第247話 変わり者のエルフさん03
「さて、紹介も終わったし、食堂に移ろう。ああ、今日の子守当番は誰だったかな?」
というリーファ先生の声で、今日の子守当番のローズとシェリーは子供たちがいる部屋へ、ドーラさんとメルは台所に向かい、それ以外は食堂に向かう。
今日はケチャップのリクエストが入っているから、おそらくその魅力を直接的かつ多方面から味わえるものになるだろう。
となると、オムライスか?
と予想しながら席に着いた。
夕食はやはりオムライスだったが、我が家で良く出されるトロトロ系ではなく、薄焼きの卵で包んだ、いわゆるオールドスタイルまたはスタンダードスタイルで、そこに野菜たっぷりのスープが付いている。
(なるほど、たしかにこちらの方が、ケチャップをより直接的に味わえるな)
とドーラさんの心遣いに感心しつつ、私が、
「さぁ、ルッツォさん。お待ちかねのトーミ村特製ケチャップだ。たっぷり味わってくれ」
と冗談交じりにそう言うと、楽しい食事が始まった。
「むっ!…やはり違うね。やはり材料の違いだろうか?西の公爵領で食べるのとはトマトの味の濃さが違う。これは美味しいね」
と言って、嬉しそうに食べるルッツォさんの言葉を聞いて、私も嬉しくなる。
村を褒められて嬉しくない村長はいない。
そんな私を差し置いて、私の横から、
「ふっふっふ。驚いたかい?」
とリーファ先生がドヤ顔でルッツォさんにそう声を掛けた。
「ええ。何十年かぶりの驚きですね…。というよりも、今日はいろいろなことに驚きすぎて、この先いったいどんなことに驚けばいいのかわからなくなってしまいましたよ」
と肩をすくめるルッツォさんに、リーファ先生は、
「はっはっは。まぁ私もこの村ではいろいろと驚かされることばかりさ。どのくらい居るのかはわからないがせいぜい驚いて帰るといい」
とまた自慢げに言う。
そんな2人会話に、私とマリーは顔を見合わせてクスっと笑うと、またオムライスに手を付けた。
オムライスはトロトロも良いが、こうして薄い卵でしっかりと巻かれたものにはまた別の魅力がある。
トロトロオムライスは卵が主役だが、しっかりと巻かれたものはケチャップライスが主役だ。
炒められたケチャップの香ばしさと上にかけられたケチャップの甘酸っぱさ。
その両方に存在するがそれぞれに違うトマトそのもののうま味。
それどちらも堪能できる、まさにケチャップによって生まれ、ケチャップのために存在する料理だと言っても過言ではないだろう。
口の中でパラパラかつしっとりとほどけていく米粒。
これもまた、トロトロオムライスでは実現が難しい。
私はそんなスタンダードなオムライスを味わいながら、
(古い物、伝統的なものにもその良さがある。そして、新しいものも然り。それぞれが折り合い高め合って行けばもっといい物が生まれる…。トーミ村もそうなって欲しいものだ)
と、妙に哲学的なことを考えながら、古き良きオムライスを味わった。
食後、私とルッツォさんとリーファ先生はリビングに移ってお茶にする。
みんなと一緒でも良かったが、団欒の場に仕事の話を持ち込むのもどうかと思って席を移した。
「ふぅ…」
お茶をひと口飲んでいかにも満足そうに腹をさするルッツォさんだったが、一息つくと、
「さて、あの魔道具の仕様の話を詳しく聞かせてくれるかな?」
とさっそく仕事の話を始める。
「ああ。要するにあの撹拌の魔道具の小型化、ということなんだが、出力は落としてもいいから、家庭のボウルの中で泡立てなんかがやりやすい形状になってくれれば一応はそれでいい」
と私がざっくり説明すると、ルッツォさんは、私の「一応」という言葉にひっかかりを覚えたらしく、
「『一応』というからには他にまだ要望があるってことかな?」
と聞いてきた。
「ん?ああ。まぁそれは贅沢なお願いだから、当面は実現しなくてもいいんだが、まず一つはあの提案書にも書いた通り、回転速度を何段階かに調節できるといい。あとは、さっきふと思いついたんだが、先端部分の金具が取り換え式になればさらにいいな」
私のそんな言葉に今度はリーファ先生が反応し、
「ああ、その取り換え式ってのは良いね。薬を試作したりするのに良さそうだ」
と言うので私はさらに、
「先端にキリやヤスリを付ければ庭仕事や大工仕事にも使えるんじゃないか?あとは小さな回転刃をつければ木材なんかの細かい加工なんかにも使えるな」
と付け加える。
私たちのそんな意見に、ルッツォさんは、
「うーん…。なかなかの要望だね」
と言って、肩をすくめるが、
「うん。要望は大体わかったよ。とにかく小さく、できれば多用途にって感じだね。先端部分の取り換えは接続の規格さえ決めてしまえば、あとからいろんな応用がいくらでも出てくるだろうから、まずはその辺の耐久性をどうするかってことになると思う。まずは先端部分を固定する方式で小型化することからやってみよう。…ははは。これは意外と長くこの村に住むことになりそうだね」
と、苦笑いながらも、どこか楽しげにそう言った。
「ずいぶん面倒な依頼になってしまったようで、なんだかすまんな」
と言う私にルッツォさんは、
「なに。面白そうな依頼でむしろ嬉しいくらいさ」
とまたあの人懐っこい笑顔で答えてくれる。
そんな意外と人の良いルッツォさんに私も心意気で答えたくなって、
「なら良かったが…。ああ、長屋の家賃は私が負担するから気にしないでくれ。けっこうな依頼をしてしまったんだ、道具の代金とは別にそのくらいのことはやらせてもらおう」
と笑顔でそう言った。
「お。それは嬉しいね。あんな素敵な作業場と快適な住居にただで住めるなんて望外だよ。いやぁ、相変わらず太っ腹だね、バンは」
と嬉しそうに言うルッツォさんに、私は、
「ふっ。年間たった金貨4枚で太っ腹もなにもないだろう。まぁ、その程度の金額だ。あまり気にしないでくれ」
と苦笑いで答える。
「ははは。まぁ、ともかくうれしいよ。ありがとう」
そう言ってまた人懐っこい笑顔を見せてくれるルッツォさんと私は握手を交わして商談を成立させた。
~商談の後~
「お待ちしておりました。公女殿下」
バンとの商談のあと、予想通りこの離れを訪ねてきた公女殿下を不器用な礼で迎える。
「ああ。まったく。まさか君が来るとはね」
そう言ってため息を吐く公女殿下に私が、
「まぁ、いいじゃないですか。ちょっとしたサプライズですよ」
と呑気にそう答えると、公女殿下は、
「まったく、趣味の悪いサプライズもあったものだよ…」
とまたため息を吐きながら、
「で。君の実家はなんと?」
といかにも訝しげにそう聞いてきた。
「え?いえ。特に何も言われてません。なにせなにも知らせてませんから」
と、私は微笑みながら正直に答えるが、公女殿下は、
「…まったく、君ってやつは」
と言って、いかにも残念な目を私に向けてきた。
「えっと…?」
と私は何がいけなかったんだろうかと思って、公女殿下へお伺いを立てるような視線を送る。
すると、公女殿下は、
「…まぁいい。とにかく父上には報告させてもらうよ?」
といわゆるジト目でそう言った。
そんな公女殿下の予想外の言葉に私は驚き、焦る。
そして、焦りに焦りながらも、なんとかせねばと思って、恐れながらも、
「え?あの…。それはちょっと…。実家、特に兄には、その…内緒で研究費用をもらったり、楽しそうな依頼を融通してもらったりして、迷惑のかけ通しなんです。…なので、できれば内密にしておいていただけると助かるのですが…」
とお願いしてみた。
政治的なことはよくわからない…というか、わかりたくない。
確かに公女殿下と私をくっつけて、公女殿下に大公位を…なんて馬鹿げた話があったことは知っている。
でも、あれはうちの取り巻き連中が勝手に画策していたことで、私にも実家にもそんなつもりは無かった。
あれからもう100年以上は経っている。
だからもう、とっくにそんな話は終わっていると思っていたが、どうやらまだまだ現在進行形の話だったらしい。
そんな状況を読み違えてしまった自分を少し後悔しながらも、
「なんとかなりませんかね?」
ともう一度お願いしてみた。
しかし、公女殿下は、
「そんなわけにもいかんだろう…」
と、またため息を吐きながらそう言う。
そんなため息に私は、
(…まぁ、大人しく西の公爵領に依頼を持ち帰って研究すればいいんだろうけど、あっちはあっちで、貴族連中からの依頼が多くなり過ぎて辟易としていたんだよなぁ…)
と思い、
「いや、そこ数年でいいんです。私にこの面白い依頼と美味しい食事が食べられる環境を提供していただけませんか?いえ、決して公女殿下にはご迷惑をおかけしませんので…」
と、もう一度食い下がってみた。
しかし、公女殿下はさらに深いため息を吐いて、
「…相変わらずの政治下手だねぇ、君って男は。いいかい?黙っていて、バレるよりも父上に内密の書状でも送って実情を知ってもらっておいた方がよほど上手くいくと思わないか?まぁ、あの事は、どうせ君の実家じゃなく、その取り巻き連中が勝手に騒いでただけなんだってことは父上もなんとなくわかってるけど…。それでも、火の無い所に煙は立たないと思う連中だっているんだ。その辺の機微くらいはいくら研究バカの君にだってわかるだろう…」
と、またジト目でそう言う。
私は、
(そう言う面倒くさい政治の話が嫌で出奔までして自由を手に入れたんだけどなぁ…)
と思いつつも、ひと言、
「…仰せのままに…」
といってうなだれた。
「まぁ、あの依頼が面白そうだって言うのはなんとなくわかるし、同じ研究者として自由を重んじる気持ちはわからんでもないがね…」
と苦笑いで言ってくれる公女殿下の言葉に、私は自分の気持ちをわかってもらえたんだと思って、ついつい、
「ですよね!いやぁ、あれってすっごく高度な依頼なんですよ。自分で言うのもなんですけど、あんな依頼に応えられるなんて僕も含めて数名しかいないんです」
と嬉しそうにあの依頼の魅力を話す。
しかし、
「だからと言って、考えなしに行動していいってことにはならんだろっ!」
と公女殿下から怒られてしまった。
「とにかく、この件は預からせてもらうよ。そのうち、君にも一筆書いてもらうから、字の練習でもしておいてくれ。なにせ、君の字はかなりの癖字だからね」
と、またため息を吐きながら帰っていく公女殿下の後ろ姿を玄関先で、どんよりとした気持ちのまま見送る。
そして、公女殿下の姿が見えなくなると、私は初めて見るトーミ村の夜空を見上げながら、
「…なんでこうなるかなぁ」
と、ひとり寂しくそうつぶやいた。
当然、この辺境の美しい星空はただ悠然とそこにあるだけで、何も答えてはくれない。
私はため息を吐くと、諦めて家の中へと戻っていった。
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