48章 カレー序曲
第269話 カレー序曲01
春も半ばを過ぎ、トーミ村にそろそろ夏の気配が漂い始めた頃。
私はとっくに45歳どころかそろそろ46歳を迎えようとしている。
昨年の冬、ローズとドノバンの間に無事、子供が生まれた。
エルことエルドバンと名付けられたその男の子は、おそらくドノバンに似たのだろう。
体が大きく、あまり泣かない。
リアやシアとは正反対だ。
しかし、よく食べてよく寝る所は似ているから、きっと元気な子に育つことだろう。
一方リアとシアはかなりやんちゃな性格のようで、食べている時と寝ている時以外は常に走り回っていてる。
我が家のいいムードメーカー、もしくは、トラブルメーカーだ。
先日も転んで畑に突っ込み、泥だらけになってしまった。
2人とも笑っていたのでたいしたことは無かったのだろう。
しかし、いくら小さな子供とはいえ、畑を荒らした罪は重い。
そこで私は2人厳重注意処分を下す。
「いいか。リア、シア。畑というのは食べ物を作る大切な場所だ。むやみに荒らしたら食べ物が少なくなってしまう。これからお野菜に謝りに行こう」
と言って畑に「ごめんなさい」をさせた。
「これからは、食べ物を粗末にせず。常にありがとうの気持ちを持って美味しく食べよう。それが食べ物に対する礼儀だからな」
と2人に我が家の家訓を叩き込む。
すると、2人はいきなりビシッとして何やら敬礼のようなポーズを取り、
「あいっ!」
と元気よく答えてくれた。
きっとジュリアンの真似をしたのだろう。
そんな姿を微笑ましく思った私は2人に、
「お母さんたちには内緒だぞ」
と言って、飴玉を渡す。
美味しそうに食べる姿に嬉しくなってしまったが、後でマリーに、
「バン様。甘やかし過ぎはいけませんよ」
と軽く窘められてしまった。
村の経済も順調に推移している。
今年は砂糖が取れるポロックが順調。
抹茶の生産も本格的になってきている。
他にも共同作業場から魔道具と人員の補充という要望上がってきていた。
原因はもちろんスープの素。
現在生産が追い付かない状況になっているらしい。
村人には直販しているが、購入数に制限を設けなければいけない状況となっている。
(これは早急に手を打とう)
そう思って、さっそくエルフィエルに注文を出すことにした。
懸念していた王家の件は、どうやら、義父上とジードさん、ルシエール殿が上手くやってくれたらしい。
公式にはリーファ先生が思いつきで開発して、村に広めたということになっているそうだから、王家が独占するようなことはできないだろうとのこと。
ひとまずほっとする。
しかし、これからはもっと慎重に行動するように、と義父上から再度注意され、ジードさんからもお小言が書かれた手紙をもらってしまった。
ちなみに、抹茶の生産は隣のノーブル子爵領にも広めている。
もちろんメッサリアの木も植えてもらったので、その結果が楽しみだ。
いろいろな事情が重なった結果とはいえ、ノーブル子爵に恩が売れたのは大きい。
そのおかげで、念願の雑貨屋も出来た。
金属製の生活雑貨だけでなく、石鹸や椿油、洋服なんかも取り扱ってもらっている。
そして、アレックス提案の喫茶店も無事に出店することができた。
ご婦人方や子供達だけでなく、女性冒険者の憩いの場にもなっているらしい。
なにせ、村のお菓子を出してもらっている。
中でもカステラや羊羹なんかが人気で、驚くことにそこで「シベリア」が開発された。
他にも、現在、肉屋の3男がホットドッグやフォカッチャサンドを売る店を計画している。
もちろんネタ元は私だ。
どうしても食べたくなってしまったので出店を依頼した所、辺境伯領に働きに出ようとしていた3男が乗ってくれた。
おかげで商店街にも活気が出てきている。
そのうち、他の商店も開店するに違いない。
個人的にはコロッケなんかの気軽に買えるものを扱う店が増えると良いがと思っているがどうなるだろうか。
冒険者にもずいぶんと料理が広まってきているから、その中から将来そんな店を出してみたいという連中が出てきてもおかしくはない、とアイザックは言っていた。
私としても、そこに期待したい。
私はここ最近の村の嬉しい変化を感慨深く思いながら、今日も仕事に邁進している。
そんな私の元に、ルシエール殿からいくつかの荷物が届いた。
(やっとか!)
私が喜び勇んで中身を見てみると、やはり大量の香辛料が入っている。
もちろん、ウコンもだ。
一緒に届いた手紙を見てみると、
例の黄色いショウガは、現地では「ルー」と呼ばれている。
それがなかなか手に入らなかった。
どうやら収穫の時期は冬らしい。
本来は染料に使われると聞いたが大丈夫だろうか?
物が合っているか確認して欲しい。
他の香辛料も入っているから、試作品が出来たらレシピとともに送ってもらえると助かる。
もちろんきちんと購入する予定だ。
と書いてあった。
私は、「ウコン」が「ルー」と呼ばれていると聞いて、
(本当にカレールーじゃないか)
と密かにおかしく思いつつ、さっそく物を見てみる。
(ウコンだ…よな?おそらく食べられるものだと思うが…)
と思い、アレックスに呆れられながらも役場を後にし、さっそく試食してみることにした。
さっそく台所の一角を借り、まず、少量をすりおろしたり、薄く切ったりして、お茶にしてみる。
ドーラさんもシェリーも興味津々のようだ。
しかし、まだ食えると確定したわけではない。
「おそらく大丈夫だろうが、まだ食えることが確定していない。最初は私が実験台になるから、明日か明後日まで待って欲しい」
という私の言葉に2人は悲しそうな顔をしながらもなんとか納得してくれた。
ひと口飲んでみたが、やたらと苦い。
いや、えぐいと言った方がいいだろうか。
しかし、あの風味はする。
(これは間違いない!)
私は、歓喜に打ち震えながら、そう確信した。
私は思い切ってカップに入っているその一気に飲み干す。
「不味い!だが、いかにも香辛料のような味だ…」
そう言って私は、息を呑みながら私の様子を見ていたドーラさんとシェリーに深くうなずき、
「あとは私の体次第だ」
と言って、台所を後にした。
夕食時さっそく、リーファ先生にその話をする。
当然リーファ先生も試してみたいと言った。
そんな話をマリーはものすごく心配そうな顔で聞いている。
そんなマリーに対して、私とリーファ先生は、
「安心してくれ、マリー。腹下しの薬なら売るほど持っているからね」
「ああ。これも冒険者の性だ。すまん」
と言って聞かせた。
しかし、マリーは私たちの説得の言葉に対して、
「バン様のことですから、何か確信がおありになるんでしょうけど、やっぱり心配ですわ。冒険は森の中だけにしてくださいましね?」
と言って、軽く頬を膨らませる。
私は少し焦って、
「す、すまん…。しかし、これが上手くいけば…」
と、しどろもどろで謝るが、マリーは「ぷっ」と噴き出して、
「うふふ。冗談ですわ。バン様のことは信頼しておりますから。でも、子供達が真似しないようにこっそりとしてくださいましね?」
と今度は一転、いたずらっ子のような顔で微笑みながらそう言ってくれた。
そして、さっそく、羨ましそうに私たちを見つめるドーラさんやシェリーを何とか説き伏せて、リーファ先生もウコン茶ならぬルー茶を飲む。
スプーンですくって香りを嗅いだ後、口に入れたリーファ先生は「うげぇ」というような顔になったが、すぐに、
「いや。確かにこれは、香辛料のような気がするね。うん。なんだか恐ろしく可能性を感じる味だ」
と言って、早くもこのウコン、いや、ターメリックの可能性に気が付いたようだった。
(やはりこの人はプロフェッショナルだ…)
と、食に関してはかなり鋭敏なリーファ先生の味覚と嗅覚に思わず感心してしまう。
そして、私はリーファ先生が私の記憶と同じ道にたどり着いたことで、
(夜明けは近い…)
そんな確信をより一層深めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます