第267話 伯母来たる03
その日の晩餐ではなぜか私の冒険話が話題の中心となる。
特に最近戦った虎や熊の話はユーリエス殿が楽しそうに聞いていた。
やはり自分とは全くかけ離れた所にある世界の話というのは興味深いのだろう。
そんな話の流れで、
「村に来てからはもっぱら魔獣ばかり狩っていますが、元々私の専門は薬草採取なんです」
という話をする。
「あら。そうだったんですの?」
と、ものすごく意外そうな顔で聞いてくるマリーに苦笑いを浮かべつつ、
「ああ。だからバンポやワサビなんかに気がつけた。今でも森に行くと一応目欲しい物が無いかと気にはしている」
と答えつつ、ふと思いついて、
「ああ。そうだ、ルエシール殿。エルリッツ商会なら何か珍しい物をたまに見かけたりしませんか?薬草には香辛料としても使える物がけっこうあるんです。ケチャップを作るのにケッヒを使ったのもその一例で、私は他にもそんな隠れた香辛料があるんじゃないかと思っているんですが」
と聞いてみた。
そんな私の突然の問いかけにルシエール殿は、
「そうですねぇ…」
と考え込むが、すぐに思いあたるふしは無いらしく、困ったような視線を渡しに向けてくる。
私が、
(やはりそう簡単にはいかんか…)
と、残念に思っていると、横からユーリエス殿が、
「ああ。薬草といえば、ずいぶん昔、主人にお願いして、マリーの薬になるものは無いかと探している頃、変な物に出会いましたわね。なんだか変な色をしていたんで、本格的に取り寄せることはしませんでしたが…」
と、当時の記憶を思い出したのか、やや眉間にしわを寄せながら、苦笑いでそう言った。
そんなユーリエス殿に、私は、
「ほう。ちなみに、どんなものだったんですか?」
と、興味本位で軽く聞いてみる。
すると、ユーリエス殿は、
「えっと、たしか…まっ黄色で毒々しい色の根っこみたいな…」
と言った。
「それだ!」
私は驚きのあまり、ユーリエス殿の言葉を遮り、敬語も忘れ、叫ぶ。
あまりのことに驚き目を丸くしているユーリエス殿を見て、私は、「しまった」と思い軽く咳払いをしながらも、心の中では興奮を抑えきれず、
「…あ、ああ。失礼した。ぜひとも詳しくお聞かせください」
と、ユーリエス殿からさらに詳しい情報を引き出しにかかった。
「え、ええ…。たしか、イリエナ王国から仕入れたもので、本当にまっ黄色の、ああ、根っこと言うよりもショウガのような見た目でしたね。たしか、煮だしてお茶にして飲むと言っていましたが、とにかく見た目が毒々しくて…」
ユーリエス殿はまた眉間にしわを寄せながらその時の記憶をたどってくれる。
(イリエナと言えば南の島国。亜熱帯気候で、砂糖が取れたはず。だとしたらまさしくそれは…)
私がどれほど感激しているか、言葉にすることは難しい。
だが、その時の私は、目の前で眉間にしわを寄せるそのご婦人が神に見えていた。
「ルシエール殿!乾燥させたそれを取り寄せることは?」
おそらくその時私は興奮しきった表情をしていたのであろう。
ルシエール殿がドン引きしている。
「…ルシエール殿?」
私は、そんなルシエール殿の表情には構わず、再び真剣な眼差しでやや問い詰めるように再び声を掛けた。
「え、ええ…」
とひと言そう答えてくれるルシエール殿も同じく神に見えた。
今、私の目の前には眉間にしわを寄せる女神とドン引きする女神がいらっしゃる。
私は、そんな2人の女神の神々しさに思わず平伏しそうになる気持ちを何とか抑えて顔を天井に向け、必死になにかに耐えた。
(ついに…。ついにこの時が…)
心の中で万感の思いを込め、その感動をかみしめる。
(とにかくこの喜びはこの世のすべての喜びを集めても足りないくらいくらいだろう)
そんな思いに浸る私は、もしかしたら、涙ぐんでいたかもしれない。
そんな私の様子からいち早くことを察したのはマリーだった。
「美味しくなるんですのね?」
私はそんなマリーの一言に、
「ああ。上手くいけば革命が起きる」
と、大きく深くうなずきながら答える。
すると、ルシエール殿も事の重大さに気が付いたのだろう、
「…。すぐに取り寄せましょう」
と言って目を光らせた。
私はまた大きくうなずくと、
「ああ。試作は任せてください。ついでに他の香辛料。独特の香りがあるものや辛味の強い物がいいが、そういう物も頼めますか?」
私がそう聞くと、ルシエール殿は、
「かしこまりましたわ」
と快く応じてくれる。
そんなルシエール殿に深く感謝しつつ、並々ならぬ決意とともに私は右手を差し出した。
ルシエール殿もすぐに私の手を握り返してくれる。
そして、この瞬間この世界にカレー革命のファンファーレが鳴り響いた。
「なんだかわかりませんけど、よかったですわね」
と言うユーリエス殿に私はハッとして頭を下げる。
そして、
「取り乱してしまって申し訳ない。しかし、おかげで新たな香辛料に巡り合えました。心より感謝申し上げます」
と、もう一人の、この世界にカレーをもたらしてくださった神に対する無礼を詫び、最大限の感謝を述べた。
「うふふ。そうなんですのね。それは良かったです。そのお料理、楽しみにしておりますわ」
そう言うユーリエス殿の笑顔は無邪気かつ優雅で、まさしく女神の微笑みに見える。
私はそんな女神の微笑みに対し、
「はい。必ずや」
と全身全霊をもって応えた。
そんな私の興奮の横でユークは満腹になったのか、うとうとしはじめる。
(この状況にこれほど落ち着いているとは。この子はきっと大物になるに違いない)
私がそんなことを思っていると、今度は、リアが泣きだし、それをきっかけに革命前夜の歴史的な晩餐はお開きとなった。
当然私の興奮は収まらないが、それでもなんとか気を鎮めるためにいったんビリングに戻り、お茶を頼む。
すると、
「なんだか、新しい料理を思いついたらしいね?」
と、さっそくなにやら聞きつけたらしいリーファ先生がリビングにやって来て私の前に座った。
「ああ。料理というよりもそれに使う香辛料を見つけたとい方が正確だがな」
と答えて、ふと疑問が浮かぶ。
(薬学の専門家であるリーファ先生がウコンの存在を見落とすだろうか?)
そう思って、
「リーファ先生は知らなかったのか?イリエナで取れる黄色いショウガみたいなやつを」
と聞いてみた。
だが、リーファ先生は、不思議そうな表情を浮かべ、
「ん?ああ。あの染料…」
と言いかけるが、その途中で言葉を切ると、
「…ってまさか、あれを食うのか!?」
と叫んでその表情を一瞬で驚きのものに変えた。
(この世界では食料としても一部の民間療法として以外は薬としても認識されていなかったのか…)
私はそんなことを思いながらリーファ先生に先ほどのユーリエス殿の話を伝える。
すると、それを聞いたリーファ先生はなにやら深く考え込み始めた。
「…おそらく、民間療法とかそういう類のものなんだろうが…」
つぶやくようにそう言うリーファ先生に、私も、
「飯と医療は深くつながっているものなんだろうな…」
と、つぶやき返す。
そして、その私のつぶやきにリーファ先生が、
「ああ。そう考えると、この世の中にはまだまだ知られていない薬草がごまんとありそうだね…」
と、さらにつぶやき返した。
しばし、沈黙が流れる。
そして、そんな沈黙の空間にシェリーがお茶を淹れにやってくると、リーファ先生は、何かを思い立ったように勢いよく立ち上がり、
「よし、さっそくその辺の伝承や民間療法を調べてみよう」
と言うと、お茶も飲まずにさっそく自室へと戻って行った。
翌日。
朝食が終わると、私とルシエール殿はさっそく村の視察に出掛ける。
ミルの畑やメッサリアの木の成長状況を確認したり、抹茶の味を体験してもらった後、村の共同作業場に案内し、例の魔道具を実際に見てもらった。
その場で、ルッツォさんにハンドミキサーこと撹拌の魔道具を小型、軽量化してもらっている話をする。
当然、ルシエール殿はその全てに食いついてきたが、私が、
「義父上にほとんどのことは内密に進めるよう釘を刺されてしまった」
と苦笑いでそう言うと、ルシエール殿も、
「ええ。私もそう言われました」
と苦笑いでそう言った。
やがて、昼。
一旦屋敷に戻り、それぞれに昼を取る。
そして、午後。
いよいよ商談となった。
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