42章 変わり者のエルフさん

第245話 変わり者のエルフさん01

初夏。

私が42歳になった頃。

もう、リズもユークも簡単な言葉を話すようになっている。

ただし、まだパパとは言ってくれず、「あっあ」としか言えない。

一生懸命教えてはいるが、どうやらまだ発音が難しいらしい。

ちなみに、マリーやメルのことは「ママ」または「マンマ」と言うし、サファイアのことは「わんわ」と言えるようになった。

どうやら私とジュリアンの番はまだまだ先らしい。

もちろん寂しい気持ちがないわけではないが、子供たちの成長を嬉しく思う気持ちの方が強い。

そんな日々の喜びを感じつつ、私は今日も役場で仕事に励んでいた。


砂糖が取れるポロックは順調に作付面積を増やしている。

今年は共同作業場で使う砂糖の半分くらいは賄えるようになるらしい。

玉露の栽培はやや難航しているようだが、それでも着実に成果が出ており、碾茶(てんちゃ)の生産も始めるとのこと。

じきに抹茶が出来てくるかと思うと楽しみで仕方ない。

そんな報告書類を嬉しく眺めつつ、今年の備蓄量なんかを見積もっていると、街道の警備をしているはずのジュリアンが役場に戻って来て、

「村長にお客様です。エルフの方です。荷馬車でこちらに向かっておられますので、先ぶれに参りました。いかがなさいますか?」

と言ってきた。


(客?エルフと言ったか?もしかしてジードさんたちの誰かだろうか?いや、それなら森馬で森から来るか立派な馬車に乗って来るはずだ…。エルフの知り合いは数人いるが、村まで訪ねてくる人がいるとは思えん…。果たして誰だろうか?)

そんなことを思いつつ、私は、

「私も一緒に迎えに行こう。すまんが、エルフさんの客というのがすぐに思い当たらん」

と言うと、アレックスにひと言断って、さっそく屋敷に戻り、ドーラさんに一声かけてお茶の用意を頼む。

そして、さっそく厩へと向かった。


厩の前で楽しそうに遊んでいたエリスに声を掛ける。

エリスは私の話をすぐに理解すると、私を乗せてさっそく街道の方元へと向かってくれた。

しばらく進むとその客人とやらの姿が小さく見えてくる。

けっこう年季の入ったローブを纏って1頭立ての荷馬車をゴトゴトと揺らしながらゆっくりと進んできているようだ。

さっそく近寄りながら、

「客人というのは貴殿か?」

とやや大きな声で声を掛けると、あちらも、私に気が付いて、

「やぁ、バン!久しぶりだね!」

と、なんとなく聞き覚えのある声でそう返してきた。


私はそんななんとなく聞き覚えのある声に記憶を探ると、すぐに知り合いの顔が思い浮かんだので、

「もしかして、ルッツォさんか!?」

と呼びかける。

「はっはっは!覚えていてくれて光栄だよ」

と言うルッツォさんに近づいて行きながら、私はその変わり者のエルフさんのことを思い出してみた。


ルッツォさんは、西の公爵領で魔道具師をしている変わった人だ。

まず、エルフィエルでもなく、この国で魔道具生産が盛んなローデルエスト侯爵領でもなく、西の公爵領に工房を構えているというのが変わっている。

しかも、その工房は今にも壊れそうなボロボロの、元は鍛冶屋の作業場だったところに少し手を入れた程度のあばら家。

当初、私はそこを単なる作業場だと思っていた。

しかし、聞けばなんとそこに寝泊りしていると言う。

いつも料金の払いは良いし、生活に困っている様子は一切ないのに、家はボロボロ。

そして、たまに魔道具の注文も受けるらしいが、基本的には研究者らしいというのだから、どこでどうやって金を作っているのか、どんな生活をしているのかまったくわからない謎多き人物。

それがルッツォさんという人だった。


そんな謎多きルッツォさんが、なぜ私を訪ねて来たのか?

旧交を温めると言うにしてはわざわざ来る意味が分からないし、結構な荷物を積んでいるということは、単なる旅行でもなさそうに見える。

いったいどうしたと言うのだろうか?

いろいろなことが気になりながらもとりあえず、ルッツォさんを出迎えた。


「久しぶりだな、ルッツォさん。いったい何の用だ?」

私は開口一番、もっとも重要なルッツォさんがなぜ訪ねて来たのかという謎について聞いてみる。

するとルッツォさんは、

「ははは。ずいぶんなご挨拶だね。まぁ、いい。バン。君エルフィエルに面白い注文を出したろ?そいつに興味があって、色々と聞いてみたくなったんだ。ああ、君の噂はエルリッツ商会のルシエール婦人からたまに聞いているよ」

と言って、ルッツォさんはルシエール殿という意外な名前を出してきた。

「…ルシエール殿と知り合いなのか?」

驚く私に、ルッツォさんは、

「ああ。たまに注文を受けるからね。ああ、そう言えば結婚して子が生まれたんだって?おめでとう。ちょっとした祝いの品も持ってきたから、とりあえず茶の一杯くらい飲ませてくれないかい?」

と言い、独特の人懐っこい笑顔で私に笑いかけてくる。

「…ああ、もちろんだ。しかし…、まぁいい。その辺の話はお茶でも飲みながらゆっくり聞かせてくれ」

私は、何かを諦めたような苦笑いでルッツォさんにそう言うと、とりあえず屋敷まで案内することにした。


道々、思い出話やら我が家の現状なんかの話をする。

我が家のことはルシエール殿からなんとなく聞いていたらしいが、我が家の料理がやたらと美味しいという話に興味が湧いて、ついでに私が面白い注文、おそらくハンドミキサ―や乾燥機のことだろう、をしたという情報をエルフィエルから仕入れたら、どうしても自分の目で確かめたくなったんだそうだ。

私が言うのもなんだが、エルフさんという種族は割と自由な人が多いのだろうか?

そんなことを思いつつ、荷馬車に合わせてのんびり進んでいるとやがて屋敷に着いた。


玄関をくぐると、シェリーが出迎えてくれて、とりあえず旅装を解いてもらいに部屋へ案内してもらう。

私が、一応リーファ先生に、

「知り合いのエルフさんが訪ねてきたが、どうする?」

と声を掛けてみると、

「とりあえず挨拶くらいはしておこう」

と言って、なにやら難しそうな本を読む手を止めてリビングへ降りてきてくれた。


しばらく待っていると、ルッツォさんは、

「やぁ、待たせたね。バン」

と気さくな挨拶とともにリビングに入って来て、その場にいたリーファ先生に気が付くと、

「…初めまして。ルーエンリチオと言います。魔道具師です。ルッツォと呼んでください」

と言って右手を差し出す。

リーファ先生もそれに答えて、

「…リーデルファルディだ。リーファでいい。薬学をやってる。よろしく頼む」

と言って、その手を握り返した。


そんな簡単な挨拶が終わると、さっそくシェリーがお茶を持ってきてくれる。

リーファ先生とルッツォさん、2人の表情が少しだけ硬かったのが気になったが、とりあえず私は、

「さっきの話だと、私が注文した魔道具に興味があるとかって話だったが、いったい何に興味を引かれたんだ?」

と率直に聞いてみた。

「ん?ああ。なんでも薬の調合なんかに使う道具を調理器具に応用したらしいじゃないか?しかも、撹拌の魔道具の小型化を要求してきたと聞いてね。その小型化って所に興味を引かれたんだよ」

となんだか楽しそうに言うルッツォさんに、

「ああ。まぁ、機械やら道具やらは小型化するのが難しいと聞くから、難しい注文かもしれんとは思ったが…。やはり難題を出してしまっていたのか?」

と聞いてみる。

すると、ルッツォさんは、

「まぁ、有体に言えばそうだね。しかし、なかなか面白そうだ。なぁ、バン。その小型化、私にやらせてもらえないかい?」

と言ってきた。


私は少し驚いたが、特に断る理由はない。

しかし、今取引している先方の意向もあると思って、

「ああ。それは構わんが、今注文を出しているところの了解を得ないとなんとも言えんな」

と伝える。

するとルッツォさんは、

「ああ、それなら了解を取ってきたよ。なにせ、その君の取引先ってのが困って私に相談しにきたんだからね。だから、その場でやらせてくれって頼んで了解を得てきた」

と、愉快そうに笑いながらそう言った。


「まぁ、そういう訳で、しばらく村に厄介になろうと思っているんだがいいだろうか?」

と聞いてくるルッツォさんの言葉にまた驚く。

「ん?ああ、まぁ宿屋もあるし長屋も一部屋空いていたと思うから、たぶん大丈夫だと思うが…。ちゃんとした工房なんかないぞ?」

という私にルッツォさんは、

「なに。小型化するというなら、大きな工房はいらないさ。小屋の一つでも貸してくれればそれで十分だよ」

と何でもない風にそう言い、

「ああ、でも何日かは泊めてくれると嬉しいね。なにせこのうちの料理は美味しいんだろ?特にあのケチャップってのが気に入ってしまってね。ぜひともその元祖の味を食べてみたいんだ」

と言って、ケチャップ料理が食べたいのだと言ってきた。


(エルフさんはそんなにケチャップが好きなのか…)

と思うと、私はなんだかおかしくなって、

「はっはっは。なら何日か泊まっていくといい。ああ、離れが空いてるからそこでいいだろう。屋敷は子供もいて、客人には少しうるさいかもしれんからな。食事はこっちに食いに来てくれ」

と、子守当番で席が空いている我が家の食卓のことを思いながら、そう伝える。

「いいのかい?いやぁ、ここ何十年も大勢で食事なんかしていないからなんだか楽しみだよ」

とまた人懐っこい笑顔でそう言うルッツォさんに、私は、

「ただし、普通の家庭料理だから、そこは勘弁してくれ」

とこちらも笑顔で伝えると、ルッツォさんは、

「いやいや。むしろ願ったり叶ったりさ。なにせ、ここ何十年も飯屋の飯しか食ってないからね。ご家庭の味ってやつの方が嬉しいよ」

と本当にうれしそうな顔でそう言った。

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