第253話 村長、働く01

冬。

トーミ村はとっくに雪が降り、本格的な冬を迎えている。

やっと暦がそれに追いついた。

これから役場は税金処理の季節を迎える。

そんな時期、メルが体調を崩した。

どうやら胃の調子が悪いらしい。

冬の体調不良と言うのは感染性の病気の可能性もある。

もしそうなら、例のゴルの鱗から作った免疫力を高める薬が必要になるだろう。

(たしか、在庫は十分だったし、特殊個体から取ったより効き目の良いものもあると言っていたから大丈夫だろう。念のため家族の体調には気を配らねば)

と思っていたら、なんとメルも妊娠していることが判明した。


メル本人とジュリアンの喜びようは言うまでも無い。

もちろん私たち家族全員もだ。

そんな喜びに溢れた冬。

今日も税金の処理に追われ、凝り固まった肩を軽く回しながら、いつものように勝手口をくぐる。

すると、ドーラさんが、

「お客様ですよ」

となんともにこやかな顔で来客がある事を教えてくれた。


(さて、こんな時期に客とは誰だろうか?コッツか?)

などと思いながら、さっそくリビングへと向かう。

するとそこには、なんとも珍しいことに『黒猫』の3人がいた。

正確には、『黒猫』の3人とマリー、メル、ローズの3人もいる。

そして、なぜか真ん中のソファにはローズとドノバン、それにジミーが並んで座っているが、なにやら緊張しているようだ。

私は、いったいなんだろうか?と思いながら、さっそくローズとドノバンの目の前のソファ、マリーの隣に腰掛け、

「どうした?なにか問題でもあったか?」

と聞いた。

そんなドノバンを隣に座っていたジミーが、

「ほら」

と言いながらドノバンを肘でつつく。

そして、珍しく狼狽えているような、困っているような表情を見せているドノバンは一つ深呼吸をすると、私に向かって、

「…手紙の書き方を教えて欲しい」

と言い、ガバッと頭を下げてきた。


私がそんなドノバンの態度や、頼み事にぽかんとしていると、またジミーが、

「ほら、それじゃわからないだろ」

と言って、またドノバンを肘でつつく。

するとドノバンは、おそらく何事かに緊張しているんだろう、やたらと顔を赤くし、うっすらと汗をかきながら、

「あ、ああ、あの…。ろ、ローズと結婚…」

と言った。


私は一瞬事態が飲み込めず、「え?」というような顔になる。

そこへ、今度はローズが、

「あ、あの、師匠。その、私とドノバンさんは、なんというか、そのお付き合いをしていまして…。それで、その…、け、結婚したいということになってですね…。でもその、私は一応貴族の家の生まれですし、その…なんというか…」

としどろもどろにドノバンの言葉の補足をしだした。

そんな断片的かつしどろもどろな説明で、私はなんとなく察したが、私の横からマリーが、

「バン様。ドノバンさんはローズのご両親にちゃんと気持ちが伝わるように、きちんとしたお手紙を書いて、結婚を許してもらいたいんですって。それに、バン様がひと言添えてくださればもっと嬉しいんだそうですわ」

と、ドノバンとローズが言いたいことを要約して教えてくれた。


「あ、ああ…。そんなことならかまわないが…」

と、私はその突然の出来事に少し驚きながらも、その概要を理解しドノバンの頼みに答える。

しかし、ちょっとした心配ごとが心の隅に引っかかった。

そんなことを思っている私に、ジミーが、心配そうな顔で、

「村長、冒険者って職業なのはなにか言われるっすかねぇ?」

と聞いてくる。

私の抱いていた心配事はまさしくそれだ。

冒険者という不安定かつ、ある程度の年齢になったら引退しなければならなくなる職業の人間に安心して娘を任せると言ってくれるだろうか?

その点だけは、私にもなんとも言えない。

一応、私という前例はあるがそれはいろいろな要素が重なった結果出来たことだ。

今のところ、ただの冒険者でしかないドノバンがその例を踏襲できるとは思えない。

さて、どうしたものか。

そんなことを思いつつ、私はこの際だから色々なことを3人に聞いてみることにした。


「そうだな…。まずジミーとザックはドノバンの決断をどう思っているんだ?」

そんな私の基本的な問いかけにまずは、ジミーが、

「賛成っす」

と即答し、ザックも、

「もちろん」

と答える。

私はそんな2人にうなずくと、今度は率直に、

「もし、ローズの両親がドノバンに冒険者以外の職に就くことを求めてきたらどうだ?」

と聞いてみた。

すると、またジミーが、

「応援するっす」

と即答する。

そして、ザックも、

「ええ。それは構いませんよ。まぁ少し残念ですが、愛し合う2人を引き裂く権利なんてありませんからね」

と肩をすくめながら、答えてくれた。


「そうか…」

と私は、そんな2人の答えに感心してうなずきながらも、次に気になっていることを聞く。

「仮にドノバンが他の職に就いたとして、そのあと2人はどうするんだ?」

そんな割とシビアな質問に、さすがのジミーも少し考えるかと思が、そんな私の予想に反してジミーは、

「とりあえず、2人でなんとかなるんじゃないっすか?」

とあっけらかんと答えた。

ザックも、

「ええ。中層くらいまでなら2人なんとかなりますし、奥に行くなら『椿』か他の初心者を卒業しそうな連中を誘えばいいでしょう」

と、平然とした様子で答える。

そんな2人の覚悟に私はまた感心しながらも、また、もう少しシビアな質問をしてみた。

「その後は?」

私がそう聞くと、さすがにジミーは少し考えたが、

「この村で俺にも出来そうな事ってなんかあるっすかね?」

と率直に聞いてきて、

「ああ、それは私も気になってます。なにかありませんか?村長」

とザックも同じことを聞いてくる。

どうやら3人とも、将来も村に残ってくれるようだ。

それがわかると私はなんだかほっとした気持ちになった。


今や『黒猫』はこの村にとって、欠かせない人材だ。

彼らが当面の間、村で冒険者活動をしてくれて、なおかつ引退後も村に残ってくれるとなれば村にとってもそれは喜ばしい。

そう思って私は、

「そうだな。いくつか考えられる。いや、いくつも考えられる、か?ともかく、ジミーとザックは人当たりがいい方だから、ギルドで若手の指導をしてもいいだろうし、村でなにか手に職を付けてもいいだろう。農業や建築の仕事もあるし、自主防災組織の仕事もあるから、人手はいくらあっても困らない」

と、現実的な案をいくつか提案をしてみる。

するとジミーは、

「あ、俺の実家は農家っす。意外と畑仕事とか得意なんすよ」

と言い、ザックも、

「自主防災組織っていうのは面白そうですね。ちょっと興味があります」

と楽しそうに言った。

どうやら、2人とも一応、将来のことは考えているらしい。

そんな2人の言葉になんとも言えない嬉しさを感じ、

「それはありがたい。『黒猫』にはできるだけ長く村にいて欲しいと思っていたからな」

と言って2人に微笑みかける。

そんな私の言葉に2人はやや照れながら、

「こちらこそありがたいっす」

「ええ、まったくです」

と答えてくれた。


そこで、私はドノバンの方に視線を向ける。

「さて。ドノバンはどう思っている?冒険者の仕事をすぐに辞めてくれと言われたら従えるか?」

そんな私の質問に、ドノバンはローズと目を合わせうなずき合うと、

「…2人で話した」

と短く答えてくれた。

私は、そんなドノバンに向かってうなずき、真剣な目で、

「そうか…。それなら、もしローズのご両親が冒険者を辞めてくれと言ってきたらローズと一緒にうちの庭仕事をしてくれないか?」

と聞く。

するとドノバンは少し驚きながらも、私を真っすぐに見つめ、

「…一緒にいられるならなんでもやる」

と答えた。


私はそんなドノバンの返事に、

(どうやら覚悟は本物らしい…。その覚悟があればきっと、2人は幸せになれる)

と確信する。

そんな覚悟を感じた私は、

「よし、じゃぁとりあえず、字の練習から始めよう」

と言って、ドノバンに右手を差し出した。


私と、ドノバンと固い握手を交わすと、

「…良かったぁ」

とつぶやきながらローズが涙ぐむ。

そんなローズにメルが近寄っていって、

「よかったわね。ローズ」

と言いながら、ローズを優しく抱きしめた。

マリーもそんな光景を微笑ましく眺めている。

私も当然微笑ましく思ったが、同時に、

(もう一軒建てることになりそうだな…)

と心の中で苦笑いもしていた。

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