第255話 村長、働く03
(…態勢を整えられた…)
そう感じたが、
(だからどうした)
という思いも同時に抱く。
(正面から向かい、斬る、ただそれだけだ…)
そんな思いで私はヤツらのねぐらに足を踏み入れた。
この世界に玄関で靴を脱ぐという風習は無いが、おそらくヤツらは、自分たちのねぐらに土足で踏み込まれたとでも思ったのだろう。
怒り狂った表情で私に突っ込んでくる。
私も、
「ふぅ…」
と短く息を吐くと、腰を落として一気にヤツらへと突っ込んでいった。
やがて、視界がぼやけていく。
しかし、その分気配はより濃厚に感じられるようになり、わずかな空気の動きが手に取るようにわかり始めた。
右から横なぎにやって来た気配に腰を落としてかわす。
おそらく丸太か何かだろう。
踏ん張った足を思いっきり蹴って素早く踏み込むとソイツの左足を一閃。
つんのめるヤツを放置して次へ。
今度は正面からこぶしを叩きつけられた。
ギリギリまで引き付け、くるりと反転するようにかわす。
その回転の勢いのままソイツの二の腕辺りに下段から刀を叩き込む。
返す刀で今度は胴。
素早く斬り裂くと、ソイツの脇を駆け抜けた。
次に何やら一段と大きく荒々しい気配を感じてさっと横へ飛ぶ。
先ほどまで私がいた場所に丸太らしきものがめり込んだ。
一度転がって、軽く受け身を取る。
素早く起き上がってそのまま前へ。
もう一度叩きつけられようとしている攻撃をギリギリですり抜けた。
下段から右足を一閃して駆け抜ける。
左後方から気配を感じて腰を落とすと、今度は斜め後ろに飛び退さりながら左腕で刀を振るって何かを斬った。
(…浅い)
そう感じた私は着地と同時に踏ん張ってそのまま突っ込み、目の前にあった足の太もも辺りに袈裟懸けを浴びせる。
返す刀でもう一本の脚も下段から叩き斬った。
倒れるソイツを踏み越えて目の前のヤツに向かう。
また叩きつけられるこぶしをくるりとかわして手首を袈裟懸け。
そして、返す刀で落ちてきた首筋を逆袈裟にスッパ抜いた。
倒れ込んでくるヤツとその返り血を避けるように飛び退さる。
横合いから何やら飛んできた。
石でも投げたんだろう。
その方向へ突っ込んで地面を這いつくばる気配の首元に突きを入れる。
素早く抜いてまた叩き込まれてくるこぶしをかわした。
腕から肩にかけてを斬って、倒れ込むヤツの首元を突く。
そして、もがいているヤツの腕を難なく斬り飛ばしてまた首を斬り、動けなくなっているヤツの首に留めの一撃を突き入れると、動く気配は無くなった。
「ふぅ…」
と息を吐く。
刀を鞘に納め、ふと空を見上げた。
雲の切れ間から光が差し込み、遠くの木々をきらきらと輝かせている。
この荒地にも一筋の光が差し込んできた。
「…腹が減った」
思わず出てきたひと言に自嘲気味の苦笑いを浮かべる。
「ひひん!」
遠くでエリスの声がした。
(もしかして『相変わらずね』とでもいったのだろうか?)
そんなことを想像して、「ふっ」とひとつ笑い声をもらす。
(さて、さっそく飯と行きたい所だが、まずはコイツらを焼いて体を洗わねばな…)
と、辺りに立ち込める臭いに辟易としながら、ため息とともにさっそく仕事に取り掛かった。
やがて駆けつけてくれた3人にも手伝ってもらってさっさと豚を片付ける。
焼けるヤツらを見ながら、適当な倒木に座ってひと息吐くと、急に家族に会いたくなった。
そんな切なさに空腹が追い打ちをかけてくる。
そんな切ない胸と腹を落ち着かせようと思って、スキットルを取り出すと、アップルブランデーをちびりとやった。
そして私の腹が限界に近づいてきた頃。
やっと焼却作業が完了したので、さっさとその場を離れる。
昨日の水場まで戻ると、まずは体と防具に着いたヤツらの血を洗い流した。
(さて、何を作ろうか。しかし、簡単にできるものでないとこれ以上は腹がもたん…)
私の腹は予想以上に減っている。
本来なら落ち着いた所で、きちんとした物を食うべきなのだろうが仕方ないとあきらめて簡単なスープとパンで済ませることにした。
大ぶりに切った鹿肉と乾燥野菜、そこにスープの素を入れただけの簡単なスープを作り、さっそく腹に入れる。
(空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ…。肉や野菜のうま味が体中に滲みこんでくる。硬いパンもこの歯ごたえがむしろ何かを食っているという感じがしていい…)
私は、その簡素な食事に感動を覚えつつも、
(やはりこのスープの素は偉大だ。本当にこれを開発してよかった。ありがとう…)
と、また、昨晩と同じようなことを考え、いつも共同作業場で頑張って作業してくれている村のご婦人方に心の中で最大級の感謝を述べた。
飯を食い終え、人心地ついた私は、いつものようにお茶にする。
そんな時間に思い浮かぶのは家族のこと。
(ローズとドノバンか…。まったく、予想外だったな…)
そんなことを思って苦笑いすると、ここ最近のことをなんとなく振り返ってみた。
あの結婚式から数か月。
マリーとメルが妊娠した。
それから仕事に励み隣の領との取引も順調に推移している。
そろそろ、村でも雑貨屋を出す時期に来ているだろう。
そして、リズとユークが生まれた。
さらにそれぞれに2人目も生まれてくる。
食堂を建て増しすることにしたし、ローズとドノバンの家も建ててやらなければならない。
それはとても嬉しいことだ。
私はこうして家族が増えていくことにまずは心の底から感謝した。
だがふと、
(…。そういう意味では今回の豚は役に立ってくれたのか?一応、良い稼ぎになった)
と、やや不謹慎なことを考えて、苦笑いする。
そんな不謹慎な考えを振り払ってまた、家族のことに想いを馳せた。
(ルビーもサファイアも大きくなった。ルビーはもう普通の子猫より少し大きいし、サファイアはすっかり中型犬くらいの大きさになっている。もうそろそろ抱っこは厳しくなるのだろうか?それは少し寂しいな。まぁ、そう急に大きくなることも無いだろう。なにせユカリやコハクも含めて普通の動物とか魔獣じゃないようだしな…。親の勝手かもしれんが、もうしばらくの間は子供でいて欲しいものだ)
子の成長を願いつつも、その成長を少し寂しくも感じている自分に、
(親心というのはなんとも複雑なものだな…。リズやユーク、今度生まれてくる子達にもきっと同じような思いを抱くに違いない…)
と、そう思ってまた心の中で苦笑する。
(これから、私たち家族はどうなっていくんだろうか?)
そんな疑問が浮かぶが、そこにはなんの不安も無い。
(きっと大丈夫だ。マリーがいる。そして、みんながいる。どんなことがあっても、家族がいれば大丈夫だ)
私ははっきりとそんな確信が持てた。
そこで、ふと、
(ああ、そう言えばルッツォさんも来ていたな)
とルッツォさんの存在を思い出す。
(あの人はいつまで村にいるんだろうか?いや、いてくれると助かるが…。どうもエルフさんの時間の感覚はわからん。まぁ、無事にハンドミキサーが完成するまではいてくれるだろうが…)
と、ルッツォさんのことと言うよりもハンドミキサーのことを気に掛けながら、
(ん?そう言えばこの間、子供に勉強を教えたら野菜をもらったとかいって、喜んでなかったか?…いっそのこと中等学校の先生にでもなってもらうか?どういう経歴の持ち主かはわからんが、人当たりもいいし、学者肌らしいから教員には向いているような気がするが…)
と、ふと思いついた。
(そうだな。今度頼んでみるか。なにせ便利屋のルッツォさんだからな)
そんなことを考えて、自然と微笑む。
きっと、あの人懐っこい笑顔と気安い雰囲気があの人の魅力なんだろう。
ルッツォさんという人は、頼めばなんとかしてくれるに違いないという妙な安心感を持たせてくれる人だ。
なんとも都合のいい考えかもしれない。
しかし、こちらもなんとかなるのではないかという妙な確信が持てた。
(巡り会いとは不思議なものだ。考えてみれば辺境伯様の寄子の家に生まれたことも、良い巡り合わせだったのかもしれない。面倒なことばかり頼まれたし、なんとも高圧的であまり好きにはなれないタイプの人だが、あの人と巡り会ったことで私の人生は拓けた)
そしてまた、ふと思う。
(…考えてみればエインズベル伯爵がトーミ村を療養先に選んだのだって、辺境伯様の影響力があったからだ。…私はあの人にもう少し感謝すべきなのかもしれないな…)
そんなことに気が付いて、私は自分の心の狭さを反省した。
しかし、すぐに、
(まぁ、面倒な人であることには変わりないか。そうだなこれからは、面倒でない範囲で頼みごとを聞いてやろう。なぜかはわからんが、あの人との距離はその程度でいいような気がする)
と、またやや不謹慎なことを思って心の中で苦笑する。
そして、
(ん?それなら、あの王族を助けたのも悪く無かったということか?)
と考え、結局あの出来事が私をこのトーミ村に連れてきてくれたとういことに気が付くと、これまで私が巡り会ってきた全ての出会いが素晴らしいもの、唯一無二のものだったということに気が付いて、その全てに深く感謝した。
「ぶるる…」
というエリスの声でふと我に返る。
「ああ、すまん。少し考え事をしていただけだ」
そう言って、心配そうなエリスを軽く撫でてやると、
「さぁ、帰りは少し急ごう。今回は余計な時間を食ってしまったからな」
と笑顔で言ってさっさと荷物をまとめると、さっそくエリスに跨った。
私の新たな故郷、そして、私が帰るべき幸せな場所。
それがトーミ村であり、家族が待つあの屋敷だ。
(さて、今日の晩飯は何にしようか?ああ、そう言えば豚トロの部分があったな。よしあれを焼いて丼にしよう。今日はなんだか無性にこってりしたものが食べたい気分だ)
そんなのんきなことを思いながら深い森の中、時々、木々の合間から差し込んでくる柔らかな日差しを受けて進んで行く。
そんな優しい日差しは、私に来たるべき未来への確かな希望を抱かせてくれているような気がした。
晴れやかな気持ちで家路を急ぐ。
そんな私の脳裏には、やはり、家族の笑顔が浮かんでいた。
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