47章 伯母来たる
第265話 伯母来たる01
春も半ば。
新しい食堂は常に笑顔に包まれている。
いや、リズとユークが一度ケンカをした。
原因はたしか、リズがユークに野菜もちゃんと食べるように注意したことだったと思う。
それに対して、ユークは後で食べようと思っていたと主張し、水掛け論となったが、結局最後はどちらも泣きだして痛み分けに終わった。
もちろん、今は仲直りをしている。
そんな楽しい冬が終わりトーミ村に穏やか春の日が差し始めたころ、ルシエール殿から手紙が届いた。
手紙には、
マリーやその子供たちに会いたい。
もちろん商売の話もしたい。
今回は妹のユーリエスも行く。
滞在予定は4日ほど。
いつならいいだろうか?
と書いてある。
私は当然いつでも良いとい返事を出し、すぐにそのことを屋敷にいるマリーに伝えにいった。
マリーの喜びようは言うまでもないだろう。
何人で来るかはわからないが、おそらく部屋数も十分だ。
離れがあるし、母屋に客室が1室増えている。
念のため宿屋を1部屋押さえておけば問題ないはずだ。
頭の中ですぐに部屋割りなんかを計算し、さっそく準備に取り掛かった。
10日後、はやくも返信がくる。
おそらく早馬でも使ったのだろう。
読んでみると、
この手紙を出した翌日に発つ。
6日くらいで着くだろう。
と書いてあった。
そんな手紙からは、早く甥姪に会いたいという気持ちと、ルシエール殿のたくましい商魂が感じられる。
(これは心してかからねばな)
私は苦笑いでそう思いながら、またマリーにそのことを伝えに屋敷へ戻った。
到着予定のその日。
昼前、先ぶれが来ると私は屋敷へ戻り礼服に着替える。
そして、玄関先まで迎えに出ると、すぐに3台の馬車がやってきた。
よく見ると、2台の豪華な馬車はどちらもメイドらしき女性が操っている。
護衛は以前ルシエール殿が来た時に連れていたあの冒険者たち。
おそらく2台の後ろからついてくる荷馬車の馭者役を交代で務めながら来たのだろう。
そして、ルクロイ伯爵家の騎士と思われる護衛は2人しかいなかった。
(身軽だな…)
私はなんとも身軽なその隊列の構成に驚き、
(ルシエール殿のことだ。警備に抜かりはないだろうし、それに何より移動速度を重視したんだろう)
と思って、半ば感心しながらその到着を待つ。
やがて、車列が到着すると、すぐに先頭の馬車からメイドが降りてきた。
メイドが2台目の馬車に近寄り扉を開けるとルシエール殿とユーリエス殿が降りてくる。
どうやらルシエール殿の馬車に同乗してきたらしい。
久しぶりの姉妹の会話を楽しみながら来たのだろう。
2人は馬車から降りてくるとすぐに綺麗な礼を取って挨拶をしてくれた。
私もそれに不器用ながらなんとか答える。
そうやって型通りの挨拶を交わすと、
「すぐに子供たちを連れて伺いますので、まずは旅装をお解きになってお待ちください」
と言って2人を離れへと案内した。
前回同様、冒険者は荷物を降ろしたらそのまま宿に向かうというので、ズン爺さんに手伝いを頼む。
騎士たちはシェリーに頼んで屋敷の客室へと案内してもらった。
リビングに戻ると、
「はじめまして、るちえーるおばさま。ゆーりえすおばさま。ゆーくりうすです」
「おはつにおめかかります。えりざべすにございます」
と子供たちがそれぞれに挨拶の練習をしている。
どちらも少しずつ惜しい。
しかし、それがいかにも子供っぽくて可愛らしいので、きっとそのままでも大丈夫だろう。
そんな光景をしばし眺め、なんとも言えないほっこりとした気分でみんなと一緒に離れへと向かった。
離れに着くと、玄関先で例のルシエール殿のメイドが、
「お待ちになっておられます」
と言って、扉を開けてくれる。
私はそんなメイドに、
「2センチくらいに切ってお茶請けに出してくれ」
と言って竹の皮に包まれた羊羹を渡した。
(どうやら2人とも大急ぎで旅装を解いたらしいな…。よほど楽しみにしていたのだろう)
そんなことを想像し、軽く苦笑いを浮かべながらリビングへと向かう。
するとリビングに入った瞬間、
「まぁ…!」
という声がして、ルシエール殿はユークめがけて一目散に駆け寄り、さっそくユークの目線までしゃがみ込むと、問答無用で抱きしめた。
ユークを先に取られてしまったユーリエス殿はマリーの腕に抱かれているリアのほっぺをぷにぷにとつつきながら、
「まぁ…。うふふ…」
と満面の笑顔を浮かべている。
そんな2人にびっくりしてしまったのか、ユークもリアも盛大に泣きだしてしまった。
すると、そんな光景をぽかんと見ていたリズもつられて泣きだしてしまう。
そして、そこにシアの泣き声も重なった。
途端におろおろしだす2人の伯母。
その場で懸命にあやすが、一度泣き声に火のついた子供をなだめると言うのは至難の業だ。
仕方がないので、私がリズとユークを抱き上げる。
そこへマリーが、リアをあやしながら、伯母2人に向かって、
「お姉様方。この子達はさっきまでご挨拶の練習をしていたんですのよ。まずは聞いていただきたかったですわ」
と苦笑いで軽く苦言を呈した。
そんな言葉にルシエール殿とユーリエス殿は反省したのだろう。
しょぼんとして、
「ごめんなさい。あまりにも楽しみにしていたものだから…」
と消え入りそうな声でつぶやく。
そんな2人の様子を見て、私は、
「リズ、ユーク。伯母様方にご挨拶をしてみよう」
と促してみた。
リズとユークはまだぐずっているが、それでも、
「ゆーくです…」
「りずです…」
と小さな声で挨拶をする。
そんな2人にルシエール殿とユーリエス殿は笑顔でゆっくり近づくと、
「おどろかせちゃってごめんないさい」
と言って、2人の頭を優しく撫でた。
きっとユークは照れてしまったんだろう。
2人の伯母から目をそらし、私の胸にぎゅっと顔を埋めてしまった。
そんな様子をルシエール殿もユーリエス殿も苦笑いで見つめる。
「ははは…。まぁ練習の成果は少し落ち着いてから披露させましょう。まずはお茶にしませんか?最近村で作った羊羹がありますから、是非召し上がってみてください」
私は2人そう言って、着席を促がすと、
「リズ、ユーク。一緒に羊羹を食べよう」
と今度は2人にそう言って、まだ恥ずかしそうにしながらも、コクンとうなずく2人と一緒にソファへ座った。
やがてメイドがお茶と羊羹を持ってリビングに入って来る。
ルシエール殿とユーリエス殿の2人は初めて見る羊羹に、
「黒いですわね」
「ええ、黒くて…ねっとりしているんでしょうか?」
と興味津々な様子。
そんな2人をよそ目に、私はさっそく小さく切った羊羹をユークに食べさせた。
「美味いか?」
という私の問いかけに、ユークが、
「うんまい!」
と笑顔で元気に答え、次にリズにも食べさせてやる。
「ほら。あーん」
と言いながら食べさせてやると、こちらもすぐに、
「おいしー!」
と満面の笑顔にもどってくれた。
そんな2人の様子を微笑ましく見ていた、ルシエール殿とユーリエス殿もさっそくひと口食べる。
すると、すぐに目を見開いて、
「まぁ…」
「ええ…」
とひと言漏らした。
そんな2人、特にルシエール殿に向かって、私は、
「製法は簡単です。日持ちもします。ただし、かなりの手間と相当な職人の腕が必要になるので、そう簡単に作れる物ではありません」
と言う。
暗に、
(製造は難しいから村から買ってください)
と伝えたつもりだ。
事実、そんな言葉を聞いてルシエール殿は軽くうなずき、
「素晴らしい『特産品』ですわね。お土産にもちょうどいいですし、日持ちするなら贈答用にちょうどいいでしょう。とてもいい物をお作りになられましたわね。これは是非周りの方々にも紹介させていただきたいですわ」
と言って、私の提案をこちらも暗に受け入れてくれた。
そんな会話の間に少し落ち着きを取り戻してきたリズとユークに、
「どうだ?もう一度ご挨拶に挑戦してみるか?」
と聞いてみる。
2人はなんだか迷っているようだったが、マリーが、
「大丈夫よ、あんなに練習したんですもの。しっかりご挨拶できるところを伯母様方にも見てもらいましょう?」
と優しく言い聞かせると、2人は小さくコクンとうなずいて、ソファから降り、まずはユークが、
「はじめまして、るちえーるおばさま、ゆりえすおばさま。ゆーくりうすです」
と少し間違えつつも、立派に挨拶をやり遂げた。
続いて、リズも、
「おはつにおめにかかります。えりざべすにございます」
と、こちらは完璧にやって見せる。
私はそんな2人の成長に感動し、
「はっはっは。2人とも上手だったぞ」
と言って思いっきり2人を撫でてあげた。
伯母様2人も、
「まぁ、お上手ですこと」
「ええ、とってもお上手にできましたね」
と手放しでほめてくれている。
きっとうちの子供たちの可愛らしさに感動してしまったのだろう。
いや、もしかしたらさっきの失点を取り戻したいと思ったのかもしれないが、とにかくこれで、お互いの間にあった変な緊張感はなくなったようだ。
私は、そんな様子に安堵しながら、羊羹をかじった。
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