第242話 コンソメとイノシシと調理実習と02

屋敷に戻るとさっそくリズとユークの寝顔を見て、いっしょに遊べないことを残念に思いながらも十分に癒されて食堂に向かう。

リーファ先生と世間話をしながらお茶を飲んでいると、赤ん坊2人の側についているマリーとメルを除いた全員が集まりさっそく夕食になった。


今日の夕食はメンチカツ。

スープの素の効用はここにも表れていて、どうやらソース作りが楽になったらしい。

トーミ村にソース革命が起こる日も近いだろう。

そんな予感に期待を膨らませつつ、さっそくそのサックリとジュワッが共存する芸術作品にかぶりつく。

熊肉と鹿肉を使ったそのメンチカツはどちらかと言えばハンバーグをカツにしたという感じで、肉肉しさが強いだろうか。

しかし、それだけに「肉を食っている」という充実感が凄い。

熊の甘い脂と鹿肉のたんぱくさが合わったその歯ごたえのある食感は独特の重層的なうま味を実現している。

熊肉と鹿肉。

充実の歯ごたえと、重層的な肉のうま味。

それらが繰り広げるのは、まるで出会うべくして出会った2人が繰り広げる恋物語といったところだろうか?

そんな感動が口の中に広がり、私を幸福で満たしてくれた。


ちなみに、食事時の子守は当番制で、たいてい2人か3人一組。

私と同じ組はルビーとサファイアで、いつも3人で笑ったりあたふたしたりしながらも楽しくやっている。

私が料理をする機会も増えた。

マリーと一緒に米を炊き、みそ汁を作る時間はこの上なく楽しい。

最初は私が教えていたが、最近マリーはドーラさんからも教えを乞うているらしく、野菜の切り方に関してはすっかりマリーの方が上になっている。

目下、最大の目標はタマネギこと丸根を泣かずにみじん切りにすることなのだそうだ。

ドーラさんとシェリーの手並みを見て感動したらしい。

あの2人に追いつくのは至難の業だと思うが、目標を持って努力するということは素晴らしいことだ。

そんな意欲に満ちるマリーの姿を私は、いつもなんとも言えない微笑ましい気持ちで見守っていた。


そんな夕食が終わり、マリーとメルは食事、他の家族はリズとユークを見守りながらお茶を飲むという時間になる。

その席で、今日ギルドであったことを話し、ドーラさんとシェリーには時間がある時にでも村のご婦人方に使い方を教えてやって欲しいとお願いした。

「これからもっと村の料理が美味しくなりますね」

と言って、快く引き受けてくれるシェリーと、

「きっと離乳食も簡単に美味しくできるようになりますよ」

というドーラさん。

そんな言葉にリズとユークが嬉しそうに、

「あー」

「うー」

と楽しそうな言葉を発して、みんなが笑う。

食事の時間は少しずれるようになったが、今日も食卓にはみんなの笑顔が刻まれた。


翌日。

冬の忙しい時期を乗り越えたからだろうか?

ジュリアンもずいぶんと事務仕事に慣れ、だんだんと効率が良くなってきている。

そんな様子をみて、

(そろそろ本格的に自主防災組織を立ち上げなければ)

と考えていると、さっそくギルドから『椿』の都合がついたと連絡がきた。

アレックスに確認を取り、明後日から3、4日の予定で森に入ろう、獲物はイノシシ程度で十分なはずだと伝える。

(さて、どんな反応を示してくれるだろうか…)

私は、そんな期待と不安を胸に午後からはさっそく準備に取り掛かった。


翌々日の朝。

待ち合わせ先のギルドに向かう。

朝から精を出す農家のみんなに挨拶をしつつ進んでいると、ギルドの前で待っている『椿』の3人の姿が目に入ってきた。


『椿』とは亜竜騒動の件やマリーの引っ越しを手伝ってもらった縁がある。

その縁で、今ではたまにギルドで顔を合わせると、気軽に挨拶をしたり、獲物の差し入れをもらったりする間柄だ。

パーティーの構成は、姉のロローナが弓で弟のシリウスが盾、幼馴染のアンナが剣。

冒険に出るのは今回が初めてだが、中層までなら問題無いと言っていたし、『黒猫』もそれは保証できると言っていたから、実力的には問題ないだろう。

そんなことを考えつつ、

「おはよう、みんな。すまん。待たせたか?」

と挨拶をすると、

「いえ。おはようございます、村長。今日は楽しみにしてきました」

と、リーダーのロローナがにこやかに挨拶を返してきてくれた。


行きはドン爺に馬車で送ってもらうことになっていたはずだが、ドン爺の姿はまだない。

そんなドン爺を待ちながら私たちが世間話をしていると、後ろから、

「ほれ、さっさと行くぞ!」

というドン爺の声とガラガラという荷馬車の車輪の音が聞こえきたので、私たちは苦笑いしつつもさっそく荷馬車に乗り込んだ。


道々、これからの行程について打ち合わせる。

とはいえ、イノシシがいそうな場所を探り、上手く痕跡が見つかればその手前で野営をして次の日に狩り、上手くいかなくてもその日は適当な場所で野営し、持ってきた材料で簡単な調理実習をしながら帰って来る、というだけだ。

今回の目的はスープの素の使い方の訓練。

なので、まず初日の野営は私がスープの素の使い方を教えて、次はロローナに何か作ってもらうことになった。


「馬車はいつものところに預けとくから、ちゃんと返しに来いよ」

とぶっきらぼうに言うドン爺なりの心配の言葉を受けてさっそく森に入る。

途中、炭焼きの連中に挨拶をし、森の様子を聞くと、どうも割と近くにイノシシがいるらしいという耳寄りな話が聞けた。

そのまま進み、昼食をドーラさんが持たせてくれた握り飯とみそ汁で済ませると、再び森を進む。

『椿』の3人は予想通りドーラさんの握り飯に感動していた。


そんな一幕を挟んでどんどん森を進んで行く。

中層までは何の問題も無いと『黒猫』が言っていた通り、なかなか慣れた歩き方をしている。

これなら、もう中堅どころだと言ってもいいかもしれない、と頼もしく思っていると、どうやら少し大きめの個体が通ったであろう痕跡を発見した。


その足跡の先には竹林が広がっている。

おそらく目的はタケノコだ。

私は、帰ったらタケノコご飯が食いたいと思いつつも、

(近いな…)

と気を引き締め、念のため『椿』に視線を送った。


『椿』もコクンとうなずく。

やはり心配はいらなかったようだ。

「足跡をたどろう。おそらく竹林の中まで続いているはずだ。ある程度追ったら今日は竹林の浅い場所で野営にしよう」

私の提案に『椿』の3人はまたうなずき、私たちは先ほどよりもやや慎重に歩を進めた。


やがて、痕跡は徐々に濃くなっていく。

しかし、陽も陰り始めてきた。

私たちはいったん追跡をやめ、やがて、適当な水場を見つけると野営の準備に取り掛かる。

「さて、まずは私が作る。明日の夜はロローナに任せるからとりあえず見ておいてくれ」

設営はシリウスとアンナに任せ、私とロローナは夕食の準備。

「今日は人数が多いから、簡単にできるピラフにしよう。長期戦の時にも応用できるように具はドライトマトとドライソーセージだ。少し味気ないが基本的な料理だからまずはここから覚えてみよう」

私はそう言うと、さっそく調理を始めた。


調理と言ってもたいしたことはない。

米と具を少し炒め、頃合いを見て水とスープの素を入れて炊くだけ。

覚えるのは具の分量と水加減くらいだろう。

私は熱心にメモを取るロローナに、具が水を吸う分を考えて水加減することとか、ピラフは少しパラっとした方が美味いとかそういうことを教えながら、いつもよりややゆっくりと調理をしていく。

やがてピラフの炊ける良い匂いがし始める。

私は蓋を取って具合を見ると、いい具合に炊きあがっていた。


「ここから少し水分を飛ばすのがポイントだ」

そう言って私はもう一度鍋に蓋をすると、

「10分くらい待ってくれ。その間にお湯を沸かしてスープの準備をしよう」

とロローナに言って、それぞれのカップにスープの素を大体スプーン1杯くらいそれぞれのカップに入れていく。

「スープはここにお湯を注ぐだけだ。このスープの素の量はスプーン1杯くらいでいい。お湯が多ければ薄くなるし、少なければ濃くなる。好みの分量は各々見つけてくれ」

そう言って、ピラフが蒸らしあがり、お湯が沸くと、さっそくそれぞれのカップにお湯を注いで、皿にピラフを盛っていった。


「「「いただきます」」」

『椿』の3人は一斉にそう言うと、さっそくみんながスープを飲む。

やはり、このスープの素にお湯を注ぐだけでスープになるのかという疑問が大きかったのだろう。

興味津々と言った感じで全員がひと口飲むと、全員が目を見開いた。

「飯屋のスープみたいな味がする…」

シリウスがそうつぶやくと、

「うん。美味しいね!」

とアンナが満面の笑顔でそのつぶやきに応える。

最後にロローナが、

「魔法みたい…」

とつぶやくと、今度もみんな一斉にピラフを口に運んだ。


「…っ!」

シリウスが無言で目を見開く。

続いて、

「おいひーっ!」

というアンナの明るい声が響き、

「これ…、下手な料理屋より…。野営でこんな…」

と半ば絶句気味にロローナつぶやくと、みんな夢中になってピラフとスープを食べ始めた。


私はそんな様子を微笑ましく見つめながらゆっくりとスープをすする。

(これはいい宣伝になった。これが本格的に広まれば、村に新たな産業が増えて職を生み出してくれるはずだ。冒険者の健康にも貢献できるし、冒険者が元気なら村はより安全になる…。好循環じゃないか)

そんなことを思い、笑顔でピラフを食べる『椿』の面々を眺めつつ、私もピラフを頬張った。


やがて満腹になった腹をさすりながら空を見上げる。

そこにはいつもの満天の星空。

その空に向かって、全員が、

「ふぅ…」

と満足のため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る