第249話 マリーが見つけたもの02
意外にもというより、あまりにもと言った方がいいだろうか?
とにかくすごいマリーの才能を知って、私はそこでハッとする。
(これは、きちんと教えておかなければ…)
そう思った私は、
「マリー…。あー、なんというか。これは結構な高値が付くらしいんだ…。そうだな…その辺りは後でまた詳しく話すが、ともかくとても素晴しいものだ」
と、なるべく優しく、微笑みながらマリーに語りかける。
「まぁ。そうなんですの?」
とマリーは、嬉しそうに微笑み、
「じゃぁ、もっと作って村の人たちにたくさん配りますわね」
と無邪気にそう言う。
そんなマリーに、ヒースは、
「これほどの物をもらったら、きっと村の方々は恐縮してしまわれます」
と少し慌てたような様子でそう言った。
するとマリーは、少し驚いたような顔で、
「まぁ。そうなんですの?…じゃぁ、いつものあれも本当はいけなかったのかしら。ちょっとお待ちくださいまし。すぐに持ってまいりますわね」
と言うと、さっそく席を立って行く。
そして、マリーがさっそく持ってきたのは、いつもマリーが狼祭りで配っているあの髪飾りだった。
その髪飾りを見たヒースの驚きようは言うまでも無いだろう。
「これなら銀貨20枚でも…」
と小さな声でつぶやく。
私はそんなヒースのつぶやきを聞いて、
(おそらく、原価は銀貨1、2枚だ。適度に休みの日を設けたとしても、マリーは子育ての合間や療養中の手慰みに普通の小間物職人と同じくらいかそれよりも少し多いくらい稼げるということになる…。高級な材料を使えば、もっとだ。休まず働けば私がエルフィエルからもらっている不労所得の倍は稼げるんじゃないか…)
と頭の中で計算した。
(これは本当にきちんと教えなければ…)
またそう考えた私は、とりあえずヒースに、
「すまん。わかっているだろうが、内密に頼む」
と念を押す。
「え、ええ…。もちろんでございます」
とヒースが言ってくれたので、私が少し安心していると、マリーが、
「あら。どうして内緒にしなければならないんですの?」
と、また可愛らしく小首をかしげながら聞いてきた。
そんなマリーの可愛らしい問いに、私は何と答えたものだろうかと悩む。
すると、そこへヒースが、
「奥様。奥様がこれほど素晴らしい物をお作りになられると知れてしまえば、きっとどこかの貴族様が依頼を出してこられるでしょう。1件や2件ならよろしゅうございますが、おそらくは、殺到するかと…。それに貴族の奥様ともあろう方がご商売をなさると言うのは外聞が悪うございますから、材料費はともかく料金は取れません。…つまり、奥様の時間だけが奪われることになってしまいます」
と優しく助け船を出してくれた。
そんな説明を聞いて、ようやくマリーもわかったらしい。
「まぁ…。それは困りますわ…。バン様にもご迷惑をかけてしまいますものね…」
と言ってヒースの言葉にうなずく。
しかし、次の瞬間、パッと自分の口元を抑えながら、私の方を見て、
「どうしましょう、バン様。私、村の人達には私が作ったって言ってしまいましたわ」
と困ったような顔でそう言った。
私は、本当に困ってしまっておろおろとするマリーに、
「それは大丈夫だ。私が何とかしておこう。せっかく村の子供たちも喜んでくれているんだ。来年も作ってやってくれ」
と優しく慰める。
するとマリーは安心したのか、ひとつほっと息をつくと、
「よかったですわ」
と嬉しそうに微笑みながらそう言った。
私は、心の中で、
(…伯爵はともかくルシエール殿はこのことをちゃんと知っていてもおかしくなさそうだが…。念のために、手紙のひとつも出しておくか)
と思いながら、
「うふふ」
と自分の作った髪留めを見ながら本当にうれしそうに微笑むマリーを見つめる。
そんな私たちの様子に、
「こほん」
という咳払いの音が聞こえてハッとすると、ヒースが困ったような笑顔を私たちに向けていた。
私も「ごほん」と、ひとつ咳払いをする。
ヒースはそんな私に苦笑いを見せたが、一瞬で、表情を硬くすると、真剣な面持ちで、
「ところで、エデルシュタット男爵様。奥様は絵や図案などをお描きになられますか?」
と意外なことを聞いてきた。
その質問に私は、
(ああ、そう言えば、絵を描くのは好きだと言っていたな。たい焼きの型を作ってもらった時も嬉しそうに書いていた…。しかも、かなり上手くて驚いたのはよく覚えている…)
と思い出して、
「ああ、たしか描けたな?」
とマリーに顔を向ける。
「ええ。お絵描きは昔から得意ですの」
と微笑むマリーに私は軽くうなずくと、再びヒースの方へ顔を向けた。
するとヒースは、
「恐れながら、奥様は絵や図案作りに関しても大変な才能をお持ちでいらっしゃるのではないでしょうか?」
と意を決したように話し始める。
「もしそうなら私はその才能を埋もれさせてはいけないような気がするのです」
と言うとヒースの目は真剣そのものだ。
そして、そのまっすぐな目をいささかも逸らすことなく私に向けたまま、
「恐れ多いことを言っているのは承知しております。それに貴族の奥様がそういった内職のようなことをなさるのは外聞が悪いというのも承知の上です。しかし、それが無償の奉仕だとすればいかがでしょうか?」
と言った。
そんなヒースの真剣な言葉に私も真剣に考えてみる。
(たしかに、図案を書いて村の職人に渡すだけなら、職人だけに口止めをしておけば外に漏れることはない。それに、もし知られたとしても、マリーは産業の無い辺境の村のために無償でその才能を惜しげもなく捧げたということにすれば、外聞が悪いどころかむしろ美徳として扱われるはずだ…。いや。そんな体裁の話より、最も重要なのはマリーの気持ちだ。マリーはずっと自分に何ができるのかと悩んでいた。もし自分の好きな絵が村のためになるとわかったら、きっとマリーは喜ぶだろう。そして、それがマリーの生きがいになってくれれば…)
そんなことを考えて、私はマリーの方に目をやり、きょとんとしているマリーに、
「マリー。マリーの好きな絵を描くことが、村のためになるとしたら、やってみたいか?」
と微笑みながら語り掛けた。
すると、マリーは、
「まぁ…」
と言って驚きつつも、続きを促がす私の目を見て、
「私やってみたいですわ!」
とパッと華やいだ笑顔でそう答える。
そんなマリーの言葉に、ヒースが、
「おぉ…」
と言って、感動したような顔を見せた。
私はそんなヒースに向かってひと言、
「ありがとう。良い話をくれた」
と笑顔で礼を言って軽く頭を下げる。
ヒースはそんな私の態度に慌ててしまったのだろうかなり恐縮した様子で、
「とんでもございません。こちらこそなんとも差し出がましい真似を…」
と言って、すぐに頭を下げ返してきた。
そんなヒースに向かってマリーも、
「ヒースさん。私、家族以外の人から褒められてとっても嬉しかったんですの。それに、なにより、自分にもできることがあるってわかったことがとっても嬉しかったですわ。本当にありがとう存じます」
と言って頭を下げる。
するとヒースはますます恐縮してハンカチで額を拭いながら、
「もったいないお言葉です」
と言ってさらに頭を下げてきた。
私はまだひどく恐縮するヒースに「まぁまぁ」とお茶を勧めながら、頭を上げてくれるように言い、もう一度、
「本当にありがたく思っている。マリー…、妻にやりがいのある仕事を紹介してくれたんだからな」
と言って笑顔で右手を差し出す。
そんな私の右手を、まだ緊張感を残しているであろうヒースがなんとか作った笑顔で握り返すと、その商談というよりも、提案は成立した。
今度、図案の見本や櫛や小箱の見本を届けさせるというヒースを玄関先で見送り、私たちはまたリビングでお茶にする。
その席で、これまでの話、これからの話、もちろん、お金の話も含めて、いろんなことを話した。
そんな話の中で、王都の定食が銀貨1枚もしないということを話すと、あれやこれやの美味そうな定食を思いだして急に私の腹が鳴く。
私が照れ笑いで、
「今日の飯はなんだろうな?」
と、いつものように言うと、
「…もう。相変わらずなんですから」
とマリーが笑ってくれた。
そんな私たちのもとに、遊びから帰ってきたルビーとサファイアとユカリが、
(((ただいま!)))
と言って飛びついてくる。
3人曰く、今日はみんなで裏の林を冒険したんだそうだ。
きっと楽しい大冒険だったんだろう。
そんな話をしていると、リーファ先生がリビングにやってきて、リズを抱いたメルとユークを抱いたローズもやって来た。
やがて、
「そろそろお食事ですよ。あ、子守代わりますね」
と言いながらシェリーがリビングにやって来る。
メルがシェリーにリズを預けると、私たちはそろって食堂へ向かった。
食堂ではズン爺さんがのんびり緑茶を飲んでいる。
やがて仕事を終えたジュリアンもやって来た。
そこへドーラさんが、カートを押しながら入って来る。
「今夜はお蕎麦と『とろろ』ご飯ですよ」
いつもの笑顔でドーラさんがそう言うと、今日も楽しい我が家の食事が始まった。
今頃きっとリズもユークも離乳食を「ぱくぱく」していることだろう。
(そろそろ、この食卓で一緒に食べてもいい頃合いかもしれんな)
そんなことを思いながら、蕎麦を手繰る。
初秋を告げる茜雲。
まだ温かさを残す夕暮れの光。
そんな温かい光に包まれて今日も我が家の食堂には笑い声が響き渡った。
※たい焼きの型のくだりは限定SSでの話です。そういうことがあったという程度のことなので、お読みにならなくても差し支えございません。
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