40章 村長、再び営業に行く

第240話 村長、再び営業に行く

ユークが生まれて数か月。

トーミ村ではそろそろ秋が深まり始めてきた頃。

私とジュリアンは仕事の合間を縫っては助産師さんやリーファ先生に新生児との接し方を習い、マリーやメルと一緒に子育てに奮闘する日々を送っている。

そんな日々の中、エインズベル伯爵を始め、ご家族一同から、どっさりと祝いの品が届いた。

流石に何か返礼をしなければと悩みマリーやメルとも相談したが、何が良いのかよくわからない。

ちなみに、貴族同士ではその地の産物などを送ることが多いそうだ。

しかし、それではあまりにも味気ないだろうと思って家族全員に相談すると、ズン爺さんが、

「返礼品じゃありやせんが、この辺りじゃ生まれた子供の足の大きさの靴下を作っておいて、それを大人になった時に渡したりする風習がありやすねぇ」

と言うので、そこから思いついてリズとユークの手形と足形を送ることにした。


さっそく大工のボーラさんに石こうで手と足の型を取ってもらいそれを鍛冶屋に持ち込む。

すると、10日ほどで誕生日と生まれた時の身長体重なんかも刻み込まれたけっこう立派な銅の表彰盾みたいな物が1つ、見本として出来上がってきた。

迷わず人数分の追加発注をかける。

(これもきっと伯爵の執務室に飾られるんだろうな)

そんなことを思いながら、村の名産品とともに各人へ送った。


そして、やっと収穫が落ち着き、そろそろ村が本格的な冬支度に入ろうかという頃。

ジュリアンから街道の土砂の撤去が一通り終わったという報告を受ける。

まだ工事は残っているが、とりあえず馬車が通れるようになったとのこと。

そうなれば、これから交易が本格化していくだろう。

そう思った私は、エレンとの打ち合わせや簡単な現地視察を兼ねて、私はノーブル子爵へ挨拶に行くことにした。


今回はエインズベル伯爵に挨拶に行った帰り、兄上からもらった馬、ジローに乗って行く。

元から家にいた馬のタローと違ってジローは遠出が好きらしいとコハクから聞いていたので、今回のお供をお願いした。

ちなみにタローは農耕馬の系統らしく、畑仕事が好きなようだ。

嬉しそうに歩くジローに揺られながら街道の状況を確認する。

さすがにまだ、路面はやや荒れているものの馬車の通行には支障が無い程度にならされている道を見ながら、

(これなら重たい荷物を積まない限り問題ないだろう)

と嬉しく思いながら進んでいるとあっという間に昼過ぎにはノーブル子爵領の領都イーリスの町に着いた。


前回と同じように金の兎亭に宿を取る。

事前に書状は出しておいたが、一応子爵家の執事に明日伺うと告げて、エレンの所へと向った。

「いらっしゃいませ、村長様」

と言って、明るく挨拶してくるエレンに、

「『様』はよしてくれ。なんだか小っ恥ずかしい」

と苦笑いで答えてさっそく椿油の現状を確認する。

エレン曰く、今年の椿は順調で冬の間に搾油するから春には卸せるだろうとのこと。

量も十分だと言うので、コッツを経由してアレスの町や西の辺境伯領に販路を広げられそうだ。

なかなか順調な様子に満足しながら話を進めていると、例の魔道具を届けてくれた商人、ヒースという名らしい、の話になった。


「どうだった?」

と聞く私に、エレンは、

「おかげさまでいいご縁ができました。ありがとうございます」

と言って頭を下げる。

「ヒースさん、ずいぶんとトーミ村の櫛を気に入ったみたいですよ。とにかく質が良いと言ってました。ただ『若い女性向けに可愛らしい模様や細工を施したものがあればいいんだが…』とも言ってましたね。トーミ村ではそういう物はお作りになってますか?」

そんなエレンの話を聞いて、私はハッとした。

村の木工品は伝統工芸だけあって、デザインのバリエーションは少ないし、特に若者向けというものも無い。

おそらくだが、小間物は流行の移ろいが激しい商材だろう。

伝統を守りつつも流行を上手くつかめなければ産業自体が衰退してしまう。

商売は情報が命だ。

私は、

(そんな基本的なことを今まで失念していたとは…)

と自分自身の未熟さを痛感する。

しかし、落ち込んだ所で、事態が好転するわけではない。

そう思って、私は、

「すまん。今のところ特に若者向けというものは無いが、できればヒースに今流行りの図柄なんかを聞いてもらえないだろうか?来年になるかもしれないが、対応させよう」

とエレンに正直な村の現状を伝え情報提供を頼んだ。

エレンはそんな私の頼みを、

「わかりました。トーミ村の発展は私にとっても嬉しいことですから、さっそく手紙を出しておきますよ」

と快く引き受けてくれる。

私はそんな気持ちのいいエレンの言葉に感謝しつつ、握手をしてエレンの店を出た。


(やはり私は未熟だな…)

そんなことを考えまた、少し落ち込みながら夕日に染まるイーリスの町の石畳の道を歩く。

そうやって落ち込みながらも、

(さて、今日の飯はなんだろうか。こんな日は優しい味の食い物がいいが…)

と、いつものように飯のことを考える自分に苦笑いを浮かべつつ、私はその少しばかり落ち込んだ気持ちを吐き出すように、

「ふぅ…」

と軽くため息を吐き、気を取り直して、金の兎亭へとわざと少し大股で歩き始めた。


翌朝。

昨日の晩、相変わらず丁寧に作られた金の兎亭のポトフに癒されて元気を取り戻した私は、さっそく礼服に着替えノーブル子爵の屋敷へ向かう。

子爵の屋敷へ入ると、すぐに応接間へと案内された。

「お久しぶりですなぁ、エデルシュタット男爵。まずは、ご結婚とお子のご誕生お祝い申し上げます」

と言ってにこやかに挨拶をするノーブル子爵に丁寧な感謝の言葉を述べ、一礼して席に着く。

「さて。今回は街道と交易開始のお話でしたな」

とさっそく本題を切り出してくれる子爵に、私も、

「はい。椿油は予想以上に好評のようです。昨日エレン商会を訪ねましたが、北の辺境伯領の商人とつながりが出来たらしく、取引が広がることが期待できると言っておりました」

と昨日の話をかいつまんで説明した。


そんな嬉しい話に、ノーブル子爵は、

「ええ。そのようですな。おかげで我が領にも新しい産物が増えました。それについては、私としても大変うれしく思っておりますよ」

と、にこやかに答えてくれる。

しかし、おそらくノーブル子爵も気が付いているのだろう。

子爵の言葉の中にそんな感情を感じた私は、ノーブル子爵に向かって、軽くうなずくと、

「はい。私も雇用が増えて喜ぶ人間が増えることは喜ばしいことだと思っております。しかし、お察しの通り、今のところ我が村の方の利益が大きいのも事実です。今回はその点を踏まえて今後のお話を、と思い本日は伺わせていただきました」

と正直に伯爵の懸念に答えた。


「おお…。さすがのご慧眼ですな。では、私も回りくどい話は抜きにして正直にお話合いに応じましょう」

と言ってくれるノーブル伯爵と今後の取引について議論する。

その結果から言えば、村は金属製の生活雑貨を買うことにした。


イーリスの町は、トーミ村はもちろん、アレスの町と比べてもやや金属加工が盛んだ。

主な製品は嗜好品ではなく生活雑貨。

現状トーミ村ではコッツ経由で仕入れた雑貨を買っているが、村の鍛冶屋で作れる物以外は、結局、辺境伯領からの取り寄せになるのでどうしても割高になってしまっている。

ボタンにベルトのバックル、引き出しの取っ手から役場で使うクリップや絞り袋の口金、銅製のジョッキなどなど、数え上げればきりがない。

そして、安定的な仕入れが可能になれば村に雑貨屋を用意したいという私の考えも実現に向けて大きく動き出すことになるだろう。

コッツにとってもいい競争相手が出てくることになるから、きっと新しい商材や販路を積極的に提案してくれるようになるはずだ。

そんなお互いにとって利益のある話がまとまり、握手を交わすと、そのまま子爵と昼食を取ることになった。


その日の昼食のメニューは仔牛のパイ包。

ノーブル子爵領はトーミ村に比べれば畜産は盛んな方だが、それでも南方の伯爵領なんかとは比べ物にならない。

そんな領地で仔牛という貴重品を出してくれたのだから、これはノーブル子爵の心尽くしと言っていいだろう。

そんな子爵の気持ちに感動しつつ、美味しくいただいた。


そして、食後。

デザートに出されたのは私が手土産に持ってきた羊羹。

「いただきもので申し訳ないが」

というノーブル子爵の型通りのセリフに、

「いえ。つまらないものですが」

とこちらも型通りに返し、さっそくいただく。

「実は、甘い物に目がありませんでしてなぁ。先日レシピを送っていただいたあのプリンといお菓子も大変美味しいものでした」

と言いながらノーブル子爵は羊羹をひと口食べると、

「むっ!」

とひと言発して目を見開いた。


そんな子爵に私は、

「意外かもしれませんが、村のアップルブランデーにも良く合いますよ」

と笑顔で告げる。

「むっ!それは…」

と言って、ノーブル子爵はまた羊羹を少しかじると、

「…たしかに」

と言ってうなずいた。


羊羹のまろやかで濃い甘さにアップルブランデーの爽やかな香りと強めの酒精の刺激は量さえ間違わなければ良く合う。

羊羹をちょっとかじって、ゆっくりとブランデーの香りや刺激を楽しむのが最もいいだろう。

(これで、羊羹の販路も広がるかもしれんな)

私は心の中でそんなことを思いながら、羊羹をひと口かじった。


やがて食後のお茶も終わりノーブル子爵の屋敷を辞する。

(今回もいい話ができた)

そんなことを思う私の歩幅は、昨日とは違い自然とやや大股になっていた。

足は昨日よりも確実に軽やかに石畳を叩き、ウキウキとしたリズムを刻んでいる。

(きっと今日の一歩はあの子達の未来につながる)

そんなことを思うと、自然と笑みがこぼれてきた。

どこまでも晴れ渡る晩秋の空の下、買い物客で賑わうイーリスの町の商店街を眺める。

笑いながら立ち話をするご婦人方。

きゃっきゃとはしゃぎながら駆け回る子供たち。

少し肌寒さを感じるようになった風と暖かな日の光の中、私は晴れやかな気持ちで、相変わらずウキウキとしたリズムを石畳の道に刻みながら金の兎亭を目指して歩いていった。

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