41章 コンソメとイノシシと調理実習と
第241話 コンソメとイノシシと調理実習と01
春。
冬の間、リズとユークが風邪をひくという大事件があったが、家族の結束で無事に乗り切り、我が家は今日も平穏な生活を送っている。
いつもの昼時、そんな私のもとにドーラさんが、やっと納得いくコンソメの素が完成したという報告を持ってきてくれた。
当然だが、私の心は歓喜に沸き立つ。
完成したのは、ベーコンと野菜をペースト状にして乾燥させたものと、澄んだスープを作り、それを丁寧に煮詰めて乾燥させたものの2種類。
前者はスープが濁るという弱点があるが、製造が比較的簡単な分、コストも安い。
濁った見た目や沈殿する具のざらつきなんかを全く気にしない冒険者向けの製品と言えるだろう。
そして後者は、コンソメの素と呼んではいるが、味はどちらかというと鶏ガラスープの素に近い。
やはり日本の食品メーカーの企業努力を超えることは簡単ではなかった。
しかし、それでも味は十分だし、村のご婦人方の料理の手間を大きく省くのに貢献することは間違いないはずだ。
そんな出来に満足しつつもさっそくコストや、なんとなくの売値を計算する。
(冒険者向け製品の卸値は1瓶15食程度で小銀貨2枚。鳥ガラスープの素の方は4枚くらいになるか…。村人には直販するとして、ギルドの売値は銀貨1枚か銀貨1枚と小銀貨3枚くらいになるだろう。コンソメの素1瓶1,000~1,600円か…。日本的な感覚で言えば正直高い。だが、コストと普及しやすい価格を考えればこのくらいが妥当だろう。それに他の地域で作れば設備投資の回収も入れてその3、4倍はコストがかかるはずだからむしろ安いな…。となれば、しばらくは独占状態か。この世界の流通コストの高さを考えれば競合が現れる心配は遠い将来までないし、例えその遠い将来、競合が現れたとしてもこちらはさらに製造設備を整えたり、高品質を武器にブランド化したりしてしまえば十分に対抗できる…)
私は自分の中でそんな計算を整え、さっそくギルドへと向かった。
「やぁ、サナさん」
「こんにちは、村長」
いつものように淡々と挨拶をするサナさんに、私は、
「すまんが、あとで適当なカップを4つとお湯を持ってきてくれないか?」
と頼む。
「え?」
と短く言葉を発して不思議そうな顔をするサナさん。
そんなサナさんに、私は、
「なに。ちょっとした実験に使うだけだ。頼んだよ」
と言ってさっそく2階にあるギルマスの執務しつへと上がって行った。
「よぉ。相変わらず忙しそうだな」
「うっせーよ」
と、こちらもいつもの挨拶を交わす。
私がいつものようにソファに腰を下ろすと、アイザックは私の正面に腰掛けながら、
「で、今日は何の用だ?」
と、直球で聞いてきた。
(相変わらずせっかちなやつだ)
私はそんなことを思いつつも、
「商売の話をしに来た」
と、こちらも直球を返す。
「ほう。食い物関係か?」
と、いかにもギルマスらしい鋭い目で私を見ながら、いきなり正解を出してきたアイザックに、私は苦笑いで、
「ああ」
と答えて、試作品のコンソメの素2種類をローテーブルの上に置いた。
「なんだこりゃ?」
私の置いた瓶を手に取って、しげしげと眺めるアイザックに、
「『スープの素』だ。お湯を入れるとスープになる」
と、ざっくり説明をする。
そんな私の説明を聞いて疑問符を浮かべるアイザックに、
「さっきサナさんにお湯を頼んできた。そろそろ来るだろうからとりあえず試食してみてくれ」
と言うと、少し不敵な笑みをアイザックに見せてやった。
やがてサナさんが、やってくると、
「こちらでよろしいでしょうか?」
と言ってティーセットのようなものテーブルの上に置いてくれる。
こちらもなにがなんだかという具合に疑問符を浮かべているが、私はそんなサナさんにも、
「ああ。ありがとう。これから新開発のスープの素でスープを作って見せるんだが、よかったらサナさんも試食会に参加してくれ」
と言って、試食を勧めた。
「スープ…の、もと?ですか?」
と、先ほどのアイザックと同じように疑問符を浮かべるサナさんに向かって私はまた、
「ああ。この粉をカップに入れてお湯を注ぐだけで美味しいスープになる。だから言ってみれば『スープの素』だ」
と得意げに説明してあげた。
まだぽかんとしている2人をよそ目に、私は、
「まぁ、とりあえず試食してみてくれ」
と言って、さっそくカップにコンソメの素2種類を入れてお湯を注ぐ。
とたんに「ふわっ」とスープの良い匂いが辺りに漂った。
この時点で、2人の視線はカップに釘付けになっている。
私は、そんな2人の様子に勝ちを確信しながらも、
「こっちの濁った方は安い分小さな具の舌ざわりが気になるという者もいるだろう。そういうのを気にしない冒険者向けだな。澄んだ方は高いがその分味がいい。その辺の料理屋には負けんぞ」
と2つの特徴をざっくりと説明した。
2人はまず、恐る恐ると言った感じでまずは濁った方を手に取る。
そして、ひと口飲んだ瞬間、2人ともカッと目を見開いた。
「どうだ?」
と、したり顔でそう聞く私に、
「…ぉぃぉぃ」
「…ええ」
と言葉にならない言葉で返事を返す2人だったが、続けて2口目を飲むと、アイザックが、
「こいつぁ すげぇ…」
と、やっと言葉らしい言葉を発する。
そしてサナさんが、
「ええ…。革命ですね…」
とつぶやいた。
私はそんな2人の様子に満足した私はさらに、
「こっちの澄んだ方も試してみてくれ」
と、鶏ガラスープの素に似た方を勧める。
「そっちはやや高い。しかし、味は格別だ」
という私の説明に2人はコクリとうなずき、さっそく口にすると、アイザックは、
「んっ!?」
と驚嘆の声を上げ、サナさんはまた無言で目を見開いた。
「こいつぁ…」
「ええ。さらに…」
先程と同じような言葉を発する2人だったが、先ほどよりも確実にその驚きを増しているのが伝わってくる。
そんな2人に私は追加で、
「ああ、ちなみにどちらも使い方はスープだけじゃないぞ。炒め物にも使えるし、米と一緒に炊けばピラフやリゾットが簡単にできる」
と追加で応用方法を説明してやった。
また、驚く2人。
その時きっと私は勝ち誇ったような顔をしていたのだろう。
アイザックが少しだけムッとしたような表情をしている。
しかし、私はそれに構わず、
「濁る方の卸値は小銀貨2枚。澄んでるスープの素の方は4枚くらいになる。売値は濁る方が1瓶銀貨1枚、澄んでる方が銀貨1枚と小銀貨3枚に設定してくれ」
と言って、さっそく値段設定の話に入った。
「…いいのか?」
と、驚いた顔でアイザックに聞かれる。
おそらく、そんなに安くていいのか?という意味だろう。
アイザックはさっそくこのスープの素の有用性に気が付いたらしい。
その利便性を考えれば中堅どころならもう少し高くても迷わずに買うはずだ。
しかし、初心者たちのことを考えると、あまり高くも設定できない。
私なりに村の利益と、冒険者への普及、その両方を考えた値段設定にしたつもりだ。
「ああ。それでいい。冒険者が手を出しやすい価格と利益、2つを両立させるならそのくらいがちょうどいいと判断した。ただし、コッツや最近取引を始めたノーブル子爵領の商人へは小銀貨1枚ずつ上乗せして卸す。そうすれば村に冒険者を呼び込む材料のひとつくらいにはなるだろう。どうだ?」
と聞く私にアイザックは、
「正直、助かる」
と言って頭を下げてくる。
そんなアイザックに、私は苦笑いで、
「おいおい。似合わない真似はするな」
と言うと、右手を差し出した。
握手を交わして商談が成立する。
「いやぁ…。しかし、美味いな」
しみじみとつぶやくアイザックに、私は、
「はっはっは。そうだろう。なにせドーラさんが監修しているからな。ああ、そうだその試供品はやるから、リーサに使ってもらってくれ。きっと喜ばれるぞ」
と笑って言いつつ、
(…ああ、冒険者に広めるには使い方を教えなきゃいかんか…。とりあえず、サナさんにレシピを渡してご婦人方に指導してもらえばそれなりに広まるだろうが、まずは、魅力をわかってもらう宣伝活動が必要だ…。となると…)
そんなことを思って、
「なぁ、アイザック。中堅どころで手が空いてる冒険者はいるか?」
と聞いてみた。
「ん?なんか依頼か?」
と言うアイザックに、私は、
「いや。…あー、まぁ、依頼と言えば依頼か。そうだな、依頼にしよう。ようはこいつの魅力を広めてくれる人間を確保したいんだ。それには、それなりに村に居ついてくれていて、ある程度顔の広い連中に一度実習がてら簡単な野営で訓練をしてもらうのが一番早い。どうだ?頼めるか?」
と、自分の考えを話す。
すると、アイザックは少し考えて、
「…じゃぁ、『椿』辺りに声を掛けてみるか。あいつらはこの村とノーブル子爵領を行き来してるから、良い感じに宣伝してくれるだろう。それにロローナは多少料理が出来たはずだ」
と言って、快く請け負ってくれた。
「それはありがたい。頼んだ」
と言って私再びアイザックと握手をすると、明るい気持ちでギルマスの執務室を出る。
私は、
(さて、何日か会えなくなる分、今日からしばらくはたくさん遊ぼう)
と、リズとユークの顔を思い出しながら、足早に屋敷へと戻って行った。
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