第268話 伯母来たる04

母屋の客室にルシエール殿を迎える。

部屋に入って来るなりルシエール殿は、

「まずはお祝いを」

と言って、小さな箱を1つ差し出してきた。

(ん?なんだろうか?)

と思いつつもその箱を受け取って開けてみる。

(なんだろうか?)

私は一瞬ピンとこなかったが、ルシエール殿が苦笑いで、

「ネクタイピンですよ」

と教えてくれた。


「マリーのブローチに似せて作りました。まずはバンドール様が。そして、よろしければ将来、ユークリウス殿にお譲りください」

なるほど、それはマリーのブローチがおそらくリアかその妹に引き継がれるであろうから、ユークにも似たようなものをということらしい。

おそらく私には一生思いつかない発想だ。

「なるほど。私では考え付かない贈り物だ。ありがたく頂戴する」

そう言って、私が素直に頭を下げると、

「喜んでいただいて何よりですわ」

とルシエール殿も微笑み、和やかな雰囲気でとりあえず2人とも席に着く。

まずは甥と姪についての話で談笑し、やがてお茶を淹れてくれたドーラさんが下がると、そこからは商談が始まった。


「まず、今日のお昼に例のスープの素を実演していただきましたわ」

そう切り出すルシエール殿に、

「どうだった?」

と気軽に聞いてみる。

「ひと言で言えば革命ですわね」

そう言って微笑むルシエール殿に、

「それはなによりだ。で、どのように?」

と聞くと、そこからは端的な会話で商談が始まった。


「…そうですわね。まずは各地の騎士団辺りに売り込みますわ」

ルシエール殿はまず既存の販路を使って確実に売ることを考えているらしい。

私はそんな言葉に、うなずきながら、ほんの少し条件をにおわせる。

「なるほど。確実な販路がありそうだ…。ただ、価格についてはそれなりに考えてもらえればうれしい」

私のそんな言葉にさっそくルシエール殿は反応し、

「あら、商売に自由な競争は不可欠なのではありませんでしたか?」

と以前私が言った言葉をそっくりそのまま返してきた。

何とも鋭敏な人だ。

そんなルシエール殿に対して私は、笑いながら、

「はっはっは。いや、なに。できればで構わんのだが、冒険者も手が出しやすい価格帯にしてくれ」

と、付け加える。

するとルシエール殿の表情が少し曇った。


「あら。難しい要件ですわね…」

そんな表情の裏ではなにやら考えているのだろうが、私はあえて気づかないふりをしながら、

「そうか…。ならしばらくは村の独占だな。しかし、どうせ村の販路は限られているせいぜい北の辺境伯領の西側と西の辺境伯領の一部程度だろう。流通の経費を考えるとその辺りまでが価格で勝負できる限界だ。それ以外にも販路を広げるならそちらとほぼ同じ値段になってしまう」

と、どうせすでに気づかれているであろう村の弱点を告げる。

すると、ルシエール殿の中で計算が始まったようで、

「…そうですわね。それ以外の地域を独占できるならうちにとっても美味しい話になりそうです。ちなみに、村はおいくらで?」

と直球を投げ込まれた。


「村のギルドでの売値は銀貨1枚と銀貨1枚小銀貨3枚だ。他所に卸すならそれに小銀貨1枚上乗せにする。原価は…察してくれ」

私のそんな言葉に、ルシエール殿は少しだけわざとらしく驚いたようなふりをしたが、おそらくある程度は予想していただろう。

それでも、

「まぁ…。確かに、うちがその値段で幅広く流通させるのは無理です。さすがご慧眼ですわ」

と、さも気が付かなかったような顔でほんの少しのお世辞を混ぜて私に言ってくる。

私も私で、そんなおだてに乗ったふりをしつつ、

「たいしたことじゃない。私は村に安定的な産業と自由な経済活動の基盤を整備したいが、それと同時にこの世界に美味い物を広めたいという願いもある。だから、製造方法を秘匿したり、ことさら高値で売ったりというのはしたくないってだけだ」

と、やや謙遜気味に、しかし、一応の本音を混ぜてそう答えた。


そんな言葉にルシエール殿の表情から企みが消える。

おそらく、半分は呆れ、半分は納得といったところだろう。

「うふふ。なんとも素敵なお考えでいらっしゃいますわね」

そんな微妙な表情で言われたそのひと言に、私は、

「…まぁ、商売人としては失格だろうが、一応為政者の端くれとしては正解だと思っている」

と、正直に直球を返した。


「まぁ。…ご立派です」

ルシエール殿の表情に呆れの色がずいぶんと減る。

しかし、その表情はまだ商人としては甘いということを如実に物語っているが、私はあえてその指摘を無視した。

私は純粋な商人ではない。

村の、この世界の健全な発展を望む、政治家の端くれだ。

ルシエール殿とは元々の立ち位置が違うし、おそらく一生交わらないだろう。

そんなことを考えて、私はその話をいったん流し、話題を変えた。


「ふっ。よしてくれ。…それより、問題はその他だ」

「ええ。そうですわね」

私とルシエール殿の表情は先ほどとは変わり商談というよりもどちらかと言えば協議に近い雰囲気になる。

私がその他と言ったのは抹茶やメッサリアシロップについて。

あれらの問題は私のミスが生んでしまったものだから、それをうまく収めるには、こちらからよほどいい条件を出さねばならないだろう。

しかし、村長という立場で、村に損害を出すわけにはいかない。

「あれに関しては私の考えが甘すぎた。素直に反省している。ぜひとも協力していただきたい」

と、私は素直に頭を下げた。


そんな私の態度にルシエール殿は少し驚きつつも、

「どうぞそのように頭を下げないでください。うちとしても未来のお得意様はきちんと確保したいと考えております」

と言ってくれた。

しかし、一応理解を示してくれはしたが、おそらくそれは「条件次第では」という但し書きつきだろう。

そんな考えは当然私もわかっている。

なので私は、

「そう言ってもらえるとありがたい。その代わりと言ってはなんだが、もちろんそれなりの利益を渡すことを考えている」

と正直にこちらから下手に出た。


そんな私に対してルシエール殿は、柔らかく微笑み、

「あら。それはどのようなものでして?」

と柔らかく聞いてくる。

おそらく高圧的な態度に出るのは得策ではないと判断したのだろう。

なかなかに人たらしな所がある人だ。

「先ほども説明したが、あの撹拌の魔道具の開発はルッツォさんに依頼している。開発者のルッツォさんに頼んで当面…そうだな…エルフさん基準なら30年ほど、エルフィエル国内はともかく、王国内では、エルリッツ商会と村にしか卸さないという条件を製造する商会に飲ませよう。それくらいならたやすく飲んでもらえるはずだ。もちろん村も販売するが販路は、先ほどのスープの素同様、広くても北の辺境伯領の西側と西の辺境伯領の北側に限られる。あとはエルリッツの独占になるから悪い話じゃないはずだ」

そんな私の提案に、ルシエール殿は、少し考えると、

「なるほど。たしかに悪い話じゃありませんわね。しかし、卸値と販売価格によってはこちらも儲けが出にくいことも考えられます。その辺りの見込みはございまして?」

と、一定の理解を示しながらも、具体的な点についてツッコミを入れてきた。


そんなツッコミに私は軽くうなずくと、また正直に、

「まだ確定的なことは言えないが、おそらく卸値は本格的な量産が始まるまでは金貨5枚程度を見込んでいる。料理屋や菓子屋なんかの業務用の方は金貨10枚が卸値だったからな。魔道具としては安いものだ。販売価格は小型のもので金貨15枚、業務用は30枚くらいが妥当な線だろうか?むしろ安いかもしれんな。貴族やある程度裕福な商家なら喜んで買うだろう」

と現状での見込みを伝える。

そんな私の見込みに対して、ルシエール殿は

「たしかに。それなら数年である程度の利益が見込めますわね…」

と言ってやや考え込んだ。

おそらくやや弱いと感じたのだろう。

そこで私はルシエール殿に最後の一押しとして、

「ここだけの話だが、最終的には先端部分の金具。あの混ぜる部分だな。あれを取り換え式にして多用途化を図ることにしている。その規格は統一させるから、販路はさらに広がるだろう。そうすれば本体価格が落ちたとしても、そこを先行して開発・寡占できれば将来的にも安定的な利益が出せるはずだ」

と、将来の開発予定を暴露した。


今度こそ本当にルシエール殿の表情が驚きに変わる。

おそらくこの情報は商人なら誰もが秘匿しておきたいことだ。

しかし、私はあえてルシエール殿の利益を優先した。

おそらくここで大幅に譲歩することは悪いことではない。

その譲歩によって義父上の言うように王家が乗り出してきて村の平穏が奪われることを考えればむしろ安いものだ。

商人としては間違った判断かもしれないが、村人の平穏を守らなければならない村長としては、決して間違った判断ではないはずだ。

私はそんな考えを胸に真っすぐルシエール殿を見つめる。

そんな私の視線に、ルシエール殿は「ふふっ」と小さく苦笑いして、右手を差し出してきた。


どうやら協議は無事まとまったようだ。

安心して私も差し出された右手を握り返す。

こうして簡単な腹の探り合いはあった物の、義姉弟同士の商談は無事に終了した。


そんな頃合いを見計らったように、ドーラさんがお茶を持ってくる。

どうやら、お茶請けはカステラらしい。

なかなか憎い演出だ。

なにせ、村と違って比較的安く蜂蜜が手に入る西の公爵領ではカステラの製造販売はいい商売になる。

そんな特大のお土産を渡せば、今後もエルリッツ商会との関係は良好なものになるに違いない。

勘ぐり過ぎかもしれないが、私にはどうもドーラさんがその辺りまで計算しているように思えてならなかった。


ドーラさんが一礼して部屋を出て行くと、私はせっかくの演出を活かし、

「撹拌の魔道具があれば、このお菓子、とりあえずカステラと名付けたが、これが簡単に作れるようになる。ああ、もちろんレシピは後で渡そう」

そう言って、ルシエール殿にカステラを進め、その味に驚く様子をしてやったりというような顔で眺める。

私のそんな顔にルシエール殿は、少し不満げな表情を見せたが、

「うふふ。さすがですわね」

とひとこと言うと、さっそく2切れ目のカステラを口に運んだ。


カステラのショックが落ち着き、その場は和やかな会話に移る。

そんな会話の中で例のマリーの手芸作品の話を出してみた。

「ああ。あれですか。あれは、純粋にマリーの趣味を応援したいという気持ちと、マリーに似合う物を作るなら、少なくともあの程度の材料でなければ釣り合わないと思ったからですわ」

とルシエール殿は何でもないことのように、さらりと言う。

そして次に私が言った、

「もし外に出せば大変なことになるとは思わなかったのか?」

という質問に対しては、

「あら。ほとんどの貴族ならどうとでもなりますもの。ですからまたマリーが作った物を売りたくなったらいつでも私どもにお送りくださいませ。きちんと捌ききってご覧に入れますわ」

と、平然と答えた。

私は改めて、エルリッツ商会の恐ろしさを知る。

(私はなんという人を相手に戦っていたんだろうか…)

そう思うと、本当に肝が冷える思いがした。


そんな商談を経た、翌々日。

やはり盛大に後ろ髪を引かれながら帰るルシエール殿とユーリエス殿を見送る。

「うふふ。楽しかったですわね」

馬車の行った先を見つめながらマリーがそうつぶやいた。

しかし、マリーの目には楽しさよりも寂しさの方がより強く浮かんでいるように見える。

例え一時の物でも別れは辛い。

交通の便が悪いこの世界ではなおさらだ。

次はいつ会えるかわからない。

そんなことがマリーにことさら寂しい気持ちをもたらしているのだろう。

私はそんなことを思い、まだ寂しそうに馬車が通り過ぎていった道の先を見つめるマリーに向かって、

「いつか、この子達が大きくなったら今度はこちらから会いに行こう」

と提案してみた。

そんな提案を聞いた瞬間、マリーは目を見開き、

「まぁ!素敵ですわ。うふふ。家族で旅行なんて夢みたい」

と言うと、心の底から嬉しそうにはじけるような笑顔を私に向けてくる。

そんなマリーの笑顔を見て、私は、

「ああ。必ず行こう」

と固い決意でそう答えた。


春の長閑な日差しに包まれて、今日もトーミ村の空気は平穏以外の何も含んでいないように見える。

あぜ道に咲く花。

どこかで歌う鳥の声。

そんな空気の中、そろそろ朝食を食べさせろと泣き始めたリアをあやすマリーと微笑み合って、私たち親子は屋敷の中へと戻っていった。

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