第254話 村長、働く02
残念だが、今日のところは飯を食わずに帰るという『黒猫』の3人と、これからの話をするついでにそこまで送って来るというローズを見送って、私は再びリビングに引き返す。
リビングに入り、またソファに腰掛けると、嬉しそうにお茶を飲みながら話をしているマリーとメルに、
「…知っていたのか?」
と聞いてみた。
「いえ。私は3日ほど前まで全く知らされておりませんでしたわ」
「私は1か月ほど前に相談されました。なんとなく、そういう予感はしていましたが…。お相手までは」
とそれぞれに答えてくれるのを聞いて、
(なるほど、今回は私が鈍かったと言うよりも、2人が頑張って内緒にしていたというところか…。まぁ、ズン爺さんはとっくに気が付いていただろうが…)
そんなことを思いながらすっかり冷めてしまったお茶をひと口すする。
予想もしなかった事態にやはり私も少し緊張してしまっていたんだろう。
もう一口、冷めたお茶を一気に飲むと、
「ふぅ…」
とひとつ息を吐いて天井を見上げた。
「頑張って働かねば…」
ふと、そんな独り言をつぶやく。
すると、横から、
「…あら。どうしてですの?」
というマリーの声が聞こえた。
そんなマリーの声に、私は、
「ん?ああ、いや。なんというか、思う所があってな。少し稼ぎを増やそうかと思っている」
と、何気ない感じでそう返す。
しかし、マリーは少し心配してしまったようで、
「…お金、足りないんですの?」
と言って、なんだか悲しそうな顔をした。
私は、そんなマリーの不安そうな表情に、
「ああ、いや。マリーが心配することは何もないぞ。エルフィエルや伯爵から結構な額をいただいているし、貯えもあるから、別に懐具合に余裕が無いわけじゃない。ただ、増築したり、ローズとドノバンの家を建ててやるのは、なんとなく自分で稼いだ金でしてやりたいと思ったんだ。そういうのは、なんというか、気持ちの問題だかなら」
と、慌てて自分の考えを説明する。
すると、マリーはハッとしたような顔をしたあと、
「まぁ、そうでしたのね。私ったら、余計なことを言ってしまいましたわ…」
と言って、少しうつむいてしまった。
おそらく、自分が世間知らずだとでも思い込んで少し恥じてしまったのだろう。
(ああ、言い方が悪かった…)
私は、自分の言葉の足りなさに、情けなさを感じて、こちらも少しうつむいてしまう。
だが、そんな私をよそに、マリーは突然パッと顔を上げると、
「そうですわ!」
と何かを思いついたように、ぽんと手を叩き、
「私もルシエールお姉様に頼んで、いくつか内緒で髪飾りを売ってもらいましょう」
といかにも嬉しそうな顔でそう言った。
私は驚いて、
「え?いや、だから本当に金に困っているわけじゃないから、そんなことはしなくてもいいぞ?」
と、先ほどと同じことを少しあたふたしながら説明する。
しかし、そんな私にマリーは、わざとちょっとむくれたような顔を見せると、
「もう、バン様ったら。違いますわ。私、ローズのためにドレスを作ってあげたいんです。メルの時は何にもしてあげられませんでしたから、せめてローズには私が手作りのものを贈りたいんですの。それには布もレースもたくさん必要になりますでしょ?そういうのは、できれば自分のお金で買ってあげたいんですわ。だって、気持ちの問題ですから」
と、私の言葉をそっくりそのまま返してきた。
(…一本取られてしまったな…)
私は思わず苦笑する。
「うふふ」
と、してやったりという顔で微笑むマリーに私も微笑みながら、
「はははっ。そうだな。うん。気持ちは大切だ。よし、さっそくルシエール殿に頼んでみよう。きちんと事情を説明すれば、きっと上手くやってくださるだろう」
と言って見つめ合うと、2人してさもおかしそうにクスクスと笑い合った。
「ありがとうございます。奥様」
私たちのそんな会話が一段落すると、メルが深々と頭を下げてマリーに礼を言った。
気のせいで無ければ少し涙ぐんでいるだろうか。
「もう。いいのよ、メル。だって、私がそうしたいんですもの。きっと元気で明るいローズに似合う素敵なドレスにしましょう。メルも手伝ってちょうだいね?」
マリーの明るい言葉にメルも笑顔で、
「もちろんです!」
と答える。
今度はマリーとメルが「うふふ」と楽しげに笑い合って、リビングは和やかな空気に包まれた。
その翌日から私の忙しい日々が始まる。
まずは、ルシエール殿へ手紙を出し、ボーラさんと打ち合わせなどの目の前の仕事。
次は、春、森に入る時間を作るために朝から夕方まで働く日々。
もちろんたまには子供たちと遊ぶ時間も作ったし、時々きつそうにするマリーやメルの代わりに子守もした。
そんな忙しい私を家族も支えてくれる。
支え、支えられ、みんなで日々を乗り切る忙しくも楽しい日々。
我が家の食卓には今日も笑顔が絶えず、寒い冬の日々は温かく過ぎて行った。
そして、いよいよ春到来。
「きゃん!」(リズとユークは任せて!)
「にぃ!」(たくさん遊んであげるの!)
「ぴぃ!」(いっしょにお歌も歌うよ!)
と言ってくれるうちの子達や家族に見送られて私は森へ向かった。
いつもの冒険。
肉と魔石を取り、荷物がいっぱいになったら戻って来て、役場で仕事をこなし、家族の温もりに癒されるとまた森へ。
そんな事を何度か繰り返す。
そして、私がそんな忙しくも平穏な生活に慣れてきた頃。
春もそろそろ終わり。
私が慣れてきたその平穏な空気を一変させたのは、豚だった。
森に入って5日。
そろそろ、切り上げて戻ろうかという頃。
嫌な痕跡を見つける。
ゴブリンの巣らしき痕跡を見つけたが、そこにゴブリンはいなかった。
ただ、あったのは乱暴に荒らされた跡。
嫌な記憶が蘇る。
あの光景。
あの臭い。
あの醜悪な容貌の通り、全てを貪り食うヤツらは害悪以外の何物でも無い。
私は周囲の状況を見極めると、急いで、かつ、慎重にその痕跡を辿って行った。
近づくごとに強くなる気配と臭い。
見るからに荒れていく森の姿を痛ましく思いながら進む。
途中野営を挟んで進むこと丸一日。
日がやや西に傾き始めてきた頃。
ついにヤツらのねぐらを見つけた。
遠くから観察し、いったんその場を離れる。
(やはり朝マズメがよかろう…)
そんな作戦を考えながら、コハクとエリスとフィリエに安全な水場を探してもらうと、3人をそこに残し、私はひとりヤツらのねぐらに向かった。
ヤツらに気付かれないぎりぎりの所まで近づき、そこで野営にする。
スープの素と行動食で簡単に夕食を済ませ、
(ああ、やはりこれを開発しておいて良かった。冒険者にも着実に広まっているようだし、自分でいうのもなんだが、いい仕事をしたな…)
と、どうでもいいことを考えつつも、
(5匹か…)
と、ひとりで対処するには厳しい状況を思って気を引き締めた。
翌朝。
まだ世の明けきらぬ時間にさっそく行動を開始する。
暗い森を進み、ヤツらのねぐらへ。
途中、ヤツらの気配がざわついた。
(…気づかれた)
しかし、そんなことは気にせず進む。
ここで私がひるめば取り逃がしてしまうかもしれない。
そうなればますます森は荒れてしまうだろう。
(そんなことはさせるか)
そんな強い思いを胸に、私はいつものように静かに気を練り始めた。
いつものように集中を高めていくと、やはりいつものように雑音が消えていく。
変な力みもなく、脱力もしていない。
鏡のような水面が陽の光に照らされ、森の緑を映しているかのような心境と言えばいいのだろうか。
「ただあるがままにある」そんな心境で私が真っすぐ、迷わず進むと、やがてヤツらの気配が一気に動き始めた。
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