49章 リーファ先生旅に出る
第272話 リーファ先生旅に出る
夏も盛り。
そろそろリアが3歳の誕生日を迎えようかという頃。
私は47歳を過ぎたが、相変わらずの日々を送っている。
しかし、私の周りでは大きな変化もあった。
まず、ユークとリズはもう学問所へ通っている。
早いもので、もう6歳。
なんだかあっと言う間だった。
うちから学問所まではやや遠い。
大人の足でも20分ほどだろうか。
小さな子供には辛かろうから、馬車で送り迎えでもしようかとも考えた。
しかし、それでまるでお貴族様のお子様のようになってしまう。
いや、家は一応貴族家だが、しがない男爵で、しかも役職は村長だ。
そんな家の子供が毎日、あの豪華な馬車で登下校などしたら、変に悪目立ちするし、友達もできにくくなってしまうかもしれない。
そう思って、頑張って徒歩で通わせている。
それに、たいていの村の子供たちは20分ほど歩いて学問所へ通っているから、最初は辛くともそのうち慣れるだろう。
そう思っていたら、本当に最近ではすっかり慣れてしまった。
子の成長というのは実に早い物だ。
2人の学校での様子を聞くとどうやら上手くやっているらしい。
みんなとも仲良くしているし、最近では友達と遊びに出掛ける機会も増えている。
リズもユークも、たまに泥んこになって帰ってくることもあったが、基本的には大人しい遊びが好きなようだ。
特にユークは勉強が楽しいらしく、最近では本を読む時間が増えた。
いまでは絵物語を1人で読めるようになっているというから私も驚いている。
そんなユークに追いつけ追い越せとばかりにリズも頑張っているらしく、いいライバル関係のようだ。
将来は2人を辺境伯領の高等学校に通わせてやらねばならんだろう。
もしかしたら、学院に行きたいというかもしれない。
しっかり働かなければ。
そんなことを思いながら私は今日も役場で仕事に励んだ。
そして、もうひとつの大きな変化と言えばドノバンが引退したことだろう。
今はうちの庭師としてズン爺さんの元で修行をしている。
やはり子が出来たのは大きかったらしい。
それを機に『黒猫』は解散となった。
ジミーもザックもどうするか迷ったらしいが、決断は早いに越したことはないだろうと考えたのだそうだ。
ジミーは今、農家のおっちゃんのところで修行をしている。
ザックは自主防災組織に興味を示していたが、結局櫛職人を選んだ。
どうやらマリーが考案した図案にえらく感銘を受けたらしい。
いつか、この道を究めてみたいと思ったのだそうだ。
こちらも現在櫛づくりの修行に励んでいるそうだから、将来が楽しみだ。
『黒猫』が引退して、村の冒険者層が薄くなってしまうかと思ったが、順調に中堅どころが増えてきているという報告がアイザックから上がってきている。
その1つが『椿』で、さらにもう2組ほど村に居つく決心をしてくれたパーティーがあるのだそうだ。
なんとも心強いことで、もう中層辺りの魔獣は任せてもらっても大丈夫だとアイザックが胸を張ってそう言っていた。
そんなギルドでも大きな変化が起きている。
ドン爺がようやく弟子を取った。
なんでも、弟子というのは夫婦らしく、冒険者としては大成しなかったが、どちらもやたらと手先が器用らしい。
夫は素材の剥ぎ取りが丁寧で、妻は肉の扱いが上手いとのこと。
2人で力を合わせればきっと自分なんかよりずっといい職人になる。
ドン爺が嬉しそうにそう言っていた。
そんな村の変化を感慨深く思いつつ、いつものように昼を食いに屋敷に戻る。
そして、食後のお茶の時間。
「実家に帰ろう思っている」
とリーファ先生が突然衝撃の発言をした。
「えっ!?」
と、言ったきりマリーが言葉を失う。
私も、愕然としてしまった。
もちろん、その場にいた家族全員が驚きの目をリーファ先生に向けている。
そんな状況に自分の言葉足らずを覚っただろう。
リーファ先生はやや慌てたように顔の前で手を振りながら、
「いやいや。ちゃんと帰ってくるぞ?」
と付け加えてくれた。
その言葉に多少は安心したが、それでも驚きとともに寂しさが込み上げてくる。
その場の空気が一気にしんみりとしたものに変わった。
おそらくみんなわかっているのだろう。
リーファ先生が決断したということは、それなりに大きな理由があるはずだ。
ただの気まぐれなんかじゃない。
そう思って、なんと言葉をかけていいのかみんなが迷っていると、リーファ先生は、
「まだ謎が残っているんだ。あの病気の治療法に関してね。その辺りの解明の手掛かりが欲しい。それに、この世界にはまだ私の知らない薬草があることにも気づかされたからね。その研究は是非ともやってみたい。なにせ、これでも医者の端くれだ。そういうことはどうしても後回しにできない」
と、しみじみと、しかし、ひと言ひと言かみしめるようにそう言った。
「そうか」
私が、言葉だけとればなんとも冷たいように聞こえるひと言を発し、みんなもうつむく。
リーファ先生がこれから行おうとしていることは、人の命に係わる重要なことだ。
おいそれと止めるわけにはいかない。
そんな当たり前のことはみんなわかっている。
しかし、わかっていても寂しさを拭いきれない。
おそらく、全員がそんな心境だったのだろう。
そんなみんなの中で、いち早く顔を上げたのはマリーだった。
席を立ちあがってリーファ先生の元へ静かに歩いていく。
そして、瞳の端を涙で濡らしながらも懸命に笑顔を作り、
「…いってらっしゃい、リーファちゃん」
と、いつものように愛らしく微笑んだ。
そんな微笑みに、リーファ先生も、
「ああ、行ってくる」
とひと言で応える。
その瞳にはやはり微笑みと涙が浮かんでいた。
「うふふ…」
「ははは…」
と2人はなんだか照れたようにはにかみながら、おたがいのおでこをくっつけて少女のように笑い合う。
そして、
「お仕事頑張ってね。変な物を食べてお腹を壊さないでよ」
「おいおい。さすがの私もその辺の物を拾って食ったりはしないさ」
と、冗談を交わし合い今度は涙を拭って微笑み合った。
「うふふ。そうね。帰ってきたら美味しい物がたくさん待ってるわよ」
「ああ。それがあるからこの屋敷から離れ難くなってしまうんだ」
また冗談を交わす。
しかし、そこでまた涙をこらえきれなくなったのか、相手の首筋に顔を埋め、そのまま無言で、抱き合って泣いた。
私もそこへ近寄って行き、2人の肩に軽く手を置く。
「みんな待っている。カレーもオムライスもナポリタンも待っている。それに新しい料理もだ」
私のそんな冗談でマリーとリーファ先生が泣きながら、笑った。
「もう、バン様ったら。相変わらずですこと」
「ああ、まったくだ。君ってやつはいつまでたっても相変わらずだ」
そう言って2人は見つめ合ってまた笑う。
笑顔がこぼれ、涙もこぼれた。
「…くぅん」
「…ふみぃ」
「…ぴぴぃ」
とルビーとサファイアとユカリもリーファ先生に甘えはじめる。
そんな2人を抱き上げて、これでもかというくらい撫でまわすと、リーファ先生は、別れを惜しむ者それぞれと言葉を交わして、
「出発は明後日の朝にしようと思っているよ」
と告げ、自室へと戻っていった。
翌日は朝からリーファ先生の好物が出る。
朝はケチャップベースのソースがたっぷりと入ったハンバーガー。
昼はから揚げカレー。
そして、夜は「家族セット」が出された。
話は尽きない。
誰もがみな、リーファ先生との別れを惜しむように、しかし、快く送り出すために、明るい思い出話をする。
それがたいてい食べ物の話になったから、
「おいおい。私との思い出は食べ物のことだけなのかい?」
と言ってわざとむくれたような顔を作るリーファ先生をみんなで笑った。
楽しい時はあっと言う間に過ぎていく。
残念だか仕方ない。
美味い飯ほど早くなくなるものだ。
そして、翌朝。
当然家族全員で見送る。
リアとシアも何となくわかっているのだろう。
少し寂しそうだ。
そして、なぜかリアは、
「あげる!」
と言って、丸い石を差し出した。
どうやら自分の宝物をリーファ先生にあげることにしたらしい。
優しい子だ。
「ありがとう。大切にしよう」
そう言って、リアとシアを撫でてやるリーファ先生の目も優しい。
そして、リズとユークに、
「フィリエとユカリを頼んだよ」
と、優しく声を掛けた。
リズもユークも泣いている。
そして、泣いて抱き着くリズとユークを優しく撫でてやりながら、
「大丈夫。すぐに帰ってくるさ」
というリーファ先生の目にも涙が浮かんでいた。
うちの子達も、特にフィリエとユカリはしょんぼりとして悲しそうだ。
きっとついていきたいに違いない。
しかし、フィリエもユカリの森からはあまり離れられないらしい。
今回の行先はエルフィエルだけではないそうだ。
予定では王国をほぼ縦断することになるという。
そういう理由で、今回の旅のお供はジローが務める。
コハクもエリスも最後までジローに何やら話しかけていた。
きっと旅の諸注意でもしているのだろう。
そんな中、一通り別れの挨拶を済ませ、最後にマリーとの抱擁が終わったリーファ先生と私は、
「帰って来るまでに、新しい料理を生み出しておこう」
「お。そいつは楽しみだ」
「ああ。先に試食して待っている」
「…くっ。まぁいい。楽しみにしいるよ」
と、冗談を交わす。
そして、すでに力強さを示す盛夏の朝日を受けて、リーファ先生は旅立っていった。
「さて、いろいろ考えなければな」
リーファ先生が見えなくなったところで、寂しそうなフィリエを撫でてやりながら、ふとつぶやく。
「あら、何をですの?」
とそのつぶやきに反応したマリーに、私は笑顔で、
「新しい料理だ。約束したからな」
と笑顔でそう返した。
「まぁ。バン様ったら。うふふ。相変わらずですのね」
というマリーの笑い声で、みんなにもやっと笑顔がほんの少しだけ戻る。
「うふふ。どんなお料理が飛び出してくるんでしょうねぇ」
とドーラさんが楽しそうに笑い、
「はい!私も楽しみです!」
とシェリーが目を輝かせながら、ドーラさんに続いた。
わずかな時間でその強さを確実に増しつつある夏の日差しをまぶしく見上げ、
(さて、何なら驚いてくれるだろうか?)
と、考える。
そんな楽しい目標に目を向けると、先ほどまでの寂しさが少しは紛れたような気がした。
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