第252話 家族02

それから20日ほど経っただろうか。

我が家の日常は今日も淡々と楽しく続いている。

惜しむらくは、私の仕事が忙しいことくらいだろうか。

収穫の最盛期は無事に乗り切ったものの、そろそろ冬支度を進めなければならない私は、例年通り忙しく働いていた。

子供たちと遊ぶ時間はなかなか取れないが、その分うちの子達が遊んでくれているのでリズもユークも毎日楽しそうにしている。

そんな2人が拙い言葉で、その日あったことを一生懸命伝えようとしてくれているのをこちらも一生懸命聞きながら、食後のお茶を楽しんでいると、マリーが、

「そうそう。リーファちゃん。最近ちょっとお腹調子が良くないの。後で、お薬をもらえるかしら?」

と何気なく言った。


私はとても心配するが、マリー自身はたいしたことは無いと言ってけろっとしている。

リーファ先生も、

「いくらなんでも心配し過ぎだよ」

と笑っているから、おそらく問題ないのだろうが、病気は小さいうちにその芽を摘んでおくに越したことはない。

「症状が軽いからと言って油断してはいけないぞ」

とマリーに言い、リーファ先生に、

「詳しく診てやってくれ」

と頼んだ。


「ああ、了解だ」

と、苦笑いで言うリーファ先生と一緒にマリーがリビングを出て行く。

(こういう時は、問題無いとわかっていてもやはり心配になるものだな)

と思いながら、ユークをあやしていると、2人は割と早く戻って来た。

そんな2人の顔には笑顔が見えるから、やはりたいしたことではなかったようで、私は少しほっとする。

しかし、一応、

「で、どうだったんだ?」

と聞いてみた。

すると、マリーとリーファ先生は顔を見合わせ、コクンとうなずき合う。

そして、マリーが少しはにかみながら、私を見つめ、

「…授かりました」

と嬉しそうにひと言そう言った。


あまりのことに一瞬、唖然とする。

事態を飲み込むのに、実際は一瞬なのだろうが、感覚的にはずいぶんと時間がかかったような気がした。

「…」

立ち上がってマリーにゆっくりと近寄る。

感動が徐々に込み上げてきた。

マリーの頬に手を当て、見つめ合う。

爆発しそうな嬉しさが込み上げてきた。

「きゃん!」

「にぃ!」

「ぴぃ!」

うちの子達がはしゃぐ。

「「「ひひん!」」」

コハクとエリスとフィリエも庭にやって来た。

私は、マリーとおでこをくっつけ合って、泣きながら、また、

「…ありがとう」

とひと言伝える。

他の言葉は浮かんでこなかった。

精一杯の気持ちを込めた私の言葉に、マリーが、

「はい。こちらこそ、ありがとうございます」

とこちらも感極まった表情でそう応えてくれる。

リズとユークも、おそらく何もわかっていないのだろうが、嬉しそうにはしゃぐうちの子達と一緒になってきゃっきゃとはしゃぎだした。

「おめでとう、バン君。マリー」

というリーファ先生の一言をきっかけに、みんなから、

「おめでとう」

の声がかかる。

そして、笑顔と涙、温かい祝福の声が、また我が家の食卓に刻まれた。


その日からまた、私のドキドキとした生活が始まる。

人間一度経験したことにはある程度自信を持って臨めるものだ。

ある程度のことは落ち着いて対応できる。

…と思っていたがそうはいかなかった。

冬に向けて万全の体勢を整えねば、と張り切る私に生温かい目が注がれたり、仕事に集中できない私にアレックスから呆れたような声が掛けられたりする日々。

リズとユークの子守に加えてマリーを気遣い、税金の処理を進める。

そんな忙しい時間の合間を縫って私は大工のボーラさんを訪ねた。


私がボーラさんの作業場兼事務所に着くと、ボーラさんは若手に指示しながら、なにやら棚のようなものを作っている。

そんな忙しそうなボーラさんに私は遠慮しながらも、

「やぁ、ボーラさん。忙しいところ、すまんな」

と声を掛けた。

そんな私の声に対して、ボーラさんは、いったん作業の手を止めると、

「こんにちは、村長。お寒うございますなぁ」

と朗らかに挨拶を返してくれる。

「実は相談があって来たんだが、ちょっと時間をいいか?」

とさっそく聞く私に、ボーラさんは、

「もしかして食卓のことですかい?」

と、いきなり核心をついてきた。


「ああ、そうなんだ。今のところリズとユークは合わせて大人1人分くらいで収まっているが、そのうちそうもいかなかくなるだろう。それに、知っていると思うが、もう1人増えるからなぁ…。どうしたものかと思っている所だ」

私が少しびっくりしながらも、現状を答えると、ボーラさんも、

「いやぁ、あっしも気にはなっていたんですがね…。どうするのがいいでしょうねぇ」

と言って、

「うーん…」

と唸り、腕を組んで考え込む。

「14人用の食卓…というのはいくらなんでも入りきらないよな」

という私に、

「ええ。そいつぁちょいと無理がありやす」

とボーラさんが答えた。

今度は2人して唸る。

「2人掛けを付け足すにしても、ちょいと不格好ですしねぇ…」

と言ってまた唸るボーラさんの言葉に、

(別に不格好なのは構わんが…)

と思いつつも、

(いや、それではボーラさんの職人としての誇りを無視することになってしまうな…)

と考え直して、私も再び考え込むが、なかなかいい案が思い浮かばない。

そして、私は考えあぐねた結果、

「もう、いっそのこと建ててしてしまった方が早いかもしれんな」

と苦笑いでそう冗談を言ってみた。


すると、ボーラさんが目を見開いて、

「そいつぁ、いいですね!」

と思わぬ反応を示す。

そんな言葉に私が驚いていると、ボーラさんは続けて、

「食堂が手狭になるってことは、リビングも手狭になるでしょう。それに、お客さんの部屋だって足りなくなります。だったら、いっそのこと隣に建物を建てちまって渡り廊下かなんかで繋いじまうのが一番早いってなもんです。それなら、台所も広げられやすからドーラさんやシェリーの嬢ちゃんもお喜びになるでしょう。6人掛けくらいの食卓で良けりゃ、似たような物が作れやすから、その2つをお使いになれば今の食卓も無駄になりやせんぜ」

と言った。


「え、いや…」

と、あまりのことにびっくりして言い淀みながらも、

(いや、言われてみればその通りだ。これからは伯爵だって度々来られるかもしれないし、なんならルシエール殿や他のご兄弟だって来ることになるだろう。もちろんメイドも執事も連れてくるだろうから、離れだけでは部屋数が足りない。それに、土地はある…。問題は予算か?いや、それもなんとかなるな。私が頑張ればいいだけだ)

と考えなおす。

そして、結局、他にいい案がないという結論に私もたどり着き、

「ああ。それが一番早そうだな」

と答えた。


さっそく、その場でボーラさんに見積もりを頼む。

とはいえ、貴族向きにするからには、それなりに時間がかかるだろう。

しばらくは今の食卓で家族全員が身を寄せ合って食事をとることになるのは変わらない。

私は、それはそれで素晴らしい食堂だと思っているが、これからは、そう言ってもいられなくなるはずだ。

そんなことを考えて、私はふと、

(ずいぶんと大家族になったものだなぁ…)

と思った。


始まりは私1人の食卓。

そこへすぐにズン爺さんとドーラさんが加わる。

やがて、サファイアとルビーがやって来て、リーファ先生とシェリーが加わった。

マリーとメル、ローズがやって来ると、新しい食卓もやってきて我が家の食堂が一気ににぎやかになる。

そこにユカリが加わりジュリアンも加わった。

リズとユークも生まれ、さらに、これからもう1人。

いや、もう何人か、だろうか。

そう考えると、感慨深くも嬉しくもある。

そんなことを思い返しながら、私はボーラさんに、

「なぁ、ボーラさん。どうせなら少し余裕を持って作ってくれないか?」

と頼んでみた。


そんな私の言葉にボーラさんは少し驚いたあと、

「了解しやした。なんならちょいと大きな窓もつけやしょう。そしたら、天気のいい日にゃ、あのお馬さんたちも一緒に飯が食えますぜ」

と言って、ニカッと笑う。

そんなボーラさんの粋な計らいに思わず私も破顔して、

「はっはっは!そいつはいいな!」

と大声で笑ってしまった。


そして、屋敷への帰り道。

一面、雪に覆われた田畑を見ながら長閑なあぜ道をウキウキと歩く。

そんないつもの冬景色を眺めながら、

(これからもっと楽しくなるぞ)

と思うと、また自然と顔がほころんできた。

冬晴れの空から降り注ぐ光が雪を照らし、キラキラと輝いている。

そんな光溢れるトーミ村の冬景色を、手をかざし、目を細めて見渡す。

(春はまだ先だ。ゆっくり大きくなってくれ。みんな待ってるぞ)

そんな言葉を胸にして、私はにこやかに再び屋敷への道をウキウキと歩き始めた。

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