第250話 ローズが出会った人

そろそろ秋。

村では収穫の準備が始まって忙しさを増し始める頃。

私は今日も私の師匠、村長のお屋敷で庭仕事をしたり、時々子守当番をしたりしながら楽しく働いている。

そんなある日、私が庭で日々増えていく落ち葉を掃いていると、

「おーい。ローズの嬢ちゃん」

と、私のもう一人の師匠、ズンさんが声を掛けてきた。


「はーい」

と私が手を振りながらいつものように元気に答える。

そんな私にズンさんはスタスタと近寄ってきて、

「今日は村長に頼まれて例のエルフさんが使うっていう小屋の屋根を修繕に行くんだけんども、ちょいと手伝ってくれるかい?」

といつものように、にこやかにそう言った。

私は当然、

「もちろんです!」

と快く応じて、さっそく納屋に道具箱を取りに走る。

(やっぱりこのお屋敷で働くのは楽しいな。今日も一日頑張ろう)

そんなことを思って私はニコニコと笑いながら、さっそく道具箱を担ぐと、すぐにズンさんの元へまた走って戻った。


私は家の中のことが苦手。

何度練習しても、上手に紅茶を淹れられないし、お裁縫で指にケガをしなかったことはない。

きっと手先が器用じゃないんだ。

そんな自分に落ち込んだこともある。

だけど、その代わり、剣やお洗濯は得意だから、私はそっちで頑張ることにした。


私がトーミ村に来て、このお屋敷で働かせてもらっていることは、とても幸運なことだと思う。

師匠の剣術のすさまじさを目の当たりにして、大きな目標ができた。

師匠との朝稽古があったから今の私がある。

お嬢…奥様のご病気のことで日々悩む私の心の支えになってくれたのは、無心で剣に打ち込むあの時間。

あの時間がなければ、きっと私の心は押しつぶされてしまっていた。


奥様のご病気が治って、お立ちになり、歩かれた時の喜びと感動は今でもはっきりとこの胸の奥底に深く刻まれている。

でも同時に、私は、

(これから何を目標に生きていけばいいんだろう?)

と悩んでしまった。

私は奥様の剣。

それ以外の生き方を考えたことなんてない。

どうしよう。

そう思っている時、声を掛けてくれたのがズンさんだった。


『ローズの嬢ちゃん。剪定を手伝ってくれるかい?』

そんなズンさんの何気ないけど優しい目と言葉は今でもはっきりと覚えている。

そして、ズンさんは、何かある度に私に手伝いを頼んでくれるようになった。

今思えば、気を遣ってくれていたんだろうと思う。

私に庭仕事を教えてくれるズンさんの目はいつも優しくて、私にはその目がまるで、

(嬢ちゃんにだってできることがある。だから、嬢ちゃんはこのお屋敷にいてもいいんだよ)

と言ってくれているように思えた。

私はこんなに優しい人の弟子になれて幸せ者だ。


そんなズンさんの器用さ、熟練の手さばきには目を見張るものがある。

庭の掃き掃除ひとつとっても動きに無駄がない。

何気ない剪定作業で見せる技の冴えはまるで剣の達人かと見紛うばかり。

そんな仕事ぶりに、私は憧れ、「剣と箒の二刀流」という大きな目標を持つようになった。


ズンさんは、大工さんに頼むほどではないお屋敷の簡単な修繕なんかの仕事もしている。

だからきっと今回の小屋の修繕も、その程度の簡単なものなんだろう。

ズンさんもいつもの簡単な大工道具しか持っていない。

「さて、じゃぁ、ちょっくら行くかいねぇ。ああ、今日の仕事は屋根の修繕だから気ぃ抜くんじゃねぇぞ?」

と優しく注意してくれるズンさんに、私は、元気よく、

「はい!」

と、答えてさっそく荷車を押した。


「そろそろ柿を干す準備をせにゃぁなぁ」

「今度アカメ酒の仕込み方を教えてやろうかねぇ」

なんて楽しい会話をしながら長閑な道を進んでいく。

すると、すぐに例のエルフさんが作業場に使うという小屋に着いた。

そのボロボロの小屋を見て、

「…ここで、作業するんですか?」

と聞く私に、ズンさんは、

「らしい、ぞ?」

と苦笑いしている。

きっと、心の中では、

(たいした物好きもいたもんだ…)

とか思っているんだろう。

「まぁ、いいさね。さっさと終わらせちまおう」

と言ってさっさと材木を切り出しにかかるズンさんを見て、私もさっそく屋根に登った。


(うーん…。割と傷んでる。でも、大工さんに頼むほどでもないかな?)

と状況判断をしながら、私は必要な材木のおおよその数と寸法なんかを測る。

そんな時、下で、

「お稽古ですかい?精が出やすねぇ」

と言うズンさんの声がした。

私が、そんなズンさんの方をちらりと見ると、大柄で盾を背負った冒険者らしい人が1人いる。

(誰だろう?)

と思ってよそ見をしてしまったのがいけなかったんだろう。

バキッという音がして、私は体勢を崩してしまった。

(受け身…)

と思ったけどとっさのことで体が上手く動いてくれない。

(だめだ…)

そう思った時、ザザーッっという音が聞こえた。

何かに包まれたような感じがして、私の体が地面よりも上にある。

よく見ると、私はあの大柄な冒険者さんに抱えられていた。


「…」

その人は何も言わず、私もいろんなことにびっくりして、

「…あ、あ、あ」

という言葉しか出てこない。

「おい!大丈夫か!?」

というズンさんの声で私はふと我に返る。

「あ、あの。すみません!」

そう言うとその大柄な冒険者さんは私を降ろしてくれた。

私はまずズンさんに向かって

「すみません!」

と、頭を下げる。

そんな私の後ろから、ぼそっとひと言、

「…良かった」

という言葉が聞こえ、私が慌ててその声の方を振り返ると、その声の主、大柄な冒険者さんは、何も言わず私に背を向けて長屋の方へ歩いていってしまった。


私はただただ茫然としてその人の後ろ姿を見送る私に、

「…まずは良かった」

とズンさんがかけてくれた声で私はまたハッと我に返る。

そして、私はただただ申し訳ない気持ちと、油断してしまった自分に対する悔しい気持ちで、涙を流してしまった。

そのあと、ズンさんが屋根の上の作業を代わってくれて、なんとかその日の作業を終える。

そして、ズンさんに優しく慰められながらお屋敷に戻った。


翌朝。

昨日のみじめな気持ちを振り払おうと思って、無心で剣を振る。

でも、やっぱり集中できない。

そんな私に師匠は、

「ドノバンは寡黙だが、いい奴だ。あっちもあまり気にしていないと思うから、ローズもあまり気にするな。とにかく無事でよかった」

と慰めの言葉を言ってくれた。

そして、私はそんな師匠の言葉で初めてあの大柄な冒険者さんの名前を知る。

(…ああ、私は助けてもらったお礼すら言って無かった)

そんなことに気が付いた私はまた落ち込んだ。


朝食のあと、とりあえずお礼を言わなくちゃいけないと思ってギルドに行く。

とりあえず、あの大柄な冒険者さん、ドノバンさんのことをサナさんに聞くと、

「ドノバンさんなら今休暇で長屋かその裏の空き地で稽古でもしてるんじゃないですかね?」

と、サナさんが教えてくれた。


私はサナさんにお礼を言って、私はさっそく『黒猫』のドノバンさんを長屋に訪ねる。

ドノバンさんは上手い具合に家にいてくれたので、私はさっそく、

「昨日はありがとうございました」

とお礼を言って頭を下げた。


しかし、ドノバンさんは無言でコクンとうなずき、

「…待ってろ」

と言って、家の中に入っていく。

そして、すぐに戻ってきたドノバンさんは私に縄を差し出してきた。

「…?」

私が、その縄を見て、小首をかしげていると、ドノバンさんは、

「…腰縄。使い方は村長が知っている」

とだけ言って、ひとつうなずく。

そして、今度こそ本当に家の中に戻って行ってしまった。


私はお屋敷に戻って、さっそくそのことを師匠に聞いてみる。

すると、師匠は、

「ああ。あれか。初心者がちょっとした木に登ったり崖を下る時なんかに使うんだ。私ももう長いことやっていなかったから忘れていた。そうだな。ドノバンの言う通り、高所作業は危ない。今度からは必ず腰縄をつけて2人1組でやるよう心掛けてくれ。すまなかった」

と、なぜか謝って、恐縮する私とズンさんに、腰縄の使い方をしっかりと教えてくれた。


その翌朝もやっぱり稽古に集中できない。

なぜか、頭に浮かぶのはドノバンさんの顔ばかり。

いったいどうしてしまったのか、自分でもよくわからない。

でも私の心に浮かぶのは、

(寡黙だけど優しい人だったんだなぁ…。もう一度会ってみたいな…)

という思いだけ。

でも、そんな機会なんてあるわけがない。

そう思ってしまうと、あっと言う間に私の心はしぼんでいく。

でも、そんなしぼみかけた私の心に、ふと、一筋の光が指し込んできた。

(あ。そうだ!腰縄のお礼!それなら会いに行っても不自然じゃないよね!)

そう思いつくと、私は居ても立っても居られなくなる。

(でも、どうしよう。お礼ってなにがいいのかな…?)

そんな風に私が悩んでいると、稽古終わり、シェリーちゃんが、

「どうしたの?」

と声を掛けてきてくれた。

私は、少し恥ずかしかったけど、思い切って話す。

すると、シェリーちゃんは、

「じゃぁ、クッキーでも焼いて持って行ってみる?」

と言ってくれた。


翌日。

不格好だけど、シェリーちゃんのおかげでなんとか出来上がったクッキーを持ってドノバンさんを長屋に訪ねる。

ドノバンさんは不在だったけど、

「たぶん空き地ですよ」

と、同じパーティーの人に教えてもらってさっそくあの空き地へ向かった。

空き地に着いて、

「あ、あの。ドノバンさん!」

と声を掛ける。

無言で振り向いたドノバンさんに、私は、

「お、お礼です!」

と言って、クッキーを押し付けるように渡した。

(渡せた!)

という喜びが湧いてくる。

でもその後急に恥ずかしくなって、私は逃げるようにその場を立ち去ってしまった。


お屋敷への道を走る私の頭の中には、

(喜んでくれるかな?ああ、でも失敗しちゃったから笑われちゃうかも。でも、優しい人だから…)

と、いろんな感情が湧き出てきて、訳が分からなくなってしまう。

自分でも自分の気持ちがわからない。

でも、なぜかこれで良かったんだって心から思えた。


そんな日から何日経っただろうか。

今も私の気持ちはいっこうに落ち着かないまま。

(迷惑だったかな…?)

と思えばその場でしゃがみ込んでしまいたくなるし、

(もしかして喜んでくれたかも?)

と思うとその場で飛び上がりたい気持ちになる。

そうやって私が気持ちを乱高下させていた、そんなある日。

『黒猫』の人がお屋敷にお肉を持ってきてくれた。

そんなお肉を受け取ったシェリーちゃんが、何やら笑顔で私に一枚の紙を渡してくる。

(なんだろう?)

と思ってその紙を見てみると、そこには、

「お礼。クッキー。美味しかった」

と書いてあった。


そんな無骨な手紙を見た私の心は、嬉しい気持ちでいっぱいになる。

もしかしたら本当に飛び上がっていたかもしれない。

そして、気が付くと私は、

「ねぇ、シェリーちゃん。もっと美味しいクッキーの焼き方を教えて!」

とお願いしていた。


翌日。

(また会う理由ができちゃった)

そんな嬉しさを抱えて、また長屋への道を歩く。

道すがら、

(今日はちょっとお話できるかな?)

そんなことを考えると自然と顔がにやけてしまって、

(きっとこの気持ちは…)

そんなことを考えると、なんだか顔が熱くなった。

私の熱くなった頬を秋の涼しい風が優しく撫でてくれる。

(いつか届くといいな…)

そんな思いを込めて見上げるトーミ村の秋空は、いつもよりちょっとだけ綺麗に見えた。

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