第237話 村長、再び仕事に追われる04

翌朝。

早朝から本格的に解体をして、昼前にはその場を離れる。

珍しい個体だったから、念のため見本程度の毛皮と骨も剥ぎ取って、大まかな測定も行っておいた。

あとは家族で食うには十分過ぎるほどの肉をエリスに背負ってもらって村を目指す。

(帰ったらすぐにマリーを抱きしめ…る前に風呂には入らんといかんな)

と思って苦笑いしつつ、中天を目指して進む太陽とともに、私たちも家路を急いだ。


あの場を発って、3日目の夕方前、無事屋敷に戻る。

みんなの出迎えを受け、抱きついてくるうちの子とマリーをそっと抱きしめながら、

「すまん、すぐに風呂に入って来る」

と言うとみんなに笑われた。

「まぁ、バン様ったら」

と言っておかしそうに笑うマリーの笑顔を見ると、どうやら今日は調子が良さそうに見える。

少し安心して、エリスを労ったあと、風呂に入り、改めてうちの子達と戯れながらマリーと一緒に夕食を待った。


その日の夕食はあの熊の鍋。

久しぶりの温かい食事に感動する。

そして、あの熊肉の美味さとドーラさんとシェリーの腕にも感動しながら食べた。


やはり、食べる量は少ないようだが、それでも美味しそうに食べるマリーを見て嬉しく思う。

(もしかしたら、少し無理をして笑っていてくれているのかもしれない。しかし、その気持ちが嬉しい)

そんなことを思い、横で、

「ぬぉっ!なんだいこの肉は。バン君の話だとやたら狂暴だったというが、なんとも箱入りな感じがするね。とにかく味が上品だ」

と言ってバクバク肉と米を掻き込むリーファ先生に負けじと私も肉と米を掻き込んだ。


やがて、デザートに出てきた本練り羊羹について、その味に感動しつつも、未完成だというドーラさんやシェリーと問題点について議論する。

私としては、問題ないと思ったが、言われてみればやはり舌ざわりの滑らかさや甘さの加減に若干の違和感はあった。

具体的な作り方に関しては何もアドバイスできなかったが、出来上がったものの大きさが少し大きいような気がしたので、

「もう少し小さな型に入れてみたらどうだろうか?それだけで食感が少し変わるかもしれない」

と助言させてもらう。

大きさという、余り注目していなかった点への指摘にドーラさんとシェリーはなにやらうなずき合い、また、試作したら味見を頼むと言われてその日の会議は終わった。


そして翌日からは、また新たな戦いの日々が始まる。

書類に目を通し、問題点を指摘したり決裁したり。

村人の要望をまとめて検討課題を洗い出したら、次は隣領との間の街道整備の状況についての確認。

もちろん、ギルドにも様子を聞きに行ったし、例の熊の報告もした。

目が回りそうな日々が5日も続いただろうか。

家族の励ましとマリーの笑顔、美味い飯に支えられ、私はなんとかその日々を乗り切ると、また、森へと出かけていった。


今回の冒険は、途中50匹ほどのゴブリンに出会った以外はいつもと変わらず、熊と猫の魔石を十数個持ち帰ってきて無事終わる。

ギルドに報告に行くと、どうやら中層には猿だけでなく、猿を狙ってヒーヨも現れたらしく、厄介なことになったとアイザックがぼやいていた。

しかし、そこは冒険者でなんとかできるから、引き続き奥の方を頼むというアイザックの言葉を信頼して、私はまた書類に向かう。

そしてまた家族に癒された。


どうやらリーファ先生曰く、そろそろマリーもメルも安定期とやらに入るらしい。

「安定」期というのだから安定しているのだろうと考えて私は少しホッとする。

しかし、油断は禁物だと思って気を引き締めつつも、

「そう言えば、音楽は胎教にいいとかいう話を聞いたな…」

とぽつりとつぶやいた。

「たいきょう?ですか?」

というマリーの言葉に、

「ん?ああ。なんというか、胎児の教育…というと変な感じだが、お腹の中にいる子も話しかけられたり音楽を聴いたりすると楽しいとかいう話を聞いたことがある。なぁ、リーファ先生、あのエフィールをたまにでいいからお腹の子供たちに聞かせてやってくれないか?」

とマリーに答えつつ、リーファ先生にエフィールの演奏を頼むとリーファ先生は、

「ああ、それは構わないけど…。また妙なことを知っているんだね。確かに、そんな学説もどこかにあったと思ったが」

と訝しげな顔を私に向けてくる。

「…あ、ああ。まぁな。どこかで読んだような気がするんだが、そんなに有名じゃない学説だったんだな。ああ、信ぴょう性についての判断はリーファ先生に任せるが…。そうだ。なんならマリーが自分で弾いてみてもいいかもしれんな。いい気晴らしにもなるだろう。たしか、何曲か弾けるようになっていたんだったな?」

私はリーファ先生の疑いを軽く逸らすようにそう言ってマリーに話を振った。


「まぁ、それはいいですわね。うふふ。なんだかこの子と一緒に演奏するみたいで楽しそうですわ。ああ、それならメルも一緒に練習しましょう。きっと、お母さんが一生懸命頑張ってるのはこの子達にも伝わると思うわ」

マリーはそう言って、楽しそうに笑い、メルもそんなマリーに微笑んでうなずき返す。

(妊娠中の妊婦がどんな気持ちでどんな苦しみがあるのかはわからないが、きっと楽しみながら生活している方が、本人にもお腹の子にもいいだろう)

そんなことを思いつつ、

「簡単な曲から練習してみましょうね」

と楽しそうに話す2人を微笑ましく見つめた。


そんな楽しい会話を交わした数日後。

仕事が片付く。

私は、

(これがあとどのくらい続くのやら…)

と思って心の中でそっとため息を吐きつつも、

(家族の、そして村の未来のためだ)

と気を引き締めなおして、森へと向かった。


気が付けば春の4月も中ごろ。

役場と森を往復するというのは、少し違うかもしれないが、そんな日々は今も続いている。

そんな日々の中、私がようやく冒険から戻って来ると、ジュリアンが、

「留守中に荷物が届きましたので、とりあえず、こちらに入れておきました」

と言って、私を客室の1室に案内すると、苦笑いで大量の箱を見せてくれた。


これらの箱はエインズベル伯爵、ルシエール殿、マーカス殿にユーリエス殿から次々と届けられた荷物だという。

大急ぎで中身を確認すると、伯爵からはベビーベッドが2台と産着が2着。

同梱されていた手紙によると、産着は家族と使用人一同が一針ずつ糸を通したものらしく、実際に着るのではなく、安産のお守りとして飾っておくものなのだそうだ。

想いの込められた贈り物に感動する。

中にはエルシード殿からの贈り物も入っており、こちらは大量の絵本だった。

「村の子供たちのために役立ててくれ」

と書いてあったので、よく見ると、同じ本が2冊ずつ入っている。

(なんとも思いやりのあるお方だ)

と感心してしまった。


ルシエール殿の贈り物は大量の布。

(この布はいったい?)

と思って手紙を見てみると、

「色や柄が付いた布はマリーが産着や子供服をたくさん作れるように。白い布はおむつ用」

と書いてある。

(なるほど、実業家らしい実用的な贈り物だな)

と思って苦笑いしつつも、マリーの生活のことを想像して選んでくれたのだろうことを思って微笑ましい気持ちでありがたく受け取った。


ユーリエス殿の箱はかなり小さい。

文箱くらいの大きさだろうか?

(こちらは…)

と思っていると、ジュリアンが

「ユーリエス・ド・ルクロイ伯爵婦人からは食材が届いておりましたので、さっそくドーラさんにお預けしました。こちらは目録になります」

と言ってくれたので、さっそく中身を確認する。

内容は、肉やチーズ、滋養に良いとされるいくつかの薬草の他に、飴や干し果物など。

なんでも、ご自身が身ごもった時にやたらと甘い物が欲しくなる時期があったらしい。

そして、目録の他にも手紙が一通添えられていて、そこにはマリーの体のことを気遣う気持ちが優しい言葉で綴られていた。


最後にマーカス殿からは、大量のぬいぐるみとおもちゃ。

同梱されていた手紙を見ると、

「男子か女子かわからないし、子供は何が気にいるかわからない。私の子は男子だったが、ウサギのぬいぐるみをやたらと気に入っていた時期がある。いくつも種類があれば好きな物を選べるだろう。使わなかった物は村の子らにでもあげるといい」

と書いてある。

不器用ながらも懸命に選んでくれたであろうその気持ちがありがたく、こちらも感動しながら、ありがたく頂戴した。


さっそくそれぞれに返信を書く。

順調に行けば生まれるのは夏の4月半ばから5月初め頃だろう。

万全を期しているから安心して欲しい。

これからも、様々ご協力いただくかもしれないがよろしくお願い申し上げる。

というような手紙に、それぞれの想いに応える一文を付け、さっそくアレスの町のいつもの伝令役の騎士宛てにまとめて書状を送った。


そんな温かい思いが込められた贈り物の話をきっかけにマリーとメルが思い出話に花を咲かせる。

私とジュリアンもそんな2人を微笑ましく見つめながら楽しくその話を聞いた。

伯爵一家のことだけでなく、使用人たちの話にもなったが、それぞれがマリーを思い、日々案じていたことをジュリアンが話すとマリーの目に涙が浮かぶ。

私は、温かく、大きな家族に囲まれてマリーが育ってきたことに改めて感謝した。

その温もりが無ければ、私とマリーが出会うことはなかっただろう。

そんなことに思い至り、私もまた、感謝の念で胸を熱くする。

「そんな家庭を築いていこう」

私のふとしたつぶやきにマリーが、少し頬を染めながら、

「はい」

と小さく嬉しそうに返事をした。


もうしばらく、私の忙しい日々は続く。

明日からはリーファ先生も狩に出てくれるそうだ。

マリーとメルはもう少しで合奏できるようになるそうだから、帰ってきたら聞かせてもらおう。

何もかもが楽しみだ。

そんな思いでみんなを見つめ、足元にすり寄ってきたルビーを膝の上に乗せ、サファイアを抱え上げる。

「2人とも大きくなったな」

2人にそう語り掛けると、

「きゃん!」(お姉さんだからね!)

「にぃ!」(私も!)

という言葉が返ってきた。


きっとこの家族はこれからも少しずつ成長していくんだろう。

そこには大変なことだってあるに違いない。

これから待ち受ける子育てだってそうだ。

でも、大丈夫。

みんながいてくれる。

夕日に染まり始めたリビングでふとそんなことを考えた。

そんな私の膝の上で、ルビーが、

「にぃ!」(ご飯!)

と元気な声を上げる。

「さて、今日の飯はなんだろうな?」

私のそんな声に、マリーが、

「うふふ。ルビーちゃんもバン様も相変わらずですこと」

といつものように言って、いつものように微笑んだ。

(きっと大丈夫だ。この人と一緒なら)

心の底からそう思い、私も微笑みながら、

「はっはっは。ああ。相変わらずの食いしん坊だ」

と明るく返す。

私のそんな冗談に、

「まぁ…。うふふ」

と笑うマリーの手を取ると、私も「はははっ」と笑いながら、みんなで食堂へ向かった。

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