第274話 リーファの旅02
アレスの町を出て、ジローに揺られながら、のんびりと街道を進む。
(昨日のカツカレーは美味かった…。付け合わせのキャベツサラダも良かったし、おそらくトーミ村直伝のカレーの素に独自の工夫をしたんだろう。少しパンチの効いた香りが食欲を誘ってきてつい食い過ぎてしまった…)
と、昨晩の飯の味を思い出しつつ進んでいると、あっと言う間に昼になった。
(さて、今日の弁当はなんだろうか?ちょいと豪華にしてくれと頼んだが…)
そんなことを思いながら、昨日雷亭の主人に預けておいたトーミ村特産の木で出来た弁当箱を開く。
入っていたのは、ハンバーグサンドと野菜。
しっかり肉厚で食べ応えのありそうなハンバーグサンドが4切れも入っていた。
(お。野菜はモコと菜っ葉と…小さいトマト?なんだか可愛くていいね。それにハンバーグの濃い味がさっぱりしそうで口直しにちょうどよさそうだ…)
そんなことを考えながらとりあえずサンドイッチに思いっきりかぶりつく。
(うん。美味いね。さすがに冷めているからあのじゅわっと肉汁が出てくる感じはないけど、その分肉の味がしっかりわかるようになってる。ケチャップベースのソースもいい塩梅だ。うん。肉を粗目に挽いてあるのもいいね。つなぎの粉っぽさも無いし…。ん?丸根が入って無い!?ということは肉のみか!丸根は食感のアクセントになるし、何よりハンバーグに野菜の優しい甘さとうま味を足してくれる。だからあれはあれで正解だ。しかし、なんだろうか、この充実感は…。肉を食っている、肉に食らいついている、という満足感がある。…これはいいな)
口いっぱいにハンバーグサンドを頬張り、十分に満足するといつものように食後のお茶を淹れた。
いつもの薬草茶をゆっくりと味わいながら、
(いやぁ…。アレスの町の飯が美味しくなったってのは本当だったんだね。昨日の定食屋といい、今日のサンドイッチといい…。これは、ちょくちょく遠征に来なければなるまいよ)
などと考え、「ふぅー…」と息を吐きながら空を見上げる。
辺境の夏空は、今日も相変わらず、青く、濃く澄んだ色に大きな雲を浮かべていた。
「さて。行こうかね」
よっこらせと立ち上がって軽くぽんぽんとジローに合図を送る。
「ぶるる」
と鳴くとジローは草を食むのをやめてくれた。
(みんなの教育の賜物かねぇ…)
と、コハク、エリス、フィリエの顔を思い出す。
(ふふっ。エリスは特に厳しそうだ)
そんなことを想像するとなんだかおかしくなって思わず心の中で笑ってしまった。
荷物を積み終え、ジローに跨ると、
「さぁ、出発だ。しばらくは野営になるけど頼んだよ」
と声を掛け、首のあたりを軽く撫でてやる。
「ぶるる!」
と鳴いてやる気を見せるジローはしっかりとした足取りで再び街道を歩き始めてくれた。
そこから旅は順調に進む。
今回は飯の心配をある程度しなくていい。
なにせ、たんまりとあのスープの素を持ってきた。
あれさえあれば、適当な肉と乾燥野菜を鍋に放り込むだけでまともな野営飯にありつける。
使い方も簡単で、この私でさえ3回ほど練習したら使いこなせるようになった。
(まったく、バン君は革命児だね…)
このお湯を入れるだけでスープになるというまるで魔法のような粉を見るといつもそんな感想が出てくる。
しかし、同時に抹茶やメッサリアシロップだけではなく、カレーのことも思い出して、
(あんまり無邪気に革命を起こし過ぎないでくれよ…)
とも思った。
進む事4日、エインズベル伯爵領の領都エインシリアの町に入る。
時間は昼前。
(そう言えば、バン君は、あれからカレーだけでもいくつかの種類を考えていたようだけど、西の公爵領やエインズベル伯爵領ではどんな進化を遂げているんだろうか)
そんなことを思い出し、適当な宿屋に入るとさっそく亭主に、
「この辺りでカレーが食えるところはあるかい?」
と聞いてみた。
「おや、お客さん。よくご存じですね。いやぁあれはすごいですな…。お客さんもどこかで噂を聞きつけられた口ですかい?」
と笑いながらいう亭主に、
(お。さっそく広まっているのか!そいつぁいい)
と思いながら、ややせっつき気味に、
「いや。実は何度か食ったことがあってね。それで、虜になってしまったってわけさ。で、どの店に行けば食えるんだい?」
と聞く。
すると、
「ええ。それなら、いくつかありますが、おすすめは一本向こうの通りにある『鹿の角亭』がおすすめですよ。まぁ、見た目はちょっとボロっちぃですが、味は保証します」
と教えてくれた。
「おお。それはいいね。さっそく行ってみるとしよう」
そう言う私に、その宿の主人は、
「いやぁ、あれは本当にすごい料理でねぇ。近々うちでも出そうかって話をしていたところなんでさぁ。なにせ、ご領主の伯爵様が気前よくレシピを配ってくださいましたし、そのカレーの素ってのが出回る量も増えてきてますからね」
そう言って、「がはは」と豪快に笑う宿屋の亭主に、私は、
「ああ。ぜひ出してくれたまえ。その時、上に揚げ物の一つでも乗っければきっと売れるぞ」
と伯爵を見習って…というよりも、バン君を見習って気前よくレシピ開発のきっかけを授けた。
軽く驚く店主を尻目にさっさと荷ほどきに向かう。
なかなか気の利いた宿で、掃除は割と行き届いていた。
(商売人にしては豪快な性格だと感じたが、なかなかどうして、ちゃんとしているじゃないか)
と、主人に対してやや失礼な感想を抱きつつ、手早く荷解きを済ませると、さっそく伯爵邸を目指する。
伯爵邸の門番に取次を頼むと、ローズの父、ユリウスが対応に出てきてくれた。
簡単に挨拶を交わすと、「すぐにでも会える」と言う。
まさかすぐに会えるとは思っていなかったから、
(まいった…。昼はカレーの気分だったんだが…)
と思ってしまった。
(ああ。そういえばクルシウス殿は引退してたんだったな…)
今更気が付くがもう遅い。
(まさかカレーが食いたい気分だから明日にしようなどと言えるわけがないしな…)
私は心の中で密かに苦笑いをすると、
「ありがたい」
と答えて、さっそく邸宅の中へと入って行った。
執事の案内で、応接間に入り、出されたお茶を飲みながらしばし待つ。
(ああ、これはマリーの紅茶だね)
と、さっそく友人のことを懐かしく思っていると、クルシウス・ド・エインズベル元伯爵は意外と早くやって来た。
「ご無沙汰しております」
と言って、礼をとる元伯爵に、
「いや。忙しい所すまんね」
と言って、軽い礼を返す。
「いえいえ。引退してしまえばこんなにも楽なのかと嬉しく思う反面、暇を持て余しているところです」
と、にこやかに答える元伯爵に、
「ならば。これからは頻繁に会いに行ってやるといい。リアもシアもすっかりやんちゃな子になっているから驚くぞ?」
とこちらもにこやかに返した。
「ほう。それはそれは。手紙では聞いておりますが、そんなにやんちゃな子なんですかな?」
と、いかにも孫の様子が気になって仕方がないという様子で聞いてくる元伯爵に、私は肩をすくめながら、
「ああ。いつも泥だらけになってるし、とにかくよく食べる…。まったく誰に似たのやら」
と苦笑いで答える。
そんな、平和な会話を少し続けると、やがて本題に入った。
「そう言えば、エデル子爵からは何か聞いているかい?」
「いえ。なにも」
大人の会話はそんな簡単なやり取りから始まる。
「ああ、なるほど。どうせ私がこちらへ着くのが早いとでも思ったんだろうね。なんとも実務家らしい対応だ」
と苦笑いする私に元伯爵も苦笑いしながら、
「で。かの御仁はなんと?」
と聞いてきた。
私は、また肩をすくめ、
「なに。簡単な事さ。バン君について少しね。『私が正体を明かしてトーミ村に住み着けばいい。ついでに別荘のひとつでも建ててもらってエルフィエルから感謝状代わりの勲章でも与えておけば、虫よけにはちょうどいいんじゃないか?』と気軽に言われてお終いさ」
と苦笑いでエデル子爵から言われたことを簡潔に伝える。
すると、そのなんとも言えない簡潔な答えに、元伯爵は笑いながら、
「はっはっは。なんとも豪快な話ですなぁ。たしかにそれであれば一時しのぎには十分過ぎるでしょう」
と本当におかしそうに言い、
「で、あれば、あっちの方は私どもに一任、という感じでしたかな?」
と、おそらくバン君の発見やら経営手腕のことを指してその点を聞いてきた。
「ああ。それは丸投げだったね。上手くやっておいてくれって感じだったよ」
「…まぁ、そうでしょうな」
お互いに苦笑いでひと口お茶をすする。
そして、元伯爵、クルシウス殿は、
「ルシエールにも例のカレーは薬草の調合中、偶然生まれた産物だと喧伝するよう言い聞かせましたから、おそらくそちらも大丈夫でしょう。なにせ、手を出そうにももうレシピから何からこれだけ広まっておりますからな。あとは、申し訳ありませんが、リーデルファルディ先生のお名前を上手に使わせてもらいますよ?」
と、現状報告に合わせて私の名を使ってよいかと確認してきた。
その視線に私は、
「ああ。それは構わないよ。こうなりゃ破れかぶれってもんさ」
と、ほんとにやけっぱちな答えを返す。
さらに、
「はっはっは。一応、バンドール君にはひと言苦言を呈しておきましたが、これからもしっかり手綱を握ってやってください」
という元伯爵の頼みには、
「…ははは。私にあの暴れ馬が乗りこなせるかねぇ」
とため息で答えておいた。
「…ははは。お任せしましたよ?」
そんな元伯爵の念押しに、私は苦笑いのみで答える。
しかし、ふと思い出して、
「ああ、そうそう。とりあえずそっちが進んでいる間に、エデル子爵が『新しい釘』を見つけておいてくれるそうだ。それはあっちに丸投げでいいらしいよ」
と、エデル子爵の話を思い出しながら元伯爵にそう告げた。
「…新王、というよりも、その側近たちでしょうが。彼らも大変ですなぁ…」
としみじみ言う伯爵に、
(おいおい。あのエデル子爵ってのは何者なんだ?)
と思いながら、
「エデル子爵ってのはそれほどかい?」
と、軽く聞いてみる。
すると、元伯爵は困ったような顔で、
「…傑物ですな」
とひと言だけ答え、またゆっくりと紅茶をすすった。
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