第304話 エデルシュタット家の大冒険17
翌朝。
また、出来るだけの肉を剥ぎ取る。
森馬たちが持てる分を確保すると、昼過ぎには拠点を目指して出発した。
エルフィエル騎士団の面々とは、最前線の拠点から別行動になる。
これから交代でヤツの解体に当たるらしい。
流石に骨を全て持ち帰るのは不可能だろうが出来れば頭骨と魔石は確保したいとのこと。
それに、あの肉も是非、日ごろ頑張っている団員にも味わってもらいたいのだとか。
ジークさんもアインさんも団員思いの良い上司だな、と思いつつ私たちも出来る限りの肉を積んで家路に就いた。
翌日の昼過ぎ、無事拠点にたどり着く。
そこで、前線の騎士たちにあの肉を振舞い、感涙する騎士たちを見ていると私まで嬉しくなってしまった。
もちろん私たちもまたいただき、共に喜びを分かち合う。
その日は拠点で一泊させてもらって、翌日の朝早く、ジークさん、アインさん、リリーさん、エリカさんと固い握手を交わし、私たち家族は意気揚々と来た道を戻っていった。
帰路も危険な箇所を避けながら慎重に進んで行く。
そして、エルフィエル騎士団が築いた最初の拠点を出た翌日。
なんと梅を発見した。
リーファ先生も見たことがなかったらしい。
(たしか梅は違う同じ品種同士だと実が付きにくいとか聞いたことがあるが…)
そんな記憶を思い出しながら2人して辺りを探る。
(実が生ればいいが、まぁ生らなくてもいい。なにせ花が綺麗だ。マリーは喜んでくれるだろう)
そんなことを思い、私は口に唾を溜めながら、リーファ先生は興味津々でいくつかの木から袋いっぱいに梅の実を採取した。
途中、村で梅が育たなかった時のことを考えて野営地点に数個ずつ梅の種を植えながら進む。
時々魔獣の相手をしながら進むこと10日。
私たちようやく村にたどり着いた。
時刻は昼を少し過ぎたくらい。
時々すれ違う村人に挨拶をしながら進む。
途中、自主防災組織の団員が馬で屋敷まで先ぶれに走ってくれた。
玄関でみんなが待っていてくれる。
そう思っただけで、涙が出そうなほど嬉しい気持ちが心の底から湧いてきた。
いよいよ屋敷の門をくぐる。
すると、まっさきに子供達が駆け寄ってきた。
エリスから降りてさっそく抱きかかえる。
気のせいかもしれないが、リアが少し重たくなったように感じた。
「ただいま」
そう言って、みんなを順番に撫でやる。
嬉しそうに笑いながら私の足や腕にしがみついてくる子供達を引き連れて玄関へ向かうと、そこにはやはり家族全員がそろっていた。
マリーが涙を浮かべている。
静かに歩み寄り、
「ただいま」
とひとこと言ってマリーを抱きしめた。
「おかえりなさい」
という言葉が私の胸の中から聞こえる。
(ようやく戻ってきた)
マリーの体温を感じた瞬間、そのことを強く実感した。
「ご無事でなによりですわ」
と涙ながらもいつものように微笑むマリーに、
「ああ。みんなのおかげだ」
と答えて私も目に涙を溜めながら微笑み返す。
家族全員から「おかえり」の声が掛けられた。
そのひとつひとつに、
「ただいま」
と返す。
そして私が次に、
「ものすごく美味い肉を獲って来たぞ」
と満面の笑顔でそう言うと、
「まぁ…。うふふ。相変わらずですわね」
と笑顔で返してくるマリーの言葉を皮切りに、みんなからも、
「相変わらず」
という言葉が帰ってきた。
さっそく、屋敷の玄関をくぐり、リーファ先生に続いて風呂を使わせてもらう。
ルビーとサファイアも一緒に入り、いつものようにサファイアをわしゃわしゃと洗い、湯桶でくつろぐルビーを眺めながら冒険の疲れを洗い流した。
そして、子供達、主にリアとシアにせがまれて冒険の話をしながらリビングでくつろぎ、その時を待つ。
(さて、ドーラさんはあれをどう調理するのだろうか…)
そんな期待に胸を高鳴らせていると、リビングにシェリーがやって来て、その時が来たことを告げてくれた。
その日の献立はなんとスキ焼き。
ドーラさん曰く、これまでで最も切るのが難しい肉だったのだとか。
まだ味は見ていないというから、ドーラさん本人も楽しみにしているのだろう。
いつもより目がキラキラと輝いているように見える。
薄く整然と並べられた肉。
「最初の1枚は全員に行き渡ってからだぞ」
と、うずうずすしている子供達になんとか言い聞かせ、全員に肉が行き渡ると、
「いただきます」
と全員の声がそろい、さっそくみんなが肉を口に運んだ。
「むほぉーっ!」
という声が上がる。
シェリーだ。
次に、私の横から、
「まぁ…」
という感嘆の声が聞こえた。
一瞬で口の中から消えた肉の余韻を必死に押しとどめながら、私もその感動に浸る。
(違う。まるで違うじゃないか…。同じ肉が切り方ひとつでこうも美味しく変わるとは…)
私は、改めてドーラさんの魔法の偉大さに感動しながら、さっそく米を頬張り、次の肉へと箸を伸ばした。
「きゃん!」
「にぃ!」
という楽しげな声に、
「うん。美味しいね!」
とユークが続く。
向こうのテーブルでも、
「お父さん、お母さん、とっても美味しいね」
とリズが笑い、それぞれが笑顔になっている。
そして、リアとシアが、ほぼ同時に、
「「お替り!」」
と元気よく叫んだ。
最高の肉が、最高の家族の胃袋に消え、最高の笑顔になって食卓にこぼれる。
「ああ…。幸せだね」
「ええ。幸せだわ」
というリーファ先生とマリーの言葉が全てを表しているように思えた。
(この笑顔のためならまた行ってもいいかもしれん。ああ、しかし、また長い事離れるのは寂しいな…)
と私は複雑な思いに浸りながらも、笑顔で食べ進める。
ずいぶんと長い時間離れていたが、ようやく私に、家族に、この食卓に、日常が戻った。
きっとこういう日常が家族の絆を生み、幸せを生むんだろう。
ふと窓の方を見れば、
「ぴぃ!」
「ひひん!」
「ぶるる!」
「…ぶるる」
とユカリ、コハク、エリス、フィリエが楽しそうに野菜や果物を食べている。
(今、みんな同じ幸せをかみしめているんだな)
そう思うと、さらに嬉しくなって、私は勢いよく米を掻き込んだ。
幸せに満ちた心と腹をお茶で落ち着け、羊羹をかじる。
(今日は急遽肉になったが、きっと明日はあれだろうな)
と早くも明日の夕食のことを思いながら、私の横で嬉しそうに羊羹を食べるマリーの顔を微笑ましく眺めた。
そんな私の視線に気が付いたマリーが、
「もう、バン様ったら…」
と少し照れたような微笑みを浮かべる。
「ははは…。すまん、久しぶりの再会だったから、つい、な…」
と私も、改めて言われると少し照れてしまって、何となく頭を掻きながらそう答えた。
「…うふふ」
とマリーが笑い、私も続いて、
「…ははは」
と笑う。
いつもの和やかな照れ笑いで私はいつもの幸せに改めて気が付き、
「ああ、そうだ」
と言って、マリーに左手の組紐を見せた。
「今回は切れなかった。みんなの分もだ。ありがとう。守ってくれて」
先程の照れが残っていたのか、ややしどろもどろに言う私の手にマリーが、
「良かったですわ。私も毎日無事をお願いしていたんですよ」
と言って自分の左手を私の左手に重ねる。
またお互いに照れて微笑む私たちのもとにルビーとサファイアがやって来て、
「きゃん!」(とってもきいたよ!)
「にぃ!」(うん。とってもお手伝いがしやすくなったの!)
とマリーを見上げながら嬉しそうにそう言った。
「まぁ、そうなの?」
と言いながらマリーがルビーを抱き上げたので、私はサファイアを抱きかかえる。
「きゃん!」(なんかね。とっても温かくなっていっぱい応援できたの!)
と嬉しそうに尻尾を振りながら言うサファイアの言葉を聞いて、私は、
(家族の応援の力というのはすごいものだな)
と、改めて感じた。
「うふふ。お役に立てて良かったわ。でも、あんまり危ないことをしちゃだめよ?」
と笑顔でルビーとサファイアを撫でるマリーに、ルビーが、
「にぃ!」(うん。遠くから応援したよ!)
と笑顔で言う。
きっと、マリーを安心させようとしてくれたんだろう。
優しい子だ。
マリーもその気遣いに気が付いたのか、
「まぁ、それは頑張ったのね。うふふ。バン様を応援してくれてありがとう」
と、また微笑みながらマリーはそう言ってルビーを撫でてやった。
私も、サファイアに、
「ありがとう。本当に助かった」
と礼を言って、撫でてやる。
そんな私たちの言葉が嬉しかったのか、2人とも私たちに頭を擦り付けて甘え始めた。
結局、この子達の不思議な力がどういう原理のどういうものなのかはわからない。
きっと私の頭じゃいくら考えてもわからないだろう。
だが、わからなくてもいいと思っている。
大切なことは、ルビーもサファイアも、コハクもユカリも、そしてエリスとフィリエだって、一緒に暮らす大切な家族で、一緒に苦労を共にした大切な仲間だと言うことだ。
みんな成長した。
もう、守られるだけの存在じゃない。
家の中では立派なお姉さんだし、冒険の時は頼れる相棒だ。
そのうち、私なんか追い越して、きっとすごい存在になるんだろう。
でも、いつまでたっても私たちは家族だ。
(いつまでたってもきっと変わらないさ)
そんなことを思って、窓の外を見やる。
庭で仲良く寝そべっていた、3人が、
「「「ひひん!」」」
と嬉しそう笑った。
リーファ先生の頭の上からも、
「ぴぃ!」
と誇らしげな声がする。
そんなみんなにも、
「ありがとう」
と感謝の言葉を伝えて、また羊羹をつまんだ。
ねっとりとした濃厚な甘さが口の中に広がっていく。
甘くなった口に今度は緑茶を入れて引き締めると、
「ほぅ…」
と息を吐いた。
ふと見れば、子供たちはリーファ先生に冒険の話をせがみ、それを大人たちが楽しげに見つめている。
それはどこにでもある家族団欒の光景。
しかし、これこそが我が家の日常で、私が求めていたもの、私が守りたいものだ。
(これからも家族はどんどん変わっていく。しかし、この家族団欒というやつだけはきっと変わらない)
私はまたそんなことを思い、のんびりとした気持ちで緑茶をすすると、目の前に広がる家族団欒を飽きることなく見つめ、そっと食卓に笑みをこぼした。
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