エデルシュタット家の食卓17

第244話 カステラ

マリーとメルの妊娠がわかって数か月。

やっとトーミ村にも本格的な春が来たころ。

私が「大当たり」の対応の合間を縫って役場で仕事に励んでいると、やっとハンドミキサー、正確には撹拌の魔道具というらしいが、ともかくハンドミキサーが届いた。


大きさはハンドミキサーと言うよりも小型の掃除機、いわゆるハンディークリーナーくらい。

(これは家庭用というよりも業務用だな…)

と感じつつ、なぜか取扱説明書とは別に手紙が同梱されていたので、さっそく読んでみる。

そこには、

先端の金具の部分の設計に手間取って遅くなってしまった。

しかし、この製品には大きな可能性を感じる。

同じもので良ければすぐに作れるから注文して欲しい。

また、使用した実感も教えてくれると助かる。

というような製造者からのメッセージが書かれていた。


昼、屋敷に戻るとさっそくドーラさんとシェリーに声を掛ける。

「新しい魔道具が届いたんだが、家庭で使うのにはちょっと向いていないような気がする。そのうち、共同作業場で試してみてくれないか?」

私がそう言うと、新しい道具に期待と疑問の両方を顔に浮かべつつ、快く引き受けてくれた2人に礼を言い、昼を取った。


午後、とりあえず動かし方の練習くらいはしておいた方がいいだろうと思って、さっそく取り扱い説明書を見ながら動かしてみる。

予想通り、なかなか強力で、ドーラさんは非常に扱いにくそうにしている。

シェリーは何とか持てるようだったが、それでも先端の金具がやや大きいので、

「ご家庭では使えませんね…」

と苦笑いでそんな感想をくれた。


私は、そんな2人が代わる代わる試している様子を見ながらその場で簡単なメモを取り問題点を洗い出す。

まず、最も大きな改善点は、大きさだろう。

(たしか、日本の記憶では家電の小型化というのは難しいんだったか…。これは時間がかかるかもしれんな…)

そんなことを思いつつも、

(共同作業場で大量生産するのにはこれでちょうどいいな…。しかし、家庭用ならご婦人方が片手で使えるようになるのが最も望ましいだろう。回転速度も、もっと遅いくらいでちょうどいいはずだ。出来れば、回転速度を3段階ほどに切り替えられるともっと良くなるが…)

と考え、さっそく部屋に戻ってそんな問題点をまとめた提案書を作った。

その後、リーファ先生と相談して簡単な図面を書いてもらい提案書を完成させる。

それに、もう一台追加で発注したい旨の手紙つけてさっそくエルフィエルに送ってもらった。


最初のハンドミキサーは我が家には合わなかったようだが、それでも共同作業場にこれが2台あれば、産業革命級とまではいかないかもしれないが、かなりの業務効率化と大量生産が可能になる。

そんな期待に胸を膨らませつつ、私はまた忙しい日々に戻って行った。


そして、緊張の夏を乗り越えた初秋。

やっと思い出して、例の魔道具の使用感を聞いてみる。

ドーラさん曰く、おかげでマヨネーズ作りが大幅に楽になったり、メレンゲも簡単にできるようになったので、メレンゲクッキーやシフォンケーキも簡単にかつ大量に作れるようになったのだとか。

私が、

(どうりで、ここ最近マヨネーズが頻繁に食卓に上がってきたわけだ…)

と思って鳥のマヨネーズ焼きなんかを思い出していると、ドーラさんが、

「これで次のお祭りの時にはプリンがたくさん出せますね」

と嬉しそうにそう言った。

そんなドーラさんの言葉で、そう言えば今年の狼祭りには少ししか参加できなかったことを思い出す。

やはり、忙しさは適度でないといけない。

そんな後悔を抱き、寂しいような侘しいような、なんとも言えない気持ちになる。

しかし落ち込んでばかりもいられない。

なにか楽しいこと、希望が持てるようなことを考えねば、と思っていると、ふとカステラの存在を思い出した。


(いくら忙しかったとは言え…)

自分のうかつさにまた後悔の念が浮かぶ。

しかし、心を強く持ち、なんとかその場をこらえると、私はさっそくギルドへ向かい、コッツへ蜂蜜の注文を出した。

そして、待つこと1か月。

ついにコッツから蜂蜜が届く。

村で蜂蜜は高級品だ。

なぜかこの世界では蜂は南方でしか育たない。

そんなことを恨めしく思いつつも、その貴重な蜂蜜をドーラさんをはじめとする村のご婦人方に託した。


その数日後。

夕食後のお茶の時間。

さっそく出来上がってきたカステラを家族全員で食卓に迎える。

当然まだリズとユークはまだ食べられないが、その楽しさは伝わるはずだ。

そう思って、今はスヤスヤとそれぞれの母の胸に抱かれて眠っている2人を見つめた。

そして、ついに実食の時。

今日は、牛乳も用意してある。

そのまま飲んでもいいし、ミルクティーでもいいだろう。

ズン爺さんは緑茶派のようだが、それもまたいい。

私は、さっそくフォークを手に取ると、これまでの試作でなんとなく想像はついているとはいえ、やはり緊張をはらんだ期待を胸にひと口食べた。

柔らかくもしっとりとした食感。

その中にあるザラメの舌ざわりがなんとも心地よい。

砂糖の甘さで卵のまろやかさがより引き立てられているのも好印象だ。

それに表面の焼き目の香ばしさ。

この香ばしい香りがあるからカステラはカステラなんだという主張が聞こえてくる。

なんという存在感だろうか。

しかし、その上を行く存在感は、なにより蜂蜜の香りと甘味。

口に入れた瞬間、まずは甘く軽やかながらも華やかさを纏った香りが私の鼻腔を駆け抜け、生地の中からあふれ出してくるようなその深い甘味が私の舌を優しく、しかしどっしりと包み込んできた。


私の隣で、

「むっ!?」

という短い感嘆の声が上がり、斜め前からは、

「むっふーっ!」

とうい歓喜の声が上がる。

「なんだい、バン君。このケーキは!?試作品とはまるで別物だ。…やはり、蜂蜜か。この深い甘味、そして花のように軽やかな香りは蜂蜜で無いと出ない…。くっ。なぜ北では蜂が育たないんだ…」

と喜びながらも悔しがるリーファ先生に、私は、

「確かに、蜂蜜が無いとこのケーキ、とりあえずカステラと名付けたが、これの魅力は完璧なものにならない」

と言いつつも、

「しかし、諦めるのはまだ早い。思い出してくれ、あのシロップの存在を」

と、まだそこに希望はある、勇気を出してくれ、という念を込めてそう伝えてみた。


リーファ先生の目がパッと見開かれる。

「そうか…。そうだった。うん。希望はまだある。よし、さっそく採取計画をたてようじゃないか!」

と言って、嬉しそうにするリーファ先生を苦笑いで見つめつつ、

「おいおい。私はこれから収穫の時期だし、子育てもあるからそうそう頻繁には行けんぞ?」

と一応そう言ってみた。


すると、リーファ先生は、

「なに、そこは問題ないよ。私が一人で行ってくればいいだけのことだからね」

と笑いながら、力強く宣言する。

しかしすぐに、

「…いや、待てよ。うん。やはり私一人では厳しいな。なにせ大量に採るとなると手が足りない…」

そう言うと、リーファ先生はシェリーに視線を向け、

「シェリー同行を頼んでもいいかい?」

と頼んで、シェリーを仲間に引き入れた。


「はい!もちろんです。あれのためなら何処にだって行きます!」

と、シェリーも力強く宣言する。

そんな2人はうなずき合って、さっそく今後の予定なんかを話し合い始めた。

みんなでやんやと話は進む。

そんな話を聞いていると、どうやらみんなあのメイプルことメッサリアシロップに心を奪われてしまっていることがよくわかった。

ローズは、ズン爺さんと一緒に少し大きめのかまどを作ると言って張り切り、ドーラさんは、カステラの他にもたくさんレシピを考えなければ、と目を輝かせながら楽しそうに話している。


あれさえあればケーキもクッキーも、ホットケーキやフレンチトーストだって最高の味になるに違いない。

メッサリアの木と名付けられたあの木は今、村の北側で順調に育っている。

意外と成長の早い木らしく、今では幹の直径が3、4センチになっているが、村の特産品として、定量的に採取できるようになるまではまだまだ時間がかかるだろう。

それまではこのシロップハンターのみんなに頑張ってもらうしかない。

もちろん私も時々手伝おう。

そして、いつかこの子達も食べられるようになったらみんなでこの村の味をめいっぱい堪能すすればいい。

私はそんなことを思って、カステラをもう一口食べ、牛乳を飲んだ。


そんな私に、

「そう言えば、なんで牛乳なんだい?」

とリーファ先生が聞いてくる。

そんなリーファ先生に私はややしたり顔で、

「合うぞ?」

とひと言だけそう言った。

「…言われてみれば、そんな気もするね…」

と言って、リーファ先生とシェリーがさっそく試す。

すると、また私の隣で、

「むっ!?」

という短い感嘆の声が上がり、斜め前からは、

「むっふーっ!」

とうい歓喜の声が上がった。

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