第243話 コンソメとイノシシと調理実習と03
翌日の早朝。
本当に見張りがいらないという私の言葉を信じてくれたのか、ぐっすりと眠る『椿』の3人の横でいつもの薬草茶を淹れる。
昇り始めたばかりの朝日を眺めながらお茶をすすっていると、まずはロローナが起きてきた。
「おはようございます。村長。おかげ様でゆっくりと休めました」
冒険者らしからぬ丁寧な言葉で礼を言うロローナに、
「ゆっくり休めたならよかった。すまんが今朝は簡単に済ませよう」
と言うと、私はさっそく朝食の準備に取り掛かる。
その様子をロローナはまたメモを取りながら、真剣に見つめていた。
メニューは、パンとスープ。
乾燥野菜と干し肉を煮てスープの素を入れただけの簡単なものだ。
それでもロローナは、
「私たちからすれば十分、手の込んだ朝食ですよ、これ」
と言う。
いったい今までどんなものを食べてきたのだろうか。
何となく想像はつくが、一応聞いてみると、やはり行動食と適当な塩味のスープがメインだった。
私は、確かサナさんがロローナは多少料理ができると聞いていたので、
「ロローナは料理が多少できると聞いていたが?」
と聞いてみる。
すると、ロローナは、
「お休みの日にちょっとしたスープや鍋料理を作る程度です。…まぁそれでも冒険者としては珍しいのかもしれませんが…」
と苦笑いでそう言いながらも、
「ああ、でも最近は『黒猫』のドノバンさんや『青薔薇』のエリーちゃんとリーエちゃんも 休みの日には、お鍋とかスープを作っているみたいですよ?さすがにまだ冒険中にこんな豪華なスープを作ることは無いみたいですけど。このスープの素があれば、そんな状況も大きく変わるでしょうね」
と言って冒険者の現状を教えてくれた。
私は、少しずつでも、料理に関心を持つ冒険者が増えていることに安心しながらも、
「『黒猫』にも『青薔薇』にもよく言っているが冒険中の飯は大切だ。大袈裟な言い方に聞こえるかもしれないが、自分の命を守ることにつながる。ぜひ覚えておいてくれ」
と真剣な表情でロローナに伝える。
そんな私の言葉にロローナは、
「はい。昨日実感しました」
と、苦笑いで答えてくれた。
ロローナとそんな会話をしていると、シリウスとアンナが慌てた様子で起きてくる。
2人とも、冒険中にも関わらずこんなにゆっくりと休んだのは初めてだと言って、少し寝坊してしまったと、反省していた。
油断はいけないが、休める時にゆっくり休むことも大切だと言って、慰める。
そして、私にとってみればいつもより簡単な、『椿』にとっては豪華すぎるスープとパンを食べると、さっそく今日の冒険を開始した。
昨日に続いて、ヤツの痕跡を追う。
どうやら単体で行動しているらしい。
途中、ロローナには遠距離からの牽制。
シリウスとアンナにはロローナの援護を頼んだ。
3人とも異論はないようで素直に応じてくれる。
私は、信頼されているようで良かったと思いつつも、その信頼を裏切らないようにしなければと思って気を引き締めなおした。
やがて、明らかに大きなヌタ場が見つかる。
おそらく普通のイノシシの群れも使っているんだろう。
昔、『黒猫』と統率個体を狩った時ほど大きくはないが、そこそこの大きさだ。
これは良い肉が取れるかもしれないと期待しながらさらに奥に進むと、やがて気配が濃くなってきた。
『椿』の3人はまだ気が付いていないようだ。
私はそんな3人に手で合図を送り、そろそろ獲物が近いことを教える。
3人はほんの少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直すと表情を引き締めなおしてくれた。
私も気を練りながら気配を読み、慎重に歩を進めていく。
やがてどんどんと濃くなる気配に『椿』の3人の雰囲気が変わった。
どうやら3人も気が付いたようだ。
そこからはやや素早く行動する。
竹林の奥。
ほんの少しだけ開けた場所を見つけると、そこにヤツが一気に突っ込んできた。
真っすぐ突っ込んでくるヤツに私も迷わず真っすぐ突っ込む。
しかし、その突進を寸前で右にかわし、すれ違いざまにヤツの左前脚を斬った。
ヤツの脚がスパっと斬れて、そのままヤツはつんのめる。
そこにロローナの弓が当たった。
やや浅いだろうか。
しかし、それでひるんだヤツにシリウスがすかさず突っ込み盾で当て身を食らわせる。
そしてシリウスの後ろから飛び出してきたアンナが首筋に剣を突き刺すと、勝負は決まった。
「ふぅ…」
私はひと息吐くと刀に拭いをかけ、納める。
「さすがだな。助かったよ」
と言う私に、ロローナが、
「いえ」
とひと言苦笑いでそう言った。
私のそんなロローナのひと言に、
「さて、捌こうか」
と苦笑いで返す。
私はさっそく剣鉈を取り出し、シリウスの当て身でひっくり返ったヤツの胸元を開いた。
魔石を取り出し、少し迷って今日の夕食用にモモ肉を切りだす。
後はロースとバラを持てる分だけ切り出して、麻袋に詰めていった。
そして、ある程度捌き終えると、
「さて、まずは簡単に何か腹に入れて、さっそく戻ろう」
と言って、その場でスープの素だけのスープをさっさと作り、ドーラさん特製の美味しい行動食を腹に入れる。
そんな簡単な食事にすら感動する『椿』の3人に苦笑しつつも、手早く腹に詰め込むと、私たちはさっそく来た道を戻っていった。
夕方前、適度に開けた地点にたどり着くと、さっそく野営の準備に取り掛かる。
「さて、今日はロローナにやってもらおう。メニューは簡単なトマトシチューだ。あまり細かく考えず煮込むだけでいい。ただし、肉を切る行程があるが、大丈夫そうか?」
と聞く私に、ロローナは、
「お肉を切ったことがないので、教えてください」
と緊張した表情でそう言った。
そんなロローナに、
「余り難しく考えなくていい。今日は薄く切る必要はない。こう…ひと口で食える程度、宿屋のシチューに入っている肉くらいの大きさにぶつ切りにするだけで十分だ」
と安心するように伝える。
そんな私の言葉に安心したのか、ロローナは先ほどよりは少し安心した表情で、
「やってみます」
と答えてくれた。
さっそく先ほど切り出したモモ肉を出す。
野営用のまな板を出して肉を置くとさっそくロローナに指導しながら肉を切ってもらった。
最初はおっかなびっくりといった様子でナイフを入れていたロローナだが、要するに野菜を切るのと同じようなものだと気が付いたのだろう。
最終的には少し危なっかしい場面もあったが、無事、肉を切り分けることができるようになった。
「あとは煮込むだけだ」
そう言って私は、肉の炒め方、水の分量やドライトマトや乾燥野菜を入れるタイミングなんかをロローナに教えつつ横で見守る。
やはり見るとやるとでは違いがあるのだろう。
ロローナは苦戦していたが、なんとかシチューは完成した。
「時間に余裕がある時は少し休ませてから、もう一度温めなおすといい。肉の味が良くなる」
そんなアドバイスをしつつもさっそく全員で味わう。
「お、美味しい…」
まずはシリウスからそんな声が上がり、
「美味しい!すごいね!ロローナお姉ちゃん!」
とアンナが目を輝かせながら叫んだ。
「よかった…。村長、ありがとうございます」
と言って頭を下げてくるロローナに、私は、
「おいおい。私はたいしたことはしてない。感謝するなら、このスープの素にしてくれ」
と少しだけ照れながら言う。
「うふふ。そうかもしれませんね。…でも、本当によかった。料理を褒められるのって嬉しいものなんですね」
と言って楽しそうにロローナが笑い、
「今度は私もやってみたい!」
とアンナが言った。
シリウスも
「…ああ、俺も簡単なやつならやってみたいかもしれない」
と少しは料理に興味を持ってくれたらしい。
そんな3人の言葉に私も嬉しさが込み上げてくる。
そして、みんなに、
「よし。今度簡単なレシピをギルドで配ろう。そのうち村のご婦人方に頼んで料理教室を開いてもいいな。もっといろいろな料理が作れるようになるぞ」
と笑顔で伝えた。
その日の夕食は全員が笑顔のまま進む。
そして、食後、お茶を飲みながら、笑顔で話す『椿』の3人の笑顔を見ていると、腹だけではなく心も満たされているように見えた。
楽しそうに話しに花を咲かせる『椿』の3人を微笑ましく眺める。
(きっとこれから冒険者たちの食卓にも、野営飯にも笑顔が溢れるようになる。このスープの素を作って本当に良かった)
そんなことを思い、焚火に当たりながら飲む薬草茶は、いつもより優しい甘さが際立っているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます