第270話 カレー序曲02
翌朝。
いつものように夜明け前に目を覚ます。
そして、いつものようにローズやシェリーと一緒に木刀を振るが、何の異常も見られなかった。
「村長、今日はいいですよね?」
と目を輝かせるシェリーに、
「ああ」
と短く答えてしっかりとうなずく。
そして、それぞれがそれぞれの胸に楽しみを抱えつつ、朝食の席についた。
「リーファ先生、異常はないか?」
と一応聞いてみる。
無言でうなずくリーファ先生の目は真剣だ。
おそらくこちらも大きな期待を寄せてくれているのだろう。
私もうなずき返し、その場でドーラさんとシェリーに、
「今日の午後からさっそく試作に掛かろう」
と提案した。
昼。
いつものように昼食を取り、リーファ先生も交えてさっそく台所へ向かう。
リーファ先生には薬を作る時に使う乳鉢と秤を持ってきてもらった。
使い古しの物で、今は使っていないというのでおそらくこれはカレー粉の調合専用になるだろう。
期待に胸を膨らませながらも、固唾を飲むという独特の心境でみんなが私を見守る中、とりあえず私はターメリックをスープの素で作ったスープに入れて試飲してみる。
カレーっぽい味にはなったが、カレーではない。
しかし、これはこれで一風変わったスープになって不味くはなかった。
とりあえずみんなにも試してもらう。
「うーん…。いや、美味いよ。美味いがこれはもっと…」
とリーファ先生は少し渋い顔ながらも早くも可能性を感じたようだ。
ドーラさんとシェリーの評価もそれなりだが、2人ともさっそくこの香辛料の可能性に気が付いたのだろう。
お互いに真剣な顔で見つめ合うと、コクンとうなずき合った。
次に私はターメリックに村で取れる香辛料をいくつか混ぜてみる。
割合は適当だ。
なにせ、カレーは知っていてもカレー粉の作り方は知らない。
なんとなく知っているのは、ターメリックがメインである事やクミンとコリアンダー、辛味のコショウや唐辛子が必要なことくらいだろうか。
とりあえず私が選んだのは、唐辛子と青コショウと冬ミカンの皮、そしてローリエことケッヒを細かく砕いたもの。
何となく、こんな感じだろうか?
というような割合で混ぜたものをまた、先ほどと同じようにスープの素で作ったスープに入れてみた。
辛い。
どうやら唐辛子と青コショウを入れすぎたようだ。
しかし、飛躍的に美味くなった。
カレーではないが、カレーっぽい感じのスープにはなっている。
ドーラさんとシェリーはまたうなずき合い、何やらメモを取り出した。
次にルシエール殿から送られてきた香辛料に目を向ける。
どうやら、クミンとコリアンダーに似た物、こちらではたしかどちらも胃薬の材料の一部と地域によっては肉の臭みけしとして使われていたはずだ。
どちらも香辛料としては一般的ではない。
名は確かクミンがレッツェでコリアンダーがルクルだったと思う。
今度は先ほどの物にそれを加え、また、スープに入れて飲んでみた。
私の感想としては、
まだ遠い。
しかし、確実にカレーらしきものになっている。
これを炒めてややトロミを付ければそれなりのものになるだろう。
という物だったが、他の3人にはかなり衝撃的な味だったらしく。
リーファ先生は、
「ぬおっ!…なるほど、これは、面白い変化をしたね。すごい。これはすごいよ、バン君!」
と言って、興奮したような表情を見せた。
しかし私はその興奮の眼差しを向けてくるリーファ先生を手で制し、
「いや、これはまだ完成じゃない」
と少し悲しげな顔でそう告げる。
そして、
「しかし、これでも可能性の片鱗は感じてもらえただろう。とりあえず、これを使って試作第一号を作ってみよう」
と言って、私はさっそくフライパンを取り出すと、さっそく試作に入った。
先程の反省点は、やや辛味が強すぎたこと。
いや、それはそれで美味いが、最初はやはり辛味よりも香りを重視したい。
そう思ってまずはターメリックや他の香辛料を足す。
そして、まずはフライパンで小麦粉を少量炒め、多少色が付いた所で未完成のカレー粉らしきものを投入。
香りが立ってきたところで、スープを入れてややトロミのついたカレーっぽい物を作り出してみた。
小皿にとってみんなに渡す。
3人の表情が驚きの物に変わった。
おそらく香りの立ち方の違いに気が付いたのだろう。
そして、おそらくドーラさんとシェリーはその先の可能性にも気が付いているはずだ。
私は、そんな2人に向かって真剣な表情で大きくうなずく。
そして、静かに、
「私の目指すものは、ここに肉や野菜、なんなら茸でもいいし魚でもいい。とにかくいろんな材料を入れて煮込んだものだ。何となくわかっているかもしれないが、恐ろしく米に合う。それに、香辛料の配合や具の種類によって味は千変万化するだろう。米ではなくうどんや蕎麦のつゆに入れたり、肉につけて焼いたり…。とにかく、無限の可能性を秘めたとんでもないものになるはずだ」
とカレーの魅力と可能性、そして奥深さを端的に語った。
「た、確かに…」
リーファ先生がゴクリと喉を鳴らす。
それは緊張して固唾を飲んだんだろうか、それとも食欲を刺激されたのだろうか?
その両方かもしれない。
とにかく、喉を鳴らし、何やら真剣に考え始めた。
何か思いついたんだろうか?
そう思って、何やら考え込むリーファ先生に視線を送る。
すると、リーファ先生はおもむろに口を開き、
「薬草の中にもあるかもしれない。乾燥させると独特の風味を出すもの…」
と言って、またさらに考え込み始めるが、
「こうして考えてみても始まらないね。よし、さっそく手持ちの物から調べてみよう。後は思いついたら採取に行くからその時は、同行してくれるかい?」
と、私に視線を向けてきた。
「もちろんだ!」
当然即答する。
そして、
「何となく気が付いているかもしれないが、このスパイスは懐が深い。いや、深すぎると言っても過言じゃないだろう。なんでも飲み込んで自分の仲間にしてしまう。おそらく、基本さえ外さなければどんな配合だって許してしまうはずだ。そんな恐ろしい魅力…いや、魔力を持ったスパイス。それがこのルーだ。それにおそらくだが、何かしらの薬効もあるだろう。そのあたりはその民間伝承とやらを調べてみなければわからないが、おそらく体力回復とかそういう類だと思う。とにかく、とんでもない発見だ」
と、ターメリックの魅力を語り、リーファ先生に右手を差し出した。
そしてリーファ先生が私の右手を握り返すと、そこにシェリーが手を乗せ、ドーラさんも手を乗せてくる。
こうして、我が家にカレー研究会が発足した。
その日の夜。
お茶の時間。
「しかし、あれはすごいね。とにかくものすごい発見としか言いようがないよ」
というリーファ先生のなんとも抽象的だが、的確にカレーという存在のすごさを示した言葉に試作に参加した3人が深くうなずく。
「村長が、革命とおっしゃった意味がよくわかりましたよ」
と、あのドーラさんさえ驚いているのだからその「もの凄さ」がどれほどのものであったか推し量れるというものだ。
そんな話を聞いて、マリーが、
「あら。そんなにすごい物が出来ましたの?…ちょっと悔しいですわね。私も食べてみたかったですわ」
とちょっと拗ねたような、可愛らしい表情を作り、
「なんだか仲間外れにされた気分ですわ」
と、苦笑いでそう言った。
「すまん。しかし、あれ、とりあえずカレーとでも名付けておくか。とにかく、カレーの完成は近い。もうしばらく待っていてくれ。そして、革命の瞬間を一緒に迎えよう」
私が真剣な表情でそう言った言葉にマリーが笑う。
「うふふ。バン様ったら。相変わらずですのね」
そう言って、さもおかしそうに笑うマリーはやはり愛らしい人だ。
素直にそう思った。
そんな素敵な人物と迎える革命の瞬間はどれほど素晴らしいものになるだろうか。
そう思っただけでワクワクする。
そんな幸せをかみしめている私にリーファ先生が、
「おや。バン君は古代エルフィエル語の知識もあったのかい?」
と聞いてきた。
そんな突然の言葉に私が疑問符を浮かべていると、
「『カレー』…正確には『カーレー』だけどね。それは古代エルフィエル語で『革命』って意味だよ。…私はそこから取ったんだと思ったんだが、違ったかい?」
と言って、私に疑念の表情を向けてくる。
偶然の一致とは言えそんなリーファ先生の言葉に驚いて私は、
「いや。辛かったから『辛れぇ』と名付けただけだ」
としょうもないダジャレだと説明してしまった。
「はっはっは。なんだいそりゃ」
「うふふ。バン様ったら」
とリーファ先生とマリーが笑ったのをきっかけにみんなが笑い出す。
「うふふ。でもいいですわね。そのお名前。私は気に入りましたよ。なんというか…あのお料理にピッタリのような気がいたします」
そんなドーラさんの言葉に、
「はい。師匠。私もなんだかその名前がしっくりくる気がします」
と我が家の超能力者ドーラさんがあの料理に秘められた運命に気が付いたかのようなことを言うと、その超能力者の弟子であるシェリーもその意見に賛同した。
私はそんなドーラさんとシェリーの言葉に苦笑いしながら、
「ああ。私もなんだかしっくりきたからそういう名にしたんだ」
と言って、その波に乗らせてもらう。
こうして、ユーリエス殿の漏らした一言から始まり、ルシエール殿の協力で鳴らされた革命のファンファーレはカレーという名を得て、その壮大な序曲をこの世界に轟かせ始めた。
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