第302話 エデルシュタット家の大冒険15

(かかった!)

ヤツの様子を見ると、どうやら辺りを警戒しつつも肉にかじりついている。

もしかしたら、私たちに気が付いているのかもしれない。

しかし、脅威とはみなさなかったのだろう。

ヤツ徐々に警戒を解いて肉を貪り出した。


間近に見ると、やはりバカデカい。

バスを通り越して大型のトレーラーくらいあるのではなかろうかという巨体が、一心不乱に肉を食っている。

どうやらよほど腹が減っていたらしい。

(もしかして、こいつもはぐれか?…たしか、ティラノサウルスは集団で行動していたかもしれないとかいう説もあったようだが…)

と妙なことを考えつつ、ヤツの様子をじっくりと観察した。


見た目はまさに図鑑に載っているティラノサウルス。

巨大な顎に鋭い歯。

ゴツゴツとした皮膚はやたらと硬そうで、色はグレーと茶のまだら模様をしている。

やがて、ヤツがより一層夢中になって肉を貪り始めた。

私は静かに気を練り集中を高めていく。

そして、ジークさんに向かって軽くうなずくと、ジークさんが後ろのリーファ先生に向かって合図を出した。


強烈な魔法の気配を感じた瞬間飛び出す。

リーファ先生の放った矢はものの見事にヤツの首よりやや下の背中に突き刺さった。

しかし、ほんの少しめり込んだ程度の深さで止まっている。

(あれでも通らないか…)

私はヤツの硬さにやや驚きながらも、

(今はそんなことを考えている場合じゃない)

と切り替えてヤツへ真っすぐに突っ込んでいった。


「グギャァーッ!」

と野太い声を上げて私にかみついてくるのを転がりながらなんとか避けて、ついでとばかりに首筋に軽く刀を入れる。

(…やはり通らないか)

予想通り、私の刀は表面を浅く傷つけた程度で中までは通らなかった。

どん詰まりの内野ゴロを打ったような感覚が手に残る。

すかさず退くと、またリーファ先生の矢がヤツに突き刺さった。

今度は肩の辺り。

また浅い。

しかし、ヤツの注意が矢の飛んできた方向へ向く。

(させるかっ!)

そう思って一気に懐に突っ込むと今度はヤツの太い脚の辺りに刀を突き入れた。

今度は明確にヤツが嫌がる。

しかし、また浅い。

私がまた退こうとした瞬間、ヤツが器用に足を上げて、私を踏みつけようとしてきた。

(…くっ!)

すんでのところでなんとか避ける。

しかし、私は体勢を崩してしまった。

あえて体を投げ出し、地面を転がるようにして退く。

直後、先ほどまで私がいた場所をもう一度ヤツの脚が踏みつけた。

さらに転がる私を追いかけるようにヤツが文字通り牙を剥いて嚙みつこうとしてくる。

(くっ…!完全には避けきれない)

そう思った刹那、ヤツの牙が何かにはじかれた。

(コハク!)

私は素早く立ち上がり退いて体勢を整える。

何が起きたのかわからないまでも、獲物を取り逃がしたことを悔しがるようにヤツが、

「グオォォ!」

と鳴いた。

そこへまたリーファ先生の矢が当たる。

今度は棒立ちになったヤツの腹の辺りに命中した。

(やや深い!?)

なるほど、ヤツの弱点は腹側らしい。

そう思った私はリーファ先生を背にした位置に移動する。

ヤツはまた、私に噛みつこうとしたが、

「グギャッ!」

と短く声を上げ、脚を気にした。

どうやらジークさんが一撃入れてくれたらしい。

その隙にヤツの真下に潜り込む。

迷わずヤツの腹の下を駆け抜け、足首の付け根辺りに思いっきり刀を叩きつけた。

ヤツは、

「グギャァァァッ!」

と明らかな苦悶の声を上げ、棒立ちになる。

私はそのままヤツの股間を駆け抜け、行きがけの駄賃とばかりに尻尾の先を撫で斬った。

背後に魔法の気配を感じる。

おそらくリーファ先生が矢を放ったんだろう。

ヤツはまた、

「グギャァァッ!」

と声を上げると、デタラメに尾を振り、牙を剥いてまるでだだっ子のようにその場で暴れ出した。


(ちっ!)

私は心の中でそっと舌打ちをする。

こうなると逆にたちが悪い。

(むやみやたらに突っ込めばケガじゃすまんぞ…)

そう思いながら、なんとかヤツの隙を探ろうとヤツの周りを動き回った。

またリーファ先生の矢が飛んでくる。

しかし、ジタバタと動くヤツの動きに跳ね返されて矢は落ちてしまった。

(なんとか動きを止めないと…)

そう思うが、ヤツの尾と牙をかわして懐に飛び込んで行く隙が見つけられない。

(このまま膠着状態になればこちらが不利だ)

私がそう思った瞬間、

「きゃん!」(バン!)

と言う声が聞こえた。


サファイアのその声に私は、なぜか、

(いける!)

と感じてヤツに突っ込んで行く。

当然ヤツの尾が襲い掛かって来た。

しかし、

「ひひん!」(大丈夫!)

とコハクの声がして、それがまた、すんでのところではじかれる。

私はそのまま走り抜けると、今度も迷わずヤツの脚を横なぎに斬りつけた。

先程よりも明らかに深い傷ができる。

またヤツが棒立ちになった。


私はまた迷わず駆け抜けて今度は逆の脚を狙う。

「にぃーっ!」(バン、頑張れ!)

という声が聞こえた。

そんなルビーの応援を心から嬉しく思いながら、ヤツの脚を一閃する。

今度も確実に、ヤツの足首を半ばまで断ち斬った。


私がヤツの下を駆け抜けた刹那。

ヤツが前のめりに倒れ、ドシンというよりもズトンという音が響く。

その直後、これまでで最も大きな魔法の気配が飛んでくるのを感じた。

振り返れば、ヤツの脳天には矢が刺さっている。

そして同時にジークさんとアインさんが首筋に剣を突き入れた。

だが、どれもやや浅かったようだ。

ヤツが最後の力を振り絞るようにして、首を振る。

地面を転がるようにしてジークさんとアインさんが飛ばされた。

私は迷わずヤツの首めがけて突っ込んでいく。

そして、

「きゃん!」

「にぃ!」

というルビーとサファイアの声とともに袈裟懸けに刀を振り降ろした。


ヤツの頭がごろりと転がる。

(終わった…)

そう思ったが、いつもの癖で残身を取り、飛び退さった。

直後、まるで噴水のようにヤツの首から血が噴き出す。

見ていて余り気持ちのいい光景ではないが、それを合図に私は、

「ふぅ…」

とひとつ息を吐くと、ようやく集中を解き、その場に座り込んだ。

ふと空を見上げると、日はやや西に傾いている。

私が、大きな雲を浮かべる夏空をボーっと見上げていると、遠くから、

「きゃん!」

「にぃ!」

「ひひん!」

「ひひん!」

「ひひん!」

「ぴぃ!」

という声がして、うちの子達が駆け寄ってきた。


「きゃん!」(バン、すごかったね!)

「にぃ!」(うん。すごかった!)

と言って、真っ先に私の胸めがけて飛び込んできたルビーとサファイアを、抱きとめ、

「ありがとう。2人もすごかったぞ」

と言って、撫でてやる。

「くぅん…」

「んみゃぁ…」

と鳴いて甘える2人に続いて、心配そうな顔でこちらを見つめるエリスに向かって手を伸ばし、撫でてやった。

「ひひん!」(私も、頑張ったよ!)

と、やや誇らしげに言うコハクも、

「ああ。頑張ったな。本当に助かったよ」

と言って、撫でてやる。

「ぴぃ!ぴぴぃ!」(リーファの最後の、すごかったでしょう!えっへん!)

とリーファ先生の手の中で胸を張るユカリには、

「ああ、すごかった。驚いたよ」

と声を掛けてやった。

みんながそれぞれに嬉しそうな顔をしている。

やがて、みんなが私の周りに集まってきて、車座になった。


「歯が立たなかった」

と言って悔しがるジークさんを、

「帰ったらまた稽古ですね、父上」

とリリーさんが慰める。

そんな2人の会話に、

「えぇ…。また稽古ですかぁ」

とエリカさんがわざとらしくげんなりとした表情で落ち込む真似をした。

「ははは。たしかに、これ以上厳しい稽古は勘弁して欲しいですね」

とアインさんも苦笑いで続く。

「おいおい。団長なんだからしっかり範を示さなくてどうするんだい?」

とリーファ先生がアインさんに笑いながらツッコミ、文字通り笑顔の輪が出来上がった。


そんな笑顔を見て、本当の意味で戦いが終わったことを実感する。

(やはり、戦いの最後は笑顔でなければならないな)

と、思いながら私は、

「さて、どんな味なんだろうな?」

と、みんなに声を掛けた。

「え!?」

とアインさんが驚きの声を上げる。

ジークさんたちも私に信じられないものを見るような目を向けてきた。

そんな中、リーファ先生が、

「待ってました!」

と笑顔を浮かべる。

そしてルビーとサファイアも、

「きゃん!」(きっと美味しいよ!)

「にぃ!」(うん。そんな気がする!)

と嬉しそうに言って、私にキラキラとした目を向けてきた。


「ほう。そうか。2人がそう言うならきっと食っても大丈夫だろうし、美味いんだろう。楽しみだな」

と言って、私の膝の上で今にもよだれをたらしそうな顔をしている2人を撫でる。

そんな様子を見てもなお、

「え?いや、でも…」

と戸惑っているアインさんに向かって、リーファ先生が、

「安心しろ、アイン。腹下しの薬はたくさん持ってきている」

と、自信たっぷりにそう宣言した。


ジークさんが、

「なんというか、さすがだな…」

とため息交じりにそう言うと、アインさんもリリーさんもエリカさんも苦笑いを浮かべる。

エリスとフィリエも、

「「…ぶるる」」

とジークさんと似たような表情で鳴いたから、おそらくいつも通り、あの言葉を言ったのだろう。

私は、そんな4人に向かって、

「そこに未知の肉があれば食う。それがエデルシュタット家の流儀だ」

と今思いついた我が家の流儀を堂々と披露した。


「はっはっは。なんだいそりゃ。初めて聞くが、言われてみれば確かにそうだね。うん。いかにもあの家にピッタリだ」

と笑うリーファ先生に、

「きゃん!」(お肉大好き!)

「にぃ!」(生が一番!)

とルビーとサファイアが嬉しそうに続く。

そんな言葉にコハクが、

「ぶるる!」(みんな相変わらずだね!)

と笑い、エリスとフィリエは、

「…ぶるる」

「ぶるる…」

と鳴いた。

表情から察するに、おそらく、

(…まったくもう)

(あはは…)

とでも言ったのだろう。

私は笑顔で立ち上がり、

「よし、そうと決まればまずはアレをひっくり返さないとな。力仕事になるが、みんなで頑張ろう!」

と全員に声を掛ける。

その声に、苦笑いだったり満面の笑みだったり、それぞれがそれぞれに笑みを浮かべて立ち上がると、さっそくロープを取り出してきて、16人がかりでヤツの体をひっくり返しにかかった。

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