第251話 家族01

43歳の秋。

今日も我が家のリビングでは、うちの子達が5人でいつものように仲良く元気に遊んでいる。

当たり前だが、可愛い。

きっと世界一可愛いに違いない。

そんな世界一可愛いリズとユークのお披露目は「狼祭り」の時だった。

大勢の人に囲まれて、リズは大泣きしたが、ユークは平然としたもので、まったく動じないどころか、むしろきゃっきゃと笑っていたのを覚えている。

きっと将来は大物になに違いない。

そんなことを思いながら、よちよち歩きでサファイアと追いかけっこをするリズと、なぜかルビーを頭に乗せている、いや、頭から被っていると言った方がよいだろうか?とにかく、ルビーとくっついてご満悦の表情を浮かべているユークを微笑ましく見守っていると、そこへルッツォさんがやって来た。


「やぁ、バン。久しぶりだね」

と、明るく挨拶をするルッツォさんに、私は、

(久しぶりも何も、1年以上会って無かったが…)

と思うが、

(いや、エルフさんの感覚では久しぶり程度の時間なんだろうな…)

と思い直して、

「ああ。久しぶりだな」

と、普通に答える。

「いやぁ、この村は良い所だね。ちょっと子供に勉強を教えたら野菜はもらえるし、肉屋で天秤を調整したらベーコンがもらえるんだよ?冒険者は肉をくれるし、宿屋の主人はシチューを奢ってくれるしで、まるで買い物の必要が無いんだからびっくりだよ」

と、いかにも愉快そうにそんな話をするルッツォさんに、私は、

(村では便利屋のルッツォさんって呼ばれてるぞ…)

と思いつつ、

「…まぁ、それがこの村の良さだからな」

と、とりあえず答えておいた。

「ああ。まったくそうだね。西の公爵領ではこんなことは無かったから新鮮だよ」

とまた上機嫌で話すルッツォさんに、私は、

「で、今日はどうしたんだ?」

と、聞く。

すると、ルッツォさんは、

「ああ。さっきシェリー君に預けたんだけど、やっと試作品ができたよ」

と何気なくそう言った。


「なにっ!?」

突然の発表に驚きの声を上げる私に向かってルッツォさんは、これでもかというドヤ顔を見せる。

しかし、私はそんなことを気にする余裕すらないほど興奮してしまっていた。

(これで、村のご家庭の台所に産業革命が起きる!)

そんな感動が湧き上がってくる。

私は、そばにいたマリーとメルに子供たちのお守りを頼むと、さっそく台所へと向かった。


初めて見るその魔道具は、電動ドリル、または、ドライヤーの先に金具がついているような形状をしている。

さっそく、ドーラさんに今日の夕食の献立を聞くと、イノシシのこま切れ肉を使った生姜焼きとのこと。

「マヨネーズは?」

と聞くと今からだと言うのでさっそくその試作品でマヨネーズ作りをしてもらうことにした。

さっそくこの魔道具の主な使用者となるであろう村のご婦人方を代表してドーラさんに試してもらったが、やはりその魔道具は革命的だった。


ドーラさんも驚いている。

しかし、その一方で改善点も見つかった。

ご婦人方にはやや重い。

ボウルを抑えながら、ハンドミキサーを使うからには片手で扱えないといけないが、ドーラさんは今シェリーにボウルを抑えてもらって両手で扱っている。

(小型化に加えて軽量化。なかなかのハードルだな)

と、思わず眉間にしわを寄せつつ、他の問題点を探った。


次に問題として挙がったのはやはり回転速度。

今度は少し遅過ぎるようだ。

ルッツォさんはドーラさんの手元を真剣に見ながら、

「やはり段階調節は出来ないと厳しいか…」

とつぶやきつつ、マヨネーズの出来具合をチェックしながら、なにやらメモを取っている。

マヨネーズ、メレンゲ、カステラ、その他諸々。

ひと口に泡立てと言っても色々な種類があって、それぞれに絶妙な混ぜ加減というものがあるのだろう。

ドーラさんとシェリーは、その魔道具に驚きつつも、

「やっぱり最後は手で調節が必要ですね」

と言っていた。


(小型化、軽量化、新機能…。すまん、ルッツォさん。頑張ってくれ)

そう心の中で祈りながら、

「ルッツォさん、とりあえず今日は晩飯を食って行ってくれ」

とルッツォさんを夕食に招待する。

「お。いいのかい?」

と笑顔で一瞬喜んだルッツォさんだったが、すぐに、少しだけシュンとすると、

「ああ、いや。すまんバン。今日はお隣さんから鍋に誘われていたんだった…。残念だが、今日はいったん帰るよ。なに、また今度、調整したものを持ってくるからその時は是非ご馳走してくれ」

と言うと、さっそくその試作品を持って、帰っていってしまった。


私はそんなルッツォさんを見送りながら、

(村の食卓に新鮮なマヨネーズが頻繁に出されるようになるのはもう少し先になりそうだな…)

と思いつつリビングへ戻ると、リズがジュリアン号に乗ってきゃっきゃとはしゃいでいる。

そんな光景を見て私は、積み木でなにやら作業をしているユークに、

「ユークも私に乗るか?」

と聞いてみたが、

「やっ」

と拒否されてしまった。


どうやら今は積み木に夢中らしい。

集中している時に邪魔をしてはならないと思って、寂しさを抱えながらマリーの隣に座る。

「ユークちゃんはいったん夢中になると、眠くなるかお腹が空くまでずっとああなんですもの。きっと将来は学者さんですわね」

「ああ。そうだな。きっとすごい学者になるに違いない。…今から図鑑を取り寄せておくか」

「あら。それはいいですわね。きっと夢中になって読みますわ」

「そうか。なんの図鑑がいいだろうか?」

「うーん。なんでもいいと思いますけど…。あ!最近、お庭で草やお花をジーっと見ていることが多いですわ」

「そう言えば、そうだな。よし、最初の図鑑は植物図鑑にしよう」

私はマリーとそんな会話をして、正面に座っているリーファ先生に、

「使い古しか、いらない植物図鑑なんてあるか?」

と聞いてみるが、

「…まだ、絵本で十分だろう」

と呆れたような声が返って来た。


リーファ先生のそんな言葉に、多少反省をしつつも、

(さっそく明日にでもルシエール殿に注文の手紙を出すか)

と思い、夢中になって積み木と格闘している我が子の姿を微笑ましく眺める。

そうやって、しばらく子供たちの様子を眺めていると、リズが、

「ぱっぱ、いーい」

と言って、ジュリアン号に停止の合図を出した。


リズはジュリアンから降りると、トテトテとユークの方へ向かって、

「ゆーちゃ、まんまよ」

と言う。

するとユークは、ハッとしたような表情で、

「まんま!」

と叫ぶと、私の方へトテトテと歩み寄ってきて、

「まんまよ!」

と私にドヤ顔でそう言った。

私はそんなユークを抱き上げ、

「そうだな。飯の時間だな。ちゃんとわかって偉いぞ」

と言って撫でてやる。

私のそんな言葉に少し得意げになったユークはまた、

「みんな、まんまね!」

と笑顔でそう言った。


どうやらリズもユークも、飯はみんなで食うものだという我が家の家訓をしっかりと理解し始めたらしい。

「うふふ。みんなでいっぱい美味しく食べましょうね」

と言って、私の横からマリーもユークに手を伸ばして、ほっぺたをふにふにとつつく。

すると、ユークはますますご機嫌になって、きゃっきゃと笑いだした。

向こうではメルが、

「ちゃんとユークちゃんにご飯の時間を教えられて偉いわね」

と言って、リズを撫でてやっている。

そんな光景にズン爺さんが、

「へへっ。リズもユー坊もすっかりうちの子ですなぁ」

とつぶやいた。


私はそんな何気ない一言に深い感慨を覚える。

リズもユークも、今ではみんなと一緒に飯を食う喜びまで理解できるようになった。

(我が子が家族になっていく過程をこうしてみんなと見守ることができている私は幸せ者だ)

そんな当たり前と言えば当たり前のことに気が付いて、改めてその幸せをかみしめる。

そして腕の中にいる我が子に向かって、

「今日は生姜焼きだ。マヨネーズもついてるぞ」

と、今晩の飯にはユークの大好きなマヨネーズが付いているということを教えてやった。


「まよねーず!」

と言って、はしゃぐユークにマリーが、

「ユークちゃん、お野菜もたくさん食べましょうね」

と微笑みながら声を掛ける。

しかし、ユークは、

「やー…」

と言って、一気に渋い顔になった。

そんなユークに、リズが、

「ゆーちゃ、めっ!」

と可愛らしく注意する。

どうやらリズはもう立派にユークの姉になっているようだ。

姉は弟に厳しい。

そんな常識はこの世界でも変わらないらしい。

私は、そんなことを思って、

(がんばれ、ユーク)

と心の中でユークにエールを送った。


そんなユークをうちの子達も、

「きゃん!」(マヨネーズがあれば平気だよ!)

「にぃ!」(がんばれ、ユーク!)

「ぴぃ!」(ドーラさんのマヨネーズは最強!)

と言って、励ます。

そんな声に答えて、ユークも渋々、

「…うん」

と答えてくれた。


私は、そんなうちの子達に向かって、

「はっはっは。偉いぞ、ユーク。それにみんなもありがとう」

と言いながら、みんなを順に撫でてやる。

嬉しそうに撫でられているみんなの笑顔を見ながら、

(こうして家族になっていく)

またそんな言葉が胸に浮かんだ。

「さぁ、みんなで美味い飯を食いに行こう」

と私も笑顔でみんなに声を掛ける。

「「あい!」」

「きゃん!」

「にぃ!」

「ぴぃ!」

という元気な返事が返ってきて、みんなで笑いながら食堂へ向かった。

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