43章 動き出した日常

第248話 マリーが見つけたもの 01

ルッツォさんが村にやって来て数か月たった頃。

私は今日も、

(そろそろリズとユークの誕生日が近いな。さて、ケーキは何にしようか?いや、まだちゃんと食べられる時期じゃないか…。薄味で食べやすいものとなると…。クッキーかソフトせんべいくらいだろうか?ん?せんべい?作らねば!)

というようなことを考えながら、ここまでの村の状況をまとめた資料を確認し、秋の収穫に向けて午後も仕事に励んでいる。


積み上げられた報告書の上から順に目を通す。

それによると、砂糖がとれるポロックは順調。

栗ことミルもしっかりと根付いているらしい。

メッサリアの木も幹の直径が少し大きくなって高さは人の背丈を超えたとのこと。

今年はトマトもナスことポロもキュウリことキューカも順調。

他にも葉物野菜や大根ことデースも順調だという報告についつい表情を緩めながら次々と目を通し、生産と備蓄計画に落とし込んでいく。

そんな中、次の報告書に目を通すと、少し気になることが書いてあった。


今年は、柿が裏年らしい。

不作とか壊滅的とかいう状況ではないようだが、干し柿の量は減るだろうとのこと。

そうなると、あの求肥に似た柿もちの製造は少し控え目になってしまう。

残念でならない。

それだけでなく冬のビタミン源にブロッコリーことモコの植え付けを増やしたり、カボチャに似たツルウリの備蓄を増やしたりして対応しなければならない。

ここはしっかりとした対策が必要だ。


その他の産物は平年並みで、順調に推移している。

炭の生産は例年よりもやや少ないというが、ベンさん曰く、あまり森を痩せさせるわけにはいかないというから、そこの塩梅はベンさんに任せた。

ちなみに、備蓄分もあるからやたらと無駄遣いしなければ十分に持つだろう。


隣のノーブル子爵領の情報もエレン経由で何となく仕入れているが、そちらも同じような状況らしい。

どちらかが不作で困っているということも無いので、今は安心できる状況だと言えるだろう。

そんな報告に一安心する。

そうしていつものように真面目に仕事に取り組んでいると、久しぶりに北の辺境伯領の商人、ヒースがやって来た。


「ご無沙汰しております。バンドール・エデルシュタット男爵様」

とかしこまった挨拶をするヒースに、

「あー…村長と呼んでくれ。どうにもそういうかしこまったのは苦手でな…」

と苦笑いで頭を掻きながらそう言う。

「かしこまりました。村長」

とこちらも苦笑いで答えるヒースに、

「で。今回はなんの用だ?」

と、さっそく用件を聞いてみた。


「はい。例の若者向けの図柄や今流行っている髪留めなんかの見本や図案をお持ちいたしました」

私はそんな親切なヒースに、

「おお!わざわざ持ってきてくれたのか。そいつはありがたい」

と礼を言って、さっそく役場の応接に通す。

しかし、残念なことに私はその見本やら図案を見ても、どれがどう良くて、何が違うのかよくわからなかった。

(いかん、さっぱりわからん…)

と思いながらも一生懸命に説明してくれるヒースの話を真剣に聞く。

しかし、ヒースは私のそんな表情で察してくれたのだろう。

苦笑いで、

「こういうものは男性には難しいですからなぁ」

と理解を示してくれた。


「すまん」

私は正直に謝る。

「いえ。私も駆け出しのころはずいぶんと苦労いたしましたから」

と言ってくれるヒースに私はまた申し訳なく思いつつも、ふと、

(こういうのは、疎い私が見るよりも、女性が見た方がいいのではなかろうか?きっとその方が話が早い…)

と思い、ヒースに、

「あー…。よかったら屋敷でうちの女性陣に見てもらいたいんだが、いいだろうか?」

と聞いてみた。


私はさっそくアレックスに断って屋敷に戻る。

いつもと違って玄関から戻って来る私を見て、ズン爺さんが屋敷の中へ入っていったので、おそらくドーラさんにお茶の準備を頼みに行ってくれたのだろう。

屋敷に入ると早速シェリーが迎えに出てきて、リビングへと通してくれた。

すぐにお茶を持ってきてくれたドーラさんに、

「すまんが、マリーかメルを呼んできてくれないか?髪留めや櫛なんかの小間物を見て欲しいんだ」

とお願いする。

「かしこまりました」

と言ってドーラさんが下がると、すぐにマリーがやって来た。


「初めまして、奥様。北の辺境伯領で小商いをしております、ヒースという者です。以後お見知りおきください」

と貴族向けの丁寧な礼をするヒースを見て、

(…私より上手いな)

と、感心する。

そんなヒースに、マリーも、

「マルグレーテ・エデルシュタットです。こちらこそお初にお目にかかります」

と、略式ながら綺麗な礼を返し、私の隣に腰掛けて、

「小間物とはどんなものなんですの?」

とさっそく切り出した。


そんなマリーの様子にヒースは微笑みながら、

「はい。こちらが今若い者の間で流行っている小間物の見本でございます。さきほどエデルシュタット男爵様に見ていただいていたのですが、ぜひとも奥様のご意見を伺いたいとのことで、お邪魔させていただきました」

と言ってさっそく先ほど私も見た箱を開ける。

それを見た瞬間マリーは、

「まぁ。可愛らしいですわね」

と言ってまるで少女の様な表情で髪留めを一つ手に取ると、楽しそうな目でいろんな角度から眺め始めた。


そんなマリーの様子を見て、好感触を得たのか、ヒースは、

「そちらは、北の辺境伯領の若い職人が作った物です。大ぶりのレースが商家の若い女性に人気で、最近では貴族様の子女にも人気が出てきております」

と商品の説明をし、次に櫛を一つ手に取ると、

「こちらの櫛は図案が良く、商家や貴族様の奥方様にも人気となっております」

と言って、マリーに見せる。

「あら。こちらも素敵ですわね」

と楽しそうにそれらを眺めているマリーに、私は、この櫛や髪留めは女性から見てどういう印象だろうかという意味で、

「今度、村でこういうものを作ってもらおうと思っているんだが、どうだろうか?」

と聞いてみたが、マリーは、

「そうですわね…」

と、少し考えるような仕草をしながら、

「櫛のことはわかりませんが、髪留めの方は金具さえあれば簡単にできますわ。なんでしたら私が村の方々に作り方を教えて差し上げましょう」

と何気ない感じで、製造方面での実現可能性についての意見を言ってくれた。


そんなマリーの発言に、

「なんと!?奥様は髪留めをお作りになれるのですか?」

と言って、ヒースが驚く。

マリーはヒースの驚きように、一瞬引くような様子を見せたが、すぐ、いつものように柔らかく微笑み、

「はい。小さい頃から趣味にしておりますので。自分で使うものはたいてい手作りですのよ」

とにこやかに答えた。


ヒースは目を丸くして、

「…ということは…ひょっとして…今、御髪にしていらっしゃるものもそうなのですか?」

と少し驚きながらマリーに質問する。

マリーは、きょとんとした表情で、

「ええ。そうですわ」

と答えると、自分の頭に付いていたレースの髪留めを無造作に外し、

「ほんの手慰みに作った物ですが、ご覧になられますか?」

と、その髪留めをヒースに渡した。

ヒースは、そんなマリーの気さくな行動に驚きつつも、

「し、失礼いたします」

と言ってうやうやしくその髪留めを受け取る。

そして、しげしげと眺めながら、

「これを奥様が…」

とつぶやくようにひと言、感嘆の声をもらした。


そんな様子を見てマリーは少し不安そうな顔で、

「…あの。なにか変な所でもありましたかしら?」

とヒースに聞く。

そんなマリーの言葉にヒースは少し慌て、顔の前で手を振りながら、

「いえ!変どころか、これほどのものを手ずからお作りになられるとは…。このような素晴らしいものを見せていただき、ありがとう存じます」

と言って頭を下げると、また、そのマリーの髪留めを感心したような表情で見つめ始めた。


そんなヒースの言葉にマリーは、

「まぁ。ご商売をなさっているだけあってお口が上手でいらっしゃいますわね。うふふ。でも、他の人から褒められるのって、お世辞でも嬉しいものですわ」

と、本当にうれしそうに笑う。

しかし、ヒースは、マリーに対して、やや真剣な眼差しを向けると、

「いえ。お世辞などではございません。これでも20年以上、こういう小間物を扱ってきた商人として正直な感想を述べさせていただきました。…材料といい、出来栄えといい、どこの貴族様にお納めしても恥ずかしくない出来でございます」

と言った。


私はそんなヒースの言葉に驚きつつ、

「そんなに価値のあるものなのか?」

と気軽に聞く。

するとヒースはそんな私の言葉に驚いて、

「…えっと」

と何やら言い淀んだ。

私はそんなヒースの言葉で、

(ああ、そうか。仮にも貴族の婦人が自分の作った物の値段を聞くなど…)

と気が付く。

しかし、それでも、マリーの髪留めがどのくらい価値のある物なのか知りたかったので、

「あー…。ここだけの話にしてもらいたいんだが、出来れば教えてくれ。妻の作ったものがどれほど素晴らしいものなのか知っておきたい」

と頼んだ。


ヒースは、そんな私の言葉にうなずくと、顎に手を当てて少し考えだす。

そして、おもむろに口を開くと、

「レースと聖銀の金具の仕入れは銀貨50枚ほどになるでしょう。それでこの品質ですから、私なら少なくとも金貨3枚で仕入れます。市場の価格は少なくとも金貨5、6枚ほどにはなるかと」

と原価と仕入れまで含めて教えてくれた。

私は驚く。

マリーの手取り、金貨2枚と銀貨50枚というのは王都の庶民が1か月生活できるくらいの金額だ。

ちなみに私が実家からもらっている禄1か月分の倍以上。

私は、

(美しい髪飾りだとは思っていたが、そんなに価値があったとは…)

と思いつつも、

(伯爵やルシエール殿は毎回とんでもない材料を送ってきてくださっていたのだな…)

と思って素直に感心してしまった。


そんな私たちをマリーは不思議そうな顔で見つめている。

そして、可愛らしく小首をかしげながら、

「あら。その程度のもので良ければいくらでもありますから、おひとつ差し上げましょうか?」

と、本当に何気ない感じでそう言った。

「「え!?」」

私とヒースの声がそろう。

マリーはそんな私たちの驚きように、逆に驚いてしまったのか、

「え、ええ。だって、3日もあればできますから…」

と本当に困ったような表情でそう言った。

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