言っておく。
そして、またコクリとうなずくドノバンを見ながら、
(私はずいぶんと楽をさせてもらっているな。もう少し手伝わなければならんのだろうが…)
と反省した。
そんな反省をして、さっそくマリーにも、
「何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ。私は鈍感だから、なかなか気が回らない。いつも迷惑をかけてすまん…」
と謝罪半分に声を掛ける。
すると、マリーは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐにいつものように柔らかく微笑んで、
「バン様はみんなのお父さんなんですから、いつもみんなを愛することだけ考えていてくだされば十分でしてよ」
と言ってくれた。
そんな言葉を聞いてみんなが笑う。
私もなんだか妙に気負った気持ちが少しほぐれて、
(ああ。この人と一緒に生きられて私は幸せだ…)
と思いながら、
「よし。じゃぁ、これからは『村のお父さん』としてもっと頑張って働こう」
と言い、またみんなの笑いを誘った。
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