第301話 エデルシュタット家の大冒険14
食後、みんな揃っていつもの薬草茶を飲みながらひと息吐く。
そこで、
(例のティラノサウルスはいつもこんなに美味い肉を食っているのか…)
と思い、はたと気が付いた。
「なぁ、ジークさん。あれを餌にできないか?」
そう聞く私にジークさんが不思議そうな顔を向けてくる。
「ああ、いや。あいつらはこの美味い肉の味を知っているんだろ?それが苦も無く手に入るんだったら、多少怪しいとは思っても近づいて来るんじゃないか?」
という私の説明にジークさんは、今度は驚いたような顔を見せ、
「…餌で釣る、という事か?」
と聞いてきた。
「ああ。釣れるかどうかはわからんが、明日一日くらい待ってみる価値はあると思う」
という私の言葉に全員が考え込む。
そんなみんなを見て、私はまずリーファ先生に、
「なぁ、リーファ先生。例の大型用の矢ってのはまだ予備があるか?」
と聞いてみた。
「ああ。さっきのヤツに使ったのは抜いて来たから、十分にあるぞ」
と答えるリーファ先生に私は軽くうなずき、
「ヤツが釣れたとしたら、リーファ先生の矢で先制攻撃ができる。おそらくだが、大規模魔法ってのは、射程の関係で難しいんじゃないか?まぁ、最終手段としてはあってもいいが、初手でヤツが手負いになってくれたら勝機が見えてくるはずだ」
と、みんなの目を見ながらそう言った。
「たしかに一理あるな」
まずはジークさんが顎に手を当てて考え込みながらも、そうつぶやく。
「ええ。そうですね。確かに、1日くらいなら試しに待ってみる価値はありそうです」
とアインさんが続いたが、リーファ先生は、
「しかし、隠れる場所が無いんだったら、奇襲の方が良いんじゃないかい?」
と言った。
「そうだな。確かにそれはある。だが、逆もまた然りだ。我々が奇襲を仕掛けられるとしたら、向こうにだってその機会があるということになるだろう。だったら、その目を潰して正面からやり合う方がいい。…なんとなくだが、ヤツは狡猾な性格をしているように思えてならん…」
私のそんな意見に、リーファ先生が考え込む。
そして、
「よし、一か八か試してみようじゃないか」
と、最終的には賛成してくれた。
「ありがとう」
私はまずみんなに礼を言う。
「自分で言うのもなんだが、かなり思い切った作戦だ。ジークさん。万が一の時は頼む」
そう言って、頭を下げる私に、ジークさんは、
「ああ。任せろ」
とひと言力強くうなずいてくれた。
作戦が決まると、さっそく行動に移る。
まずはあの亜竜が転がっている地点へ向かい、周辺を丹念に探った。
まずは、リーファ先生の矢の射程を考えて狙いやすい場所を確保する。
次に戦闘中コハク以外の森馬達が身を潜める場所を確保し、リーファ先生の射線から少し外れた位置に私とジークさん、アインさんの3人が身を潜める場所を確保した。
今回の主戦力はリーファ先生だ。
私たちは牽制と囮役、あわよくばヤツの脚を削るくらいのことが出来ればそれでいい。
そんな考えを共有し当日の動きを再確認する。
そして、辺りがオレンジ色に染まりかけたころ、私たちはやや緊張気味に野営地へと戻って行った。
私は野営地に戻ると、私はさっそく調理に取り掛かる。
少し迷ったが、今晩はピラフにすることにした。
(今更だが、この肉を餌に使うのはもったいなかったか?)
と思いながら、肉を切り米と一緒に炒めていく。
他の具はドライトマトのみで、味付けもスープの素を使った簡素なものだが、ひと頃に比べたら野営中の飯としては上等な方だろう。
やがて、良い感じに米が炊きあがり、待ちきれない様子で皿を手に持ち、うずうずしているリーファ先生の分から取り分けると、さっそくみんなで食べ始めた。
私はひと口食べた瞬間目を見開き、
(ああ、この弾力と癖の無い肉の味…。そして、米に絡みついた、いやしみ込んだうま味がたまらん…。やはり、これは素晴らしい肉だ)
と感動する。
すると、私の横で、リーファ先生が
「むっ!こいつはまたすごいね!」
と叫んだ。
「ボーフやイノシシとはまた違った甘味があるが、熊ほどこってりもしていない。それになんだいこのうま味は…。米によく滲みこんでいて、噛むごとに溢れ出してくるようだ。素晴らしいね。ゴルとはまた違う領域で最上級の肉だ」
と言いながら、さらにピラフを掻き込んでいく。
リリーさんとジークさんは無言だが、匙の動きが若干早い。
エリカさんは、
「ほうふぅ…」
とため息とも歓声ともとれるような声を出して、うっとりとした表情で空を見上げた。
どうやら感動しているらしい。
アインさんも、
「これは前線に立つ者の特権ですね」
と言って美味しそうに食べている。
そんなみんなの様子に、私は明日からも大丈夫だな、と確信した。
やがて、食事が済み、食後のお茶の時間。
「一昔前からすると、考えられないな」
と、感慨深そうに言うジークさんに、私も、
「ああ。本当にあれを開発して良かった」
と同意する。
「王国ではどうかわかりませんが、エルフィエルでなら勲章か陞爵でもおかしくありませんよ」
と言うアインさんの言葉はやや大袈裟だと感じ、
「それはないだろう」
と苦笑いで返したが、アインさんもジークさんも苦笑いしているから、どうやら本当らしい。
その表情で私は改めて自分のしでかしたことの重大さを認識させられた。
ややあって、それぞれがやや緊張気味ながらも、あえて普通に談笑しはじめる。
私はルビーとサファイアを膝の上に乗せ、うちの子達と戯れた。
そんな私に、
「落ち着いているな」
とジークさんが声を掛けてくる。
「いや。そうでもないさ。この子達がいなければもっと緊張していただろう」
と答えるとジークさんは苦笑いで、
「それも聖獣様のお力のひとつかもしれんな」
と言った。
私は「まぁ、どうでもいいが」と思いつつも、
「なぁ、ジークさん。その聖獣ってのはなんなんだ?」
と、一応気になっていたことをついでに聞いてみる。
ジークさんはやや迷ったようだが、私の膝の上で頭を擦り付けて甘えているルビーとサファイアを見ながら、
「エルフィエルの伝説に、『森乱れる時、天より聖獣が遣わされ、この地を守る』というやつがあって、その聖獣様のお姿が白い狼、猫、鳥、馬だと言われている」
と教えてくれた。
「ほう。そうなのか。…しかし、白いというだけで、その聖獣とかいうのかどうかなんてわからないんじゃないか?」
と私は、
(まぁ、この子達が不思議なのは隠しようも無いが…)
と思いつつも一応聞いてみる。
そんな質問に、ジークさんは「ふっ」と苦笑いを浮かべるのみで、あえて何も答えてはくれなかった。
私は苦笑いで、
「まぁ、なんでもいいさ」
とつぶやく。
それは私の偽らざる本心だ。
この子達がどういう存在でも構わない。
うちで一緒に暮らし、一緒に飯を食う家族。
そして、今度の戦いでは一緒に戦ってくれる仲間にもなった。
私に、その聖獣という物の存在意義はよくわからない。
しかし、
(まぁ、確かにこの可愛さは神だよな…)
と変なことを考えて、苦笑いで気持ちよさそうに目を閉じるうちの子達を優しく撫でる。
やがて、ユカリを頭の上に乗せたコハクも私の側にやって来て、私の隣に座った。
また、みんなを順番に撫でながら、
「なんでもいいさ…」
とまたつぶやく。
焚火の薪がパチンとはじけて、その日は穏やかに幕を閉じていった。
翌朝。
まだ夜の明けきらないうちに起きて行動を開始する。
草原に出て事前に決めておいた配置に着くころ、ようやく日が昇ってきた。
(恐竜ってのは変温動物だったか?いや、鳥と似た種類なら恒温動物の可能性もあるのか…?)
と、妙な考察をしながら、ヤツが餌にかかるのを待つ。
じりじりとした時間が過ぎ、軽く行動食をつまんだり、交代で休憩を取ったりしながら何時間待っただろうか?
太陽がもう少しで中天にかかろうとしている頃。
ヤツが昼飯を食いにやって来た。
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